嵐のちびふわと祝い嵐 2
ごうごうと風の音が響く部屋にディノが戻ったのは、それからすぐの事だった。
屋内なのでとゼベルとは手分けをして見回ってくれていたそうで、慌てて戻ってきてくれたのだ。
午後過ぎには美味しいカッタランの氷酒を楽しんでいたのに、事態はこんな風に急変してしまうらしい。
ネアは、熱い息を吐いて横たわっているアルテアの隣で、ディノが来るまではとその髪の毛を拭いてやったりしつつ甲斐甲斐しく寄り添っていた。
(ディノの介護はよくするけれど、アルテアさんは少し体を動かして協力しようとしてくれる良い…………病人?……………だわ)
この場合は、どちらの言葉が正しいのだろうと、ネアは一瞬考え込んでしまった。
症状的には看病なのだが、乏しい知識の上で作業的には介護なので、多分介護でいいのではないかなとネアは思う。
ディノはまず、ネアを包み込む様にして抱き寄せながら隣に座ると、アルテアの具合を見てくれた。
伴侶を得た魔物はとても狭量だと言うが、この優しい魔物は、苦しげに息を荒げたアルテアを、きちんと優先させてくれるのである。
「……………うん。魔術酔いだね。他に困った事は起きていないよ」
「ほ、ほっとしました!もしかすると、ごぼう中毒だったりするのだろうかと、あれこれ悩んでいたのです……………」
「ごぼう……………」
「む?ごぼう中毒……………工房だったかもしれません」
どうやら間違えて覚えていたようだぞと眉を寄せたネアに、ディノはずっと気になっていたらしい質問にかかる。
「ネア、どうして服を脱いでしまったんだい?アンダードレスだけでは寒いだろうに」
「具体的に汚れた個所を見付けたわけではなかったのですが、どこかに泥水がついてしまったようなので、着替える途中だったんです。ディノ、アルテアさんは大丈夫でしょうか?」
「体は乾かしたから、あとは休ませた方がいいだろう。魔術酔いはどんな階位の者にも訪れる魔術異変で、このような場合は効果が抜けるのを待つしかないんだよ」
「まぁ。酔い止めのようなお薬はないのですね……………?」
ディノ曰く、複合的な要素で魔術酔いをした場合は、その組み合わせや原因を事細かに突き止め、一つずつ効果を抜いてゆく必要がある。
しかし、影響を受けている本人にしか解析出来ないものもあり、なかなか時間もかかる作業なので、しっかり休んで酔いが醒めるのを待つ方が効率がいいのだそうだ。
幸いにも、体が熱っぽく意識が朦朧としている以外に症状は出ていないようなので、反応は強いが悪いものではないらしい。
「どれもが、祝いや治癒にかかわるものだからだろう。ノアベルトが調べているけれど、雨に混ざった酒も、悪いものではなさそうだ。誰かが、皆が喜ぶと思ってしてしまったことのようだね」
「領民の皆さんや森の生き物達、植物などに影響はないのでしょうか?」
「酔ってしまうこと以外には、特に影響はないだろう。だが、元々の魔術との組み合わせによっては、アルテアのように魔術酔いの反応が出るものはいるかもしれないね。祝福の強い酒を嵐に混ぜたようだから、この祝い嵐の後には祝福で魔術階位を上げる者が出るかもしれないよ」
「……………わ、私もですか?!」
「可動域は増えないかな…………」
「ぐぬぅ……………」
一通り話を聞けば、畑などは元々、儀式で祝福効果のあるお酒を撒くこともあり、大きな問題にはならないようだ。
寧ろ、祝い嵐と祝い酒で作物が祝福階位を上げてしまうのは良い事なのだが、それ以前の段階として、強風と雨で作物がくしゃくしゃになる危険が高い。
たっぷりと祝福を受け、せっかく美味しくなる麦も、収穫前に駄目になってしまえば意味がない。
折角の祝い嵐の恩恵を受けられるのは、雪土ジャガイモなどの嵐で傷みにくい作物に限られる。
また、踏まれて強くなるような雑草寄りの香草類も、この嵐で魔術薬としての効能も上げるものの一つだろう。
嵐の後の湖や川では、見た事がないような魚が釣れるかもしれない。
「今日は色々あって疲れただろう。よく頑張ったね」
「むぎゅ。楽しいお酒とお菓子の会から、一気に色々な事がありましたね。ディノも疲れていませんか?」
「私は大丈夫だよ。………ごめんね、ネア。アルテアが風に飛ばされてしまった時も、具合が悪くなった時も、傍にいてあげられなくて心細かったね」
「……………むぐ。ちびふわも無事に帰って来てくれましたし、アルテアさんも大事には至らなくてほっとしたので、頼もしい伴侶にギュッとして貰いますね」
「かわいい……………」
ネアはディノの胸にぼすんと顔を埋め、一度しっかりと抱き締めて貰った。
頭の上に落とされた口付けに少し不安になり、ご主人様の毛髪が土臭くないかを聞いてみたが、幸いにも問題ないようだ。
アルテアは、一時的にとは言えディノが部屋に戻った事で、安心したのかすやすやと眠っているように見える。
まだ呼吸は荒く吐息も熱いが、眠れるという事はいい事だ。
ネアは自分がこれまでにやったこの世界の疾病類にも感謝しているが、本当に苦しいのは眠ることも出来ない苦痛こそだと思う。
(以前は、痛くて怖くて眠れない夜があった。眠ってやり過ごすことも出来ないまま、一時間が一日にも思えた……………)
「……………くしゅむ!」
「君の周囲の気温を調整したつもりだったのだけれど、もう少し暖かくしようか?」
「むむ、ほこほこしているのは間違いないのですが、薄着でいるという精神的なところから、体がくしゃみを引き起こしたのかもしれません」
では着替えようかと言われて衣装部屋に行き、あたたかな肌触りのニットドレスを着ると、ネアはとてもほっとした。
この状態のアルテアから目を離すのは心配なのだが、自分の身なりを整えると我が儘にもこんなに落ち着くのだから、人間という生き物は身勝手なものだ。
「君が落ち着いたら、少しだけまた外すよ」
「はい。やはり、………窓が開いていた理由が分からないのですね?」
「うん。………今回のことは不測の事態に近く、反応が予測出来ないものが多いから、君を一人にしたくはないのだけれど……………」
「祝い嵐の対策で、皆さんてんやわんやですので、分担して乗り切りましょう!私については、もうアルテアさんの付き添いくらいだと思うので、お部屋でのんびり出来てしまう贅沢を楽しみますね」
にっこり微笑んでそう伝えたネアに、ディノはまだ不安そうにではあるが、頷いてくれた。
だが、一番安全なこの部屋にいるのだしと安易に考えてしまうネアを見て、ディノは少しだけ返答を躊躇ったようだ。
窓の向こうの嵐の暗さが横顔に青い影を落とし、光るような美しい髪は輝きを増しているような気がした。
静かにこちらを見た瞳の美しさに、壁に頭を打ち付けたくなる記憶の向こうの夜会に佇んでいた、白い闇のような魔物を少しだけ思い出す。
「廊下の窓が開いていた原因が判明するまでは、こちらの部屋の窓にも同じ事が起こらないとは言えない。くれぐれも用心しておくれ」
「……………窓辺に飾ってあるフィンベリアや、きらきらの小枝を雨に濡らされたら許しません……………」
「ご主人様……………」
ネアにとって自室は、不可侵のお城のようなものだ。
多くのものを手に入れられずに諦めた元の世界での暮らしがある分、自分の領域の物にかける執着は人一倍強い。
大事な宝物だらけの部屋を荒らされたらと思うと、ネアは途端に不安になってしまい、ふすふすと荒い息を吐いた。
「……………怖がらせてしまったね。この部屋には誰も入れないよう、守護と遮蔽を重ねてあるよ。それでも少しだけ注意していて欲しい。動けないような状態だとしても、魔術階位的に侵食を回避出来るアルテアの側にいた方がいいだろう」
「大事な私とディノのお部屋なので、悪い奴が来たら滅ぼしますね。……………ディノ?」
「……………うん。私達の部屋だからね」
ここで、魔物は思いがけないキーワードでくしゃりとなってしまい、目元を染めてもじもじしていた。
そんな場合ではないと理解しながらも、二人の部屋という言葉が嬉しくてならないらしい。
(それは多分、私がリーエンベルクを、私のお家と言う時に少し気恥ずかしいのと同じなのだと思う)
嵐の響きは波音に似ている。
ざざん、ごうっ、びゅおるりと、強まったり弱まったりしながら窓を叩く。
大きくしなり揺れる木々に、健気に風雨に耐えてみせる庭の花々。
綺麗に色付いたばかりの紅葉した葉は、この嵐ですっかり落ちてしまうのだろうか。
ディノは暫くの間、ネアの傍にいてくれた。
隣に座ってネアを腕の中に収め、けれどもどこかと魔術的なやり取りがあるのか、視線は遠くを見ている。
二人が寝台の端に腰かけていても目を閉じているアルテアは、もしかするとこんな無防備な姿を見せるのは初めてかもしれない。
「酔っ払っての意識不明以外で、人型のアルテアさんがこんな風に無力化されている姿を見るのは初めてです…………」
「上位の精霊の祝い嵐も含めて、あまり揃わないものが揃った事もあるのだろう。後は、リーエンベルクだからこそ、彼も安心して体調に沿えるのかもしれないよ」
「…………ディノ、そろそろ行きますか?」
「うん。……………この棟だけ見回ったら、すぐに戻ってくるから少しだけ待っていてくれるかい?魔術を一定量流し込んで様子は見たのだけれど、リーエンベルクは特殊な魔術の場にもなっているから、それだけでは測れない部分もあるんだ」
ディノはウィリアムやグレアムにも連絡を取ってくれたが、二人とも残念ながら多忙なようだ。
万全の対策を取っているとはいえ、少し不安そうに部屋を出る。
「……………む」
ディノが部屋を出ると、火織り毛布の隙間から伸ばされた手が、ネアの手首を掴んだ。
見れば、アルテアが薄っすらと目を開いている。
いつもは鋭く鮮やかな赤紫色の瞳は、その硬質さを欠き、けれども発熱の影響か潤んでいる。
何だか急にこの魔物が無垢な生き物に思えてしまい、ネアは体を屈めてアルテアを覗き込んだ。
「アルテアさん。どこか苦しいところはありますか?」
「……………シルハーンが外している間に、……………事故りかねないからな」
「なぬ。疑い深過ぎるのだ………」
どうやらアルテアは、ネアが事件に巻き込まれる事を警戒し、魔術酔いしている自分から離れないように拘束したつもりであるようだ。
心配してくれるのは嬉しいのだが、自分の部屋で、ましてやアルテアの寝ている寝台に腰掛けているのだから、ここからひとりで事故に見舞われるようなことはないと信じている。
(もっと楽な姿勢で休んでいて欲しいのに……………)
ネアの手をしっかり握り込んだ魔物は、いつものような体温ではない。
ネアは、その手を無理に引き剥がすことはせず、そのまま片手を預け座り位置を直した。
「……………そろそろ、嵐の本体が近いな」
「……まぁ、この辺りに近付いて来たのですね。……………ふぁ!!」
窓の外の嵐の様子はどうだろうと窓の外を見たネアは、あまりの光景に呆然と目を瞠ってしまう。
アルテアの言う通り、嵐そのものがリーエンベルクに差し掛かったのだろう。
風雨の中にまぶされたように、ダイヤモンドダストのような金色の雨が降っていた。
空が暗いのに金色の雨には奇妙な輝きが宿り、荒天の中で見た美しい幻のようだ。
見たこともない大きな生き物の影が森に落ちる。
金色の雨に纏わりつくように飛び交う蝶の羽を持った小さな妖精達がいて、魔術が凝ったような質感の小鳥が飛んでいた。
その雨がかかる部分だけ、花壇の花が満開になり、赤や黄色に色付いていた木々の葉が新緑の色を取り戻す。
森の奥が何やら光っているが、そこでは何が起きているのだろうか。
冬夜のパレードめいた人ならざる者達の饗宴が僅かに覗き、ネアは、瞬きも忘れて嵐の隙間に見えたその光景を見ていた。
「こんな嵐の亀裂でもなければ見えない、祝福の向こう側だ。……………あまり覗き込むと、飲み込まれるぞ」
「……………はい。何だか最近は、嵐の日に、不思議なものばかり見ているような気がします。引き込まれないように注意しますね」
いつものアルテアらしからぬゆっくりとした口調に、ネアは神妙に頷いた。
人型の妖精も見えていたが、確かに普段出会うような妖精とは何かが違うような気がする。
暫く待って返答がない事に気付くと、一瞬だけ覚醒していたものか、アルテアはまた目を閉じていた。
(具合が悪いのに、頑張って起きてくれたのだわ……………)
ネアは掴まれた手はそのままに、もう片方の手でアルテアの髪をそっと撫でてみる。
髪質の違いもあるのだろうが、ディノとは手触りが違うのが少しだけ興味深い。
小さく微笑んでしまってからふと、この使い魔は何も着ていない筈なのだが、お腹が冷えてしまったりしないだろうかと心配になる。
「ディノが戻ってきたら、私の腹巻を貸してあげますね……………」
「……………やめろ」
ネアとしてみれば善意でそう呟いたのだが、こんな時だけ意識が戻るのか、アルテアは苦し気な声で拒絶する。
とは言え、ここは見栄えよりは保温であるので、強引にお腹を温めてしまおうぞと、ネアはふんすと胸を張った。
「腹巻と靴下があれば、きっと大丈夫だと思います」
「……………やめろ」
「むぅ。使い魔さんがお腹を冷やしたら大変なので、ご主人様は心配しているのですよ?」
「妙な提案をするくらいなら、……………その身を使って温めてみるか?」
「弱っていても使い魔さんという感じですが、私も流石に火織りの毛布よりは体温が低いので、あまり役に立ちそうにありません。苦しいなら子守唄でも歌いましょうか?」
「……………絶対にやめろ」
「むぐぅ。……………みぎゃ?!」
ここでネアは、要介護の使い魔から手を引かれてしまい、寝台にばたんと倒れた。
どうやらアルテアは、ネアが起きているのがいけないと思ったようで、そのまましっかりと拘束されてしまう。
めくれた火織りの毛布から何も着ていない腕が剥き出しになっており、ネアは慌てて毛布を直そうとしたのだが、この角度からは難しい。
おまけに、アルテアの上に倒れこむようになってしまっているので、このままでは使い魔が圧死してしまいかねない。
「むぐ、一度その手を離すのだ。ディノが帰ってきた時に、アルテアさんが私の下で圧死していたらどう説明すればいいのですか!」
「煩いぞ。少し黙れ」
「何と我が儘なのだ……………」
首元に、いつもより熱い吐息を感じる。
ネアは病人を押し潰している罪悪感に打ちのめされそうになりながら、少しずつ体をずらした。
しかし今度は、逃げ出そうとしていると勘違いされたものか、首筋をがぶりとやられてしまう。
「ぎゃ!」
「……………大人しくしていろ」
「む、むぐるる。軽く歯を当てただけですが、噛み付かれました。おまけに裸なのに毛布に包まらない悪い魔物です!」
「……………動くなと言わなかったか?この魔術酔いの状態で、……………俺の箍を外したくなければ煽るな」
「……………ぐるる。外れる箍の種類によっては、それでも体が冷えないように毛布をかけて欲しいのですが、……………む。寝ている……………」
ここでアルテアは力尽きたらしい。
ネアは苦労してその腕から抜け出すと、すっかりくしゃくしゃになっている毛布を何とか直した。
毛布を剥いでしまった部分の肌はすっかり冷えてしまっているし、先程より呼吸が荒いような気がする。
裸なのに毛布をかけない魔物を懲らしめる為に、こんな時こそしつけ絵本が必要なのかもしれない。
ネアがへろへろになりながらも、再びの寝かしつけを終える頃に、ディノが部屋に戻って来た。
やっと頼もしい伴侶が戻って来たと笑顔で振り返ったネアは、ディノを見て目を丸くしてしまう。
髪の毛がくしゃくしゃになっており、とても怯えた目をした魔物がそこにいた。
「……………ディノ、もしかしてお外に出ましたか?」
「……………出ていない」
「まぁ。それなのに、くしゃくしゃになっていますよ?何かあったのでしょうか……………」
「ご主人様……………」
心配されてほっとしたのか、めそめそし始めた魔物によると、つい先程、窓開けの犯人が判明したのだそうだ。
今回の犯人は、何と祝い嵐に興奮した留め金聖人だったようで、そう言えば確かに、留め金聖人は唯一窓を開ける事の出来るリーエンベルク内の不確定要素だったのである。
そして、犯人が判明すると、今度は留め金聖人捕獲大作戦が始まったらしい。
それには、留め金聖人を苦手にしているディノも駆り出されてしまい、伴侶の暮らすリーエンベルクを守ろうとした魔物は頑張って参戦したのだそうだ。
祝い嵐の雨を浴びてすっかり酔っ払いな留め金聖人は、帰宅しようとしたところ窓が閉まっていたので激高しており、結果として、まんまと皆の前に現れた留め金聖人を捕獲したのはディノだったそうだ。
荒れ狂い、逃げまどい、よじ登られてしまったりとかなり凄惨な戦いになったようだが、聖人の祝福を持つ生き物を捕まえるには高位の魔物でなければ難しかっただろうと、エーダリア達に感謝されたらしい。
なお、怒り狂った留め金聖人に指先を挟まれたノアはすっかり落ち込んでしまい、エーダリアとヒルドに引き取られていったそうだ。
そちらもちょっと泣いていたそうなので、塩の魔物もとても頑張ったのだと思う。
留め金聖人が現れたということは、どこかに手入れの行き届いていない留め金があるのは間違いない。
騎士達は今、捕獲した留め金聖人を連れてそんな留め金を探しているのだそうだ。
「それで、頑張ってくれたディノは、くしゃくしゃになってしまったのですね。ディノ、悪さをした聖人さんを捕まえてくれて有難うございます」
「……………うん。もう留め金聖人はいいかな……………」
「これからの夜を安心して過ごせるのは、留め金聖人を捕獲したディノのお陰なのですね。頼もしい伴侶の活躍に、すっかり誇らしくなってしまいました」
「ご主人様!」
ディノの乱れてしまった三つ編みを解き丁寧にブラッシングすると、ネアは、もう一度綺麗な三つ編みを編み直してやった。
嬉しそうに目をきらきらさせる魔物は、当たり前のようにアルテアの眠る寝台の端に腰かけている。
元々はと言えば自分の寝台だったのに、そこで眠っているアルテアを邪険にする様子はない。
そんな近しさにまた、ネアは胸が温かくなる。
「ディノ、アルテアさんのお腹が冷えるといけないので、腹巻をしてあげて欲しいのですが……………」
「え……………」
「靴下は私が履かせてしまうので、腹巻はディノに頼もうと思っているのです。本当は、パンツも穿かせてあげて欲しいのですが、……………男性用の下着の替えは、どこにあるのでしょう?」
「アルテアの……………」
「エーダリア様は体格が違うので、体型の近い騎士さんにお借りしてみましょうか?」
「……………それは、このままでいいのではないかな?」
「熱を出して寝込んでいる時に、体を冷やしてしまうと良くないのですよ。むむ、またしても毛布を跳ね除けようとしていますね。悪い魔物さんです」
「……………やめろ」
「逃げようとしているのではないかな……………」
「むぐぅ。では、靴下だけ素早く履かせてしまいます。幸い、ちびふわ靴下の試作品があります。少し編み方が甘いものの、温かさは間違いありません!」
アルテアは、弱々しくじたばたしたものの、残虐な人間の手で靴下を履かされてしまった。
ディノは、裸に靴下な友人が不憫になってしまったのか、腹巻ではなく何かを着せることにしたようだ。
ネアから聞いていて、選択の魔物がパジャマで寝ることは知っているのだ。
「シャツを着せればいいのかな……………」
「ディノ、靴下とシャツだけでは……………いささか、目のやり場に困りますので、可能であれば、寧ろ下を穿かせてあげて欲しいです」
「下だね………上はいいかい?」
「……………お腹が冷えるのも防止したいので、上も着せてしまいましょうか?」
「うん。……………回復したら、森に帰ってしまうかな……………」
「奇遇ですね。私もそんな気がしていました…………」
アルテアは、晩餐の時間を少し回ったあたりまで眠り続けた。
エーダリア達も忙しくしていたのでと、晩餐の開始時間を少し遅くにずらしたことで何とか全員で食事となったのだが、寝込んでいる際にあれこれされてしまったアルテアは、食事の間中、ネア達をとても警戒していたようだ。
しかし、ちびふわ靴下に気付けていないあたりが、まだ本調子ではないのだろう。
ヒルドも心配になってしまったのか、今夜は泊まってゆくようにと伝えていたので、もう少し体を休めていつもの選択の魔物に戻って欲しいと願うばかりだ。
あつあつの美味しいクリームシチューは、みんなの体を温めてくれた。
エーダリアの食いつきぶりを見ていると、牛肉を使ったビーフシチューではなく鶏肉を使ったクリームシチューになっているのは、リーエンベルクの料理人達が大事なウィーム領主を労ってのことであるらしい。
ネアは堪らずお代わりをしてしまい、ふくふくの気分で夜を終えたのだった。




