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103. 少しも落ち着きません(本編)



リーエンベルクに戻ったネア達を待ち受けていたのは、武器狩りの影響で大騒ぎになっている家族の姿だった。



「僕の妹が帰って来た!」

「むぐ!もみちくちゃにされまふ……」

「………ネイ」

「……………ごめんって。でも、ネアが無事に帰ってきてくれて、本当に良かったよ。ばたばたしているけれど、まずはフォルキスの槍を使われた影響がないかどうか見ようか」

「はい。お願いします」

「今すぐそいつを酷い目に遭わせたいところだけど、せめてそっちの国境域は保持しなきゃなんだよなぁ…………。その槍の使い手は死ぬまで酷使するしかないけれど、僕の妹を傷付けた報いはいずれ何らかの形で受けて貰うよ」

「……………どこかの国境で、問題が起きたのですか?」



不穏な言葉に眉を持ち上げ、ネアはそう問いかける。

エーダリアの姿は見えないものの、こちらを見たノアの青紫色の瞳はとても綺麗で、幸いにも苦痛の影はない。


(となると、エーダリア様は執務室かな。ヒルドさんやノアと一緒ではないということは、ダリルさんが来ている気がする………)



「アルビクロムの国境付近で、武器狩り同士の大規模な交戦があった。技術者の奪取と、魔術の少ない者でも使える転移門の略奪が目的だったみたいだね。襲撃相手は一個師団だから、ガレンや王都からも増援が出ている」

「……………まぁ。だから、エーダリア様はこちらにいらっしゃらないのですね?」

「うん。ダリルと一緒に執務室に篭ってるよ。その代わり、僕とヒルドがウィームを見ているんだけど、こっちもシカトラームへの襲撃があってね。やり口から見て、アルビクロムと同じ組織だ。略奪を主としていて、恐らくは旧ロクマリア域のはぐれ者達の組織だろう」



ネアが、ノアからの健診を受けつつそう説明されている間にも、ヒルドは、アメリアと通信板で深刻そうな面持ちで話をしている。

ヴェルクレアへの武器持ちの襲撃開始にあたり、ウィリアムはあちこちを見て回ってくれているらしい。

現在のヴェルクレアは統括のアルテアが不在にしているので、優先的に監視してくれているのだ。



(ロクマリア域と言えば、ガゼッタもその中の小国の一つなのだ)


そう考えれば少しひやりとしたものの、ガゼッタは今のところ襲撃に加わる者を出していないらしい。

捕縛された襲撃者達の国籍はガゼッタよりも西側の国々に偏っているようなので、立地としては大陸の中でもカルウィ側にあたる国々だ。


「せめて、拠点を国内に置いてくれれば動かせる駒も多かったのですが……………」

「国内に指揮系統を置けば、こちらは正規軍も動かせるからだと思うよ。敢えて自陣を国外に置く徹底ぶりは、ヴェルクレアは魔術師の質がいいからこそ、転移での急襲を警戒したんだろう。つまり、行き当たりばったりの襲撃じゃないってことだ」


どうやら、敵の本拠地に容量の大きな転移に長けた武器を持つ者がいるようなのだが、それが国外にあるのが問題なのだった。


ヴェルリアは海沿いの警戒もせねばならず、アルビクロムは既にかなり疲弊している。

ガーウィンは、真偽の程はどうあれ自領の防衛だけで精一杯だと答えており、ウィームには武器狩りに向いた武器が少ない。



(そうか。他国の領域を襲撃する事も出来るけれど、それには武器が必要なのだわ……………)



実のところ、ネアは徹夜明けなのでふらふらだったが、到底眠れるような状況ではなかった。

ディノがノアと話している様子を落ち着きなく見つめ、ヒルドが家事妖精に頼んでくれた月光蜂蜜入りのホットミルクをぞぞぞと啜る。


疲労のあまり、若干目の開きがいつもより狭いが、これはどうか見逃して欲しい。



「ネア様、少しお休みになられては如何ですか?」

「……………ぎゅ。心配ではらはらしてしまうので、ここで皆さんの様子を少し把握してからにします」

「では、温かくしていて下さい。少しでも体調に変化があれば、すぐにお部屋に戻っていただきますが宜しいですね?」


不安げにへにゃりと眉を下げたネアに、ヒルドは困ったような優しい溜め息を吐いた。

瑠璃色の瞳の妖精の美しい微笑みに、ネアはぬくぬくと暮らす大好きな家に戻ってきたのだとほんわりする。


耳の奥に、サスペアの慟哭が残っていた。

望んだものは違うのだと叫んだセレンの憤りの声や、空っぽになって風にばたばた揺れるアナスの修道士服。


いつもだったら、こんな思いを抱えていてもリーエンベルクに戻れば安心するのだが、今回ばかりはそうもいかないようだ。


今の生活の尊さを噛み締めたばかりのネアである。

この大事な家を脅かしたら許さないのだと小さく唸れば、慌てたように振り返ったディノが、朝食は少し待ってねと頭を撫でてくれた。



「むぅ。朝食は必ずいただきますが、もし誰かがウィームを狙ったのなら許しません。ずたぼろにしてくれる……………」

「シカトラームの襲撃を試みた者達は、シカトラームの管理者達に無力化され、その後は街の魔術師達が捕縛しているようだ。事後処理は続いているようだけれど、もう心配はなさそうだよ」

「お話を聞いていると略奪が目的とのことですが、他の場所は大丈夫なのですか?」

「そうなんだよね。ウィームの領民じゃなければ、普通は博物館や美術館を狙う筈なんだ。シカトラームの防壁は厚いから、そちらは陽動かもしれない。加えて封印庫の方の入り口とリーエンベルクも警戒を強めているよ」


確かに、魔術銀行の中には秘宝と言われるようなものがたくさん収められているだろう。


しかし、高位の武器を持つような使い手であればこそ、その堅牢さは一目瞭然である。

封印庫を狙ったのではという見方もあったが、どうもそれも違うようだ。

であれば、シカトラームの襲撃犯は、本人達には知らされていないまま陽動に使われたという意見も出ているのだそうだ。


この張り詰めた空気からすると、ヒルドやノアもそう思っているのだろう。


「ガゼッタの修道院は、ひとまず大丈夫そうだね。今日明日はその槍使いも駄目かもしれないけれど、あの武器がガゼッタに留まることこそが重要だからね。中身はそろそろこっちに来る頃合いだろうけれど、アルテアの管理する騎士もいるみたいだから、もう問題はないだろう。やれやれ、一安心だね」

「それよりも、ガゼッタの第一騎士団の構成員が気になりますね。武器狩りが落ち着いてから、一度、ダリルに王都と情報の擦り合わせをさせた方が良いでしょう」



(確かに、ガゼッタ王家は、ヴァルアラムさんのような騎士さんを受け入れているということになる……………)


近年、ガゼッタも含め、ロクマリア域の小国は興されては壊れての繰り返しを続けている。

徐々に小国の維持に向いた形での最適を見付け、落ち着いた再編となりつつあるものの、国勢は日々変化しているのでヴェルクレアでも把握が難しい部分も多いのだろう。


ネア達がハンフェルを訪ねた際には、ガゼッタの騎士団はさして危険視されていなかった。

しかし、もしヴァルアラムのような人物が障害になった場合には、厄介な立場に立たされる可能性もあったのだ。


「多分だけど、単独で活動出来る密偵も兼ねているんだろうね。第一騎士団の肩書を与えることで、各自がその場での指揮権を取れるようにもしてあるんじゃないかな。……………うん。悪くない仕組みだね。ガゼッタはなかなか見どころがありそうだ」

「潜入中のグラフィーツさんによりますと、宰相様はかなりの切れ者だとか。ただ、趣味は全く合わないそうです」

「ありゃ、何の趣味が合わないかも気になるなぁ……………」


そう言えば何の趣味が合わないのだろうと、ネアは首を傾げた。

しかし、ちょうど目の前には、ほかほか湯気を立てるグヤーシュと焼き立てのパン、美味しい半熟卵が運ばれてきており、そちらに視線が釘付けになってしまう。


半熟卵は殻を入れ物のようにして卵入れに乗せてあり、殻を剥いた上の部分からスプーンでいただく。

とろとろの卵にはふわりと香草のいい香りがして、凍らせてから削った氷雪檸檬の粉と、薔薇塩が堪らない美味しさである。

ぱくりと頬張り美味しさにじたばたしたネアは、卵とはこういうものであるとふんすと頷いた。


ネアが前の世界で清貧な暮らしを送っていた時も、ゆで卵が生臭いことはなかった。

庭で育てている香草を食べ尽くしてしまった後は、美味しくいただく工夫として、森林公園で摘んできた、謎の香草代用で香りづけの香草塩を作成したこともある。


いつもならパンと交互でいただく卵は、我慢出来ずに一気に食べてしまった。


「……………美味しいれふ。卵が、美味しいです」

「ネア、もっと食べるかい?」

「むぐ。これからは焼き立てパンをやっつけるので、卵は一個で良しとしましょう。ディノも美味しい卵を食べて下さいね。グヤーシュにも、お野菜やお肉がたっぷり入っていて、何て美味しい朝食なのでしょう」

「……………うん」

「ふふ。ディノの大好きなものですものね」

「クリームが多めに入っているんだね」

「むむ、さてはクリームましましグヤーシュにはまりましたね?」

「ご主人様……………」



焼き立てのパンに岩塩の粒が効いたバターを塗り、ネアは幸せな気持ちになった。

デザートはアップルシュトルーデルだ。

こちらも寒い朝に嬉しい一品で、焼き立てで出してくれるらしい。


お皿の上には、ネアのお気に入りのハムも盛られていた。

食べ物で苦しんだ修道院生活明けのネアの為に、敢えて家庭的な朝食を作ってくれた料理人達の心憎さに、ネアは爪先をぱたぱたさせてしまう。


眠っていないこともあるので、こんな朝は、美味しい卵とスープ、そして焼き立てのパンをバターやハムでじんわりいただきたい。


「……………可愛い」

「ふぁ。焼き立てのパンに、赤い香辛料の効いたバターもまた乙なものです。しかもこれはまさか、鶏レバーのパテでは……………!」

「そうそう、昨日新しいパテが仕上がったみたいなんだ。今回のパテも美味しいよ」

「い、いただきます!!」


パテ博士なノアの一推しとなれば、それはもう間違いない。

ネアは表面に薄くオリーブオイルを張って乾燥を防いでいるパテにさくりとスプーンを入れ、鶏レバーのパテを少し硬めの薄切りパンに乗せた。

黒胡椒をひいて一口齧れば、こちらも至高の味わいである。


喜びに悶えるネアの向かいでは、ヒルドが、今度はグラストと何かを話していた。

どうやら、川沿いの船着き場で、不審者の確保情報が上がったらしい。



「……………では、そちらは任せます」


通信を切りふうっと息を吐いたヒルドに、ノアが歩み寄る。

さりげなく並び立った二人の姿に、ネアは何だか良いものを見たような気分になった。

この二人だけでいると、エーダリアを挟む時とはまた違う、お互いを理解しきった相棒のような雰囲気があって、ネアはそんな二人の姿が大好きなのだ。


「ヒルド、武器持ちみたいだね?」

「ええ。やはりシカトラームは陽動だったと見るべきでしょう。偶然川沿いを友人と散策していた者が、不審な動きに気付いて捕縛してくれたようです」

「武器持ちを捕縛出来たってなると会の人かなぁ。……………それにしても川かぁ。……………うーん川に人員を割くとなれば、狙いは封印庫かリーエンベルクかもね。美術館と博物館だと、立地上、駒を進めるのに勝手が悪い」

「或いは、アクスかもしれませんね。陣を構えるとなると、中央に位置しているのでは?」

「……………わーお。その可能性は失念してたや。まぁ、アクスが相手なら寧ろ楽だよ。アイザックがどうにかするだろうから、僕達はそっちの可能性は排除していいかな」


ノアの視線の動きを見て、ネアは無花果のジャムを乗せたパンを齧る。

グヤーシュのお皿は空っぽになり、最後に甘いジャムとハムの組み合わせでパンを食べるのは、ネアの密かな楽しみだった。


こちらを見て給仕妖精が頷いたので、デザートの準備もそろそろだろう。



(ノア達は、私が狙われている可能性もあるのだと、かなり警戒してくれているのだと思う……………)


リーエンベルクで武器を持つのは、エーダリアとヒルド、そしてネアだ。

その中でも武器持ちであることを知られている可能性が高いのが、ヒルドとネアである。


エーダリアの武器利用は夏夜の宴からであるし、あの中の生き残りであるジルクは、エーダリアの使っていた武器が、ネアの所有だと思っている筈だ。

そちらから情報が漏れたとしたら、狙われるのはネアだろう。



(或いは、国崩しの一環であれば、リーエンベルクそのものが狙われる……………)



けれど、そちらの可能性はネアを大変苛立たせた。

寝不足で帰った大事な家を誰かが狙うのであれば、ネアは、生きているのを後悔するような目に遭わせるつもりで迎え撃つのも吝かではない気持ちだ。


偉大なる狩りの女王の睡眠と家を損なうなど、到底許される所業ではない。



「ぐるる……………」

「おい、不機嫌になるくらいなら、さっさと寝ろ」

「む、先程まで騎士さんの中に入っていた使い魔さんです」

「一睡もしてないんだろうが。何でまだ起きているんだ」

「これから、美味しいアップルシュトルーデルが出てくるので、私の邪魔をする者は許しません」

「食い気を優先したんだな」

「むぐぅ」


まるでリーエンベルクの住人かのように、しれっと現れたのは黒に近い濃紺のスリーピース姿のアルテアだ。

今回はずっと近くにいたようにも思えるのだが、ヴァルアラムはやはりアルテアではなかったし、こちらの姿の選択の魔物はお久し振りという感じがしてしまう。


怪我などの影響はないのかなと見上げて様子を窺えば、なぜかアルテアは、少しだけ嫌そうに顔を顰めた。

おもむろに手袋を取ると、その手をネアの頭にぼさりと乗せてしまう。


「……………ぐるる」

「食事を終えたら、魔術汚染の状況を調べるぞ」

「それはもう、ノアがやってくれました。侵食魔術の付与もなく、目も問題ないそうです」

「ありゃ、思ってたより早くこっちに戻れたんだね。アルテア、ネアに付与されている聖域の最上位祝福ってなんだと思う?」

「聖域の守り手だろうな。捕獲されて赦しを乞う為に付与したんだろう」

「わーお。また凄いものを狩ってるぞ……………」

「むぅ。狩りの成果を尋ねてくれれば、ちゃんと申告しましたよ?なお、ヴァルアラムさんなアルテアさんにお譲りしてしまったので、野生に返したという認識です」

「ネア、階段にいた緑の生き物から貰ったものを、アルテアに調べて貰った方がいいのではないかい?」

「は!そうでした」

「……………ほお、また妙なものを増やしたんじゃないだろうな?」

「修道院に向かう石段で、踊るブロッコリー的謎生物に出会い素早く狩ってしまったのですが、残りの一体からは不思議なカミソリのようなものを献上され、見逃して差し上げたのです。ディノ曰く、アルテアさんの系譜の生き物らしいのですが……………」



おずおずとそう申し出てみると、アルテアはとても無防備な目をした。

これはきっと、その生き物が自分の系譜のものだと知らなかったに違いないと察し、ネアは呆然としている使い魔の背中をぽんと叩いてあげた。


「……………やめろ」

「デザートをいただいた後で、現物を見てみます?」

「え、僕も見たいんだけど。で、そのカミソリってどんなものなのかな?」


そう言われたので、ネアは、ディノに預けてあった献上品を出して貰うことにした。

悪いものではないのだが、ディノにも詳細が分からないという選択の系譜らしい謎めいた道具だったので、ネアの金庫ではなく万象の魔物の管理となっていたのだ。


真珠色の爪の美しい指先でどこからともなく取り出されたのは、青みがかった銀色のカミソリのようなものだ。


折り畳み式で刃を収納出来るのだが、柄の部分の細工には宝石も嵌め込まれており、実に素晴らしい意匠である。

星とアザミの図案は繊細で、ブロッコリーの持ち物にしては上等過ぎるのではと言わざるを得なかった。



「……………え、これ武器じゃないかな」

「おや、武器なのかい?」

「武器というよりは、カミソリのようにも見えますが……………」


ノアは武器の見立てであったが、ヒルドにもカミソリに見えるようだ。

そもそもカミソリは武器の範疇なのか、道具の範疇なのかの概念が曖昧だが、言われてみれば武器に見えないこともない。


ネアは、アルテアはどう判断するのだろうかと顔を上げ、とても暗い目をした使い魔の姿にぎりぎりと眉を寄せた。

ネアの視線に気付いたものか、赤紫色の瞳がどこか詰るような眼差しでこちらを見る。


「……………仕込み武器だ。クライメルとの賭けで取られてから、かなり長い間所在が不明になっていたものだな」

「……………なぬ」

「言っておくが、これは武器狩りの対象になるぞ。そのままシルハーンに預けておけ」

「……………そうしますね」

「わーお。僕の妹が、開始早々に武器狩りを成功させているぞ……………」


余談だが、書物などに記録のある武器には階位がある。

この仕込み武器は、その中でも水夜の座というなかなか高位のものなのだそうだ。



「有り体に言えば、獲物の顔を剥ぐのに使う仕込み武器だな」

「ぎゃ!欲しくありません!!ぽいです!」

「捨てるな。俺が回収する」

「……………む。では、果物ぎっしりタルトなどと引き換えにします?」

「おい、お前は今からシュトルーデルを食うんだろうが」

「ディノ、アルテアさんが私の収穫物を巻き上げようとします」

「アルテアは、私が叱っておくよ。君があの生き物との取り引きで、正当に手に入れたものだからね」


ジャッカーと呼ばれるその武器は、アルテアに戻されることになった。

ノアの提案でタルトだけでは安すぎるということになり、ネアは、前々から欲しかった魔術書を読む時用の遮蔽軽量眼鏡を貰えることになる。


ネアの顔の形に合わせてアルテアが作るそうなので、納品は年明けになりそうだが、かなり楽しみだ。

材料などは選ばせてくれると聞きうきうきと椅子の上で弾んでいたネアは、給仕妖精が届けてくれたデザートをむぐむぐと頬張った。



「……………それにしても、カルウィの第一王子か。王位の継承権第一位の王子が、そんな風に動いているとは思わなかったなぁ」

「あの槍を狙っていたのは、第九王子だった筈だ。兄の姿を借りた擬態か、本人かはグレアムに調べさせるつもりだ。……………本人だとすれば、自己申告より遥かに魔術階位が高いということになる。下手をすれば、人間枠の第四席あたりに躍り出るぞ」


考え込むようにそう告げたアルテアに、ヒルドは顔を曇らせた。

スープの魔術師が第一席なのでいまいちぴんと来ないが、人間の中での第四席となればかなりのものだ。


「その偽証は可能なのですか?確か、あの王子は守護などの回収には長けていましたが、魔術階位はニケ王子の公表しているものの方が上だった筈ですが……………」


そう尋ねたヒルドに答えたのはディノだ。


「階位の偽証は不可能ではないだろう。星の観測がある時期は不確定だが、特定の系譜の者であれば調べられないことはない。その情報を入手し、都度、一時的な呪いの付与などで階位落ちしておけばいいのだからね」

「となりますと、ニケ王子といい、カルウィの王子達の階位もかなり曖昧だと言わざるを得ませんね……………」

「今回は、シルがそこにいてくれたことが当たりだったね。シルに対面した反応で、本来の階位が測れたって訳だ。階位の正しい情報を持っているかどうかが、有事の際には明暗を分ける要因になりかねないから、かなり重要な情報だよ」


そんな話をふむふむと頷きながら聞いていると、不意にアルテアに椅子を引かれた。

いきなりの仕打ちに重力で体がむがっとなり、ネアは小さく唸り声を上げる。


「おのれ、何をするのだ!」

「顔を顰めながら眠気を覚ましているくらいなら、いい加減に寝てこい」

「わ、わたしはちっともねくくありませむ」

「言えてないだろうが。どうせ、食べ終わった途端に、眠気がきたんだろ」

「ぐるる……………」


ネアは、リーエンベルクの一大事かもしれない局面で寝るなど断固拒否するという姿勢だったものの、隣の席に座っていたディノに顔を覗き込まれ、くすんと鼻を鳴らす。


「ネア、少し仮眠を取るのはどうだい?私やアルテアもいるから、ウィームは大丈夫だよ」

「……………私が、悪い奴をきりんさんでずたぼろにしなくても、大丈夫なのですか?」

「武器狩りは、長い場合で十日ほど続く。今の内に休んでおいで」

「で、では、皆さんに何か起きた場合は、誰かが起こしてくれますか?私がぐうぐう寝ている間に、大事な家族が怪我をしていたりしたら嫌なのです」

「うん。その時は、私が必ず起こしてあげるから、安心していいよ」

「……………ディノは、眠らなくていいのですか?」

「私は、何日も眠らなくても大丈夫だからね」



そうなってしまうと、正しく休息を取らずに心配をかける方が我が儘なので、ネアは部屋に戻ることになった。


(でも、ディノが会食堂に残って、私だけが仮眠を取るのは、珍しいことのような気がする……………)



誰も口には出さないどこかで、何かが切迫しているのではないかという気がしてならず、ネアはとても不安だった。




「……………むぅ」

「前を見て歩け。それとも、抱えて欲しいのか?」



部屋に戻るネアに同行してくれたのは、アルテアだった。

ディノはノア達とリーエンベルクの防衛にあたってくれるが、こちらの使い魔は、本来無償でリーエンベルクを守るという立場でもない。


「アルテアさんの持ち方は小脇に抱える系なので、食後に適した乗り物とは言えません。お断りします」

「ったく。まだ、糸を張っている段階だ。お前が気を張っていても仕方ないだろうが。何か動くとすれば、夕刻か真夜中のあわいだろうな」

「……………そうなのですか?」

「ロクマリア域の魔術師や武器持ちは、あわいを利用する傾向が強い。あの界隈は、クライメルが長らく狩り場にしていたからだろうが、その時間を有利にするための固有魔術も多く開発されている」


そう教えて貰ったことで、ネアは少しだけ安堵した。


ただでさえアクテーの修道院で足止めされてしまい、この大変な時に皆に心配をかけているのだ。

ネアごときの可動域では役立たずだとしても、せめて起きていて、飲み物の準備をしたり皆の助けになりたいのだった。


(でも、事態が動く時間までにまだ猶予があれば、確かに眠っておいた方がいいのは間違いないだろう……………)


では、しっかりと休もうかと思えば、心の許しを得た体がふいに重たくなった。

膝に力が入らず、むぐぐっと眉を寄せていると、ふわりと体が浮く。



「……………む。使い魔さんが珍しく、ふんわり持ちの乗り物になりました」

「やれやれだな」

「……………そう言えば、……………ぐぅ」

「……………おい、何だ」

「…むが!……………そう言えば、アルテアさんがヴァルアラムさんだった時の怪我は、体調に響いたりはしないのですか?」


ネアがそう尋ねると、アルテアは少しだけ顔を顰めた。

ただ、そんな質問を煩わしいと思っているのではなく、どちらかと言えば、あまり触れられたくはないというパフォーマンスのようなものに見える。


「あくまでも剣だからな。外殻が砕けでもしない限り、中身にはさしたる影響はない」

「もしかして、…………あの剣こそがヴァルアラムさんなのです?」

「そういう事だ。もう五百年くらいも使い込めば、タジクーシャの宝石妖精のように自分で動くようになるだろうな」

「なぬ……………」


ネアは、驚きの情報にもっともらしく頷こうとしたのだが、眠気が勝ってしまいかくりと頭が揺れる。

けれど、ヴァルアラムという騎士がただの入れ物ではなく、独立して自我を持つのだとすれば、それは何だか素敵なことのような気がした。



ネアが顔を洗い、歯を磨いて着替える間、アルテアは誰かと手帳からやり取りをしながら待っていてくれた。


しかし、てっきりネアが寝台に入るまでを見届けたら部屋を出るのかと思えば、このまま、部屋の中で仕事をしながら傍にいてくれるようだ。


そうなると話が変わってきてしまうと思いながら、ネアはせっかく気持ちよく入眠するところだった体に鞭打ち、少々むしゃくしゃしながら隣室に歩いてゆく。

何でまた起きたんだと叱ってくる悪い使い魔に追いかけられたが、この部屋にお客様がいるのなら、部屋の主人としてのもてなしも必要なのだった。



「……………ふぁむ。……………これが葡萄の冷たい紅茶です。こちらが夜の雫と冬呼びの紅茶で、こちらが美味しい万年雪と樹氷のお水になります。おやつは、ここに紅茶とオレンジの焼き菓子などが……………ぐぅ。……………むむ、おやつは…」

「分かったからお前は寝ろ。ったく」


いそいそと使い魔用滞在セットを準備したネアは、呆れた顔をしたアルテアに寝台に戻され、何だかくしゃくしゃになった毛布も直して貰いつつ、眠りについた。


すとんと眠ってしまった為に夢も見ない深い眠りだった筈なのだが、途中で美味しい葡萄ゼリーを誰かが渡してくれずに怒り狂った記憶がぼんやりあったのが不思議と言えば不思議であった。


目が覚めるとお肌がぷりぷりになっていたのは、やっと帰ってきたリーエンベルクの自分の部屋で、心を解いてゆっくり眠れたからなのかもしれない。











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