1. 薬の魔物を継続します(本編)
窓の外では、柔らかな風が吹いていた。
外に出るときりりと冷たい冬の風だが、ネアは胸の奥まで澄み渡るその空気が嫌いではない。
その窓から清廉な午後の光が差し込むリーエンベルクの会食堂では、このウィームの領主であるエーダリアと、補佐官である妖精のヒルド、そしてネアとディノが椅子に座っている。
リーエンベルクに帰り、ネア達はまず、エーダリアの執務室に向かった。
ディノが、ぽいっと領主の執務室に魔術で放り投げてしまった、本日の仕事の成果物について確認をしに行き、業務の報告をしたのだ。
業務報告が終わり無事にパンケーキの時間になったので、いそいそと一緒に会食堂に来たところで、エーダリアから、伴侶な魔物がとても悲し気なのはなぜだろうと尋ねられたのだった。
であるので、たいそう深刻そうな面持ちの面々ではあるが、ここに記すのは、おやつ待ちの会話である。
ネアは、ディノに新しい薬の魔物の運用が提案されていることを話し、その結果引き出されたディノの反応を二人に伝えた。
個人の好き嫌いでどうこうしていい計画ではないので、こんなことで伴侶の我が儘を許しているのかと呆れられてしまうかなとも思ったが、エーダリアは真剣に頷いてくれており、ネアは少しだけほっとする。
魔物という生き物に対し、どこまでを譲歩し、どこからが許してはいけない一線なのか、ネアには一般的なこの世界の規準が把握しきれていない部分もあり、専門家に相談に乗って貰えるのはやはり有難い。
「……………という訳でして、ディノは他の薬の魔物さんが出現することに、危機感を覚えてしまうようです」
「ネアが浮気する……………」
「ディノ、これはウィームでの騎士さん達の活動を円滑にする為の、新しい試みです。邪魔をしてはいけませんよ」
「虐待…………………」
「むぐぅ……………」
「………………成る程、事情は分かった。それで……………この様子なのだな。………………ヒルド?」
「…………いえ、雪雫の薔薇の花蜜の引き取り時間の確認ですので、お気になさらず」
そう微笑んで連絡用の魔術端末を閉じたヒルドは、深く鮮やかな瑠璃色の瞳に、孔雀色の長い髪を一本に縛った、男性ながらも溜め息を吐きたくなるくらいに美しい妖精だ。
このリーエンベルクでは隠すこともない六枚羽は、彼が妖精の王族であるシーであることを示している。
かつては遠い島国で、森と湖を司り、宝石や海の系譜も持つ古き妖精の一族の王だった彼は、生き残った仲間達を守る為に、自ら奴隷となり、この国の正妃に献上された。
正妃の守護を司る残忍な精霊に羽を落され、筆舌に尽くし難い日々を送った彼は今、エーダリアの兄である第一王子の采配もあり、このリーエンベルクで穏やかに暮らしている。
エーダリアにとっては、最初の師であり、最初に自らの手で掴んだ庇護者で家族のような存在だ。
魔物達に比べると妖精らしい線の細さは否めないが、片手で軽々と成人男性であるエーダリアを肩の上に担ぎ上げてしまうくらいの強靭さも持ち合わせている。
「ヒルドさん、受け渡しの際にはお手数をおかけしました」
「おや、どのみち私が受け取る手筈でしたので、何の問題もありませんでしたよ」
幸いにも、雪雫の薔薇の蜜をたっぷり入れた瓶は、押印作業をしているエーダリアの執務机の上に、ことんとお行儀よく出現したらしい。
押印作業の邪魔になるところでもなく、そのあたりはきちんと配慮が行き届いていたと教えてくれたヒルドがすみやかに回収してくれ、後日、領主館から民間の薔薇酒の製造所に格安で卸されることになる。
このように、領内の管理の名目で集められた希少素材については、国内の魔術師達を統括するガレンに持ち込まれるものを振り分け、残りのものは相場の半額くらいで領民達に還元されるのが今のウィームである。
金目のものはどんなものでも懐に押し込んでいた前の領主は、人外者とのかかわり方を誤った結果、退陣したという過去があった。
その時代には、このリーエンベルクの内装も、あちこちが荒らされ高価なものは内密に売り払われてしまったりしていたが、エーダリアがこのウィームの領主になってからは、領管理の仕事が本来の健やかさを取戻し、領民達はウィームをこよなく愛する若い領主が大好きだ。
それは、何て幸福な両思いだろう。
統一戦争でこの国の領地の一つとして併合されたウィームは、高い魔術可動域を持ち、人外者達の庇護を集めた王族達の全てが、市井に下った傍流の末端までも許されずに皆殺しにされた。
その最後の夜に生れ落ち、まだ誰の祝福も得ていないことで魔術の理の恩赦を得られたエーダリアの母親だけが、最後のウィームの王族として生き延び、その血をエーダリアに残したのである。
リーエンベルクが火に囲まれ、愛する王族達が粛清された凄惨な夜を、領民達は歯を食いしばって乗り越えた。
共に戦えばこの地ごと滅ぼされるかもしれず、耐え忍び生き延びることこそを、彼等は息絶えてゆく王達に誓ったのだ。
そんな領民達にとって、王家の最後の一人がこうして領主としてウィームに戻ってきたことは、例えようもない喜びなのは間違いない。
そしてまた、正妃の陰謀で母親を殺され、味方もいない王宮に一人ぼっちで取り残されながらも、やっとの思いで焦がれたウィームの土地に逃げ延びたエーダリアにとっても、ここは宝物のようなものなのだろう。
「エーダリア様、お仕事の仕上げがきちんと管理出来ておらず、申し訳ありません」
愛するウィームだからこそ、手を抜きたくないエーダリアの仕事は多岐に渡る。
忙しい中で割り振った仕事で最後に上司の手を煩わせてしまったネアは、不作法な渡し方になってしまったことを謝っておいた。
ディノはとても優しい魔物でもあるが、その辺りの細やかな気遣いとなると、人間の組織の仕組みに不慣れである為に、良く分っていないことが多い。
こちらを見たエーダリアは、複雑な色味が良く光を集める鳶色の瞳を瞠って、小さく苦笑する。
けぶるような銀髪は、襟足にかかる程度の一般的な男性の髪の長さに見えるが、伸ばした部分を耳の後ろのあたりで編み込みにしており、実際にはもう少し長い。
この元婚約者の冷ややかな美貌が、計算高い冷酷さに見えたのは出会った頃ばかりで、今はネアにとって頼もしい理解者である。
「いや、寧ろこの時間でよくこれだけの量を集めてくれた。お陰で、次回の予定だった、シュタルトの地底調査に向かう調査班への照明用のものも確保出来た。残りは予定通りアルバンの酒蔵に薔薇酒の原料として払い渡す予定なのだが、これだけの量があれば皆も喜ぶだろう」
この蜜はひと雫でかなり燃えるそうで、照明用としても充分であるらしい。
「まぁ、シュタルトの地底調査があるのですか?」
「ああ。ノアベルトの城の地下にも、古い魔術遺跡があることが分ったのだ。学術的な見地は勿論だが、まずは、魔術汚染などの調査をしなくてはならないからな。密室作業で最も恐ろしい精神汚染系統の魔術を弱めるので、雪雫の薔薇の花蜜灯は人気がある」
「それは知りませんでした。そんな効果もあるのですね。…………ディノ、たくさんの蜜を集めてくれて、有難うございます」
「ご主人様!」
ここで、荒ぶって花蜜をエーダリアの執務机に転移させてしまったことは後悔していないが、その件に関してネアが怒っていないだろうかと不安げにしている魔物も褒めてやれば、ディノは嬉しそうに唇の端を持ち上げる。
いそいそと膝の上に三つ編みを設置するので、ネアは忘れずに教育も重ねておいた。
「今度は、納品までを完遂出来るように頑張りましょうね。ディノが危ないと思ったものであれば、提出まではディノに管理して貰えばいいのではないでしょうか」
そう提案された魔物は目を瞬いてからこくりと頷いたので、見守っていてくれたエーダリアとヒルドもほっとしたように微笑んでいる。
さて、これで一安心だと落ち着きかけ、ネアは大事な議論が置き去りになっていることを思い出した。
ぎくりとしたネアに気付いたのか、ヒルドが話題を戻してくれる。
「ディノ様としてはやはり、薬の魔物という肩書を持つ他の魔物が、リーエンベルクに関わるのはご不快でしょうか」
そう問いかけてくれたヒルドは、魔物がこんな我が儘を言い出すことを承知の上だったのかもしれない。
「そうだね」
「でも、…………ディノはもう、私の薬の魔物ではなくなったのでしょう?それに、薬の魔物さんともなれば、厳密に司るお薬が違えど、世の中に数多くいらっしゃる魔物さんではないですか」
「……………君は、別の薬の魔物の方がいいのかい?」
「面倒臭……………い、いえ、私のお薬については、伴侶に頼めばいいのですから、ディノが荒ぶることはないと思いますよ」
「………………けれど、リーエンベルクの仕事で、君がその薬の魔物と連携することもあるだろう」
「むむぅ。そう言われてしまうと、何の連携もしないという約束は出来ません。しかし、私はさておき、騎士さん達の仕事には魔物のお薬が必要でしょう?その際に、入手経路不明のお薬ではなく、正式な魔物の薬だと証明出来るものが必要なんです」
魔物の薬は、本来貴重なものだ。
効果が強く、その為間違いなどがないように、正式な魔物の薬であるという魔術証明が出来るような精製方法が法で定められている。
薬の魔物であるという公的認可の下で魔物が薬を作ればいいだけなので、あまり難しいことはないのだが、無名の魔物になってしまったディノにはもう出来ない仕事なのだ。
勿論、人間の管轄下にない人外者から薬を与えられることもあるだろう。
しかしその場合には、認可外の薬の使用における承認文書を責任者間で回付しなければならず、日常使いの薬でそれをやっていると非常に面倒臭い。
この二年あまりはディノが薬を作っていたが、今回の解雇にあたり、ウィームは運用の見直しに入った。
以前のように、民間企業であるアクスからの買い付けを見送り、安定的に供給の見込めるリーエンベルク直轄の薬の魔物を常駐させる仕組みを立ち上げようとしているのだ。
(魔術医院もあるのだけれど、傷薬や熱冷ましのような簡単な薬だけを一定量納めるとなると、病院勤務の魔物さん達にも負担だというし……………)
ネアは、ふすんと眉を下げて悲しい息を吐きつつ、同僚である見聞の魔物の到着待ちで、まだ眼前に現れないパンケーキを思った。
既にこの部屋にもいい匂いが漂い始めており、美味しいシロップをかけてじゅわっと甘くなったものをお口に入れる瞬間を思えば、ついつい口をもぐもぐさせてしまう。
「…………じゃあさ、シルの契約の魔物としての肩書きはそのままで、薬の魔物を役職名にすればどうかな?それなら、契約回りの魔術にも響かない筈だよ」
「ノア…………!」
その声に振り向けば、ふらりと会食堂に現れたのは、ネアが兄妹の契約を交わした、鮮やかな青紫色の瞳を持つ塩の魔物であった。
細身の黒いパンツに仕立てのいい白いシャツをざっくり羽織り、こちらは初めて見る深緑色のストールを肩にかけている。
ディノ同様、魔物らしい怜悧な印象の美貌を持ち、氷色の混ざる白い髪を濃紺のリボンで一本に縛っているが、髪の毛を結ぶのは得意ではないらしく、大抵いつもくしゃくしゃになっていた。
こちらも紆余曲折あってリーエンベルクの一員になった大事な家族で、ディノとは過去に一悶着あったものの今はとても仲がいい。
魔術の根源を司るが故の器用さからか、こうして問題の解決に繋がる助言をくれる頼もしい魔物だ。
「役職として、………か。種族名としてではなく、業務上の薬の魔物という肩書を作るのだな?」
「そうそう。それなら、過去の契約や、面倒な魔術の繋ぎに影響されずに薬の魔物って名乗れるよ。………そうだなぁ、…………リーエンベルクの歌乞いの魔物は、薬の魔物ではなかったことが判明した為、登録名を変更したものの、これまでの実績を考慮し、今後も薬の魔物としての業務に従事する。って感じでいいんじゃない?」
「………………成程。手続き上は可能ですし、そうなれば中央への心象も良いですね」
「ディノが薬の魔物のままの方がいいのですか……………?」
そう尋ねたネアに、ヒルドが政治的な駆け引きも考慮した上で、状況を噛み砕いてくれた。
「ええ。中央が警戒するのは、新しいものと、変化のあるものの二つです。昨年のイブメリアの日のように、宰相閣下からこちらに接触があった以上、ある程度ウィームの内状が漏えいしているのは否めませんが、その他の事情に明るくない者達にとっては、ネイが提案した方法が有効なのは間違いないでしょう」
ヒルドは、かつてノアが名乗っていた偽名を今でも呼んでいる。
その偽名で過ごしていた頃のノアは、人間嫌いの偏屈な魔物で有名で、ネイという名前を名乗り、この国の王宮で人間の魔術師のふりをして暗躍していた。
(その頃のノアの名前だからこそ、一人ぐらい呼び続ける者がいてもいいでしょうと、ヒルドさんは言うけれど、二人きりのときにもそのままなのかな…………?)
偽名をあえて残すことに戦略的な意味があるのか、或いは、ノアの心のケア的な気遣いがあるのか、その真意まではネアには測れない。
ノアにとってヒルドは、このリーエンベルクで初めて出来た男友達なのだ。
「そうそう。薬の魔物じゃなかったけれど、変わらずに同じ仕事をするよってなれば、登録名の変更に警戒してた奴等にとっては肩透かしだからね。おまけに、役職設立の手間までかけて薬の魔物の仕事を引き継がせるってことはさ、結局他のことは出来ないからそうせざるを得なかったんだろうなって考えられる訳だ」
「…………都合よく全ての者達がその道筋に落ちる訳ではありませんが、そのようにも考えられるという側面を残しておけば、我々も動きやすいのは間違いないでしょう。……………となると、ガーウィンでの潜入調査が始まる前に、正式に整えておきたいですね」
「では、私からダリルと話をしよう。このような作業は、あいつが得意だ」
(確かに、ダリルさんなら得意そうだわ…………)
ダリルは、ウィームにあるダリルダレンの書架に住むエーダリアの代理妖精である。
割れそうな程の青い瞳を持つ絶世の美女…………に見える、ドレスを愛する立派な男性で、書架妖精らしい叡知を備えた切れ者の彼は、ウィームの実質的な実行部隊の要だ。
目的の為なら手段を選ばない、誤解を恐れずに言うのならえげつない手法を好む御仁であるので、この国のあちこちにはそんなダリルの苛烈さに心を奪われてしまった信奉者達がたくさんいるという。
最初はヒルドへのあてつけでエーダリアの代理妖精になったダリルだが、今ではあれこれとエーダリアをからかいながらも、自分の契約者をこの上なく大事にしているのは見て取れる。
同じようにエーダリアと契約を交わしたノアと、同席者達の背筋が凍るような悪辣な罠を作っているとかいないとか。
とは言え、エーダリアに何かがあった場合に一番恐ろしいのはヒルドで間違いないので、ネアは、過保護な守り手達に囲まれておきながら、自分は一般人だという顔でこちらを見る上司には、常々思うところがあった。
(エーダリア様だってとんでもない守護率なのに、なぜ私ばかりをいつも常識外枠に挙げるのだ………)
ウィームには、エーダリアを盛り立てる会があり、そこに集うのはとんでもない面々だと聞いている。
ネアにも、非公認かつ存在しない筈のかいなるものがあるそうだが、エーダリアのものには遠く及ばない筈だ。
「……………では、他の薬の魔物はいらないね」
そうひっそりと微笑んだ伴侶は、魔物らしいしたたかさに瞳を煌めかせる。
この魔物が魔物達の王なのだと実感するのはこんな時だが、伴侶としては、言うべきことを飲み込む訳にはいかない。
なのでネアは、きりっと魔物の目を見上げ、重ねて諸注意を言い伝えておいた。
「ディノ、あらためて薬の魔物のお役目をいただくのであれば、これまで以上に、薬作りを頑張らなければいけませんよ?」
「勿論、薬くらい幾らでも作ってあげるよ。薬を作り終えると、ネアが爪先を踏んでくれるからね」
「……………まさか、ご褒美欲しさで我が儘を言ったのではありませんよね?」
「御主人様…………………」
分が悪くなったと考えたものか、魔物は不自然に目を逸らした。
きちんと躾ける為にも叱るべき場面だったが、ネアははっと息を飲むと、背後を振り返る。
「ほ、ほかほか、ホットケーキ!!!」
そこには、大きな銀緑色の森雨の結晶石のワゴンを押す給仕妖精がいて、ワゴンの上にはほかほかと湯気を立てるホットケーキの乗ったお皿が並んでいる。
給仕妖精はヒルドに何かを告げると、美味しそうなホットケーキのお皿をネア達の前に並べてくれた。
「グラストとゼノーシュは、戻りが遅れるそうです。…………任務先で、グラストを屋敷に招きたいというご婦人がいたそうでして…………」
「まぁ。…………そうなると、愛くるしいゼノとて荒れ狂いかねませんが、大丈夫なのでしょうか?」
「今後グラストに手を出さないよう、しっかりと知らしめるということであるようですよ」
「…………………ほわ」
ネアは、白混じりの水色の髪に檸檬色の瞳を持つ、可愛らしい少年姿の食いしん坊な友人を思った。
そんなゼノーシュは、リーエンベルクの騎士隊長であるグラストが契約した歌乞いの魔物であり、妻子を亡くした契約主のグラストを、父親のように慕っている。
よって、大好きなグラストに興味を示すご婦人や子供達が現われると、少し眠たげで愛くるしいいつもの姿を裏切る獰猛さで、容赦なく敵を排除してしまうのだ。
「わーお、ゼノーシュにとっては、パンケーキよりもやっぱりグラストか」
「ゼノが食べかけのおやつを一口あげてもいいのは、この世でグラストさんだけですからね………」
そんな話をしながら、一同にパンケーキと薫り高い紅茶が行き渡る。
あまり食べないノアは紅茶だけで、決して甘党という訳でもないものの、ディノは、ネアが食べるものは何でも一緒に食べる癖がある。
「……………むぅ。でも砂糖菓子も好きですし、フレンチトーストが大好物なのですから、ディノは甘党なのかもしれませんね…………」
「ネア………………?」
「ディノは、甘党と辛党どちらなのでしょう?」
「辛いものはあまり好きではないかな………………」
「この場合は、激辛ではなく、しょっぱいもののことなのです」
「…………………どちらか、なのだね?」
「わーお、人間は残酷な線引きをするなぁ……………」
ネアは気軽な気持ちで尋ねたのだが、魔物達は目を見合わせてふるふるしている。
またしても良く分らない種族性の違いが浮き彫りになり、魔物は甘党辛党議論には向かないらしいことが判明した。
「…………私はどちらかと言えば辛党だ。だが、甘いものを、お茶の時間にゆっくり少量を食べるのは好きだろうか」
「……………そうなのですね」
ネアは、魔物はそのような分類を嫌がるのだろうかと尋ねようとしただけで、甘党辛党選挙の為にエーダリアの方を向いたのではなかったが、そうご回答いただいたので仕方なく厳かに頷いておいた。
なお、ヒルドも辛党であり、意外なことだがダリルは甘党であるらしい。
こうして家族のことを色々と知ってゆくのだなと思い、ネアはナイフで切り分けたホットケーキをぱくりと食べた。
「むぐ!美味しいれふ!」
ふくよかなバターの風味と、流れ出ずしっかりと染み込むくらいの量でかけた氷林檎のシロップがじゅわっと口の中で広がり、至福の思いで噛み締める。
テーブルの向こうでは、遅ればせながらの開催の騎士達の祝祭に合わせ、エーダリアが騎士達にも甘党辛党選挙を行おうとしているようだが、もはや手を離れた集計であるので、そちらにお任せしておこう。
ネアはおやつ時間を堪能することにし、目元を染めてこちらをじっと見ている伴侶には、ご主人様の食事風景の観察をせずに自分のホットケーキを食べるようにと、厳しく言いつけなければいけなかった。