グリムドール
災いの町には、毎年戻るようにしていた。
そこには仮面を剥ぎ変えて図書館に籠るようになった一人の元王子が暮らしていて、彼を受け皿にして育てた魔術を受け取りに行く。
この人間は、一人くらい中身が挿げ替えられていても気付かれないカルウィから選んだ。
気付かれないとしても弱小国の王子では意味がない。
ただの薄弱な魂では、入れ替えの魔術を補填するだけの強度は保てないのだ。
「我が君、お待ちしておりました。ダリルからの迷路帳も無事に届いております」
慇懃に一礼したのは、この図書館と敷地の背面に面する疫病の門を任せた使い魔だ。
ひたりとこちらを見据えた瞳には、主人の帰宅を喜ぶ様子が見て取れる。
「うん。もしかして、可愛い女の子が持ってきたのではないかい?」
「……………配達人だという、みすぼらしい人間の小娘が持って参りました」
「おや、君はあの子が気に入らなかったんだね。けれど、あの子は王だよ。正統な後継者なのか、同じ血筋の王族が滅びてしまったものか、或いは自ら国を興したものか、兎に角、唯一の王であることは間違いない」
「……………まさか。我が君とて、あの可動域をご覧になられたでしょう?」
「……………あれには驚いた。あまりの低さに計測が間に合わなかったくらいに低かったけれど、……………まぁ、十五くらいはあるかな。成人は出来ないだろうけれどね」
今はグリムドールと呼ばれる青年は、そう言ったソロモンに何度も頷いた。
グリムドールという名を拝するには問題もある気質だが、ソロモンの名を得た今は、こちらも元の名前にはさしたる執着もない。
「それなのに王で、おまけにウィリアムの守護を得ても生きていられる。とびきりおかしな、魅力的な女の子だと思わないかい?何しろ、君の大好きなウィリアムが認めた人間だろうに」
「……………ウィリアムは、恐らく少し趣味が悪くなったのでしょう」
「私もかな?」
「……………っ、そういう訳では……………」
声にほんの僅かに魔術を乗せただけで、グリムドールは顔を青ざめさせて俯いてしまう。
それもその筈で、この男はまだグリムドールと名乗っていた頃のソロモンが、薬草と祝福石を組み上げた形代に魔術を籠めて作った人形と、それを人間の女だと信じたカルウィの王との間に生まれた子供である。
生まれたその瞬間から、ソロモンに名前を授ける為だけに生きていた人工使い魔なのだ。
「はは。実はね、今夜はとても怒っていたんだ。使い魔にする為だけに気安い会話を許していた人間の王族の一人が、何を勘違いしたものか私の皿から料理を奪ったんだよ。その人間は奪った料理と同じメニューにして食べてしまったけれど、それでも怒っていたんだけれどね」
「……………我が君の皿から料理を」
ごくりと喉を鳴らしたグリムドールは、勿論それが決して許されない事だと知っている。
ソロモンの魔術は消耗が激しく、すぐに空腹になるので食べ物への執着はかなり強い。
暴食の対価を支払っていると言われる事もあるが、まさしくそのような足枷だと考えている。
だから、食べ物を奪うようなものがいた場合は、すぐに殺してしまう事にしていた。
そしてその際には、奪われた食べ物に変えて食べてしまうことにしている。
「そうしたら、階段であの子に出会った。好みの魂の形をした終焉の子供。おまけに、私の本当の姿を見極めると言うことは、存在する筈のない、この世に非ざる者であるらしい。あんなに珍しい女の子なら是非に奥さんにしたかったのだけれど、まさかウィリアムが本気で怒るとは思わなかったなぁ……………」
そう呟き、テーブルにごろりと寝そべって懐かしい図書館を見上げる。
この机は、本を読む為ではなく魔術構築を止められなくなった時に寝台代わりにする為に用意したのだと言えば、ここを訪れる者達は皆顔を顰めるものだ。
だが、魔術書を育む木を介して生まれたグリムドールという獣は、魔術書を読むのにさしたる時間を必要としない。
ばらばらと降り注ぐ天井画の星を手に取り、ぼりぼりと噛み砕けば星々の悲鳴が聞こえた。
「ウィリアムが、……………そこまでですか」
「何でもないふりをしたけれど、すごく焦ったよね。悔しいが、これではあの子は諦めざるを得ないなぁ。ウィリアムは、揶揄って遊ぶには楽しい友人だけれど、本気で怒らせてしまえば私など一捻りだろう。せっかく、疫病の門の管理をして排除を躊躇わせる役職を得たんだ。それに、やっと選択の魔物との賭けに記されたこの名前を得たばかりのところで、今迄の努力を無駄にするような目に遭うのは御免被りたい」
小さく笑い、今度は指先で自分と繋がった影を弾く。
どこからか突然打ち据えられた、棺を背負った賢者は悲鳴を上げているようだが、幸いなことにこちらには届かない。
彼等は皆、ソロモンが捕らえて使い魔にした何某かの王である。
長らく使役すると心が壊れて灰になって崩れてしまうので、今使えるのはこの数体しかいない。
ソロモンの影の中に作られた牢獄に囚われ続け、灰になるまで使い魔であり続ける彼等は、その外側では、存在すら忘れられてしまうのだ。
苦心して捕らえたものもいれば、あっさりこちらの策に落ちたものもいるが、呪いなどの反逆を許さぬよう、ソロモンの姿は誰にも明かしていない。
彼等はみな、何者だか分からないものに突然に囚われ、暗い影の中に死ぬまで閉じ込められ続ける。
外に出して使うような危険は冒さず、情けをかける事もなく、その魔術だけを引き出して利用していた。
(あの女の子は、影に閉じ込めないで奥さんにしてあげようと思っていたのに、残念だ………)
以前の伴侶も、そうして捕まえた魔物であったが、ソロモンに酷使されてあっという間に死んでしまった。
その経験で得たものは、勿論慈しみや思い遣りなどではなく、一度伴侶を得ておくと何かと便利だという知見である。
王子として生まれたソロモンを囲む煩い女達がいなくなったし、髪色や瞳の色の変化にも伴侶だった魔物の影響が出ていると嘯けるので、あれはあれで良い時間だった。
先程出会った少女の姿を、思い出す。
黒髪に砂色の瞳に擬態していたが、本来の色は違うのだろう。
砂漠の民の女性の装いは、深い瑠璃色で、編み上げのブーツには終焉の系譜の祝福があった。
頭に巻いた藤色と銀色の布は刺繍と織り模様が見事で、こぼれる黒い巻き毛に庇護欲をそそる。
終焉の目をして、終焉の息を吐く、その上で例えようもなく無垢で愚かで、けれどもソロモンをひやりとさせた選択を持つ子供。
身に備えたその資質の豊かさと、世界各地を旅したソロモンですら見たことのない魂の形をしたあの少女は、紐解けばどれだけの秘密を明かすのだろう。
ダリルの代理で迷路帳を届けたのだから、ウィームに縁のある人間なのは間違いない。
しかし、その居場所が分かったとしても、終焉の魔物の障りを受けてまで手を伸ばそうとは思わなかった。
これでもソロモンは、我が身が可愛くて仕方のない臆病な生き物なのだ。
(そうだ。だからこそ私は、選択の魔物と賭けをした)
ずっと昔。
潤沢な知識を持ち誇り高い獣だったグリムドールは、よりにもよってその身をただの見世物にしようとした月の魔物の手から逃れるべく、牢獄を訪れた選択の魔物と賭けをした。
千年の間に、選んだ魔術書の名を持ちその魔術書の秘儀を成せば、グリムドールの鎖との間に結ばれた魔術の繋ぎを切ってやると言われ、かの魔物との賭けを受けて千年の猶予を得たのだ。
そして、アルテアがスリフェアから持ち帰った七冊の選択肢から引き当てた魔術書は、幸い無理難題を示した荒唐無稽なものではなかった。
ソロモンという名を得て、七十二の王、もしくは王族を配下とすれば良いと知り、その為に王狩りを始めたのはもはやどれだけ前の事だろう。
王族という稀少な玩具を壊しきらぬようにと、一度得た配下は、死んでしまっても数えられるという温情も得られ、当時はまだグリムドールと呼ばれていた獣は多くの王や王族を狩ってきた。
やっと名前を変え、配下とした者達も、五十六となった。
あと少しで、血を奪われ魔術連結されたあの鎖と、永劫に縁を切る事が出来る。
そんな回り道をせずに、グリムドールの鎖を壊してしまえばいいのではないかと思う者もいるだろうが、その賭けを始めるにあたり、アルテアは幾つかの魔術制約を設けた。
一つ、グリムドールの鎖を決して損なわず、それを示唆せず、命じない事。
これは、ソロモンの知る者が鎖を損なってはならないという拘束だけでなく、そうなるように手駒を配置する事も禁じられている。
一つ、その鎖の魔術を司る月の魔物を、決して損なわない事。
これは、当時月の魔物の情人だったアルテアらしい指定なのか、それではつまらないからなのかは分からない。
他にも幾つかの制約をかけられ、グリムドールは示された賭け以外の方法では、あの鎖から逃れる事は出来なくなった。
勿論、牢から逃して鎖で追尾されぬようにしてくれる以外にアルテアが手を貸す訳でもないので、ソロモンは、ダイアナの追っ手を撹乱する為に災いの木から生まれたばかりの他の獣を囮にしたりもした。
そうして、何とか自分の住処や自由を確保し、やっとの思いでここまで積み上げてきたものを、心惹かれた人間の為に手放せる筈がなかった。
「我が君、…………」
小さく唸ったからか、グリムドールがおずおずとこちらを覗き込む。
いささか自由が過ぎるところはあるが、外に出したまま生かしてある使い魔はこの一人しかいない。
かつて、グリムドールという名前を切り分けて与えた獣は、言葉も話せぬ憐れな獣でしかない。
そして、獣などに名前を切り分けたのは、グリムドールという名前は捨てるつもりであったからこそだった。
「不本意だが、捕まえる手段はあるものの、あの少女は諦めよう」
「取り込むという事に貪欲なあなたが、それを諦めるのは珍しいですね」
一つアルテアに感謝している事があるとすれば、グリムドールという獣は、取り込む事が堪らなく好きだった事だ。
それは、グリムドールという獣の派生した際に持った資質なのだろう。
その獣が好み欲するのは、知識を得るばかりではなく、ずたずたに引き裂き降伏させる行為や、実際に噛み砕き食べてしまう行為でも構わない。
また、伴侶や使い魔にして、自分の魔術に染め替えてしまう事もこの上ない喜びだった。
だから、賭けの内容はとても気に入っているし、今回、あの少女を諦めるのはたいへん不本意である。
「……………いいかい、グリムドール。この世でお前がその障りを受けてはいけないのは、魔物の三階位までと、塩と欲望の魔物。白夜の魔物と犠牲の魔物。死の精霊と時間の座の精霊王に、因果の精霊王。妖精は私の魔術でどうにかなるが、執念深いので相手を選ぶように。竜は賢くも愚かな生き物だ。祝いの子供達と災いの子供達、そして何よりも春の悪食を除けばさしたる問題ではない」
この教えを説くのは何回目だろう。
使い魔の愚かさは、主人に跳ね返る事がある。
だが、グリムドールの名前を誰かに背負わせるにあたり、この使い魔だけは外に出してあるので、危機管理の教えは徹底しなければならなかった。
何しろ、名前を与えた事でこの男は、本来のグリムドールの取り込み噛み砕きたいという欲求に強く影響されるし、当代のグリムドールだけにある愚かさで、自由に愉快に遊ぶ為のこれからを損なわれては堪らない。
何しろ、避けなければならない者達は、世界の広さを考えれば決して多くはないのだ。
彼等とどうしても競り合う理由などないし、必要な災いを避ければ良いだけなのに、それを仕損じるような真似ばかりは避けたいと思っていた。
自由だ。
グリムドールからソロモンと名前を変えた生き物が最も愛するのは、欲しいものを欲しいだけ奪う為の自由なのである。
「この町の、愚かな人間達のようにはなるまいさ」
「良い城壁代わりにはなっていますが、毎年、この夜が始まると後は悶え苦しんで崩壊するだけなのに、障りが始まるまでは人間らしく暮らそうなどとは片腹が痛い。愚かさで身を滅ぼした者達は、死んでも愚かなものですね」
「よく言うものだ。お前も半分は人間だろう」
「ですが、万象の魔物の障りを受けておいて、逃げようなどとは思いません。……………なぜだか、万象の魔物については思考の端に乗せるのも恐ろしい」
そう言ったグリムドールに、テーブルに寝そべり見上げた天井に描かれた儀式図から目を逸らした。
遠い記憶の端で、それはいつでも白い闇のように凝り、どれだけ泣き叫ぶ弱き者達を魔術炉に投げ入れてきても、あの日の恐怖は色褪せない。
「……………ああ。それはね、私が彼の方を恐れるからだろう。私は一度、月の魔物から身を隠す為に他の獣の体に隠れていた事があるのだけれど。風変わりな獣だからと、万象に献上されかけた事があってね。……………近付くその端から、階位の劣る私の体は崩れ始めた。あれ程の恐怖を感じたのは、後にも先にもあれきりだ」
あまりの美しさに、体が崩れてゆくのにふらふらと歩み寄りそうになる。
一歩踏み出せば血を吐き、次の一歩で片方の目が潰れた。
怖くて怖くて堪らないのに向かってしまう万象に背を向け、体を端からすり潰してゆく膨大な魔術に必死に抗い、悲鳴を上げて這いずりながら何とか逃げ出したものの、そこからふた月あまりの記憶はない。
目を覚ました時には、あと少しで魂が変質しかねない程の肉体の損傷を受けており、正気に戻れたのは奇跡に近い有様だった。
あの日からずっと、ソロモンは万象には近付かないようにしている。
けれども、ほんの僅かに仰ぎ見た美しさに、殺されかけたからこそ今も惹かれているのも確かであった。
「……………我が君」
「私はね、有り余る英知を苗床に生まれ、更に多くを飲み込んで生きてきた事で、多くの事を可能としている。けれども、生来の魔術貴賎は決して高くはない。王と名のつくものばかりを揃え、使い魔にするのはその補填なのだ。……………小手先で御しきれる高位の生き物もあれど、先に挙げた者達については、微塵も敵う気がしない」
小さく笑い、用心するようにとグリムドールに告げる。
「まさか本気の守護だと思わず、ひやりとしたのを悟らせないように身を引いたが、それでも、ウィリアムをかなり怒らせたようだ。彼もまた、あの少女を怖がらせないようにあの場は退く事を選んでくれたけれどね」
「であれば、あの小娘を傷付けないようにしろと仰るのですか?」
「いや、それだけではなく、ウィリアムとの来年の邂逅では少し用心して対処した方がいいかもしれないね」
「……………心得ました」
「おや、とても不満そうだが、これは命令だ。逆らうと首を引き抜いてしまうよ?」
「ええ。私の創造主たるあなたに、どうして逆らいましょう。来年は堪えて、その次の年にまた彼を誘えばいいのです」
「……………時々、何で私の名前をお前に渡してしまったのだろうと思うよ」
「ところで、人間にも、用心するべき者がおりませんでしたか?」
そう問いかけられ、ああと思い出して付け加える。
「荊の魔術師と、………スープの魔術師と、我が兄上だな。その三人に用心しておけば、後は問題ない」
「……………そう言えば、先程の迷路帳を届けた少女が、囮とした獣のグリムドールについて、おかしなことを話していました」
「おかしなことを?」
「……………踏み殺したと」
言われた事を飲み込めずに瞬きをしたが、そう言えばあのブーツはと思い至る。
ちらりと動いたのは、ますます欲しいなという思いであったが、どちらにせよ、自ら手を出す事は出来ない。
(例えば、カルウィの他の王族を焚き付けるなら、終焉の目を掻い潜れるだろうか………)
「……………そう言えば、彼女は終焉の加護を持ったブーツを履いていたね。………あの指輪が誰のものかにもよるけれど、どちらにせよ、ウィリアムの怒りを買いたくなければ手を出さない事だ」
どちらにせよ、グリムドールには大人しくしていて貰わねばならない。
そう告げて、受け取った迷路帳を手に取ると、新しく増えた魔術書の整理にかかることにした。
立ち上がってテーブルから降りたところで、こつりと石床を踏む誰かの靴音に顔を上げる。
「……………っ?!」
はっと息を飲んで振り返った先に、ダリルからあの少女を経て届けられた迷路帳があった。
淡く光ったその魔術の残滓は、届けられた迷路帳のどこかの頁に、この訪問者を呼び込む魔術が仕込まれていた事を示している。
(っ、ダリルからのこの手の嫌がらせは、いい加減収まったと思っていたが……………!)
そして、よりにもよってあの書架妖精が呼び込んだのは、ソロモンが最も会いたくない人間の一人であった。
黒一色の旅装束の男は、擬態した薄茶色の髪の下の瞳にどこか不吉な微笑みを浮かべている。
 
「久し振りだな、ソロモン」
「……………アレクシス」
「君と少し話をしようと思って、久し振りにここを訪れたが、今も変わらないんだな」
「……………何の用だろう。お前が近寄るとろくな事がない。さっさと帰ってくれるかな」
「いやなに、俺の娘のような子が君に世話になったようだから、お礼にスープでも振る舞おうと思ってな。実は、食材の組み合わせで悪食用にしかならないようなスープが幾つかあるんだが、人の皮に中身は獣の君に是非試食して欲しい」
「……………娘のような。……………まさか、」
薄く微笑んだ魔術師は、ソロモンの同輩だった獣をスープ鍋で煮込んでしまった事がある。
毛皮を剥がされ骨だけになったあの獣は、ソロモンよりは年若いものの、同じだけの階位を得た頑強な獣だったというのに、この狂った男の目にはただの食材にしか映らなかったのだ。
「幸いにも、彼女にはダリルが手製の術符を与えていたから、この迷路帳の中からも君と彼女とのやり取りが聞こえた。娘に求婚するのなら、父親の承諾を得るのは当然の事だとは思わないか?」
「………っ、お前の本当の娘ではないのだろう?」
「おかしな事を言う獣だな。娘のように思い、実際にそれだけの情をかける事なんて、人間にとっては珍しい事ではないのに」
「私はあの娘には手を出していない。迷路帳の中からこちらを伺っていたのなら、グリムドールに出していた指示も聞こえた筈だよ」
「だが、君は強欲だ。万が一にも道を踏み外さぬよう、じっくり話しておいた方がいいと思ってな。…………それに、やはりダリルの存在は大きい。これまで、一領民として君を尊重した彼の意向には逆らえなかったが、今回は君のしつけは俺に任せてくれるそうだ。折角の機会は無駄に出来ないと思わないか?」
「……………私にスープを飲ませる事ではないね?まさか、……………」
思わず彷徨わせた問いかけに、人間の第一階位の魔術師は薄く微笑んだ。
しかし、その鮮やかな紫色の瞳には霜が下りるような酷薄さがあるばかりで、人間の瞳によく見るような内面を示唆する動きは欠片もなかった。
がこんと、大きな音がしてスープ鍋が取り出される。
「さて。少し貰うなら、どの部位がいいかな……………」
そう呟いたアレクシスに、咄嗟に幾十もの防御結界を立ち上げたが、防ぎきれる気がしなかった。
影に飼っている使い魔達の魔術を使うのは、まず間違いなく悪手だ。
何しろ、そこにいるのは、この狂った魔術師の調達欲を掻き立てるような生き物ばかりではないか。
こつこつと、躊躇いもせず嬲りもしない靴音が近付いてくる。
隣を見れば、グリムドールは既に腰を抜かしていた。
自分には、背後の疫病の門の番人としての役割もあるのだと言おうにも、であれば役目に支障のない部位を採取すると言われるだけだろう。
 
(長い夜になりそうだ……………)
溜め息を噛み殺し、ソロモンは持てる限りの術式を思い浮かべた。
しかし、それよりも欠けた部位の補填についてや、課せられるであろう誓約魔術をどのようなものにするかを思案した方が効率的な気もする。
どうやらあの少女は、及ぼす影響にもその翳りを落とす終焉の子供であったらしい。




