表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
215/880

果実酒と獲物の精査




「むぐるる……………」



現在、ネアはとても混乱していた。

森から帰ってきたばかりの使い魔に、腕輪の金庫を奪われたばかりか、誰もそれを止めてくれなかったのである。



それどころか、ディノやノアまで大きなテーブルを用意してしまい、中にどんな獲物が溜め込まれているのかを調べる算段だ。


この場に同席していたエーダリアは両手で持ったグラスの中身をちびちび飲みながら傍観の表情であるし、ヒルドも魔物達の監査に賛成であるらしい。


まさに、孤立無援とはこの事である。



「わ、私の獲物ですよ!」

「ネア、調べるだけだから取らないよ。………もし、良くないものが混ざっていたら、アクスに売りに行く迄はこちらで預かっておくけれど、報酬は君のものだからね」

「…………むぎゅ。売り損なって少し古くなったカワセミくらいしか困ったものは入っていない筈なのです………」



今夜の会食堂では、ウィーム東部の商業都市にある肉屋に謎の魔物が出入りしているらしいぞ事件の報告会が行われていた。


勿論、その任務の中でネアが突然求婚してきたイチイの木の魔物から貰ったイチイの酒も振舞われ、明日も朝から執務のエーダリアがこの会に参加しているのは、このイチイの木の酒目当てだ。


これがどれだけ稀少なものなのかはエーダリアも知っており、震える手で小さめのグラスを差し出していたので、ネアはたっぷり注いでおいた。


ひと瓶からイチイの果実酒を分け合うのは、ご機嫌のノアと、こちらもイチイの酒を知っていたヒルドに、とても渋い顔をしたアルテアも。


そこにネアとディノも加わり、楽しいお酒ありの業務報告となっていた和やかな会が、森から帰ったばかりの使い魔の一言でとんでもない事になってしまった。




「普通に考えてもおかしいだろ。ソロモンの後に、ロビシャだと?魔術的な因果がどこかにある筈だ」

「私がとても魅力的なのは承知の上ですが、ソロモンさんについては、後妻という呼び名の獲物のような言い方でしたし、ロビシャさんは少しだけ女性への耐性がなくなっていただけですよ?」

「閨で女どもを侍らせながら、子犬でも撫でるかのように平然としていたロビシャがか?」

「ほわ、とても具体的なのはまさか……………」

「……………女達が語るからだろうが。おかしな勘繰りをするな……………」


女性側から聞いたのだと知り、ちょっぴりほっとしたネアは、伴侶探しを始める前のイチイの木の魔物について考えてみる。


(でも、そのような変化は、物語本の中では珍しくないような………)



大抵の場合は運命の恋をしてからの変化として現れるそれが、伴侶を探そうとして起きても不思議はないだろう。



「異性関係は、来る者拒まずの貞操観念の方は珍しくありません。ロビシャさんの場合は、爛れた生活の後に心の発育が遅れて追いついて来たのでしょう。そんな方もいるのかもしれませんね」

「……………ありゃ。庇っているようだけど、僕なら泣くかも………」

「む?」



ネアは、危険視されている求婚の連続については、それぞれの求婚にネアでなくてもという偶然が重なったのだと言いたかったのだが、アルテアは納得していないようだ。


しかし、どう考えても最近狩ったリズモは七匹だけだし、その中で羽が赤い個体は二匹しかいなかった。

他に、良縁の祝福を持つような赤やピンク色のものは狩っていない。



(例えば、ディノのように私がいいのだと言ってくれる人が何人も連続で現れたなら、それは確かに妙だけれども、今回は偶然の重なりということにはならないのだろうか…………)



そう考えたネアは、ぎりりと眉を寄せた。



女性として生まれたからには、一度くらいは舞踏会や夜会で無責任にちやほやされてみたいが、ネア個人を真摯に見据えて求婚される事を想像したら、あまり良い気分ではなかったのだ。


それは自分を良いと言ってくれる人に対して失礼な反応であるし、そもそもそんな相手が実在する訳ではないので完全なる想像力を駆使した被害妄想なのだが、そんな事になれば、ディノをきっと怖がらせてしまうだろう。



ディノは、魔物らしい魔物だがとても誠実な魔物だ。


綺麗な真珠色の三つ編みの魔物が、自分の伴侶を奪われるのではないかと怖がったり、その誰かの存在を恐れたりしたらと思うと、胸がぎゅっとなってしまう。


何かと浮気だと荒ぶる魔物だが、そんな風に誰かからネアに向けられるものの深度が増せば、また違う怖さも知ってしまうかもしれない。


それは、この魔物が大事でならないネアにとっては、とても嫌なことなのだ。



「……………ディノ、椅子になりたいですか?」

「ネア………?」

「ソロモンさんやロビシャさんのような求婚ではなく、………本当に私を見て選んだ誰かに求婚されたらと思ったところ、その見知らぬ誰かを想像した心がくしゃりとなりました………。私の伴侶はディノなのです」

「……………うん。…………おいで、困ったご主人様だね」



ディノは、微かに目を瞠った後、ふわりと微笑むと手を伸ばしてネアを抱き上げてくれた。


てっきり椅子になるのかと思っていたが、テーブルの上にネアの獲物を取り出して並べている途中だったから、そのまま乗り物になるようだ。



「………想像上の求婚に落ち込むだなんて、今時、夢見がちな子供でもしないような残念さでした。そんな自損事故具合にもげんなりです………」

「え、僕の妹はどんな想像をしたのかな………」

「そもそも、私がディノ以外のご新規などなたかと毎日のご縁を持つ事はありませんから、現れるとしたら突発型です」

「突発型なのだね………」

「はい。それも、既婚者に求婚するのですから、胸がきゅんとしたら空気が読めずにぐいぐいくるような面倒臭……………情熱的な方です。なお、私に恋をするのだとしたら、まず間違いなく可憐で気高く嫋やかな…」

「ほお、それは具体的にどこだ?残念ながら思い描けないな」

「ぐるる!」



アルテアを鋭く威嚇したネアに、くすりと笑ったノアが手を伸ばして頭を撫でてくれる。



「それは確かに、厄介ごとしか起こさない並びの求婚者だね。お兄ちゃんから一つ助言を与えておくと、黎明の系譜はそのどちらにも当て嵌まるから、気を付けるといいよ」

「なぬ。つんつんした可愛い幼女なのでは………」

「わーお、ファンデルツで会ったっていう精霊を諦めていないぞ……………」

「黎明の座の精霊なんて……………」



また少しだけ荒ぶってしまったディノに、ネアは愛くるしい幼女は浮気枠ではなく、可愛がって愛でる為の存在なのだと説いたが、魔物的にはそれもなしのようだ。



(やっぱりディノの許容枠は、よく知っている相手に限られるのかしら………?)



魔物の伴侶は狭量だと聞くが、ディノは、ノアやエーダリアやヒルド、ウィリアムやアルテアなどに、最初の頃以降、本気でその忌避感を見せた事はない。


前述の三人はもはや家族なのだが、後述の二人に関しては、ネアの保護者役のようにその手に預ける事を許容しているようだ。


とは言え、ダナエやベージに対しても過剰な反応は示さなくなったし、グレアムやギードに対しては安心して預けているような気もする。



となるとこの魔物は、その種族的な資質に反して、至極真っ当に相手を見定めた上で対応しているようなのだ。



そんな事を考えていたネアの思考を見透かしたように、ノアがまた小さく笑う。



「うん。ここは奇跡的な均衡を保った家族の輪だからさ、余分はいらないよね。僕は今の環境がとても幸せだから、これ以上ここに新しい積み木は乗せられないよ」

「むぐ、会話の流れで想像した架空の人物なので、リーエンベルクには連れてきませんよ?」

「うんうん、そうしておいで。ネアの伴侶はシルだけだし、ネアのお兄ちゃんは僕だけだよね?」

「ふふ、勿論ですよ。ただし、弟への転職は可能とします」

「わーお、執念深いぞ……………」



ちらりとアルテアの方を見たノアに、ネアはぎくりとした。


揚げパン屋さんの外にあったベンチ下で狩ったばかりの未申告の獲物を手に、選択の魔物は顔を顰めている。


ぱたぱたする妖精の羽の生えたジンジャークッキーめいた生き物は、虚ろなアイシングの顔といい、ディノが苦手そうな生き物だったので、後でノアに見せようと思っていたのだ。

しかし、若干引き攣った顔で検分しているアルテアの様子からすると、アルテアも苦手なのかもしれない。


じっとりとした目でこちらを振り返ったので、ネアはさっと目を逸らした。



「アルテアだって、使い魔が増えたら困るでしょ」

「………そもそも、こいつの可動域では増やす事自体が無理だな。俺を繋ぐだけで回路が限界だろ」

「…………む。分かりませんよ。森の仲間のおやつは優秀ですし、とても管理の易しい使い魔さんに出会うかもしれませ……むが!鼻から指を離すのだ!」

「余計なものを増やすつもりなら、この契約を有償にするぞ」

「まぁ。もっとパイを捧げられてしまうのです?」

「何でだよ……………」



呆れたように溜め息を吐いたアルテアは、イチイの木の酒を開けると聞いて慌てて森から帰ってきたばかりだ。


そんな使い魔に対し、ネアは、二本貰ったイチイの木のお酒の一本はそのままあげようと思っている。


またそれをアルテアが開ける時に、ネアを呼んでくれたら嬉しいが、そこまで大切に待っていた予約を潰してしまう程に残虐なご主人様ではない。


なお、接ぎ木の魔物については完全に知らない人物なので、何ら思う事はなかった。


これでもネアは、とても強欲で身勝手な人間なのである。



(だから、アルテアさんの他に同じような使い魔さんを、理由もなく増やそうとは思わないのだけれど……………)



しかし、ネアにだって野望があるのだ。


魔術を殆ど使えないネアだって、せめて一度ぐらい、可愛い毛皮生物的な愛くるしい使い魔を、ここぞという場面で華麗に呼び出してみたい。

それはもう、異世界に来たからには是非とも叶えてみたい願望であった。


アルテアが、ちびふわや白けものでやってくれても構わないのに、この使い魔は頑なに拒絶をするのだから仕方あるまい。


アルテアとの契約がある以上、竜などの大物はもう難しいだろうが、ネアの作戦では、ちびふわで生態を学習済みのウィーミアなどであれば、小さな生き物なので契約の隙間からいけるのではないかなと考えている。


なお、その野望はあくまでも野望の域の段階にあるので、賢い人間はそれを公言する事はない。

にやりと笑って遠くを見るばかりだ。



「うむ」

「…………ほお、有償でいいんだな?」

「なぬ。なぜまだ疑われるのだ。なにもかくしていませんよ?」

「本当にそう思うなら、自分の顔を鏡で見てみるんだな」

「………むぐぅ。し、しかし、有償となると、パイでなければタルトが増えるのでしょうか。ごくり……………」

「………お前はもう黙れ」

「解せぬ」




テーブルの上には、次々と狩りの獲物が並べられていた。



相当気に入ったらしいイチイの木のお酒をちびちび飲んで目をきらきらさせていたエーダリアの顔色が徐々に悪くなってきているが、ネア目線では今のところおかしなものは出てきていない。



ここで、アルテアが手に取ったのはこちらも狩りたてのもしゃもしゃであった。

森にいた時にはふくよかな黄色だったが、滅ぼしてからは少し緑がかっている。


「……………ムダンの葉祟りをどこで狩った?」

「む、そのもしゃもしゃドアマット生物は、本日、獲物が沢山いるウィーム東部の森で狩ったばかりです」

「シルハーン、こいつの足を調べるぞ」

「この子はすぐに踏んでしまったから、噛まれたりはしていないと思うよ?」

「シル、ムダンは牙が掠っても危ないから、念の為に調べよう。うーん、ヒルドの死の舞踏とウィリアムの祝福でも難しい生き物を、どうして倒せたのかなぁ……………」

「まぁ、儚い生き物だったのですよ………?」

「危ない生き物だったのだね……………」



突然の身体検査にネアは困惑したが、すっかり不安そうにぺそりとなってしまったディノに窓辺の長椅子に下されると、アルテアにすぐさま足を調べられた。


室内履きと靴下を脱がされての検査では、足元に跪いたアルテアの姿にいささか緊張してしまったが、幸いにも森歩き後だったので、晩餐の後にきちんと入浴を済ませている。


これは、お酒を飲んだ後は洗顔と歯磨きだけで眠りたいネアの、怠惰なる作戦の勝利であった。




「……………むぐ。足裏がこしょこしょするので、素早く終えて下さい」

「どれだけ食べても、空腹のままになってもいいんだな?」

「どんな些細な異変も、決して見落とさないで下さい」

「うーん、役得過ぎない?僕もその位置にしゃがみたいなぁ……」

「ネイ?」

「ごめんなさい……………」



ネアは、魔術探査用の眼鏡までかけたアルテアに、隅々まで足を調べられたが、どうやら問題はなさそうだった。


ムダンの葉祟りという生き物は、理の上で現れる悪食の祟りものなのだそうだ。


しかし、先天性の祟りものだからか、祟りものの気配が薄弱なので出現を捉え難いとされている。

牙に毒を持っており、その毒に触れるとどれだけ食べても満腹になれないそうで、ネアは遅れて感じた恐怖に震え上がった。



「……………ネア、こっちはお兄ちゃんからだ。どうしてラジエルの眼鏡をまた増やしたのかな?」

「……むむ、御守り代わりに、ミカエルさんから貰ったのです。二個もあれば安心でしょう」

「え、……………寧ろ、何であの雨降らしは、そんな何度もラジエルの眼鏡を盗れるの?」

「………ラジエルの眼鏡が変わっていたのは、お前のせいか……………」

「なぜ責められる風なのだ。これは、善意からの贈り物ですよ」



受け取りの際にはディノもいた筈なので援護して貰おうと思っていたところ、なぜかその魔物は、テーブルの上の一画を見てぴしりと固まってしまっている。



「ディノ……………?」


恐る恐る名前を呼んだネアに、こちらを見たディノはとても悲しい目をしていた。

水紺色の瞳はひたひたと湖面を揺らす泉のようで、ネアは、悪くなったカワセミにでも触ってしまったのだろうかと、おろおろしてしまった。



しかし、慌てて近寄れば、ディノが見ているのは黒い小石のようだ。

問題の新古品のカワセミは、少し離れたノア側に置かれている。



「ネアが虐待する…………」

「ディノが見ているのは石ころですよ?先日、リーエンベルク前広場で栗鼠さんを虐めていた、乱暴者の鳥さんを追い払った際に手に入れたもので、その石ころめは決して浮気のお相手ではないのですが……………」

「……………おい、すぐに捨てさせろ」

「ありゃ。寧ろネアがそれを持っていて、よく僕達が理性を失わなかったよね…………」



もはや表情をなくしてしまったアルテアと、本気で青ざめている様子のノアに、ネアは途方に暮れて首を傾げた。


問題になっている小石は確かに艶々としていて綺麗だが、悪さをするようなものではなく、角の丸くなった森結晶の一種だと思っていたのだ。


立ち上がってこちらを見たヒルドも、はっと息を呑み、少し厳しい眼差しになる。



「………ディノ、それは困ったものなのですか?」

「色などは擬態をされているけれど、かなり珍しい魔術具だ。……………魔術を向けた相手の心に使い手への好意を育てたり、自分を娶らせる為に使う。後宮などで生まれた魔術だと聞いているよ」

「…………なぬ。なぜそんな危険なものを鳥さんが持っていたのだ。それは、ぽいしましょう」

「うん……………」



となるとあの鳥は、襲った栗鼠妖精を籠絡しようとしていたのかもしれず、小動物及び野鳥界にもある恐ろしい恋の陰謀に、ネアは少しだけ呆然としてしまった。


そのような道具は少しも欲しくないので、急ぎどこかに捨ててきて貰おう。

そして、ここがリーエンベルクである以上は、そんなものを持ち込んでしまった事を、エーダリアとヒルドにもきちんと謝っておく。



「危険物を持ち込んでしまい、申し訳ありませんでした」

「エーダリア様は、この手の魔術侵食への対抗策を講じておりますし、ネア様がご無事で何よりでしたが、そのような履歴のものもある以上、今後は、収集物や、狩りの獲物を都度申告して貰った方が良さそうですね」

「はい。今後は、見慣れたものだと油断せずに、きちんと報告するようにしますね」

「ディノ様、その魔術具が作用した可能性があるのですか?」

「恐らく、この品物自体が直接作用したということはないだろう。ただ、これを入手した事で系譜の祝福が爆発的に階位を上げた可能性はあるね。………ネア、最近狩ってしまった良縁の祝福のリズモは、二匹だったね?」

「ええ。ディノと夜の森のお散歩をしていた時のものだけです。……………ノア?」



ここで、またしても背後から肌がぴりつくような沈黙の気配が届き、続けての事案に怯えたネアは、びくびくしながらそちらを振り返る。


ディノが手にしていた小石型の術具は、しゅわりと立ち上がった結界で繭のように包まれてしまい、ヒルドが受け取っているので、捨ててしまわずにウィーム領内で上手く活用するのだろう。


ネアの手元に残すには危険な品物でも、使うべき場所に於いては有効な道具になるのかもしれない。




「ネア、これはどこで捕まえたのかな?」

「むぐ。ノアの手にしているのは、空飛ぶ布ナプキン生物です。ディノとお庭にいた時に、ぺらぺらがおーと寄ってきたので、指輪のある手でばしんと滅ぼしました」

「ノアベルト、それは私が見ていたものだから大丈夫だよ。聖餐の刺客だろう?」

「あ、シルは知ってたんだね。それなら良かったよ。………ヒルド、僕達が警戒していた刺客は、ネアが狩っていたみたいだ」

「まぁ。ノア達が探していた獲物だったのですね………」



そう尋ねたネアに、ノアは神妙な面持ちのまま頷く。


これは、エーダリアに一目惚れした妖精が、その求婚を断った事で荒ぶり送り込んできた刺客であるらしい。


イチイのお酒は飲みきってしまったらしいエーダリアも、青ざめた顔でこちらを見ていたが、ネアが遭遇した際に怪我などはしなかったと聞くと、ほっとしたように息を吐いた。


最近はアルテアにも気を許しているようで、ゆったりとした黒色の室内着に、耳上を編み込んだ銀髪がどこか無防備にも見える。



「いつの間にか、エーダリア様も求婚されていたのですね。まさか……」

「いや、求婚そのものは、十二年前なのだ。それ以降、三年に一度、刺客を送りつけてきていてな。今年も厄介な掃討戦になると思っていたが、お前が倒してくれていたのだな………」

「それくらいに厄介なものだったのですね。………ディノも、危ないのでと本当に滅びたかどうか確かめてくれましたものね?」

「うん。ネアに近付く前に少し削いでおいたけれど、それでも念の為にね」



ふっと、目の前に影が落ちた。

そろりと顔を上げると、鮮やかな赤紫色の瞳を眇めたアルテアが、無言でじっとこちらを見下ろしている。



「………ぎゅむ」

「シルハーン、こいつを後で一刻程借りるぞ。魔術的な影響をどれだけ受けているか、屋敷にある術式陣で確認する」

「構わないけれど、焼きサラミを食べてからにしてあげてくれるかい?」

「……………おい、まさかまだ食うつもりなのか?」

「最後に、エーダリア様の火の魔術で、じゅわっと表面を焼いたサラミで巻いた、もちもち新鮮チーズを食べるのです。サラミを差し入れた騎士棟のロマックさんから教えて貰った、この尊いメニューを消化する使命を邪魔したら許しません……………」



頑固にそう言い募ったネアに、使い魔はとても呆れた顔をしたが、サラミを食べる迄は待ってくれるようだ。



しかし、秋になり張り切ったネアがあれこれと獲物を貯めていた腕輪の金庫からは、その後も珍しい獲物が続々と発掘されてしまい、ネアが締めの焼きサラミを食べられたのは、それから随分後になってからだった。



ウィーム領主への刺客を総計四体滅ぼしていたことも判明し、その獲物は残念ながら検査のために没収されてしまったが、代わりに討伐による臨時手当が出して貰えるそうだ。



「家族を狙ったものであれば私の敵でもありますから、狩りとは別ものとして、お手当てはいらないのですが………」

「騎士達にも、同じようにしている。お前だけを例外にしては示しがつかないからな」

「では、そちらのお手当ては低めにして貰い、代わりにどこかでローストビーフの晩餐の日を増やして欲しいです。それから、草原のお部屋でごろごろしたいので、お昼寝用に貸していただけると嬉しいです」



(昨年の蝕があって、今年は気象性の悪夢や祝い嵐もあったのだから、出来ればリーエンベルクの運営資金は減らしたくないのだけれど……………)



大切な家の資金繰りが悪化しても困るのでと、ネアがそう言えば、エーダリアは鳶色の瞳を揺らしてから、優しく微笑んだ。


すぐに手配しようと約束してくれたエーダリアは、先程までイチイの木の酒が入っていたグラスを見つめると、また少しだけ微笑みを深くした。



「……………イチイの木の酒は、ガレンの古参の魔術師から話を聞いた事があったのだ。この酒を一口飲んだ彼の師は、イチイの木の酒を求めて旅に出たまま、二度と帰らなかったらしい。飲めるような事などないと思っていたが、……………お前があの妖精からの刺客を全て狩ってしまったことといい、人生とは不思議なものだな」

「来年からは自動的に一本貰えるようなので、これからは毎年飲めますよ?」

「……………そ、そうなのか?!」

「はい。ロビシャさんは、お酒を貰って大喜びの私を見て、ディノが微笑んでいたのが嬉しかったようなのです。毎年、出来立てのお酒を一本送ってくれるそうですので、またみんなで飲みましょうね」

「……………ああ」



嬉しそうに微笑んだエーダリアとは対照的に、来年のイチイの木の酒の予約可能数が減った事で倍率の変化が決まってしまったアルテアは、とても遠い目をしている。


しかし、焼きサラミを食べた後に、アルテアの本宅でくまなく添付魔術の検査を受け、発見された幾つもの謎の祝福の解析に夜半過ぎまで寝かせて貰えなかったネアは、更に暗い目をする羽目になったのだった。



なお、ハムの端っこが沢山食べられる祝福については、誰がくれたものなのか最後まで分からなかった。












評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ