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95. 襲撃が始まります(本編)




ネアは結局、記録庫までの道を歩く事はなかった。


可動域問題でお役御免出来たという訳ではなく、禁書魔術の多い記録庫で自立歩行させるとまずいだろうと勝手に判断され、ヴァルアラムに抱えられたまま、荷物の様に搬入されたのだ。


淑女にあるまじき持ち運びをされて小さく唸り続けているネアだったが、幸いにも記録庫での作業には何の支障もなかった。


ネアの可動域が永遠の子供のものだと知ると、セレンは腫れ物に触るように接するようになったが、そのくらいの距離感で丁度良かったのだろう。


ネアが記録書に触れるとびくっとしているが、ヴァルアラムの傍にいても眦を吊り上げなくなったので少しだけほっとしている。



「ふむ。やはり聖堂魔術だな。神秘の秘匿と心理の探求。………こいつのせいか。……………解術には術式を納得させる必要があるらしい。まさに、融通の利かない堅物聖職者の造るものらしい頑固さだ」

「同意を求めないで下さい。それと、この手は何なのだ。私の腰回りを解放して下さい!」

「お嬢さんは、未成年だと発覚しましたからね。しっかり保護者として管理しないと」

「あなたを保護者にした覚えはありませんし、ご依頼されたお手伝いをするのに、この手はとても邪魔なのです」



ネアは現在、記録庫に置かれた木のベンチのようなものに座っている。


使い込まれすり切れた薄っぺらなクッションはあまりお尻に優しくないが、それ以上に仕事を妨げているのは、腰に回されたヴァルアラムの腕だ。


隣に座っているのだからもう充分だろうと思うのだが、ヴァルアラム曰く、魔術の障りを受けるようならすぐさま対処する為に捕獲してあるらしい。

可動域は上品であろうとも、立派な既婚者であるネアはこの仕打ちに大いに不満であった。



「ほら、俺は怪我人なんですよ。じたばたしないで、大人しくしていて下さい」

「怪我に触れてしまうと怖いので、その手を離して貰った方が良さそうです。こらっ!」

「……………え、俺は今叱られたのかな?」


目を瞬きこちらを見たヴァルアラムは、愉快そうな眼差しの奥に野生の獣のような微かな冷ややかさをこちらに向ける。



「当たり前ではありませんか。ここにあるものはどれも、大切に保管された記録書なのですから、雑に頁の端を折らないで下さい!」

「はは、そんな細かいことを言っていると、本の虫に食われてしまいますよ。…………ほら、この一節。ここは修道院の防衛魔術に触れる一節なので、知らずに読もうとする者を排除する仕掛けです。頁の端を折っておかないと、頭から食われるという感じですね」

「その、もはもはした毛並みの獣さんであればこちらにもいましたが、頭をべしんと叩くと大人しく記録書の中に帰りますよ?」

「……………え?」



呆然とこちらを見たヴァルアラムは、ほんの少しだけ無防備に見えた。


ネアはヴァルアラムが先に目を通しておいたものの中から、これにもいるだろうなという一冊を選び引っ張り出すと、まずは、ぺらぺらと頁をめくる。


すると、目星をつけて開いた頁の中から、むくむくとした毛皮の塊が姿を現した。


ずんぐりむっくりした子熊のようなその生き物は、がうっと牙を剥いて威嚇した途端にネアに頭をばしりと叩かれてしまい、目を真ん丸にして震えるとそそくさと記録書の中に戻っていった。


こんな事を先程から何回もやっているので、ネアもいい加減慣れてしまった光景である。



「……………記録の仕掛けを確認してから渡しているつもりでしたが、そうか……………お嬢さんの可動域が低過ぎて、俺では反応のない頁でも現れるんだな…………」

「なお、ヴァルアラムさんが頁の端を折ってしまったものを戻すと、小さな竜さんのようなものが現れます。そやつは、少し強めにべしんと叩かねばなりませんが、やはり同じように記録書の中に戻りますよ」



ネアがそう言えば、先程からそのやり取りを何回も目撃してしまっていたセレンとメトラムが、青い顔で項垂れている。


ネアが記録書に触れる度に二人が体を揺らすのは、何度もそんなやり取りを見せられたからであった。



「………え、お嬢さん、もしかして俺が頁の端を折ったものも戻してるんですか?」

「綺麗に保管されている記録書が傷んでしまうので、勿論しっかり伸ばしていますよ」

「ええと、実はもう一つ気になっていたんですが、俺が引っ張り出した記録書を書櫃に戻してもいるんですよね?」

「ぱらぱらやって折れている頁を元に戻し、この素敵な細工のある木の箱に順番通りに戻すのが、私に依頼されたお仕事ではありませんか」

「いや、記録書が逃げるでしょ普通。記録書が勝手に順番を変えたり、入れ替わっていたりするのでそう簡単には進まない筈なんですよ」

「あら、皆さん大変いい子ですよ。確かに最初の一冊がじりりと動こうとしましたので、ばしんと表紙を押し叩きましたが、それ以降はどの記録書も置いた場所からぴくりとも動きません」



そう告げてふんすと胸を張ったネアの後ろで、逃げ出した記録書が暴れたらしく、髪の毛がくしゃくしゃになっているメトラムががくりと肩を落としている。


さすがにセレンは上手に櫃に戻しているが、それでも都度魔術をかけたりしているのでなかなか大変そうだ。



「暴れなければ、そのまま順番通りに書櫃に戻してゆくだけでいいのですよね?」

「ええ。俺は、そんな仕舞い方初めて見ましたけどね」

「………魔術を使わないとしまえないと思っていたのなら、なぜ私にこの作業を任せたのですか?」

「それはもう、契約反故となれば対価が取れますからね」

「そんな意地悪なことを考えているので、鋼の獣さんにがぶりとやられたのでしょう」

「あ、お嬢さんの目が氷のように冷たい………」



その後、ヴァルアラムは残っていた記録書も調べてしまい、幾つかの術式をメモしていた。


記録書を捲る様子を、メトラムが困惑したように見ているので、恐らく、ヴァルアラムの確認作業はかなり早いのだろう。


魔物達の傍で暮らしているネアから見ても、そんなに頁を飛ばしてしまっていいのだろうかという見方をしている時もあるのだが、どうやらこの筆頭騎士は、記録書の目次と内容を擦り合わせながら中を確認し、きちんと不要なところだけを選んで読み飛ばしているらしい。



「ですが、不要だと思っているところに、重要な手がかりが隠れていたりはしないのですか?」

「聖域の記録書は、文章が過剰で余分な表記が多いんですよ。それに、信仰の魔術は厄介ですからね。知ることで知られるのもうんざりだ」



淡々とそう言ってのけた男の記録書を見る眼差しは、どきりとするくらいに澄んでいる。


ネアは、この人は人間にはあまり興味はないものの、魔術には興味津々の魔術師のような人なのだなと頷き、後は自分で出来るだろうと、腰に回された腕をよいしょと外して席を立つ。



「お嬢さん、まだ残ってますよ?」

「最後の一冊だけですので、それくらいは自分で書櫃に差し込んで下さいね。十八巻のところを空けてあります」

「相変わらず冷たいですね。どうしてかな、少しも進展しない」

「残念ながら、お互いの目的地が違うようです。またどこかでお会いしましょう」

「おや、再会の意思はあると知って嬉しいですよ」

「ここを出られるようになる迄は、嫌でも顔を合わせる羽目になるのでは………」




(ずっと気になっていたのだけれど…………)


立ち上がったネアが向かったのは、大きな脚付きの書棚だ。


高価な食器などを収納する飾り棚のような作りで、彫刻の美しい硝子扉の書棚は、他の剥き出しの書架とは明らかに雰囲気が違う。

最初にこの書庫に入った時から気になっていたが、ヴァルアラム曰く、中に入っているのは祈祷書や名簿ばかりなのだそうだ。



しかしネアは、その書架の中身ではなく、獣の足を模した書棚な脚の下にある影の方が気になっていたのだ。



歩み寄ってじっと見下ろせば、やはりそこにはおかしなものがいて、黒い影の中から真ん丸な黒い目がこちらを見上げている。


近付くと威嚇するように鋭い目をしたので、ネアは、ひとまず狩ってしまうことにした。



「てい!」

「ギャン!」

「え、ちょ、何をしているんですか?!」

「敷物の精のような生き物を狩りました。殺してはいないので、防衛魔術についてご存知かどうか聞いてみましょうか?」

「うわ、それって聖域の守り手ですよね。…………どうして素手で持ち上げるんですか」

「けばけばの敷物のような儚い生き物でした。汚くはないようなので、書棚の下から引っ張り出しても問題はなさそうです」

「いや、どう考えても固有結界がある筈なんですよ。……………何で素手で掴めるかなぁ…………」



作業中ずっと影からこちらを覗き見ているこの生き物が気になっていたネアは、無事に捕獲出来たことに満足して戻ってきた。


しかし、片手にけばけばの敷物のような生き物を掴んで、引き摺りながら戻ってきたネアに、奥の椅子に座っていたセレン達はばたばたと記録庫の隅に逃げていってしまう。



「あら、噛んだりはしないようですよ?」

「せ、聖域の守り手ではないか!その獣は、階位のある司祭も簡単に食い殺す程なのだぞ?!」

「まぁ。聖域の守り手さんなのに、司祭様を食べてしまうのです?」

「キャウン」



聖域の守り手は、哀れっぽく鳴いてみせ、無害さを示すように首を横に振っている。

見ようによっては可愛いが、平ぺた狐の事があるので平べったい獣には用心しなければならない。



「そいつは、聖域に相応しくない聖職者しか殺しませんよ。ですがさすがに、そんな風に掴まれれば抵抗して、早々にお嬢さんを食い殺しても不思議はないんですけれどね……………」

「ふむ。この敷物生物を、サヌウさんのお部屋に放り込んでおいたら、どうなるのでしょう?」

「うーん、サヌウを相当恨んでますね…………」

「あら何のことでしょう?あの方曰くの乳幼児よりも脆弱で、症例のある永遠の子供のように美しくもない私なのですから、乳幼児以下の可動域に見合った振る舞いはしてしまうかもしれませんよというだけなのです」



ネアがそう言えば、何かがとてもまずいと思ったのか、引き攣った微笑みを浮かべたセレンが、昼食には牛乳を使った美味しいスープが出るのだと教えてくれた。


少しだけ酸味のある岩菫の黄色い花を入れたスープは、香ばしく炒った木の実やチーズも入った濃厚なものらしい。


有益な情報を貰ったネアは、とても穏やかな気持ちになったので、サヌウの部屋に新しい同居人を案内するのは控えることにした。



「いっそうもう、お嬢さんを祀り上げればいいような気がしてきましたね………」



そう呟くのは、どこか遠い目をしたヴァルアラムだ。


「ヴァルアラム殿、そのような言葉は鹿角の聖女様への不敬と取られますよ」

「やれやれ、信仰そのものを司る魔物に対してならいざ知らず、古の聖女を引っ張り出してきても、何の恩恵もないでしょうに」

「そのような考えだからあなたは、あのような事故を起こすんだ。古い聖域には大きな力が眠っているのは必定。ましてや騎士ともあろう者が、魔術を踏み壊して周囲に被害を齎すなど………」

「ああ、あの時の事を言っているのであれば、被害は減らした方なんですがね」



子供を追い払うようにひらひらと手を振ったヴァルアラムに、メトラムは表情を険しくする。


先程の会話といい、誰かに深刻な被害が出るような顛末となった事件なのだろう。

会話の温度から伝わる様子では多分、やり方は荒いにせよヴァルアラムのした事は正しいのだろうが、メトラムの側にもそれならば仕方ないと引けない事情があるのかもしれない。



「それであなたは、ルイーツァの剣に相応しい騎士と言えるのか」

「……………ルイーツァの剣というのが、ヴァルアラムさんの持っている武器の名前なのですね」

「はぁ。一応は国の秘宝なので、安易に明かしていい名前じゃないんですけれどね…………」

「………っ、」



ネアは思わず反応してしまったが、剣の名前を出してしまったのは失言だったのか、メトラムがぐっと息を飲みこちらを見た。


しっかり聞いてしまいましたという厳かな顔でネアが頷き、ヴァルアラムは呆れたように溜め息を吐いている。


「まぁ、お嬢さんが俺の武器の銘を聞いたところでどうにか出来る訳じゃないが、もし何かを知っているのなら、口を噤んでおいた方いいですよ。………場合によっては口封じをしなきゃいけなくなりますから」

「では、聞いてしまったことを忘れるという証に、このもさもさを差し上げましょう」

「………いや、扱いが面倒になっただけですよね?」

「キャウン………」



我が儘な人間は、聖域の守り手への聴取はヴァルアラムに任せてしまい、もう仕事もないようなので部屋に帰ることになった。


幸いにも、サスペア修道士が記録書調査の進捗具合を聞きに来たので、部屋まで送り届けて貰えることになったのだ。



ではこちらにと微笑んだ修道士の後ろ姿を見ながら、ネアは協力者だった筈の騎士を思う。



(この修道士さんに対しても含みがあるように聞いていたけれど、任せてしまうということに何の躊躇いもないのだわ……………)



それとも、朝の時といい、敢えてネアを一人で泳がせておき、その隙に乗じて画策しているのだろうか。



少しずつ増築していったのであろう入り組んだ修道院の中は、パズルのピースをはめ込むようにして空間が繋がっていた。

岩盤の柔らかな部分を掘り下げ、地下室もあるというのだから驚きだ。


飲み水については、水辺の祝福の魔術を育てた井戸があるらしい。

飲料だけの確保のもので水の使用制限は厳しいのかと思っていたが、広めの浴槽を持つ浴室が二つもあると聞けば、案外そうではないのかもしれない。



「修道院を訪れるのは初めてですか?」

「はい。このような山の上にある建物も初めてなので、どうしてもあちこちが気になってしまいます。時々石壁に刻まれているこの線には、どんな意味があるのでしょう?」

「外気との温度差で結露が結びやすいので、こうして誘導魔術の細い線を刻み、水滴を集めているんですよ。朝露や夜露には魔術が宿りますので、それぞれのミサで使用しております」

「まぁ。ここにある青いお皿に、綺麗な水が入っているのはそれでなのですね」

「廊下のステンドグラスは、こちらから順に、夜明け、昼、黄昏、真夜中の順になっています。各時間の祈りはそれぞれの窓の前に立ち、夏至と冬至は礼拝堂でミサを行うのですが、そのどちらも行うのがイブメリアとなっています」

「ステンドグラスの青が、なんて綺麗なのでしょう。こんなに美しい硝子越しに見る夜は、きっと素敵でしょうね」



ネアの言葉に微笑んだ緑の瞳の修道士は、柔和な外見に似合わず武器持ちであるらしい。

とは言え彼の持つ槍は、戦う為の道具ではなく儀式用の武器なのだそうだ。



(フォルキスの槍というものなのだとか……………)



この槍についてはノアが良く知っていて、カードで、犠牲の魔物の系譜のものだと教えてくれた。


記録庫でも星に纏わる記録や文献が多かったが、このフォルキスの槍は、星々を犠牲に災いを退けるとされ、アクテー修道院には古くから星の系譜の魔術を持つ者達が集まったと言われている。


王都にいる高名な星読み達が、アクテー修道院から届けられる星図を読み解き、不要な星を贄にして国を脅かす災いを鎮めるという構図になっており、この地がロクマリアという大国のいち領地だった頃には、その領地だけの運用だったのだそうだ。



(でも、そう考えるとこの武器は、誰かが奪っても効率が悪いものなのではないだろうか?)



フォルキスの槍を効果的に使うには、星読み達の星図の解析と、槍を使う為のアクテー修道院のような星に近い施設が必要不可欠だ。


古くからフォルキスの槍と共に暮らしてきたこの地の人々とは違い、槍だけを持ち去っても、運用にはかなりの維持負担が発生する。




(……………だからもし、この槍を狙う動きがあるのなら、)



それはまさに、国崩しの為の武器狩りに他ならない。


フォルキスの槍による災い鎮めが出来なくなれば、排除出来ずに降り積もる災厄はあるだろう。


たった一度の災厄で国の安寧にひびが入るような事はないかもしれないが、こぼれ落ちてゆくものを積み上げて国を傾けることは可能であるかもしれない。

そう考えた時、ネアはぞくりと背筋が寒くなった。



(疫病の盾、災い鎮めの槍、……ヴァルアラムさんの剣は分からないけれど、……………)



今この場所に集まっているのは、国防の助力となるような武器ばかりではないか。



「さぁ、着きましたよ。何やらよからぬ動きもあるようですから、見知らぬ訪問者には扉を開かない方が良いでしょう。何かがあった場合は、寝台の支柱の裏側にある紐を引っ張って鐘を鳴らして下さい」

「はい。お気遣いいただき有難うございます。お昼の合図は、起床と同じ木版が鳴るのですか?」

「昼食では、礼拝堂の鐘の音が鳴りますよ。この位置からですと、階下で響くような音が聞こえる筈です」




部屋の前まで送ってくれたサスペア修道士にお礼を言って部屋に入ると、ネアは、扉の外側の靴音が遠ざかるのを確かめ、すぐさま扉にぺたりと術符を貼った。


残りは八枚になるので、半数を切るようであれば大事に運用しなければならない。




「ディノ、ヴァルアラムさんの持っている剣が、どんなものなのかを知っていますか?」


ぴょこんと飛び出してきた伴侶なムグリスにそう問いかけると、擬態をして臨時黒艶むくむくはちびこい三つ編みをしゃきんとさせてくれる。



「キュ!」

「むむ、さては知っているのですね?」


きりりとした毛皮の伴侶に鉛筆を渡してみると、ムグリスディノは、ネアが広げた紙の上にせっせと文字を書いてくれる。


修道院の中は室内でも空気がひんやりしてるが、この室温がムグリスなディノには丁度良いようで、ネアの胸元に押し込まれてぬくぬくしていても、体が温まって寝てしまう時間は少ないようだ。



“ルイーツァの剣は、騎士成りの剣と言われているものだ。救国或いは亡国の騎士としての大きな祝福を得ると言われている、選択の系譜の武器だよ”



(それはちょっと意外かもしれない……………)



もっと凶悪な仕様の武器だと思っていたのだが、騎士として成るという事を主軸に置く武器だと知れば、むぐぐと眉を寄せてしまう。



「救国と亡国の振り幅があまりも大きいような気がしますが、どちらにも取れる意味を持つ武器だからこそ、メトラムさんは、ヴァルアラムさんの言動に敏感になっているのかもしれませんね…………」

「キュ………」

「そして、ヴァルアラムさんが担うのが救国の騎士という役割であれば、やはり、この場所にガゼッタの国防を担う武器が集まり過ぎているような気がします。ギナムさんがうっかり少しだけ名前を喋りかけていたので、サヌウさんの武器がどのようなものなのかも、分かればいいのですが………」

「キュ?」



実は、先程の会話の後、ギナムはうっかりサヌウの武器の名前を明かしかけていた。

勿論、賢い人間はしっかり記憶しておいたのだが、白翼のという文言で始まる武器なのだから、なかなか凄い武器に違いない。



ディノは知らないようだったので、ネアは、ウィリアムのカードにその質問を送っておいた。


体感では正午まではまだ時間がある筈なので、ここで暫し、推理とおやつの時間に充てよう。


しっかりと首飾りの金庫にしまってある、アクテー修道院のバタークッキーを開けたくなってしまうが、これは無事にリーエンベルクに戻ってから、美味しい紅茶と共にみんなでいただくのだ。



(ゼノへのお土産も含めて四缶も買ってあるから、ゆっくり食べよう…………)



ぱかりと開いてみたが、相変わらずアルテアのカードに返信はない。

森に帰ってしまうような事はなかった筈だが、武器狩りが始まったことで、アルテアも手が離せない状況にあるのかもしれない。




「アルテアさんも、事故っていないといいのですが………」

「キュ……………」


こてんと首を傾げたムグリスディノは、持っていた鉛筆の重さで尻餅をついてしまい、ネアはぽてりと座り込んでしまって目を丸くしている伴侶の愛くるしさに胸を押さえる。



「胸がいっぱいになる愛くるしさです!私の伴侶は、なんて素晴らしいのでしょう………」

「キュ……………」

「そして、ウィリアムさんからお返事がきました!」

「キュ!」



広げたカードに光る文字が浮かび上がり、どこかウィリアムらしさの滲む文字を目で追いかける。



“やはりそちらでも動きがあったんだな。ヴェルクレア国内では、ヴェルリアで幾つかの目立った交戦があったらしい。ガーウィンが沈黙を保っているのが気になるが、幸いにもウィームでは何も起きていない。…………それと、質問のあった武器だが、それは盛り土と呼ばれる武器の一つだろう”


何だか土木施工的な名称の武器だが、地盤を整えてくれる国造りの武器だろうかと目を瞠ったネアは、続けられた文字を慌てて追いかける。



“名鑑や歴史書に残る武器の全てが、力のあるものではないんだ。中には、権力者たちが虚勢を張る為だけに、偽りの記録を残す本来は無銘の武器もある。偽りを残されるのは困った事だが、政変の要になった武器が実際には無力で、大きな戦乱にならなかったという事も多い。武器数の調整や情報の穴埋めの為に現れるので、盛り土の武器と呼ばれている”

“……………つまりは、さして力のない名前だけが立派な武器なのですね?”

“ああ。その名前を付けられる階位の武器は白持ちの魔物の道具以外では現存していないし、あったとしても人間の手には扱えないからな。盛り土の武器なら、ネアのブーツで踏めば、簡単に砕けると思うぞ”

“まぁ、ブーツで…………”



そんな事を聞いてしまうと、ちょっとよろめいたふりをして踏んでしまいたい欲求に駆られたが、随分と大枚をはたいて買い上げたもののようなので、弁償を要求されたら困る。


来年の報復を心に秘めて、今は大人しくしていよう。



なお、サヌウの武器は、翼という言葉を使っている事から防御に長けたものだと判明した。

さすがにそのあたりは、本当の事を反映しているだろうという事らしい。



「ですが、たいそうな名前ですので、サヌウさんの武器が、盛り土の武器だと知らない方もいるのかもしれません。そうなるとやはり、守り退ける事に長けた武器が揃っている気がしますね」

「キュ………」



“ネア、アルテアからの連絡はまだないのか?”

“はい。カードに、事故りましたと書いてみたのですが、それでも何の反応もないのです。何か困ったことになっていないといいのですが………”

“アルテアの気質で、その文章に反応しないのはおかしいな。どこかに沈むにしても、通信を可能にするだけの抜け道は必ず残してある筈だ。ネアのこの状況にも返事をしないのであれば、アルテアはカードを開けないような状況にあると考えた方がいいだろう”

“むむ、そちらも事故の可能性が高いのですね……………”



エーダリア達は現在、国内の武器狩りの情報を集めているらしい。


ウィリアムは、リーエンベルクを起点にして終焉としても仕事をしており、今のところはまだ、ウィームを長時間離れなければならないような大きな戦乱は起きていないようだ。


ウィリアムがリーエンベルクから離れてしまうと、カードでのやり取りをどうするのかの問題が出てくる。

終焉の魔物として仕事をするような場面では、ウィリアムもカードを開くどころではない状況も考えられるのだ。



“ああ、それとノアベルトから伝言だ。与えられた部屋の中に、鍵穴を有する扉か箱があれば、厨房へ繋ぐのは可能だそうだ。ただし、身の危険を感じた場合は、その空間ごと切り捨てる覚悟で厨房の鍵を使って立て籠る事も考えた方がいい”

“なぬ。私の大事な厨房を…………”

“ネア、身の危険には変えられないぞ?”

“……………ふぁい”




ここで、カーンカーンと、どこか遠くで鐘の音が聞こえた。


くぐもったような鐘の音は階下から聞こえてきたので、ネアは、はっとして立ち上がる。



“ウィリアムさん、昼食の合図が来ましたので、お部屋を出て来ますね”

“ああ。くれぐれも気を付けてくれ。………シルハーンとはぐれないようにな”

“はい。色々教えてくれて有難うございます!”




カードを閉じたネアは、おやつを食べる間もなかったなとうきうきしながら、ムグリスな伴侶を胸元に収納する。


最近のディノは、ムグリス時に特殊な魔術添付をリボンにかけているので、小さな体だが誰かに踏み潰されてしまったりはしない。

だからネアも、安心して胸元に伴侶を隠しておけるのだ。



カードとディノの筆談に使った紙は金庫に入れてしまい、部屋の中を見回した。

修道士達の住まいであるこの場所での生活はもう、誰かが部屋に勝手に入る事も覚悟で過ごさねばならない。



(うん。出しっ放しのものもないし、大丈夫そう…………)




そう言えば先程は、可動域が低過ぎるネアは、何となく一人で出歩かないようにという雰囲気になっていたが、サスペア修道士の言い方であれば、鐘が鳴ったら食堂に向かっていいのだろう。


少しだけ気になって扉を開けて廊下を覗いていたが、皆は部屋のあるこちらの棟にはいないようだ。

迎えが来る様子もないしと扉を閉めようとした時、ネアは、背中越しにばしんと木の板が弾けるような音を聞いた。



「………っ?!」




その直後に、首が吹き飛びそうなほどの衝撃が後頭部に弾け、視界がぐわんと傾く。


体が倒れるよりも先に意識に響いたのか、ネアは暗くなってゆく意識の端っこで、このまま倒れて、硬い石の床に体を打ち付けるのだろうなと考えていた。



廊下にはいつの間にか甘い不思議な香りが立ち込めていて、がらんがらんと音を立てて床に落ちたのは、大きな木の板だ。


この板がどこからか投げつけられ、ネアの頭部に直撃したのだろう。




(……………ディノ、ディノを守らないと…………、)




そう考えて胸元に手を持ち上げようとしたところで、ネアの世界はぷつんと暗くなった。








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