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王家の呪いと辻毒の馬車




夕暮れ迄には帰ろうと思っていたが、その日は何かと想定外の事が多かった。



戦場も落ち着いただろうという時になって第二王子の軍が蜂起し、戦場を安定させた第一王子の軍とぶつかった。


溜め息を噛み殺してその様子を眺めながら、向かい合って話合って来なかった人間たちの、取り返しのつかない理解不足の顛末にほとほと呆れるばかりだ。


恐らく第二王子は知らないのだろう。

後見人の力の足りなかった彼が、誰の手助けで王宮で生き延びて来たのかを。

そして、その人物がなぜ自分が手を差し伸べたのかを伝えなかったのかも。



「やれやれ、人間は愚かで身勝手ですね。この戦場の後始末をするのは人間達ではなくて、僕達だというのに。それと、この国の王族達はどうにも身勝手な者ばかりらしい」



そう呟いたアンセルムに、ローンが小さく頷いている。

この戦場にローンがいるのは、夕刻までには命を落とす第一王子を連れ去るのが、辻毒から生まれた疫病だからだ。



「暫くは人間達の時間だな。休憩にしよう」



集まった終焉の系譜の者達にそう告げて、流さなくてもいい血を流している戦場に背を向ける。

ケープが風に翻り、誰かが吐いた溜め息が聞こえたような気がした。



やがて、第二王子は知るのだろう。



病で余命幾ばくもない第一王子が、何のためにこの戦争に加担したのか。

今朝の軍の士気を昂める為に現れた第一王子が、己の命が翌日まで保たないことを知りながら、なぜそんな事までをしたのかを。


第一王子を殺す辻毒は誰が背負う筈だったもので、この国の王となることが確定していた第一王子が、なぜそのようなものを弟の為に背負ったのか。

なぜ、この国の王族は一定の年齢で死ぬようになり、一年前の暗殺未遂の時に、なぜ自分がその呪いを避けられたのかも。



それを告げるのは、第一王子の命がほんの僅かにしか残っていないことを知る、彼の腹心の部下達だろう。


戦いの場に姿を見せる筈の者がもはや動けず、これが第二王子に残す国を整える為の最期の餞である以上、第一王子側は無益な戦を続ける事はせずにすぐさま降伏するに違いない。




そうして、兄の愛情を気付かせて貰えずに過ごした日々を知り、一人の孤独な王子の慟哭が響いたのはやはり夕刻の事であった。


兄がその愛情を明かさなかったのは、今朝の戦いで壊滅させられた王弟一派から、十も歳の離れた弟を守る為だ。


彼は、辻毒に長けた魔術師を連れた王弟の目を、残された唯一の愛するものに向けさせぬよう、豪胆な王を演じきり、弟を脅かす全てを余命だと告げられた一年で全て退けてみせた。




(だが、それで良かったのだろうか……………)



ふと、そんな事を思う。


かつては思わなかったその問いかけに揺れるのは、どんな苦境に立たされるのだとしても、たった一つだけの愛するものがあれば良かったのだと話していた、ネアの言葉を覚えているからだ。



そして、決して振り返りはしなかった兄王子に伸ばした手を引き戻した幼い第二王子の姿を偶然見てしまったウィリアムが、今もその子供の顔を覚えているからかもしれない。


けれど、互いに抱え込んだ思慕を告げて共に生きる未来もあったのに、彼等は二人ともそうはしなかった。

一人は王家の秘密を弟には告げず、その秘密から生まれた王弟の憎しみから弟を守る為に。

もう一人は、幼い頃から笑いかけて貰ったこともない兄が、自分を憎んでいると信じていたが故に。



(それは、所詮己の選択の顛末ではないかと、ナインあたりは言うのだろうな……………)




しかし、彼等の運命は最も救いのない顛末に転がり落ち、それが彼等の運命である以上、ウィリアムも何も言わなかった。

だから、こうして立ち塞がったその人物を見ても、ウィリアムは少しも驚かないのだろう。




「なぜだ!なぜあなたは、全てを知っていてそれを私に話してくれなかったのだ!!兄上が、……………っ、……………兄上が、私の代わりに辻毒を受けたのだと、……………幼い頃からずっと、私に残す為に国を守っていたのだと知っていれば……………」

「タヒタは、それを君に知らせないつもりだった。彼は、元々王家の呪いを背負って生まれ、決して長くは生きられない体だったからな。だからこそ、早々に君を守る為に生きようと決めたのだろう」

「……………そんな呪いがかけられていたことなど、知らなかった。叔父上と兄上亡き今、それがどのような物なのかを知る者は誰もいない。だとすれば、私とて、さして長く生きないかもしれないではないか。……………それなのに、なぜ……………」



彼等の命を奪うのは呪いだから、それまでは壮健である。


恵まれた魔術稼働域と身体能力を生かし、タヒタは強くあり続け、その秘密を守る事こそが、彼を殺すであろう王家の呪いを残したウィリアムへの願いであった。



『どうか、その呪いを私達が背負うことを、幼い弟には知らせないでやって下さい。この呪いは私達の罪ですから、それから逃れようとは思いません。ですが、どうか弟には知らせず、最後の時まで伸びやかに生きさせてやって欲しいのです……………』



そう願った第一王子の言葉に頷いたのは、彼もまた終焉の子供だったからだろう。

終焉そのものに呪われた終焉の子供だが、だとしても、その子供たちが終焉の庭の者であることは変わらない。




「……………あなたは、俺の友ではなかったのか。なぜこんな酷い事を……………」



そう項垂れる男に、残念ながら友ではなく、そこにずっと終焉の翳りがあったから、よく出会う事になっていただけだとは言わなかった。



王子達の父王が、終焉の系譜の障りを受けて残された呪いがあり、この国の王族は一人残さずそう長くは生きられない事も。



(タヒタはその全てを知っていた。どうであれ死ぬのであれば、せめて残された時間だけでも、年の離れた弟の為に穏やかな国と王座を残してやりたいと願い、やがてその弟も呪いに殺されるのだと知りながらも、それでも辻毒を代わりに背負った……………)




「……………せめて、兄上を返してくれ!辻毒に食われた兄の魂を、俺に返してくれ。俺はまだ、あの人と何の話もしていない。死者となっていても構わない、あの人と話がしたいんだ……………!!」



嗚咽混じりの声には、生まれて初めて肉親の愛情を知った青年の絶望が滲んでいたが、ウィリアムに出来たのは首を振ることばかりだ。



「すまないが、俺は決して万能ではない。あの辻毒は疫病の系譜のものだし、魔術の理に於いてその仕組みを覆す事は出来ない」

「……………っ、ウィリアム!!」



名前を呼ばれて、ああ、この人間は自分の名前を覚えていたのかと不思議な諦観を覚えた。

それならばきっと、彼の姿は、自分の記憶の中に長らく残るだろう。



時折現れる終焉に無邪気に手を伸ばした子供は、生まれたその朝から、この手で刈り取られるべき運命を背負っていた終焉の子供である。

今は悲しみと絶望に曇った眼差しをこちらに向け、それがゆるゆると憎しみに転がり落ちてゆく。



わあっと、意味を成さない叫びが響き、振り下ろされた剣を片手で受け止めた。


零れ落ちた血はその場で青白い炎になり消え失せたが、こうして剣を受けると決めたのは、思いがけずに胸に響いた一人の王子の顛末を見たが故の、愚かな感傷のようなものだろう。




(ああ。……………君は友ではなかった。俺の友だったのは、君達の父親だ。重い病にかかった王女の為に、どこでどんな偽りを吹き込まれたのか、終焉の魔物の心臓を得れば娘が助かると信じ俺を殺そうとした、あの愚かで弱い人間だ……………)



ウィリアムが剣を避けずに素手で受け止めたからか、青年は呆然と目を瞠り、力なく地面に座り込んでしまう。



「……………俺は、あなたを憎むだろう。こうして、俺の剣をその手で止めてくれたあなたの温情を知りながらも、それでも。……………兄上を愛していたのだと知ってしまった以上、あなたを憎まずにはいられない……………」

「そうするのは君の自由だが、終焉の理には触れないようにしておいた方がいい。タヒタが残したものを、あまりにも早く自分の手で壊す事もないだろう。君がその一線を越えれば、俺は君を殺すしかなくなる」

「……………そうだったな。あなたはやはり、終焉なのだ。俺の大切なものを全て奪い去る、残忍で冷酷な死そのものなのだ……………」




その囁くような言葉を背に、日の落ちた戦場を後にした。




(やがて彼は知るのだろうか。その一線を超えたことで、自分の両親が殺された事を……………)



そのいつかに、呪いにより命を刈り取られる時に向けられるであろう驚愕と憎しみの眼差しは、容易く想像出来た。

鳥籠の魔術を解き、小さな国を後にしながら、がらがらと音を立てて走ってゆく黒い辻毒の疫病馬車を見送る。



その呪いを作らせた王弟は、愚かな振る舞いで王族全ての命を呪いに差し出した自分の兄だけではなく、その場にはいなかった兄の子供達も許す事は出来なかった。


かけられた呪いに、年老いた両親と最愛の妻を奪われた彼の理由もまた、彼にとっては常に正しい。


残された全ての王族の命を一定の年齢で刈り取る呪いは、ウィリアム自身が選んだものではなく、その場に居合わせたナインが決めた代償だが、ウィリアムも何も言わなかった。



一つを許せば、残された全てが危うくなる。

一線を超えた者を許せるゆとりなど、終焉の系譜には最初からないのだ。



それなのになぜか、人間達はいつも、終焉を殺せば得られるものがあるというお伽話をすぐに信じてしまう。




(……………明日は、ウィームにでも行こうか)



珍しく何の予定もない日なので、そんな事を思う。

入り浸り過ぎだと苦笑したところで、堪らず、ネアと分け合ったカードを開いた。



穏やかに揺れていたのは、思ってもいなかったメッセージだ。



“ウィリアムさん、今夜か明日のどこかでお時間があれば、リーエンベルクに来ませんか?ディノとのお散歩で遭遇した風棘牛を滅ぼしたのですが、ウィリアムさんの好物だと聞いたのです!風棘牛を美味しくいただけるのは、二日ほどだと聞いて慌てて連絡してしまいました………”




獰猛な風棘牛とどこで遭遇してしまったのか気になったが、その文字を指先で撫でて小さく微笑む。



いつの間にか心の強張りは無くなっており、目を閉じて開くともう、背後の戦場は振り返らなかった。




“ネア、ちょうど仕事が終わったところなんだ。これからリーエンベルクに立ち寄るよ”




その一文をカードに書き込み、また小さく笑う。



そうだ。

たった一つがあれば充分ではないか。

そのたった一つが最上のものなのだから、それはどれだけの幸運なのだろう。


何となく手をかけるのが億劫で重たく濡れていた腕の傷を治してしまい、すっかり楽になった息を静かに吐く。





その後、辻毒に囚われた魂と再会するには、同じ辻毒に食われればいいのだと、ナインがあの王子に教えていた事が判明した。

王弟が贔屓にしていた魔術師が今もあの国の牢獄で生かされているのは、孤独な王が、いつか兄に会いに行く為なのかもしれない。










本日は、(思っていたより長めになりましたが)SSの更新とさせていただきました。

明日は通常更新となります!

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