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氷狼の障りと氷竜の騎士 3




そのあわいの影絵には、不思議な花畑がある。



花畑とは言え決して明るい世界ではなく、夜の月明かりの下に広がる森の中の花畑だ。

かつては、禁足地の森にあったこのあわいには、花畑の花々から鎮静効果のある特殊な魔術が敷かれていたそうで、疫病の患者や悪変に蝕まれている生き物達を、治療の間隔離したところだったそうだ。


花畑そのものは遠い昔に失われてしまっていたが、幸いにも影絵が残ったことで、今でもリーエンベルクの管轄下に置かれてこうして使われている。



さわさわと、夜風に花々が揺れた。



月光のけぶる青白い世界の中は、物語の一場面のようで、花畑の中に置かれた立派な寝台の天蓋の下には、氷竜の騎士がひっそりと眠っている。


時折、風にざあっと散る花びらは淡い淡い檸檬色で、この美しい夜の中ではまるで月光の欠片のような不思議な魔術の煌めきを帯びた。



「眠っているようですが、苦しかったりはしませんか?」



寝台の横に座り込んでマットレスの上に顎先を乗せるような覗き方は淑女とは言い難いものではあったが、幸いにもベージの瞼が開くことはない。



ネア達は今、あの封印庫での一幕の後、あわいに隔離されているベージの様子を見に来ていた。


ネアの隣でそんなベージの手を取って診察をしてくれていたノアが、うーんと低く唸った。



「さ、さては、眠っているように見えても苦しいのですね……………?」

「何とも言えないんだよなぁ。肉体的な苦痛はないと思うけどさ、悪変が侵食している部分は、資質の切り替えが起きているってことだから、夢見はあまりよくないかもね…………」

「……………確か、夢を司る魔物さんがいましたよね。あやつを捕獲し、どうにかするように脅せば…………」

「ありゃ、ドーミッシュはどうなってもいいけど、脅迫前提なのかぁ………」



夢を司る魔物は、子犬サイズの小鹿のような生き物で、プリッキュと鳴いたり、キヒッと笑ったりする。


まず間違いなくアルテアとの関係が宜しくないので、ここは力尽くで捕獲し、アルテアの前で恥ずかしい思いをさせるとでも脅しておけばよく働くのは間違いないだろう。



(ベージさんが苦しかったら嫌だな……………)



視線の先で、眠っている氷竜は、すっと眠りに落ちたような整った寝顔だった。


気持ちの良い眠りという感じでもないが、寝苦しさも感じさせない冷ややかさで整っていて、こんな時ではあるものの、ベージの表情を陽だまりのような穏やかさに見せていたのは彼自身の感情の動きだったのだなと思い知らされた。


そんな寝顔を見ていると、不思議な庇護欲に駆られてネアは胸の中がざわざわする。



(ベージさん…………)




先程、封印庫前の広場に現れた氷竜の女性は、いとも容易くベージを処分すると言い放った。



一族の中から祟りものが出ることは耐え難く、ベージがそうなるかもしれないからもういいのだと言ったあの竜は、何て温もりの感じられない冷たい眼差しだろうと思ったネアだったが、こうして見てみれば、ベージの面立ちも冷ややかな美貌と言っても差し支えがない。



まるで人形のようで、何だか見ていると不安になってしまう。

そっと手を伸ばしてその頬を撫でてみれば、触ってはいけないものか、ノアの反対隣にいたウィリアムにすかさずその手を拘束されてしまった。



「ネア、魔術で進行を止めているとはいえ、悪変の途上にあるんだ。触らない方がいい」

「……………ウィリアムさん。撫でてあげてしまいたくなるのですが、いけないのです?」

「そうだな、竜だからな」

「わーお、雑な理由付けだなぁ……………」



つい半刻程前まで、ここには、エーダリアやゼベル達もお見舞いに来ていた。


あの後、氷竜のベージと親しくしている第一王子派や第三王女派、そして騎士団の部下達などからは、ベージの処分における決定が氷竜の総意ではないことと、決して保守派にベージを引き渡さないで欲しいという連絡が、慌てたようにばたばたと入ったようだ。



(やはり、一部の人達が勝手にベージさんを危険視して、処分してしまおうとしただけなのだわ…………)



そちらは事前に送っておいた連絡事項を守り、押しかけて来るのではなく魔術通信からの要請であったそうで、ダリルはとても意地悪な笑顔で、どちらに常識があるかといえばこの対応の差で一目瞭然であると辛辣な評価を下していたようだ。



勿論、彼等とてすぐに駆け付けたかっただろう。



ベージのような人物なのだ。

彼を処分すると言ってのけた一派とは違い、ベージを愛する人達も沢山いるに違いない。


けれど時刻は真夜中を過ぎており、リーエンベルクからは誠意を尽くして現状を伝えた上で、現在は魔術侵食などは進まぬように眠らせているので、見舞いは翌朝まで待たれよという一文を添えてあるのだ。



(そしてこれは多分、ダリルさんが問題を深刻化させないように、こちらでどうにか出来ないか試行錯誤する為に稼いだ時間でもあるのだと思う…………)



氷竜の問題においては慎重にという姿勢を見せながらも、ダリルはこうしてネア達がベージの側にいることを止める様子はない。

ではやはり、この時間はただの待ち時間ではなく、残された猶予でもあるのだと、ネアは気持ちを引き締めた。



(ベージさんを処分すると言った人達をぎゃふんと言わせるには、朝までにベージさんを治療してしまうのが一番なのだ…………)




「ベージさんに悪さをしている要素は、ウィリアムさんのものでもあるのですよね?」

「…………ああ。なので、本来であれば俺がいれば変異した部分を解放出来る筈なんだが、アイザックが絡めた魔術が状態を悪くしていてな。………………氷の系譜の魔術は、接触を拒むような資質が強いんだ」

「……………むぐ。ノアが説明してくれた、氷の系譜同志で結びつきが強くなってしまっているという部分のことでしょうか?」

「そうなんだよね。僕くらいの腕があればどうにか出来るかなと思ったんだけど、加害者も被害者も氷の系譜の上位者なのが厄介なんだよなぁ。…………同属性で悪変を補完する魔術を堅牢にしたんだろうけれど、アイザックらしい陰湿な仕掛けって言うかさ、魔術汚染にかかる部分を、精霊の呪いで束ねて触れられないようにしてあるんだよね……………」



そう説明されても、魔術の織りが見えないネアにはあまりよく呑み込めなかったが、ノアの施そうとしていた治癒魔術や書き換えを阻むだけのものが、この悪変に関しては最初から用意されていたようだ。



「…………魔術の周到さを見るに、これってもしかして、クライメルか、アルテアを標的にしたものだったのかもしれないね。……………僕やグレアムも可能性はあるけど、あえて解呪や解毒の方法を用意しておかなかったって辺りが、あちら向けっぽいなぁ……………」

「……………言われてみれば、最初に戦場に現れたのは、まだクライメルがいた頃か……………」

「むむ。氷狼めが封印されてしまったのは、五十年程前のことですよね?随分前から生きているのですね…………」




そうなると確かに厄介な生き物なのだろうと眉を下げたネアに、ウィリアムが氷狼のような本来は人型を持たない精霊が、そこまで長く生きていた絡繰りを教えてくれた。



「あれは、呪物のような生き物だったんだ。カルザーウィルの呪いにも似ているが、戦乱が始まると箱から取り出して戦場で戦わせる為に、手を加えられて歪められた生き物だからな。普通の生き物とは、その命の繋ぎ方が違ってどちらかと言えば武器に等しい」

「……………私とディノが駆けつけた時、致命傷を負っていた氷狼さんは、まるで啜り泣いているようでした。…………もしかしたら、そのような在り方を強いられることは、悲しいことだったのかもしれませんね……………」



ベージを傷付けた相手なのだ。


そこに向ける同情などは惜しいくらいではあるが、そう考えるとやり切れないものはある。

けれども、今目の前にもう一度現れたなら、ネアは容赦なくきりんで滅ぼすに違いない。



「……………そう言いながら、僕の妹はさっきから何を並べているのかな………」



しんみりしたネアに対し、なぜかノアは顔を引き攣らせてそんな問いかけをする。

ネアは、こてんと首を傾げ、用意して貰った大きな一枚板の作業台に、金庫の中身を出しているのだと説明した。



「この中に、ベージさんに使える素敵なものがないか、ノアにも見て貰おうと思っているんです…………」

「わーお。……………大きな机が欲しいっていうから用意したけれど………、ここに並んでいるものってさ、世界の均衡的にもこんなに集められていていいのかなっていうくらいの品物ばっかりだなぁ。…………一番気になるのはさ、僕も知らないものが結構あるってところなんだよね…………」

「むむ?開発中の動物シリーズは出していませんよ?」

「それ出されたら、僕とウィリアムも昏睡状態になるからやめようか!」

「………………ネア、この……………眼鏡はどうしたんだ?」

「む。…………これは、禁足地の森に住む毛皮の会の方にいただいたのです。通り雨の魔物さんの眼鏡なので、いつかその魔物さんとの間に問題が起きたときには、こやつを人質ならぬ物質にしようかと……………」



得意げにそう告げたネアに、なぜかウィリアムはノアと顔を見合わせている。

珍しく、無防備な顔をした終焉の魔物を見れてしまったが、どうしてとても悲しい目をしているのか謎に包まれている。



「ネア、……………それは、ラジーにとっては結構大事な品物だと思うんだが、シルハーンは知っているのか?」

「ええ。ミカエルさんが、自分からは特別な武器や祝福などは贈れないものの、これがきっといい助けになると説明してくれたとき、ディノは隣で私に三つ編みを渡しているところでしたから…………」

「ありゃ。まさかとは思ったけど、やっぱりミカエルなんだね。…………ってことは、シル的にはラジーへの切り札の一つとして、そのままでいいと思ったのかな……………」



ウィームの禁足地の森に住む雨降らしのミカエルは、ネアの提案でウィームに住むことを決めたという経緯があり、仲良しのご近所さんという感じの人外者だ。

リーエンベルクの騎士のアメリアと仲良しで、二人は、ネアにとっての身近なもふもふ生物愛好仲間でもある。


残忍で獰猛とされる雨降らしでありながら、ミカエルは優しい隣人だった。

そんな雨降らしを庇護する通り雨の魔物にはとても気に入られているらしく、ディノですら通り雨の魔物は気質的に厄介だと思っていることを知ると、いざという時の備えとしてこの眼鏡を盗み出し、持って来てくれたのだ。



そう言ってしまえば何だかとても懐いているようにも思えるかもしれないが、ミカエルはアメリアからネアがいなくなるとウィームの平和が崩れるくらいの強引な説明をされてしまったようで、大好きな森の毛皮生物たちの穏やかな未来の為には、ネアを大事にせねばならないと考えている節がある。



(多分、アメリアさん的には、仲良しのミカエルさんの身を守る為にも、私を傷付けて、ディノ達が荒ぶることがないようにしてくれているのだと思うけれど……………)



しかしながら、そんな説明をよくミカエルが信じてくれたなとも思う。


ミカエルのような純粋な性格の相手でなければ、一笑に付されておしまいになるので、今後もそのような広報活動を続けるつもりであるのなら、是非にもっと信憑性のある理由付けを提案したいところだ。



「……………ええと、これって何だろう。困ったな、お兄ちゃんも知らないものがかなりあるぞ…………」

「これは、アレクシスさんに貰った可愛い押し花ノートです。普段は眺めて楽しめますし、中には貴重なお花もありますので、もし見知らぬ土地に迷い込んだ場合には、換金しやすいものだからと一冊分けてくれました」


アレクシス曰く、宝石や金貨の価値が低いところでは、このようなものが使えるのだそうだ。


「………………わーお。珍しい花っていうか、殆どが幻の花だね。これ、見せて貰ってもいいかな。案外、ベージの悪変治療の薬くらい作れそうな気がしてきたぞ…………」

「まぁ!では、いいものが混ざっているようにと、私も願いをかけておきますね!!」



その結果、ノアは暫し押し花ノートにかかりきりになり、ネアの在庫品一覧会には、引き続きウィリアムが付き合ってくれることになった。


ここは、リーエンベルク管轄の区画の一つであるので、擬態を解いて本来の姿に戻ったウィリアムは、白い髪を片手で掻き上げると、こちらも表情が温度を宿さないと酷く冷たく見える美貌で真剣にテーブルの上を見ている。



柔らかな風に、はたはたと軍服の白いケープが揺れた。

裏地の真紅が時折覗けば、静謐な白い印象ががらりと変わる。

前髪で影になっていても、そしてこんな月明かりの花畑でも、その白金色の瞳は、はっとする程に鮮やかだ。


人ならざる者達の中でもこうして光を孕むような色を持つ者は多いが、ディノやノアベルトを含め、高位の魔物達の色彩はより特別なものに見える。

そして、そんな魔物達の瞳の中でもウィリアムの瞳のえもいわれぬ静謐さは、ディノ以外で唯一の魔物の王族らしい鮮やかさで、こうして目を惹くことがあった。



この色は、ノアや、アルテアの鮮やかな瞳の美しさとはまた違う。

色を感じさせない色の鮮烈さともいうべき眼差しは、終焉というものを恐れる者からすれば、さぞかし美しく冷酷に見えるに違いない。


ウィリアムが終焉の子供だというネアですら、影絵の中でネアのことを知らない過去のウィリアムに出会ったときには、かなりひやりとする場面があったくらいなのだ。



そしてそんな魔物は今、とても困惑した様子でネアが机に並べたものを眺め、その中から小さな木の枝で作られた笛のようなものを取り上げていた。



「……………ネア、これはどうしたんだ?」

「これは、森で遭遇した縦笛的謎生物から献上されたものなのです。びょんびょんと飛んで森の奥から現れましたので、か弱い人間としては出会い頭にはたき落とすしかなく、結果として私にひれ伏した生き物でしたね………………」

「………………縦笛かどうかは検証が必要そうだが、終焉の系譜に森呼びの精霊というものがいる。心に影がある者達を美しい音色で森に誘い、祟りものや沼地に変えてしまうんだが、…………その精霊の祝福に見えるな…………」

「………………あの、子供向けの音楽絵本に出てきそうな形状を裏切る、とても邪悪な精霊さんでした………………」



ネアは、子供音楽絵本の登場人物のような縦笛生物を思い、やはりここは、油断のならない世界なのだなと考えた。

人間として生まれた以上、沼地にされるのはとても嫌なので、次に遭遇した時にはもっと早い段階で滅ぼそう。



「そんな森呼びの精霊が授ける祝福の小笛は、祟りものや森の穢れを呼び出し、服従支配させることが出来るんだ」

「…………………なぬ」



どこか静かな声でそう教えてくれたウィリアムに、ネアは、それは一つの吉報ではないのだろうかと目を丸くする。


ネア達が直面している問題は、いかにベージを祟りものにしないかという戦いであるが、もしその治療が上手くいかなかったとしても、これがあればベージをきちんと躾けられるかもしれない。



「…………と言うか、祟りものや穢れを呼べるのなら、その部分だけを上手に取り出せませんか?」

「……………ん?僕が、この驚愕の押し花ノートを見ている間に、何かそっちでも凄いもの出て来てない?」

「ノア、祟りものや穢れを呼び出して絶対服従の笛を手に入れていました!」

「わーお。…………でもさ、部分的な引き摺り出しをしても、表層部の悪変は払っちゃってるから、この先は見えないものを…………ネア、あの森で拾った剣ってまだ持ってる?」

「うむ。お任せ下さい!!」

「……………ネア、その、グリムドールはそろそろ売り払ったらどうだろう。ずっと金庫に残っているのも何だかな…………」



わっと盛り上がったネア達の隣でウィリアムが見ているのは、ネアが、腕輪の金庫から苦労して取り出した大きな白い獣だ。

状態保存をかけてあるので悪くなってはいないし、獣臭というよりは水のような香りがする。



「む?………グリムドールさんは既に卸し済みでして、こやつは新しく倒した他の生き物です」

「……………そうなると、伝承にもない別の白持ちの獣か…………」

「わーお………………どこで狩ってきたのさ………」




かくして、こちらのチームでも幾つかの対策案が確立した。



まずは、アレクシスがくれた押し花ノートから、悪変の要素の排出を促す煎じ薬を作りそれを飲ませることとなる。

それでも治療が進まなかった場合は、ネアが献上された笛を使い悪変を呼び起こした上で、あの剣で壊してしまうという手法が取れそうだ。




「…………っていうか、最悪の場合は、グ…………シェダーがくれたこのちびふわ符だよね」

「ほわ………ベージさんをちびふわにしてしまうのです?」

「あの魔術ってほら、シルやアルテアだって強制的にちびふわにするくらいだから、悪変した竜くらい容易いよね」

「しかし、擬態させても解決を先延ばしにしているだけだろう……………」

「そのままの状態で春告げの舞踏会に潜り込ませて祝福を貰ってくれば、一度ウィリアムにばっさりやって貰ってさ………」

「ああ、そういうことか………」

「ほぎゅわ……………」




ネアは、それは出来れば避けたいなとしょんぼりした。

ネアは一度体験済みだが、死というものは、あまり体験しておいた方がいいというものでもないだろう。




「お、来たみたいだね」

「…………ああ。彼も一緒みたいだな」



ふつりと空間が揺れた。

足元の花畑がざわざわと揺れ、空から注ぐ月光のヴェールがゆらゆらと濃度を変える。

おやっと眉を持ち上げたネアは、少し離れたところに転移で降り立ったディノの姿を見付けて笑顔になった。



月光に照らされた花畑に、ディノと一緒に現れたのは、シェダーことグレアムだ。


白灰色のコートを風に翻し、夢見るような灰色の瞳に白灰色の耳下で揃えた髪を持つ犠牲の魔物は、ネアの大好きなディノの友人の一人である。




「ディノ!シェダーさん!」



手を振ったネアに、二人がこちらを見る。


微笑み返してくれたグレアムについては、今代の犠牲の魔物が先代の犠牲の魔物であるという秘密にウィリアムがまだ気付いていない為、ここでは呼び方や話題に注意しなければならない。


グレアムが自身の置き換えに使った魔術には、その秘密を明かさないという対価が強いられており、意図的に明かされた者には支障が出てしまうのだ。



ディノは、ひとまずノアやウィリアムから、不在時の報告を受けているようで、グレアムは、患者の容態を調べる為にかすぐにこちらに歩いて来てくれた。




「やぁ、ネア。…………ベージは、この状態か……………」

「シェダーさん。お忙しい中、来て下さって有難うございます」

「いや、彼のことは俺もよく知っているからな。…………無茶をする前に、仲間の誰かに相談してくれれば良かったんだが………」



そう呟いてベージの方を見るグレアムの眼差しは、心配に曇ってはいるもののとても優しい。

そんな表情を見たネアは、何だか嬉しくなってにこにこしてしまった。



すると、男同士の秘密の報告会を終えたものか、こちらを見たディノが悲しげな声を上げる。



「……………浮気」

「まぁ、違いますよ!封印庫の帰り道にとても嫌な氷竜さんに出会ったので、シェダーさんがベージさんを心配してくれたのが、とても嬉しかったのです」

「今、ノアとウィリアムから話を聞いたよ。君は怖い思いをしなかったかい?」

「…………ええ。怖くはなかったのですが、きりんさんで滅ぼせなかったのが残念でなりませんでした。…………ディノ、シェダーさんにお話してくれて有難うございます」

「…………うん。爪先を踏むかい?」

「ふふ、ベージさんを心配してくれたシェダーさんを連れて来てくれたことがとても頼もしかったので、優しい魔物にはご褒美を与えるしかありません。よって、ディノの爪先は踏んでしまうしかありませんね」

「ご主人様!」



目元を染めて嬉しそうにもじもじしたディノの爪先を踏むべく、ネアは獲物や道具を並べたテーブルの横を離れようとした。


幸せそうなディノを見ようとしたのか、こちらを振り返ったグレアムが、品物や獲物が山のように並んだテーブルに気付いてびくりとしていたので、ネアは、グレアムにも、この中に使えるものがあれば好きに使って欲しいと伝えて、ディノのところに向かった。




その時、しゃりんと音がした。




(……………何の音かしら?)




その音に振り返ったネア達の視線の先で、テーブルに並べてあった木の実の一つがぱかりと割れ、中からきらきらした粉のようなものが散らばる。




「……………む」




そしてその直後、寝台で朝まで眠るような魔術をかけられていた筈のベージが低く呻くと、ゆっくりと体を起こした。












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