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バタークッキーと妖精の羽




エーダリアが疲れ果てて辿り着けば、なぜか会食堂は静まり返っていた。

これは何の沈黙だろうと眉を寄せれば、ヒルドの羽が僅かに光ったのが見え、エーダリアは目を瞠る。





ヒルドは、滅多に羽を光らせない妖精だ。

ネアと出会ってから光ることが多くなり、最初の頃のエーダリアは、その度に、胸が潰れるような思いで大切な妖精の羽を見つめた。


ヒルドが羽を光らせるのが、とても嬉しかったのだ。



妖精は本来よく光るものである。

それなのにヒルドが羽を光らせないのは、王宮で強要された悍ましい生活のせいだったのだと知った時、エーダリアは、あの暗い王宮の一人きりの部屋で声を殺して泣いた。


羽を捥ぎ取られ、家族や一族を皆殺しにされ、正妃を含めた王宮の女達から、美しく誇り高い彼がどんな残虐な仕打ちを受けたか。


ただの奴隷ではない。

それは、ただの奴隷などいう生易しいものではなかった。



エーダリアの母を殺したその夜が、彼にとっての最も苦しい夜ではなかったのだろう。

それに気付いてしまったエーダリアは、この美しい妖精を傷付けた人間の一人でありながら、図々しくも彼の力を借りようとした事が、心から恥ずかしいと思えて仕方なかった。



けれどもそんなヒルドの手を離せず、ヒルドがまるで慈しむように微笑みかけてくれるようになり、そしてエーダリアがウィームに逃れてからの事だ。



ヴェンツェルの許可を得たヒルドがウィームを訪問してくれて、久し振りに二人で沢山の話をした。

自分がここで暮らせるようになったことを、ヒルドがどれだけ喜んでくれているのかを知っているからこそ、その日のエーダリアはウィームの素晴らしいところを色々案内したものだ。



二人で食べたリーエンベルクの晩餐は、心の籠った暖かな料理で、勿論毒味など必要のないものだった。

ヒルドはその料理が気に入り、その晩餐までもがとても幸せな時間だった。


だから、ヒルドが王都に戻った後、そんな事が気になったのだろう。




『……………ヒルドは、羽を光らせないのだな』



執務の間についそんな事を話してしまったのは、代理妖精であるダリルだ。

その頃のダリルはリーエンベルクに泊まる事も多く、書庫を離れた生活を彼はとても嫌がっていた。

早く騎士を育て、信頼出来る者達を周囲に増やすようにと言われた後の事だったと思う。



『はぁ?何を言っているのさ、馬鹿王子。妖精の粉は、人間にとっての高価な嗜好品だよ。特に、階位の高い妖精の粉は、極上の媚薬にも毒にもなる。妖精の心こそが生み出すその粉までをあの女どもに消費されたら、ヒルドは恐らく自分を殺すだろうね』

『……………っ、そ、そんな』

『馬鹿馬鹿しい矜持だと思うかい?でもね、あれは、それくらいしか許されない程に奪われ尽くしたんだろうよ。あれは光らないんじゃない。光らせないように自分の感覚を殺し、それで己の心を守ったんだ』



その日から何度となく、エーダリアは穏やかに微笑むヒルドを見た。



僅かな光が揺らぐように羽が光を帯びる事もあったが、それすら稀なのだと知り、自分の不甲斐なさに落胆した日々。



ある年の夜のことだった。


ウィームに来ていたヒルドは、ディートリンデと会ってきた後で、エーダリアは執務が終わったばかりだったと思う。

イブメリアの飾り木の見える部屋で、二人でゆっくりと酒を飲み交わしながら話をしていると、不意に、ヒルドの羽がざあっと美しい光を帯びた。



(あの日の事を、私は生涯忘れないだろう……………)



エーダリアは確か、漸く揃い始めたリーエンベルクの騎士達の再編について語り、ゆくゆくは、ヒルドにもここで暮らして欲しいのだと話した気がする。

そうしたら毎日、おはようと挨拶を交わして、リーエンベルクの食事を食べて、共に仕事をするのだ。


家族のようにずっと。

そして、どこまでも、どこまでも。



少し酔っていたのかもしれない。

そんな話をしていたら、ヒルドの羽は美しい光を帯び、ぱさりと揺らせば、はらはらと妖精の粉を降らせていた。



あれから、どれだけの日々が経っただろう。

こうして今、在りし日のエーダリアの願いは叶い、ヒルドはリーエンベルクで暮らしている。


それがどれだけの喜びであり、奇跡なのか。

そしてヒルドは、最近少しずつ妖精らしく光るようになってきていた。




(そのヒルドが、……………羽を?)



妖精は激高でも羽を光らせるが、ヒルドの表情はとても穏やかである。

となるとそれはつまり、ヒルドをそれだけ喜ばせることが起きたと言えよう。



会食堂に入ったエーダリアに気付き、こちらを見て青紫色の瞳を細めたのは、エーダリアにとって、いつの間にかヒルドのような大切な存在になっていたノアベルトだ。


この魔物も、深い深い心の傷を負いリーエンベルクを訪れた、継ぎ接ぎの美しさを誇るエーダリアの大切な家族の一人。


お伽話の中の高位の魔物と当たり前のように共に暮らしてゆく日々は、いつだって驚きと安堵に満ちている。


彼なら何か知っているだろうかと思えば、なぜか塩の魔物の顔も喜びに満ちていた。



「ありゃ、エーダリアだ。そっちは終わったかい?」

「あ、ああ。その、……………そちらは何かあったか?」

「うん。禁足地の森の方に、厄介な武器使いがいてさ、シルが怒って排除しに行ったよ」

「ディノが……………?そ、それは、相当なことなのではないか?」

「うーん、広範囲の攻撃を可能にする武器なんだよね。ほら、ネアが冬の森の散策をするのを楽しみにしてるから、シルはこの時期の森を荒らすのは許さないんだよね。でもまぁ、それ以前に、雨降らしに見付かってどうにかなってそうだけど」



そう言われてみれば、禁足地の森には今、ミカエルという名前の高位の雨降らしが暮らしているのだった。


人型有翼の生き物達の生態は、謎に満ちている。

雨降らしも人型の生き物なので、どのように森で暮らしているのか不思議ではあったが、エーダリアも見かけたことのあるミカエルは、いつも綺麗に整った貴族然とした装いだった。


森の小さな生き物達に慕われている雨降らしがいるのだから、森を荒らす者がいれば、彼に即座に報告が行くだろう。


ダリルが、ミカエルが来たことで願っても叶わないような理想的な守護体勢が完成したのだと褒めていたが、確かに、ミカエルが来てからの禁足地の森は格段に扱いやすい場所になった。



「炎の系譜の武器のようですよ。森には古くから暮らす人外者も多いので、特に火の気配を持つ武器は疎まれるでしょうね。……………何も知らずにあの森に入り、無事で済めばいいのですが」



炎と聞いてひやりとしてノアベルトの方を見てしまったが、そう冷ややかに微笑んだヒルドに、エーダリアは小さく息を吐いた。


この分では、その武器持ちは、ディノが手を出す前に森に暮らす者達に引き裂かれてしまう可能性が高い。

そうなってしまうと名のある武器が森のどこかに放置されることになりかねないので、一連の騒動が落ち着いてから、森の中の遺留品捜索を行った方が良さそうだ。


他にも森の住人達に排除された者が、いないとも限らない。




「……………ところで、それは?」



ここでエーダリアが気になったのは、二人が手に持っているクッキーのようなものだった。



素朴な白いクッキーだが、ふんわりと甘いバターの香りがする。

皆で何を食べているのだろうと気にかけたというより、ヒルドとノアが、手にバタークッキーを持ったまま会話をする姿が珍しかったのだ。



「……………エーダリア、これ凄いよ。さっき、ゼノーシュは泣いてたから」

「ゼノーシュが?そう言えば、担当地区の入れ替えの為に、先程リーエンベルクに帰還していたな」

「そうそう。で、ネアからのお土産だよって、このバタークッキーを渡したんだけどさ、あのゼノーシュが涙目で缶を抱き締めていたからね」

「私も、このようなバタークッキーは初めて食べました」


そう言いながら、ヒルドは自分が手にバタークッキーを持ったままであることに気付き眉を寄せると、それはひとまず自分の前の紙ナプキンの上に戻し、エーダリアの為に紅茶を淹れてくれる。


この時間の厨房は晩餐の準備に入るので、会食堂に来ていても、飲み物は大きなポットから自分でカップに注ぐのが一般的だ。


その代わり、大きなポットに入った飲み物を用意しておいてくれるので、こちらとしても気兼ねなく飲めて有難い。



「……………もしかして、アクテーの修道院のバタークッキーだろうか」

「そうそう。僕もヒルドも、せっかくネアが買ってきてくれたからって食べ始めたんだけど、これは幻のクッキーって言われるのも分かるなぁ。すごく素朴なクッキーなんだけど、凄く美味しいんだよ!」



そう言って差し出された缶を、まじまじと眺めた。


問題のクッキーは、さらりとした固焼きのものではなく、少し粉の落ちるバターたっぷりのざくざく食べるようなものだ。

微かにキャラメル色の筋があり、ざらりとした表面にはほんの少しの塩粒が見える。


興味を惹かれて椅子に座り、まずはヒルドの淹れてくれた紅茶を一口飲む。


爽やかな柑橘類の果実の香りに、高度な対応を要求されるダリルとの作業で強張った肩から力が抜けるようだ。

ほっと息を吐いてから、なぜかヒルド達に見守られてクッキーを手に取る。



割って食べようとしたのだが、あまりにも二人がこちらを見ているので、そのまま齧ることにした。

なぜこんなに緊張せねばならないのか困惑しながら、アクテーのバタークッキーを口元に運ぶ。


さくりと軽い音がして、唇の上で崩れた欠片を落とさないよう、指先で粉を払った。


クッキー用にと渡された紙ナプキンは、よく気の回るネアが、皿などを出さずともと置いていったものであるらしい。

さくさくとバターの味わいと香りの豊かなクッキーを噛み締めれば、それは、エーダリアが今まで食べてきたバタークッキーとは一線を画すものであった。




(……………これは)




思わず目を瞠り、頬張ったままヒルド達の方を見れば、ノアベルトがにんまり微笑むのが見えた。


茶色い筋はバタースコッチだろうか。

それとも、何か特別なものなのだろうか。

ほんの何粒かの塩が絶妙な存在感を示し、もう一枚食べたいという気持ちになる。



「……………美味しいな」

「だよね、やっぱり!これはもう、何か特別な祝福があるとしか思えないクッキーだよね。ヒルドも同じ反応だったんだよ」

「甘いクッキーとなると、普段はあまり数を食べるようなものではないのですが、これなら何枚か食べてしまいそうですね」

「ああ。その気持ちが分かるような気がする。素朴なものの筈なのに、初めて食べる味なのだ……………」



アクテーの天上修道院から帰ったネアは、朝食を食べた後、部屋で休んでいるのだそうだ。

フォルキスの槍に撃たれたのだから当然なのだが、ウィームの状況を気にしながらも、かなり疲弊していたらしい。


幸いにもこちらの状況は何とか落ち着きそうなので、起きるまでは寝かせてやって欲しいと話しておく。


クッキーを食べながら、ネアがヒルド達に話しておいてくれたガゼッタでの事件の概要と顛末を聞き、今回の一件で、ガゼッタが幾つの武器を増やしたのかを考える。


刺客として送り込まれた者達は、ある程度使い捨てではあったのだろう。

そこまで階位の高い武器を持たせてはいない筈だが、武器というものは組み合わせで大きな力を振るうことがある。


現段階ではヴェルクレアとの連携も吝かではないガゼッタが、その武器を得ることで方針を変える可能性もないとは言えないのだ。




「ウィリアムはまだ戻らないのか。……………いや、戻れないのなら無理をしてこちらに来る必要はないのだが、ヴェルリアの様子を見に行ってくれているので、少し気になるな……………」

「うーん、ウィリアムなら問題があっても摘み取ってくるだけだから、エーダリアが気にする必要はないと思うよ」



ノアベルトは如何にも簡単にそう言ってしまうが、終焉の魔物がこの国の状況を重点的に見てくれているのは、好意によるものなのだ。

余計な負担をかけていないか、やはり気になってしまう。



「まぁ、あっちにはドリーがいるからね。いざとなれば、大抵の武器は焼けるんじゃないかな」

「そ、そうなのか……………?」

「氷雪の系譜の武器や、事象の系譜のものはその限りじゃないけれどね。そのあたりは、氷雪ならウィームに連絡が来るだろうし、事象の系譜はシルかウィリアムが最終手段みたいなところがあるからね。どっちにしても、発見さえ出来れば心配ないんだけれどね……………」



それはつまり、見付けさえすれば安心という反面、王都での探索の目を掻い潜る者が現れると事態が急展開しかねないという事だ。


ただでさえ他国との交易の機会の多いヴェルリアでは、武器持ちをどう探し出すかは難しい問題だろう。

その煩雑さを考えると、他の国からの流入はあれど、どちらかと言えば閉鎖的な気質のウィームを有難く思った。



気付くと、三枚ものクッキーが跡形もなく消え去っていた。



土産として渡されたものでも、これは滅多に手に入るものではない。

本人のいないところで食べ過ぎてしまったのではと青ざめたが、苦笑したノアベルトが、これは自分達三人用に渡された缶なのだと教えてくれた。


それを聞いて安心したが、一度に食べると絶対に後悔するので、三人で慎重に今後の食べ方を考え、残ったものは、今度の休日にゆっくりと寛ぎながら食べる事にする。


なお、クッキー缶は、ノアベルトに預けておくと銀狐が食べてしまいかねないので、ヒルドが管理する事になった。



「やれやれ、迷惑なものですね。国防の要となる場所なのですから、ガゼッタは使い手の管理についてもう少し配慮するべきでした」

「無理をさせてしまったが、結果としてはネア達がアクテーの修道院に居てくれて良かったのだろう。その、……………アルテアが使っていたという武器は、武器そのものが騎士という入れ物を作るのだな?」

「エーダリア様……………」

「す、すまない……………つい」

「幾つかの武器で、発動時に使い手の防具も錬成するものがあるよね。あんな感じで、騎士成りの剣は所持した者をその騎士の外殻で包むんだと思うよ。アルテアの、仮面の魔物として使っている固有魔術を生かして作った武器だね。ほんと、道具作りに関してはアルテアは天才的だからなぁ」



そんな風に手放しでアルテアを褒めるノアベルトは珍しい。


おやっと思いながらそちらを見ると、今後の魔術の運用に役立ちそうだと笑うので、何か考えがあるのだろうか。



「ほら、騎士にならなくてもいいけど、別人の外殻を纏えると有利だったりするし、装甲なんかで体を守れると便利だよね。……………後は、武器って程に仰々しいものではなくても、それが出来るかどうかだな。武器については、武器を持てば防具の装備も行うっていう、同一環境下の認識の魔術も繋げて展開しているからさ」

「そうなのだな」



やはり、このような話をノアベルトと交わすのは楽しい。


こちらが思ってもいなかったような魔術の動きを、些細な会話から教えてくれるのだ。

少しだけわくわくしてしまい、唇の端を持ち上げたところで、ヒルドにゼベルからの連絡が入った。



「……………第二次防衛ライン上、多数の武器持ちの出現を確認しました。今回の襲撃の目的はやはり国崩しですね。……………襲撃目標は、リーエンベルクだと思われます」



魔術通信を切り、ヒルドが告げた言葉にエーダリアは小さく息を飲む。


そうではないかという懸念があり、備えをしておきながら、いざ言われてみれば実感が湧かなかったのだ。



窓の外の景色は穏やかだ。

けれども、これからリーエンベルクは敵の攻撃に備えなければいけない。



「そうか。……………では、準備しておいた迎撃策に移行する。領内の緊急回線で、領民達にも注意を促してくれ。幸いにも、ここは街の中心からは離れているが、領民を巻き込むのだけは避けたい」

「そちらは、グラストを主導に既に完了したそうですよ。ダリルは、一人で戻りましたか?」

「ああ。無事に戻れているといいのだが……………」

「襲撃を受けたとしても、このウィームでダリルダレンの書架妖精を捕縛出来る者などいないでしょう。リーエンベルクの周囲にも、幾つの迷路を隠し持っていることか。彼一人であれば、心配はありません」



そうヒルドが笑ったので、エーダリアは少しだけ肩の力を抜くことが出来た。

カップの中の紅茶を見下ろし、小さく溜め息を吐くと残っていた紅茶を飲んでしまう。



(私ではない。……………前線に立つ騎士達こそが、これから正念場になる)



その為にも、誰よりも自分こそがしっかりしなければと強く思う。

ここはエーダリアにとって大事な家であり、守るべき最愛の財産なのだから。



ゆっくりと立ち上がると魔術を動かし、羽織っていた上着を、防御に長けたケープに置き換えた。

その大事な仲間達が与えてくれた守護の厚い装備に切り替え、淡い魔術の光を帯びてふわりと揺れ落ちたケープの裾を僅かに神経質に整える。



「僕の術符は持ったかい?エーダリアがここから出る事はないけれど、でも、念の為にね」

「ああ。常に持っている。ヒルドも、持っているな?」

「勿論、持っておりますよ。後何百年かは、退場する訳にはいきませんからね」

「はは、何百年もか。それは……………心強いな」



そう言ってのけたヒルドに僅かに心が痛んだのは、であれば、彼は自分を看取るのだろうかと考えたからだった。


出来れば一族の最後の一人になってしまったこの妖精を看取ってやりたかったが、そこには、人間と高位の妖精の寿命の差が大きな壁となる。

然し今は、ネア達がいるのでヒルドを置いていってしまうことへの不安はだいぶ和らいだ。


(私が退場した後も、ヒルドにはノアベルトやネアがいる。ダリルやディノがいて、イーザなどの友人達もずっと彼の傍にいてくれるだろう……………)



ゼノーシュについては、グラストの死後もここに留まるかどうかは未知数だ。

ネア曰く、グラストの命を削らないようにしているそうなので、グラストはなかなかに長生きするかもしれない。


開戦の緊迫感を押しのけるように、そんな仄かな切なさに胸を焦がしていると、ノアベルトがくすりと笑った。



「エーダリア、随分先だなって顔してるけど、今のエーダリアもそれくらい生きるからね」

「ああ。……………ん?」

「守護の分厚さを考えると、間違いないかなぁ。まぁ、僕のものも大きいけれど、ヒルドの一族は元々森と湖に宝石だからね。長寿や継続を司る守護があるんだ。ダリルの書架の守護も永続性や永遠性を望まれる知識の保存の魔術だし、なんか他にもかなりのそういうものが積み重なっているんだよね。そもそも、魔術師は保有する魔術道具で寿命を削ったり伸ばしたりするよね?」

「……………い、いや!だが、削られるものも多いだろう?!」

「ありゃ。僕達、エーダリアの命を削るような道具なんて、持たせてないからね。そうなると、増える一方って訳だ」



そんなことを聞かされ、エーダリアは愕然とする。

だからねと、ノアベルトは魔物らしい美貌で艶やかに微笑んだ。



「僕達は、それくらいの間はずっと君と一緒に居られるって、もう思っているんだよ。それを、不確定な要素で邪魔されるのはうんざりなんだよね。……………ヒルド、シルも外だけど、僕も少しだけ出てくる。その間のエーダリアを頼んでもいいかい?」

「わかりました。エーダリア様のことは、リーエンベルクそのものも守るでしょうが、誰も近付かせませんよ」

「うん。もし問題が起きた場合は、ネアの寝室を作戦本部にして、アルテアにも助けて貰おう。今のアルテアは、ほら、少しだけ負い目があるからさ。ネアをゆっくり寝かせておく為にならなんだってしてくれる筈だからね」

「……………ノアベルト」



転移を踏もうとしていた契約の魔物を呼び止めると、微かに目を瞠り振り返ったノアベルトが、ニッコリと微笑んだ。



「僕の心配をしてくれるのかい?そういうの、家族って感じがしていいね」

「心配をするのは当然だろう。お前が出るということは、あくまでも解決を早める為だけであって、無理をするような状況ではないのだな?」

「ありゃ、エーダリアは心配性だなぁ。僕やシルがいて、おまけに雪竜の祝い子や真夜中の座の精霊王がいるんだよ。イーザ達はさすがにヨシュアの統括地を離れられないけれど、ウィームは何しろ潤沢な守りがあるからね。総出で排除した方が早いだけだから、安心して待っていてよ」

「……………ああ。宜しく頼む」



様々な不安を飲み込みそう言えば、エーダリアなどが想像も出来ない程の永きを生きる魔物は、もう一度微笑みを深める。


「……………うん。いつだってそう言って任せて欲しいな。ヒルドもそうだろうけれど、ここで心置きなく家族を守れるのが、僕の最高の贅沢だからね」



翻った黒いコートの後ろ姿が、転移で消える。

それを見送り、ヒルドと共に執務室へ戻ろうとしたとき、なぜか不意に胸が苦しくなった。



それは、決して不快な締め付けではない。



やっとここに家族を得て、当たり前のように過ごせる日々の愛おしさに胸が苦しくなったのだ。

歌乞いの契約の魔物達が狭量になるのは、こんな愛おしさをどう扱えばいいのか分からないからなのではないだろうかと思う。



エーダリアは、もうこれ以上は望まないだろう。

これで充分だと思う代わりに、ここにあるものはずっと失われずにいて欲しい。


もう望まないからこそ、どうか。

どうか。




「……………ヒルド、私は良い領主になりたいのだ。良い、……………家族にも」



そう言えば、こちらを見た大事な妖精は、こんな時に何をとは言わず、淡い微笑みを鮮やかに深める。


伸ばされた手がそっと頭を撫で、その気恥ずかしさに目元を染めれば、ヒルドは幸福そうに微笑んだ。


淡く光りを帯び、きらきらとダイヤモンドダストのような煌めきを揺らした妖精の羽を広げたヒルドは、やはり美しい妖精だった。

エーダリアのここまでの道は、この妖精が作ってくれたのだ。



「であればこのまま。あなたが壮健であれば、我々はいつだって満足ですよ」



そんな言葉にしっかりと頷き、真っ直ぐに前を向く。



ただ、騎士棟経由で執務室に向かった際、厄除けの女神がいるのでリーエンベルクが損なわれることはないだろうと大真面目に語る若い騎士に、複雑な気持ちになった。


帰ってきたばかりで眠っているネアに、どうか事故など起こさせないでやって欲しい。

だが、その為にはエーダリア達が頑張らなければならないのだった。







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