86. 真夜中のダンスはもふもふします(本編)
「なにやつ」
「ほらみろ、事故っただろうが」
「見知らぬ生き物が鎮座していたくらいで、大袈裟なのです……………」
それは、やはりと言うべきか何故だろうととぼけてみせるべきか、アルテアと踊ろうとした時の事だった。
ネア達が向かう先で、もふもふもさもさとした真っ黒なものが、えいやっとダンスの輪の中心で踊っている。
発見した時には訝しんでしまったネアは、とても愛くるしいもさもさであると頷き、共にダンスの時間を楽しむべく顔を顰めたアルテアと共に踊り始める位置についた。
「ムキュ!ムキュッ!!」
もふもふは、もふもふなりに楽しんでいるらしく、びょいんぴょこんと弾みながら踊っている。
ネアはすっかり口元が緩んでしまい、笑顔でそのもさもさのダンスを見守った。
周囲にいる真夜中の座の精霊達が静観している様子から、良くないものではないのだろうと考えたのだ。
全身から楽しいという感情が伝わってくる様子に、ネアはふと、何をしてもすぐに儚くなってしまう魔物や、ボールを前にした銀狐、お砂糖が欲しいちびふわなどを思い浮かべてしまう。
「……………おい」
「むむ。すっかりもさもさに夢中でした」
低く不機嫌そうな声に慌てて視線を戻すと、こちらを見たアルテアは、鮮やかな赤紫色の瞳を眇めて酷薄な眼差しだ。
「随分と余裕がありそうだな。この曲は、後半からかなりステップが早くなるぞ」
「あら、アルテアさんと踊るのですから、きっと楽しく踊れますよ?」
「……………は?」
「ウィリアムさんは、ぐいっと連れて行ってくれる感じのダンスでしたが、アルテアさんは、一緒に上手に踊らせてくれるダンスのお相手なので、このような曲ならテンポが上がっても楽しいのではないかなと………」
不審そうにこちらを見るので、ネアは丁寧に説明をしてみた。
すると、どこか呆れたような顔になるのはなぜだろう。
(でも、不機嫌さは消えたみたい…………?)
「節操なしめ」
「なぬ。なぜ貶されるのかが分かりません。そして、ここでも曲調が変わるのですね。…………むぐ?!」
軽妙な踊り出しから曲は柔らかで甘い流れに入り、ネアはアルテアにぐいっと引き寄せられる。
複雑な構成で難しい曲のようだが、この曲は紛れもなくアルテア向きのダンス曲だ。
ぴったりと寄り添い踊るという事は同じでも、先程のウィリアムとのダンスや、ディノと踊った繊細で甘やかな雰囲気で統一された曲とはやはり違う。
クラヴァットを留めた赤紫色の素晴らしい宝石のブローチに、深い夜の光とシャンデリアの淡い煌めきがちかりと揺れる。
屋内の筈なのにどこから吹き込む柔らかな風は、決してこの夜の回廊の建て付けが悪いのではなく、ダンスを踊る者達の肌を程よく冷ますためのものであるらしい。
この風ひとつで、熱気の篭る舞踏会会場で踊っているのではなく、夜風の心地良い夜の庭園で踊っているような素敵な気分になれるのだ。
くるりと回され、離れた体をまたしっかりと引き寄せられる。
アルテアのダンスは、ウィリアムと同じくらいに軸は揺らがないのだが、力強さよりは優雅な巧みさを感じるダンスだ。
ゆったりと、けれども胸がどきどきする物語の幕引きのように、穏やかだった曲が徐々に速度を上げ壮麗な旋律へ転じてゆく。
もさもさの生き物は今や弾まんばかりの様子だが、あまりそちらを見てしまうと使い魔に失礼なので、ネアは出来るだけアルテアの瞳を見る事にした。
すると、明るい陽射しの下でも見えなかった瞳の虹彩模様が見えてしまい、微かな興奮と共に更にじっくりと覗き込む。
(アルテアさんの瞳は多色性の瞳ではないと思っていたけれど、ほんの僅かに深い真紅と鈍い菫色も隠れていただなんて……………)
けれど、夢中でその色を追いかけてしまったネアに、アルテアはなぜかふいっと瞳を伏せ、こちらの視線を振り切ってしまった。
「なぬ。観察の邪魔をするのをやめるのだ」
「………わざわざ俺を煽るつもりなら、こちらにも考えがあるが、いいんだな?」
「…………アルテアさんの瞳の虹彩模様を見ていただけなのに、なぜ叱られているのでしょう」
「……………瞳?」
「ええ。この会場のような暗い場所でこそ見えるのが、何だか魔物さんらしくて素敵ですね」
「……………っ、紛らわしい真似はやめろ」
低い声でそう詰られ、ネアは大変遺憾であるという面持ちになる。
おまけに、ちょうどステップが早くなるところにさしかかったからか、またしてもぐいっと体を寄せられ、恐らくわざと、背中を押さえる手に一瞬だけしっかりと力を籠められた。
季節の舞踏会では前髪を少し上げている事の多かったアルテアだが、今日はいつものように下ろしているので表情がくらりと翳ると、暗闇の向こうからこちらを見る魔物のような眼差しにどきりとした。
しっかりと腰を抱き寄せられ、くるりと回る。
ドレスの裾がさあっと円を描き、二人の踵がかつりと鳴ると、ダンスは小気味よく終わりを迎えていた。
「……………ふは。最後のところは、くりんとしてしゃわんとして、とても楽しかったですね!」
「……………ったく」
これは大変良いダンス曲であると微笑んだネアに、アルテアはまだ納得のいかない要素があるのか苦々しい表情だ。
しかし、とても身勝手な人間はさっと視線を逸らすと、踊り終えて満足げにほにゃりと床に潰れているもさもさを凝視していた。
「ムキュ!!」
ダンスを終えて大満足の様子のもさもさは、どこからか現れた真夜中の座の乙女にひょいと持ち上げられて回収されてゆく。
堪らずそれは何だろうと尋ねた一人の男性にネアが耳を澄ませると、その女性はにっこり微笑んで、真夜中の座の王族の一人なのだと答えていた。
これにはネアも愕然としてしまい、真夜中の座の精霊とはという気持ちになる。
そろりとアルテアの方を見れば、あの生き物の正体は知らなかったようで、こちらもどこか呆然とした様子であった。
「どこかアルテアさんに似ていると思っていたら、あの方は、高位の精霊さんだったのですね……………」
「おい、やめろ。どこも似ていないだろうが」
「甘いお菓子を目にした時のちびふわは、まさにあんな感じなのでは…………」
「…………は?」
問い返す声が少しだけ頼りなげだったので、ネアは大人の社交性を駆使してにっこり微笑むと、やはり何でもありませんと誤魔化しておいた。
その際に、若干、選択の魔物が呆然としているので、手を伸ばして背中をぽんと叩いておく。
ネア達がダンスの輪を離れて戻ろうとしていると、こつこつと床が鳴り、人影が落ちる。
そこに現れた、銀髪に紫の瞳の背の高い男性を見ると、ネアは条件反射で小さく唸り声を上げた。
ケープなどは羽織っていないが、全体的にひらりとする服装なので淡い風に服裾が揺れる。
「アルテア、交代させて貰おう」
「……………ナイン。随分と積極的だが、領域を侵すような真似はするなよ?」
「むぐ。むしゃくしゃするぺっとしてぽいっとのお相手が現れました…………」
続けて踊るのは構わないのだが、まだ心の準備が出来ていなかったのだと眉を下げたネアに、ナインが紫色の瞳を細めて愉快そうに笑う。
「残念だが、避けられないようだな。歌唱以外にも酷く歪んだものがあるのか確かめさせて貰おう」
「わ、私の歌声は凄いのですよ!」
ナインの漆黒の装いは、どこか枢機卿らしい儀礼の盛装に似て、ストラのような布飾りは足元までの長さだ。
近くにいるご婦人方が熱い視線を送っているくらいには、ダンスの相手としては申し分のない美しい男性なのだが、残念ながらこの人物はネアの天敵なのだった。
とは言え背に腹はかえられないこともある。
渋々その手を取ろうとしたネアは、視界の端で揺れた鮮やかな黄色いドレスにはっとする。
次の瞬間、まだネアの手を取っていたアルテアが、不意にその手をぐいっと引っ張った。
「むぐ?!」
突然の暴挙に、アルテアの胸元にぼすんと激突してしまったネアは怒り狂う。
鼻がへしゃげるような行いは、ドレス姿の淑女にしていい仕打ちではないと抗議しようとしたところで、ネアは、見上げたアルテアの表情がぞっとするほどに暗い事に気付いた。
ぎくりとしたネアの背面で、どこか作り物のような乾いた笑い声を上げたのはナインだろうか。
「フェルトリーデ。お前に私のダンスの邪魔をされる筋合いはないのだが?」
「あら、私はその醜い人間を、相応の場所へ戻してやろうとしただけよ?シルハーンと踊っただけでなく、アルテアとまで踊っておきながら、次はあなたと?つまらない小娘とのダンスを前菜に据えるだなんて、その階位を落とすような無作法さだわ。寧ろ、止めてくれて有り難うと感謝するべきでしょうに」
「……………ほお、お前に名前を呼ばせる許可は出していないが。その身勝手さで、この夜回廊から放り出されるのも時間の問題らしいな」
「ふん、まさか。ミカ様は私と踊るのを楽しみにしていらっしゃるのよ?真夜中の座の者達は、そんな無粋な事などしないわ」
そろりと顔を上げようとしたが、アルテアにしっかりと抱き寄せられていて出来なかった。
耳元で動くなよと言われたので、とても厄介な精霊なのかもしれない。
(確か、この檸檬色のドレスのお嬢さんは、黎明の座の精霊さんなのだとか。…………同伴者のアイザックさんはどうしたのだろう。それに今、ミカさんの名前が聞こえたような……………)
ネアが、となるとこの振る舞いに難のある女性は、あのミカの恋人だったりするのだろうかと思っていると、わあっと誰かが声を上げた。
「ふ、ふざけるな!!ミカ様は、お前の事など大嫌いだ!!ごしゅ、……………ファンデルツの客人方の前で、お前の妄言を垂れ流すな!」
「……………何ですって?」
「……………いいか、フェルトリーデ。そこから離れるんだ。そなたが礼を欠いているのは、我々にとって重要なお客なのだ」
「フェルトリーデ、あなたには退出して貰おう。もはや我慢がならぬ」
抱き込まれたアルテアの胸元しか見えないネアにはさっぱり分からないが、どうやらフェルトリーデという名前の黎明の座の精霊は、複数の真夜中の座の精霊達に囲まれたらしい。
かなりの剣幕に状況が見えないネアは慄くばかりだが、檸檬色のドレスといい、この女性は相当あちこちでやらかしたようだ。
(今もリシャードさんに噛み付いていたし、繋がりの深い最高位の精霊の王族に絡んだことで、真夜中の座の精霊さん達もさすがにまずいと思ったのかも……………?)
「フェルトリーデ?」
そこにひたりと落ちたのは、ネアも知っている、けれど聞いたことがないような冷ややかな声音であった。
ぞっとするような冷たい響きにぴくりと体を揺らすと、アルテアがしっかりと腕の中に収め直してくれるのだが、事勿れ主義の人間は寧ろここから連れ出してくれた方が有難いのにと思ってしまう。
待っていてくれるディノやウィリアム達が、この騒ぎに気付いていない事もないだろう。
となると、迂闊に動かない方がいいくらいの状況なのだろうかと困惑しているネアの背後では、また新たな展開があった。
「……………アイザック様」
「困りましたね。私があなたの飲み物を貰ってきているだけのあのような短い時間で、ここまで離れた場所に逃げ出してしまうとは。余程、私がお気に召しませんか?」
「……………ち、違うの。だってアイザック様は、ミカ様にご挨拶させて下さらないでしょう?ファンデルツの夜会で、ミカ様がダンスを踊るのは一人だけなのよ。あの方が私を見付けられなかったら大変でしょう?」
「おやおや、私という同伴者がありながら、気の多い事ですね。おまけに今は、我々の王の伴侶に危害を加えようとされていませんでしたか?」
「……………王の、……………伴侶?ま、魔物の王の……………それって、万象の伴侶という事?!」
「黎明の座の王女ともあろう方が、それすらご存知でない?」
「……………っ、意地悪しないで。し、知らなかったのよ!知っていたら、そんな、あなたやミカ様のご迷惑になるような事だなんて……………」
拗ねたような声でそう呟いたフェルトリーデは、やはりどうしてもミカの名前も並べて語ってしまうようだ。
ネアは、聞こえてくるその声が女性と言うよりは幾分か幼い響きである事が気になり始めた。
大人の女性のような柔らかさのない、子供から少女に変わるくらいの年代特有の澄んだ声だ。
(そう言えば、黎明の座の精霊さんは幼女だったような……………)
そんな事を今更思い出し、ネアは、はっとする。
即ち、背後で繰り広げられているのは、つんつんする気位の高い美幼女と、それを取り囲んだ悪い大人達という、なかなかに心躍る状況である可能性が高い。
「むが!この手を離して下さい!!つんつんする美幼女を見たいです!」
「案の定の発想だな。離すと思うのか?」
「っ、おのれ、安全面ではなく、そちらの為の拘束でした!!多少性格に難があっても、一度くしゃりとやれば心を入れ替えて懐いてくれるかもしれません!」
「…………いいか、やめろ。絶対にだ」
「……………今の動揺からすると、場合によっては懐きそうな方なのですね?むぐぐ!!」
アイザックへの対応から、自分より上だと認識した人物にはしゅんとする可愛らしさもあるようだと考えた人間はじたばたしたが、アルテアの腕はちっとも緩まなかった。
どうやら選択の魔物は、ネアをこの場から遠ざける事で、ネアが黎明の座の精霊を視認してしまう危険を避けこの場に留まったらしい。
「……………もしかして、私を狙っているのかしら…………。人間が、…………私を?」
「……………不意を突かれると狩られるぞ。万象の伴侶の慰み者になりたくなければ、そうそうに帰る事だな」
「……………ナイン?でも、この可動域ではないの。こんなか弱い生き物、つつくだけで死んでしまうわ」
ネアは、獲物を警戒させるようなナインの発言に怒り狂ったが、くつくつと喉を鳴らして笑ったアイザックが、こちらのお客人は咎竜の王を素手で殺したのだと言うと、フェルトリーデはぴたりと黙り込んでしまった。
「……………スープの魔術師と、どちらが強いのかしら?」
「まぁ、アレクシスさんをご存知なのですね?アレクシスさんとは、一緒に冒険した事もある仲良しなのですよ!」
「……………アイザック、私帰りたい。今すぐ、ここから私を連れ出して頂戴!!」
「なぬ。なぜに逆効果なのだ?!今の声の震えは、憧れの響きではなかったのですか?」
「アルテア、その人間をどうか解放しないでいてくれる?私は、スープを煮込む為の火を変えてみようと思ったという理由で丸刈りにされるのは、もう二度とご免だわ!!」
ネアが懐柔の切っ掛けになるだろうかと前のめりに発した言葉で、フェルトリーデは泣きそうな声でそう宣言すると、アイザックを伴ってどたばたと立ち去って行ってしまった。
相変わらず背後の様子は見えないが、気配だけでも何となく分かる事もある。
かつかつという靴音が聞こえなくなったところで漸くアルテアの腕が緩み、ネアは、しゅばっとその腕から逃げ出すと鋭い目で黎明の座の精霊を探して周囲を見回したが、わらわらと集まってしまっている真夜中の座の精霊達が邪魔で、檸檬色のドレス姿はもう見えなかった。
「……………む、むぎゅう」
「意気込んで墓穴を掘ったようだな」
「す、少しくらい、愛くるしい女の子を見せてくれてもいいではないですか!あの年頃の女の子は、きっちり叱った相手に意外に懐いたりもするのですよ?」
「いいか、フェルトリーデはお前より遥かに年長者だ。身勝手で短慮、おまけに残忍な気質もある。近付くなと言わなかったか?」
「……………むぐる。あの雰囲気のお嬢さんは、存外に扱いやすいと思うのですが、無念です。そして、ミカさんのお友達だったりするかもしれないので、そちらの意味でもご挨拶をしておきたかったのですが……………」
そう呟いたネアに、咎竜の王を倒したらしいぞとざわざわしていた真夜中の座の精霊達が一斉にこちらを向く。
男女共に全員がどきりとするような美貌なので、複数名から一度に凝視されるとかなりの迫力だ。
「…………我等が王の為に釈明させていただきますと、あれはフェルトリーデの一方的な執着です。ミカ様は、あの黎明の座の精霊に困らされておいででした」
苦々しい表情で教えてくれたのは、黒髪の美しい女性だった。
高貴な立場なのだろうが、騎士のような装いが凛々しく、ネアがとても素敵だなと思っていた人物だ。
「……………我等が、王?」
「……………え?……………ええ」
「ミカさんは、……………それが私のご存知の方かどうかは分かりませんが、……………あの方は王様なのですか?」
ネアが慌てて問い返せば、黒髪の女性はさあっと青ざめる。
ご存知なかったのですねと呟いて倒れそうになっているので、ネアもおろおろしてしまい、それは初耳ですと小さな声で呟く。
「まぁ。私の大好きなミカさんは、真夜中の座の王様だったのですね」
「……………おい、増やすなと言わなかったか?」
「ちびふわの競合は増やしてはおりませんよ。ただ、精霊さんとはあまり良い出会いがなかった中、ミカさんはとても優しくて素敵な方だったので、すっかりお気に入りの精霊さんだったのです」
「妙だな。その思考から私が外れているのでは?」
「む。なぜ私が、リシャードさんを気に入らなくてはならないのだ。その要素がさっぱり見当たりません」
「……………ミカ様を、…………」
そこでなぜか、黒髪の女性が涙を浮かべて口元を両手で覆ってしまったので、ネアは慌てた。
自分の発言を振り返りぞっとすると、勝手に仲良くなりたい素敵な精霊だと思っているだけであるし、自分はすでに既婚者であるので、そのような執着ではないと説明しなければならなかった。
(この女性がミカさんの恋人さんだったりしたら、たいへんな誤解をさせてしまうような言い方だった…………!!)
しかし、レカと名乗ったその女性から、是非に王の友人になって差し上げて欲しいと言われてぎゅっと手を握られてしまうと、同性の友達が出来るかもしれないと荒ぶったネアはその手を固く握り返す。
それなのにレカは、ネアの返事を聞くとぱっと笑顔になり、取り乱して失礼しましたとさっと手を引いて後退してしまうではないか。
ネアは慌てて追いかけて連絡先交換などをしようとしたのだが、ちょうどのタイミングでこちらに来たディノ達に気付いて振り返ったことで、残念ながらその機会を逃してしまった。
「ディノ」
「ネア、あの黎明の座の精霊になにかをされたのかい?」
「アルテアが問題ないと言うので静観したが、こちらに手を出そうとした以上は、排除しておいた方が早かったんじゃないか?」
ディノとウィリアムから不安そうに尋ねられ、ネアは、きっと可愛かったに違いない幼女と仲良くなれたかもしれない機会を逃しただけだと申告しておいた。
どうしてもまたこの夜会に来たいので、不安や危険などはなかったと説明するのにいいのかなと思ったのだが、なぜか魔物はとても荒ぶるようだ。
「黎明の座の精霊なんて……………」
「そうか。フェルトリーデは、二度とネアに近付けないようにしないとな……………」
「なぞめいた反応に、動揺が隠しきれません。なぜに余計に荒ぶるのだ…………」
「アイザックが目を離さなければ良かったんだが、あの様子だと、思ったよりも癖がなかったことで煩わしくなったんだろうな」
「まぁ、やはりなのですね……………」
アルテアの言葉に、表面的な甘やかな言葉に、アイザックも満更でもないらしいと考えていたものか、真夜中の座の精霊達は驚いたようだ。
確かに心内を読み取り難い魔物だが、ネアは、アイザックが本当に興味を惹かれる相手に向ける言動をよく知っている。
ネアの知る限り、興味の範囲が悪趣味に近いところまでの広さを誇るアイザックの先程のフェルトリーデへの対応は、どこか作り物めいた温度がひしひしと伝わってきたので、よほど心が動かないのだろうなと思っていたのだ。
欲望の魔物は、欲求を向けるものの矛先と魔術に関しては悪食なのだという。
何かが気に入らず、他のどこかに興味を示してしまったのだろうなと皆で頷いていると、不意に空気の温度が変わった。
ふわりと夜が揺れ、真夜中の座の精霊達が一斉にお辞儀をする。
ネアが精霊達の視線を辿り振り返った先には、息を飲むような美貌の男性が立っていた。
明日の更新は、大型台風接近につき省エネ更新となります。
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