家族の朝と森のおでかけ
長い長い夜だったあの日が明けたその翌日、ネアは爽やかな気分で目を覚ました。
もそもそと体を起こせば、すぐ側で目を覚ましてこちらを心配そうに見ているディノがいる。
三つ編みにしていないディノは、ゆるく巻いた長い髪にはきらきらと朝陽が煌めき、朝霧の立ち込めた窓の向こうには、飛び立つ鳥の影が見えた。
その鳥の影を眺め、ネアは今日は何を出来るだろうかと考える。
沢山の武器を向けられて強張った心で、この美しいウィームはどんなものを与えてくれるのだろうと。
(ディノは、もう怖がっていないだろうか……………)
ネアの大切な魔物は、そしてこのリーエンベルクの主人達は、身を切るような思いで残されたものが、無慈悲に手の中から零れ落ちた経験はあるだろうか。
ネアは、何度もその瞬間を見た。
人々の悲鳴や啜り泣きの重なる歌劇場で、あの小さな体が収められた棺を運んだ日に、そして鳴り響いた電話のベルに。
生き延びては殺され、生き延びては殺されたその苦しみは、胸をひりつかせる剥き出しの傷のように痛い。
空っぽのがらんどうになったことのあるネアだからこそ、その最期の薄闇をよく知っているとして、同時にまだ手の中に大切なもののある時に、悲劇が頬を掠める悍ましさもよく知っているのだ。
(……………だから私は、その対処法をよく知っていると自負しているのだけれど、昨日はすっかり役に立たなかった…………)
事態が落ち着いてから心に落ち着く怖さをいなすように振る舞うのは、執務などで忙しくなる事のない自分の役目だと考えていたのだが、ネアは昨日、この部屋から出られなかったのだ。
「……………ネア、体の調子はどうだい?」
「ディノ、今朝はとても体が軽いような気がします。視界もとても澄んでいますし、お腹も空いています。これはもう完治なのでは………?」
「……………うん。大丈夫だね」
こつんと額を合わせ、魔物はほっとしたように水紺色の瞳を細めた。
実は昨日、ネアは思わぬ形で寝込んでしまい、この魔物をとても心配させてしまった。
(……………やっぱり、疲れが出たのかな)
胸元にほかほかのムグリスな伴侶を差し込み、素敵な守護だらけのドレスやブーツで守られていたとは言え、確かに修道院は寒いなとは感じていた。
最終日は徹夜で事態の収拾に立ち会い、帰ってきたリーエンベルクでは、しっかり寝かせて貰ったものの、目が醒めると思っていたよりもウィームが武器狩りの襲撃を受けていて、またはらはらしていたのも確かだ。
真夜中の座の精霊王であるミカが、武器狩りの開催を司る書物を世界の裏側に捨ててきてくれ、無事に武器狩りは終わった。
ネアはその夜、武器狩りが終わり次第にわくわくバタークッキーパーティを開く予定だったのだが、なぜかこてんと眠ってしまい、夜明け前に目が覚めたところで体調不良に気付いたのだ。
アルテアによる診察の結果は、疲労による魔術抵抗値、干渉力の低下という事だった。
干渉力とはなんぞやと首を傾げたネアだったが、ネア本人の体力ががくんと落ちた事で、本体を損なわぬように、身に持っている守護の作用が弱まってしまったのだそうだ。
しっかり寝てほこほこにしておけば治ると聞いたネアは、では少し朝寝坊するかなと考えたところ、魔物の壁に囲まれて寝かしつけられたまま一日を終える羽目になってしまった。
エーダリアからも直々にしっかり休むようにと言いつけられてしまい、ネアはたいへん遺憾ながら、寝落ちした前日に引き続きクッキーパーティを延期する羽目にもなったのだ。
「なので、もう私は元気いっぱいなのです!エーダリア様だけに素敵な収穫を任せておけません!」
「……………ネア、わ、私は楽しんで収穫をしている訳ではないのだぞ。今回は、多くの武器が展開され、やはり土地の魔術基盤に影響が出たからな。その結果、これまでにない木の実や結晶石が見かけられるようになったのだろう。実は、とても珍しいものを見付けてだな…」
「エーダリア様?」
「ヒルド……………」
朝食の後の席で、やはり収穫を楽しんでいたらしいと発覚してしまったウィーム領主は、にっこり微笑んだヒルドに名前を呼ばれ、ぎくりとしたように視線を彷徨わせた。
(……………良かった。もう落ち込んでいないみたい)
今回の武器狩りは、ウィームでは死者なしという異例の結末を迎えた。
クッキー祭りの被害に比べると格段の差をつけたと言わざるを得ないが、力のある者が襲撃者を撃滅するという戦い方が出来たからこそ、それで済んだのだ。
昨日の夕方にウィームの視察に訪れたヴェンツェル王子は、とても呆然とした顔で集められた武器を眺め、なぜ一人の死者も出ていないのだと項垂れていたという。
今回の武器狩りでは、ヴェルリアでは、六十七人、アルビクロムでは九十八人の死者が出ており、ガーウィンでも十三人の死者が出ている。
(でも、最も大規模な襲撃を受けたのはウィームなのだ。例え死者が出なかったとしても、きっとエーダリア様は悲しかったと思う……………)
それはきっと、初めてそんな場面に立ち会ったディノも、かつて家族や仲間達を戦いで亡くしたヒルドや、統一戦争で胸を痛めたノアも同じなのだ。
そして、かつて、愛する王家の人々を奪われたウィームの領民達も。
誰一人欠けはしなくても、替えなどない大切なものを狙われたという傷は残る。
だからネアは、森に見慣れない結晶石や花があったと教えてくれたゼノーシュの情報を生かし、森で大収穫をしようと思っていたのだ。
(いいものを沢山見付けて、むしゃくしゃするような憤りや怖さを持たされてしまったみんなに、こんな素敵なものも得られたのだと見せてあげようと思っていたのに………)
しかし、思ったよりもエーダリアは元気に収穫しているし、そんなエーダリアを窘めているヒルドも落ち着いている。
先んじて皆の心を明るくし、何と素晴らしい乙女かと褒め称えられる予定だったネアは、少しだけ焦り始めていた。
このままでは、自分の活躍を見せる前に武器狩りの事後処理が終わってしまう。
「…………むぐ。私とて、森できらきらしたものを拾いたいのです。きっと、エーダリア様がおおっと言うようなものを手に入れてみせますよ?」
「………っ、そ、それでも、お前はまだ病み上がりだろう」
「……………ぎゅわ」
「……………一時間だけだぞ。ディノから絶対に離れないようにするのなら、一時間だけ森に入っても構わないが、まだ調査の済んでいない奥には進まないようにしてくれ」
「はい!」
悲しげに見つめられて陥落してしまったエーダリアに、ヒルドがやれやれと溜め息を吐く。
ディノはまだ少し心配そうだったが、ご機嫌に弾んだネアを見てやむを得ないと思ったらしい。
実は、この魔物の為にも森で過ごす必要のあるご主人様は、許可が出て良かったと胸を撫で下ろしていた。
「ディノ、一緒に森に行ってくれます?」
「うん。まだ体調が万全ではないかもしれないから、私から離れてはいけないよ?それと、アルテアも連れて行こうか」
「……………なぬ。アルテアさんは帰ってしまったのではないですか?」
「昨晩遅くに、またこちらに来たんだ。ウィリアムはカルウィ北部での鳥籠に行ってしまったけれど、帰ってきたらクッキーを一緒に食べて欲しいそうだよ」
「むむ、クッキーパーティは必ず実現します!……………なので、私が、我慢出来ずに四枚食べてしまったのは内緒ですよ?」
「可愛い……………」
魔物の三つ編みを握り締めてそう言えば、嬉しそうに目元を染めて頷いてくれたので、邪悪な人間はもう三枚くらい食べても良さそうだぞとほくそ笑む。
「ところで、ノアの姿が見えませんが………」
「ああ。ノアベルトは、リーエンベルクの魔術基盤の調整に行ってくれているのだ。今朝までに全ての基盤の確認を終えたのだが、やはり門の外の一部で損傷が見付かった。幸いにも、簡単に修繕出来るそうだ」
「ふぁ。良かったです………。山猫さんの紫陽花も無事だと聞きましたし、門の前の薔薇の茂みも無事だと、ディノに教えて貰ったのですよ」
「ああ。街の方でも、大きな被害は出ていない。せいぜい、石壁の一部が欠け落ちたり、紅茶屋の主人が街路樹を折ってしまったくらいだ」
「……………街路樹を折ってしまったのです?」
紅茶屋さんの女主人はその日、店をどれくらい開けられるかどうか街を見てこようと、少し遠回りで出勤しようとした道中で、武器持ち達を発見したらしい。
店まではまだ距離があり、家に戻るにしても時間がかかる。
加えて、市場近くになるその道には、今の内に買い物を済ませてしまおうとした買い物客達の姿もあった。
これはもう、誰かが襲われる前に一刻も早く打ちのめしてしまわなければと、真横に生えていた街路樹をへし折り、それで武器持ちをこてんぱんに叩きのめしてしまったのだそうだ。
「ほわ…………」
「外壁や建物などは、魔術での修復も効くのだが、街路樹は元に戻してやるのが難しいからな。……………あのまま枯れてしまわないといいのだが、植物加工の固有魔術を持つ魔術師なので、木を使うしかなかったようだ」
「……………いつも、おっとり柔らかく微笑んでいる、市場の紅茶屋の店主さんですよね?とてもお淑やかなご婦人で、小枝を折ることもしないような印象だったので、きっと巧みな魔術でえいっとやってしまったのだとばかり……………」
まさかあの細腕で街路樹を振り回して戦ったのだとは思わず、慄いたネアはふるふると首を振る。
数々の荒々しい祝祭といい、やはりウィームの人々は、荒ぶる魂を心の奥底に隠し持っていたようだ。
エーダリア達は、この後も、午後から武器狩りの事後処理にかかわる報告会があるのだそうだ。
今回の事で露呈した結界の脆弱性の補強や、武器狩りで影響の出た商いなどの補償についてと、話し合わなければならない事は多い。
勿論、代理妖精としてダリルが多くを引き受けるが、エーダリアが顔を出すべき報告会や会議も多く、また、ガレンの長としても幾つもの報告会に出なければならなかった。
「という事で、疲れ果てて帰ってきたエーダリア様達や、魔術基盤の修復をしてくれているノアが、またリーエンベルクの役に立ててくれるような品物の収集が目標です!」
「……………やめろ。お前が出ると、ろくでもないものしか拾わないだろうが」
「むぅ。アルテアさんは、事故らないようにディノの手をしっかり握っていて下さいね?」
「何でだよ」
「ネアが虐待する……………」
森の入り口に連れて来て貰い、ふすふすと鼻を鳴らして意気込みを示したネアは、収穫用の籠を手にしていた。
これは林檎などを入れる用な大きめの籠で、それをいっぱいにしてやるぞという気迫で森の中に向かうのだ。
「ネア、…………君はもう、妖精を一人倒しただろう?」
「むぐ。それは負の面なのです。敵を倒し、誰も怪我をせずに良かったねというだけでは、理不尽に襲われた事のむしゃくしゃは拭い去れません。不安や憤りに削られた心は、稼ぎで埋めてこそ、我々人間は溜飲を下げるのですよ」
「稼ぎが必要なのだね?」
「はい。どれも自分の為に欲する強欲さなのですが、こんな我が儘を言う私を許してくれますか?」
「…………可愛い。掴んでくる……………」
「なお、エーダリア様達をおおっと言わせられない程度のものは売り捌いてしまい、ディノとお茶をする資金に充てますね。三人分稼げたら、アルテアさんもご一緒しませんか?」
ネアがそう言えば、アルテアは呆れた顔をしたが、でも森に一緒に来てくれる過保護な使い魔である。
この魔物は、アクテーで、自分が目を離していた間にネアが星捨て場に投げ込まれていたことが、まだ気になるのだろうか。
ふとした折の過保護さがずしりと重いので、ヴァルアラムだった時のことは、アルテア本人のものとして認識していないと伝えたのだが、それでもまだ納得していないようだ。
「そもそも、稼ぐ必要がないだろ」
「まぁ。淑女たるもの、自らの細腕でこつこつとお小遣いを貯めてこそなのですよ。……………むむ!これは見事な森結晶です!!」
「………それ一つで充分だな」
「ふむ。こやつは代わり映えのしないいつもの収穫物なので、お土産用を探しますね」
「ネア、三つ編みを離してはいけないよ」
「むぅ。ディノの反対側の手はアルテアさんと繋ぐ用ですので、籠はアルテアさんに持って貰います?」
「繋がないかな……………」
「やめろ」
だが、籠はアルテアが持ってくれることになった。
しかし、とてもよく動くご主人様はすぐに両手を使いたがるので、魔物達は腰紐対策を取ることにしたらしい。
「……………たいへん遺憾な措置ですが、許された時間が少ないのでやむを得ません」
「可愛い……………」
「なぬ。さては、個人の趣味を反映しましたね!」
ネアは手首に魔物ご愛用の謎の布紐を結ばれ、その紐の反対端はディノの手首に結ばれている。
両手が使えるようにするにはそれしかないのだが、誰かに見られたら乙女の評判にかかわるではないか。
ぐるると小さく唸り、ネアは鋭い目で周囲を見回し、きらりと光った木の根元に飛び込んだ。
布紐がびぃんとなり、慌てて付いてきてくれたディノは、ネアがしっかりと掴んで引っ張り上げたものを見た途端、なぜかしょんぼりしてしまう。
「ネア、それは……………」
「ふむ。素敵な細いやつを見付けましたよ。持ち手のある大きな水晶の針のようで、とても綺麗ですね」
「……………それは銘のある武器だ。貸せ」
「む。私が拾ったのですよ!」
「ったく。お前がアクスに売りさばくにしろ、それまでは持っていてやる。何なんだお前のその引き寄せ方は…………」
早速ネアが拾ってしまったものは、細身の剣のように手に持って使える槍なのだそうだ。
水の系譜の武器は珍しいらしく、とても古いものでもあるらしい。
「水の系譜は地に馴染むのも特性だ。目眩しの魔術が元々添付されているから、武器をどこかに隠す事があっても、使い手以外の者には見付けられないようになっていたんだろう」
「ふむ。しかし、私の目は誤魔化せなかったのですね?」
「ゼノーシュに見付けられなかったのは、どうしてなのかな………」
「………ディノ、これは何でしょう?実は今のものと一緒に見付けたのですが………」
それは、不思議な水晶の指輪だった。
よく光る青い石がついており、先程の槍の横に落ちていたのだ。
「もしかして、こちらを先に見付けたのかな?」
「この光り方からして、この石がきらりとして近付き、槍を見付けたようです。もしや、一緒に使うものなのですか?」
「武器の所有者が身に付けるもののようだ。………銘を持つ武器は、使用出来る者の前にしか姿を現さないから妙だなと思ったのだけれど、それでだったのかな」
腑に落ちたように言われてしまい、ネアはこてんと首を傾げた。
「でも、エーダリア様に預けた剣も……………むむ、あれは確かに使用資格を持ち合わせておりました」
「うん。そのような意味では、この武器は君には使えない筈なんだ。それなのに持ち上げたから驚いたのだけれど、指輪を手にしていたからなのかな」
「いや、その指輪を掴めるのもおかしいだろ。最低でも、可動域九百は必要だぞ」
「……………前々から不思議に思っていたのですが、例えば、………エーダリア様の可動域はどれくらいなのですか?」
牛ですら、八百の可動域を持つ世界なのだ。
ネアは不思議でならず、思わずそう尋ねてしまった。
こちらを見た選択の魔物は、禁足地の森だからか擬態などはしておらず、ウェーブのある前髪が風に僅かに揺れている。
赤紫の瞳に過ぎったのは、どこかこの魔物らしい意地悪な色だ。
「知りたいのか?」
「……………や、やめておきます。せめて、よくアルテアさんがチーズを買ってくれる市場のお店のおかみさんにしておきます!」
「八百はあるな」
「はっぴゃく……………?」
「でなければ、野生の棘牛のチーズが作れると思うか?」
「……………何と世知辛い世の中なのだ」
世間の可動域平均値を確かめ直そうとした自分を呪いつつ、ネアは悲しみを吹き飛ばすように動いて、幾つもの見慣れないものを拾い集めた。
宝石がぶら下がっているような山葡萄の蔓も収穫し、ディノから、武器の展開させた魔術で結晶化したのだろうと教えて貰う。
「このお花は何でしょう?」
「おや、タスキャートだね。この森にはなかったものだよ。錬成の極みとして咲くものだから、誰かがこの近くで自身の力で階位を上げたようだよ」
「まぁ、そうすると咲くのです?」
「祝福で花開く魔術の花だからね。私も、見るのは久し振りかな」
「ふむ。お持ち帰りしましょう」
「っ、折るな!俺が回収する!」
「むむぐ……………」
ネアが大雑把に手折ろうとしたところ、アルテアがとても動揺したので、その花の回収は任せる事にした。
加えて、アルテアが買い取ると言って聞かないので、渋々売買契約を済ませ、けれどもこのようなものでとても喜ぶウィーム領主に鑑賞の時間を与えることを条件とする。
「ネア、そろそろかな」
「……………ふぁい。まだ拾い足りないくらいですが、このあたりで手を打ちましょう」
「……………まだ足りないのかい?」
「しかし私はとても慈悲深い狩りの女王なので、採取と収穫についても取り尽くすような真似はしないのですよ」
「おい、どこがだよ。この籠を持ってみろ」
「……………む?」
さくさくと落ち葉を踏み、ネアは、冬の訪れの気配のある森を見上げた。
木の枝には栗鼠姿の妖精達が寝そべっており、そんなもふもふの毛皮の間にちゃっかり挟まり、暖を取っている小鳥がいる。
(とても穏やかだわ……………)
昨日に森を見回った騎士達によると、交戦の影響で折れてしまった枝などもあったらしいが、それらの痕跡はもう、森の住人達が片付けてしまったようだ。
折れた枝や剥がれ落ちた木の皮なども、森の生き物達の冬籠りの材料になる。
この森には無駄になるものなど何もないのだ。
「楽しかったかい?」
帰り道でそう尋ねてくれたディノに、ネアは微笑んで頷いた。
この優しい魔物が、森での収穫を楽しみにしているネアの為に、厄介な武器持ちを捕まえてくれた事はしっかり聞いているのだ。
「はい、とても。ディノが守ってくれたお陰で、禁足地の森はいつものままでした」
「けれど、割れたり砕けてしまっている落ち葉が多いだろう。君は、綺麗に結晶化した落ち葉を拾うのを楽しみにしていたのに………」
「……………むぐ。落ち葉結晶は、昨年の秋の終わりに流石に拾いすぎだと気付いたので、今年は自粛する方針なのです。その代わり、集めておけば色々と使える祝福結晶や木の実は引き続き拾ってゆく所存です」
「それなら、あまり損なわれてはいないかな」
「ええ。でも、ディノが気付いて悪い奴めをくしゃりとやってくれたからこそ、こうして残っていてくれるのでしょう。ディノ、有難うございました」
「……………ずるい」
ネアは現在、また疲れてしまわないようにと、魔物な乗り物によってリーエンベルクに連れ帰られている。
なので、手を伸ばして頭を撫でてみれば、ディノは目元を染めて恥じらってしまった。
アルテアが持ってくれている籠の中には、きらきらと光る結晶石や木の実、普段の禁足地の森では見かけない花や小枝、更には誰かの落し物な宝石飾りのある半月刀などがこれでもかと詰め込まれている。
(エーダリア様やヒルドさん、ノアも喜んでくれるかな……………)
見上げた先には、唇の端を少し持ち上げて嬉しそうにしているディノの横顔があった。
この優しい魔物は、ネアが楽しく森で過ごしたことが嬉しくて堪らないようで、先程から口元をむずむずさせている。
しかし、見付けたキノコを夜食用にと採取した時だけは、とても慌ててネアの手を確かめていた。
「ディノ、先ほどのキノコは……………」
「ネアが虐待する……………」
「むぅ。アルテアさんの見解だと、一般的ではないものの食べられるようですよ?」
「やめておけ。お前は食うなと言っただろうが」
「むむ。もしや、私を仲間外れにして、どこかでこっそり、二人でそのキノコを食べるつもりなのでは……………」
「食うか。これは媚薬の原料になる。またどこかで見付けたとしても、絶対に食うなよ?」
「なぬ。そのようなものであれば、あまりいただきたくありません……………」
わいわいしながらリーエンベルクに帰り、結果として武器は三つほど回収したと告げると、ヒルドが慌てて騎士棟から戻ってくる事態になった。
しかし、エーダリアだけでなくノアまでもが一番興奮したのはタスキャートの魔術の花で、家族が大はしゃぎで綺麗な花を眺めている姿に、ネアは、ほっと心を緩めてその光景を見守った。
「私の大切なお家の周りに、大切な家族を狙う人達がいてむしゃくしゃしましたが、こうして良いものも残していってくれましたね。結果として我々の臨時収入になったと知れば、さぞかし襲撃者さん達は悔しいでしょう」
ネアがそう言えば、アルテアの用意した氷結晶の採取箱の中できらきらと細やかな魔術の花粉を落とす花を眺めていたエーダリアが、鳶色の瞳を微かに揺らす。
「ネア………」
「そしてこちらが、見たことのない結晶化をしている山葡萄で…」
「み、見せてくれ!」
「エーダリア様……………」
「ヒルド、あれは無理だよ。僕も初めて見る変質だからね…………」
「……………お前も知らなかったのか」
「わーお、アルテアも知らないみたいだぞ………」
ネアは、最初の森結晶と魔術の花の報酬以外のものは、そのままエーダリアに渡してしまった。
ネアの強欲さを知っているエーダリアはとても驚いていたが、籠の中にあった水と木の祝福石があれば、紅茶屋の店主の折った街路樹も元通りに出来るらしい。
エーダリア達が報告会で出かけて行くと、お留守番役を任されたネア達は、会食堂で美味しい紅茶を淹れてアクテーのバタークッキーを食べた。
今夜の晩餐では、お疲れ様という労いを込めて丸鶏の香草焼きが出るらしい。
こちらも武器狩りの影響で収穫出来たらしい、雪雫の蜜を使ったチーズのスープが出ると聞いてアルテアが帰宅を取りやめたので、ネアは新しい至高のスープとの出会いをとても楽しみにしている。




