手入れと提案
淡い色の祝福の光が、しゃりんと音を立てる。
丁寧に手入れされている銀食器は、こちらの世界では流星の光を湛えた銀水晶で出来ていた。
事象石のテーブルの上に置かれたティーポットは、テーブル面の花曇りの空に僅かに星を降らせてしまったらしく、ネアはそんな美しい不思議をそっと指先でなぞる。
「銀食器には、階級があります。まずは一般的な銀水晶で、これは鉱山から発掘される地の系譜のものですね。その上が銀花結晶で、銀色の系譜の色を宿す花鉱石から作られるもの、その上位が雪や霧などの銀を宿した祝福石や結晶石から作られるもの、更に上位がこの星の系譜の銀水晶です」
「むむ、これですね!」
「ええ」
柔らかく微笑んだヒルドに、ネアはそんなティーポットでお茶を飲める感動に笑顔になった。
「最上位のものは幾つかありますが、最も有名なのが陶器から作られる銀器で、雪粘土や白薔薇鉱石から作られる白い陶器を、流星雨の夜と霧の夜明けとで交互に色付けしてゆき、最後に、満月の夜に雪原に晒して銀色を定着させたものになります」
「ふぁ。最上位の銀器は、作るのにとても手間がかかるのですね」
「ええ。出来上がりまでには十年はかかると聞いています。ただ、最上位のものは、色合いに青銀がかかる素晴らしさを除けば、流星水晶の方が使い心地も良いのではないでしょうか」
「むむ。だから、リーエンベルクではこちらを使っているのですね」
「得てして、純粋に美しく儚いものがより希少とされがちですが」
(でも、この銀器でも充分に美しいのに………!)
澄み渡った銀水晶は、表層ではなく内側に銀色の輝きが宿る水晶という、見惚れてしまうような美しさを誇る。
それはもう、夜空に見える星雲の素晴らしさで、ネアは、そんな銀食器でヒルドにお茶を入れて貰い、とても贅沢な気分で爪先を小さくぱたぱたさせた。
この銀食器は、手入れの一環として偶に使ってやる必要があるので、リーエンベルクでは時折こんなお茶の時間が設けられる。
統一戦争で多くの銀器が失われたが、だからこそ、残ったものを大事に継承して行くための手入れは惜しまれない。
(前回のお手入れの時には、立ち会えなかったから……………)
実はこの手入れ、いつでもいいという訳ではない。
気象条件や季節の系譜の均衡など、様々な要素を複合的に判断して行われる一種の儀式に近いものなので、ネアは、度々その機会を逃して悔しい思いをしてきた。
リーエンベルクに残る銀器はこの一種ではないが、こうして、古くから伝わる特別で綺麗なものを慈しむ時間に立ち会えるというのが何よりも嬉しい。
本日のウィームは霧雨である。
朝から、さあさあと音を立てて柔らかな雨が降り、庭園の美しい花々をしっとりと濡らしていた。
雨だれの音に耳を澄ませば、ここが守られた大事な家だという安らかさで、胸がとろりと溶けるような幸福感が満ちる。
それも生まれ持った系譜のようなものだろうとノアに言われたことがあるが、ネアは、晴天の日よりも霧雨や霧の日、曇天の隙間からこぼれる青空が大好きだ。
そして、嵐の日の夜のごうごうと唸る風の音や、たっぷりと降る雪などの美しさに心が躍る。
そんな、一人で暮らしてゆく日々の中で純粋に楽しむばかりではいられなくなった天候も、こちらの世界では安心して堪能出来るようになってきた。
(気象性の悪夢の暗さは怖いけれど、みんなで災厄ご飯を食べるのは楽しかったな………)
先日の悪夢は急なもの過ぎてその機会を逃してしまったが、その代わりに良くないものとは言え、美しい夜告げ草の花畑を見た。
花畑を囲む切り立った山肌は冴え冴えとした滑らかさで、雪の白と岩肌の青灰色のコントラストがどれだけ美しかったことか。
それを思うだけで心が清涼な冷たさに触れ、やはりネアは、あの光景に深く惹かれてしまうのだ。
だからネアは、もう一度あの場所に行きたいという欲求を受け流す為に、山々と湖の景色の美しいシュタルトに出かけるつもりだったのだが、なんとあわいの列車の駅の一つに、あの光景によく似た山を楽しめる美しい景勝地があると知り、すっかり浮足立っていた。
そして今、その地への訪問の提案を、ヒルドに持ちかけているところなのである。
向かいの椅子に座ったヒルドの頬に、窓からの鈍い光で睫毛の影が落ちている。
明かりをつけないと部屋は少し薄暗くなるものの、ネアもヒルドも、こんな日は霧雨の齎らす光を浴びていたいと思うところで意見が一致していた。
薄暗い部屋だからこそ、いっそうに銀器が輝き、ヒルドの羽には人ならざるものの不思議で美しい光が揺れる。
とても静かな午後だ。
心がほろほろと解けてゆくようで、ネアは、甘い息を吐いた。
「今年のエーダリア様のお誕生日は、忌み日を避ける為にお祝いが出来ないのですよね?ノアとヒルドさんが、その代替案としてあわいの小旅行を考えていると聞き、バンアーレンの霊峰にアルテアさんのお屋敷があることを知ったからにはもう、是非に会場の提案をさせていただきたく!」
「おや、その場所には、アルテア様のお屋敷があるのですね」
「はい。悪夢が明けた朝に、もしあの景色にどうしても惹かれてしまうようであれば、そのお屋敷に呼んでくれると話してくれていたのですが、ノアに地名を聞いたところあわいの駅なのだと知りました。ノア曰く、隔離地になっている筈なので、なんと、エーダリア様のお誕生日のお祝いも出来てしまうかもしれないそうです!」
「……………それは、いいかもしれませんね」
ここではまだ、屋敷の主人の承諾という話題は出てこないが、使い魔のものはご主人様のものなので、訪問の約束だけを取り付けておけば問題ないだろう。
ネアからバンアーレンの屋敷という話を聞いたノアは、すっかりそこでエーダリアの誕生祝いをする気満々なのだ。
そしてヒルドも、満更でもない様子である。
(……………それにしても、王族の方は大変なのだわ……………)
各国の王族には、それぞれの忌み日というものがある。
ネアは、エーダリアが忌み日を迎える事で初めて知った言葉なのだが、古くからの因習であり、忌み日を構築する術式は、人々が己の国の王族達を守る為に組み上げた、魔術的な守護の術式の最高峰ともいえるものなのだそうだ。
強く古い魔術だが、決して難しくはないものなので、今では殆どの国で運用されている。
有り体に言えば、それは、定められた日を対価とし、それと引き換えに、王族が呪いや障りで命を落とさないようにする為の守護を洗い直す儀式だ。
守護そのものではなく、全ての守護の洗浄と手入れの為のものになる。
構築時の術式の量と対価が釣り合う仕組みになっていて、術式にかかる魔術が少ない程に対価を支払うまでの間隔が短く、小国の王族ともなると、毎年忌み日を持っている者も少なくはない。
反対に、大国の王族であれば、その構築にかける魔術が潤沢となり、三年から十年に一度と頻度はかなり下がる。
慶事や祝い事を対価にするのが最も効率的と言われているからか、数年に一度の対価となる大国の王族達は、主に自分の誕生日を使う。
ただ、年に一度忌み日が来る王族達は、さすがに毎年誕生日を忌み日にする事は出来ないので、豊穣を祝う満月の日や、予め定められた壮麗な祭りの日などを利用するらしい。
(対価にするものが小さくなると、守りの魔術は薄くなってしまうから、小国の王族の方々は、ある意味悪循環とも言える構図になってしまうのだろうか…………)
富めるものはより潤沢に、貧しい者達はそれ故に階位を下げる構図はそこでも顕著になる。
そんなことを思えば、ネアは、不遇の身の上であったエーダリアにも、ヴェルクレア王家がしっかりとその守護をかけてくれていたことに感謝した。
「エーダリア様の忌み日は、十年に一度なのですよね。昨年もお誕生日封じをされたと思うと、何だか釈然としません………」
「ネア様、昨年迄のことは、向けられた悪意とは言え、封筒を開いてしまったあの方の不注意ですので」
ネアはついついしょんぼりしてしまうのだが、ヒルドは厳しい評価だ。
個人としてはエーダリアを案じつつも、公務としての領主の誕生日の大事さを知っているのだろう。
エーダリアの立場ではあまり大々的に出来ないが、領地を上げて祝う領主の誕生日にも、様々な、政治的、経済的な効果があるのは間違いない。
なお、お誕生日封じの呪いと、忌み日の扱いはまるで違うのだそうだ。
忌み日は、より厳密に対価としての誕生日を差し出し、その後の十年の安全を願うものなので、お祝いは言わないけれど、影でこっそり美味しいものを振舞うというような行為もなかなか通らない。
しかし、やはり誕生日は誕生日なので、祝っておけばその祝福が得られるのだから、それをみすみす手放すのも惜しいと考えるのは、ノアばかりではないのだろう。
本来は身の内に魔術を持たない人間にとっては特に、誕生日の祝福は得難いものでもある。
(なので、あわいであり、隔離地なのだ!)
ふんすと胸を張り、ネアは、いつもなら悩まされることの多いその存在に、また今年も感謝した。
あわいや隔離地は、ここではないどこかというだけの場所ではない。
ここでは在りえないものがある場所、或いは、ないはずのものが残る場所としての役割もあるので、封じられたものを動かすのにこれ以上に便利なものはなかった。
「ヒルドさんとノアが考えていた経路だと、落ち着いて休む場所はまだ決められていないと聞いたので、しめしめと思ってしまいました。もしそこで、お祝い料理までを食べられたら素敵なのですが……………」
「ええ。バンアーレンで昼食に出来れば、予定していた経路の中間地点ですので、望むべくもありません。…………アルテア様の作りつけた隔離地なら、シュプリくらいは開けられそうですね……………」
「では、アルテアさんに、その日の予定を聞いてみますね。今週はのんびりだと話していましたが、予定があるのであれば、鍵的なものを借りられるかも含めて聞いてみます!」
(バンアーレンのお屋敷で、昼食に出来るかもしれない!)
唇の端を持ち上げてにんまりと笑い、ネアは、きっととびきり美しいに違いないそのあわいを思う。
勿論、ネアがとても行きたくてこの機会にとかぶせてしまっただけなのだが、そんな強欲さとはまた別に、あの夜告げ草の夜の景色に似ている場所なら、きっと素晴らしい景色だと思うのだ。
ネアからの提案として、そんな景色も、エーダリアに堪能して欲しい。
加えて、アルテアの屋敷ともなれば安全面も間違いないからとノアに言ったところ、苦笑した塩の魔物から、そんな事を言えるのは僕の妹だけだよと言われてしまった。
「そう言えば、今朝のエーダリア様はどうしたのでしょう?朝食の最中に、突然奇声を上げて落ち込んでしまわれていましたよね…………?」
「……………ホールルで遭遇した車輪の魔術の術式を、写しておけば良かったと気付かれたようですね。焚き上げの魔術で浄化される前のものが必要だったのを、うっかり失念していたのだとか」
困ったように息を吐き、ヒルドはそう教えてくれた。
ネアは、声をかけようにもあまりにも落ち込んでいるので何も言えずにいたのだが、そのような理由であれば、エーダリアにとっては痛手なのだろう。
個人の嗜好もあるにせよ、ガレンの長としても、珍しい事例はより多くを共有したいに違いない。
「むむ。では、私が拾った車輪さんの欠片を差し上げたら、喜んでいただけるでしょうか?実は、ベージさんが剣で薄く削ったものを、ディノが用意してくれた小瓶に入れて保存しているので、何かに使えるかもしれません」
その言葉に、ヒルドは微かに驚いたような目をした。
霧雨を透かした僅かばかりの陽光が、その孔雀色の髪を鈍く光らせる。
長椅子に腰かけたヒルドの足をお尻止めにして、長椅子の上で仰向けになって寝ているのは銀狐だ。
あまりにも緊張感皆無の姿勢に、ヒルドは時々途方に暮れたような目をしている。
「ネア様が、そのようなものを採取されるのは珍しいですね」
「ふふ。実は、祝祭の効果が切れて動かなくなれば、それもまた収穫の祝福だとディノに教えて貰い、意地汚く拾い上げておいたのです」
その言葉にくすりと笑い、ヒルドは自分のカップを優雅に取り上げている。
「焚き上げを経ずにいるものを保管出来るのは、やはりディノ様ならではでしょうか」
「ディノ曰く、切り落とされて動かない欠片は、山車人形さん達からこぼれた麦穂や葉っぱのようなもので、剥離した体の一部という扱いになるのだとか。そのようなものを保存する為の魔術で管理出来るみたいですよ」
こくりと喉が鳴る。
また一口飲んだ紅茶は、じんわり体に染み渡る美味しさだった。
ヒルドが選んだ茶葉は、秋の果実と星蜜の紅茶で、たっぷりの星蜜に漬け込んだドライフルーツの甘さがネアのお気に入りだ。
カップの中には水晶を砕いたような砂糖粒ほどの欠片が沈んでおり、これは紅茶の中で育った祝福結晶であるので飲んでしまっても構わない。
舌触りはさらりとしていても、微かにひんやりするのが楽しいので、ネアはこの祝福結晶が入っている紅茶が大好きだった。
「喜ばれるでしょうが、……………お渡しは明日でも構いませんか?」
「では、ヒルドさんに預けておき、執務に支障のないところで渡していただくようにしますね」
「申し訳ありません。あの方は、放っておけば、夜を通してでも術式を写しかねませんからね……………」
でもヒルドは、エーダリアがそんな時間を過ごせるようになった事が嬉しいのだ。
だから今も、困った弟子を憂う口調ながらも、美しい宝石の煌めきの羽が微かに光る。
「さて。一杯目を飲み終えたら、真夜中の果実のジャムを入れて、味を変えてみますか?」
「ま、真夜中の果実のジャム!」
ネアのカップに残った紅茶を見て、ヒルドからはそんな提案があった。
ネアは長椅子の上で小さく弾み、ヒルド特製の真夜中の果実のジャムへの期待に目をきらきらさせる。
真夜中の果実とは、真夜中の系譜の果物を指すものではなく、様々な果樹が真夜中の祝福を受けて実らせる、とびきり美味しい実のことだ。
香りも味も段違いなのだが、残念なことに実が小さく、一本の木から二個程しか収穫出来ないので、そのまま食べるというよりは何種類も集めてジャムにするのが望ましい。
ヒルドが出してくれたジャムの瓶から、銀水晶のスプーンで真夜中の果実のジャムをすくってティーカップに入れ、こぽこぽと紅茶を注ぐ。
だからこそ果実の甘みのある紅茶を選んでいたのだなと思い、ネアは、続く美味しさに備えていそいそと座り直す。
「どうぞ」
「ヒルドさん、有り難うございます」
「いえ、こちらこそお付き合いいただいて、助かります。ネア様とご一緒出来て嬉しいですよ」
「ふふ。私も負けませんよ?美味しい紅茶と、ヒルドさんとのお喋りで、のんびりほんわりの幸せな気持ちです…………」
一口飲めば、たっぷりの果物を刻んで入れたような豊かな味わいに、ネアはむふんと至福の溜め息を吐く。
一杯目とはまるで違う味の変化に、贅沢な気持ちで長椅子の背もたれにもたれた。
(おや、……………?)
そこでふと、ネアは、ヒルドの側のテーブルに置かれた手紙の束に、自分宛のものを発見して目を瞬いた。
勿論ネアにも手紙は届くが、数としてはあまり多くない。
アクス商会からのものや、トトラからのもの、ウィリアムが時折送ってくれるカードは、すぐにネアの手元に届くので、持っていたら渡してくれる筈だった。
(ヒルドさんが所持しているという事は、検閲対象の手紙なのかもしれない……………)
「…………ヒルドさん、そちらのお手紙は、厄介なものが届いているのでしょうか?ご迷惑をおかけしていないといいのですが………」
なので、おずおずとその封書について触れてみると、ヒルドは僅かに視線を揺らし、淡く淡く苦笑した。
瑠璃色の瞳に、少しだけ憂いにも似た影が落ちる。
「タジクーシャの会食で同席した、青玉の妖精からのものですよ。魔術的に問題がないかどうかを確認の上お渡ししますが、内容に問題があればダリルを経由させるかもしれません。安全なものだと確認が出来てからお知らせするつもりで、上にナプキンをかけていたのですが、ネイが持ち去ったようですね…………」
「むむ、となるとそのナプキンは、どこかに隠し持っていますね?」
「ええ、恐らく……………」
そう呟くと、ヒルドは幸せそうに眠っている銀狐の身体の下にずぼっと手を差し込んだ。
案の定、銀狐のお尻の下から、くしゃくしゃに丸まった白い布ナプキンが引っ張り出される。
隣にいるヒルドにも気付かれずに行われた略奪は、ノアが、銀狐としての狩りの腕前を上げてしまったことを示していた。
靴やハンカチなども盗み出す悪い銀狐は、突然体の下に手を入れられたことにびっくりしたのか、寝惚けたままムギーと鳴いてじたばたしてしまい、椅子から転げ落ちてしまう。
「……………ほわ、狐さんが落ちました」
「……………ネイ」
さすがに長椅子から落下すれば目が覚めたらしく、銀狐はあんまりな仕打ちであると、ヒルドの爪先をぎゅうっと踏んでいるようだ。
ネアの角度からだと、ぴしりと立った尻尾の先だけが見えていて、思わず掴んでしまいたくなる。
「その妖精を覚えておられますか?」
「確か、会食の時にお会いした青石の妖精さんは、将軍様だったのですよね?柔らかい印象の方でしたが、正直なところお料理に夢中でしたので、今となればもう、あまり記憶が残っていないのが正直なところです………」
ネアがそう答えると、ヒルドは僅かにほっとしたようだ。
「タジクーシャの妖精達には商人としての気質もありますから、ネア様に無理を言うようなものでなければ良いのですが…………」
「…………もし融資のお願いだったりしたら、即座に破り捨ててもいいのでしょうか?」
「その際には、こちらで破棄しておきましょう」
リーエンベルクに届く手紙には、当然ながら検閲がある。
よく知らない者からの手紙までを無造作に届けられてしまうと、開いたところ呪い入りだったという危険もあるので、可動域上手紙の仕分けが出来ないネアは、特に気にせずにヒルドに任せていた。
こうして、ネア本人に悟らせないように日々注意を払ってくれているのだと思えば、感謝しかない。
先日も、面識のない筈の山梔子の魔物から、短い求婚のメッセージと共にかさかさになった花びらが沢山入った怖い手紙が届いたと聞き、ぞくりとした記憶がある。
後から聞いたネアですらそうだったのだから、最初にその封筒を開いたというヒルドはとても怖かっただろう。
「何かあったら、ディノにも相談して下さいね。悪い手紙のせいで、大切な家族のヒルドさんに影響があったら困りますから!」
「確かに、いつもであればネイが処理してしまうのですが、今は難しいかもしれませんね」
くすりと笑って悪戯っぽくそう言ったヒルドに、ヒルドの爪先をぎゅうぎゅう踏んで抗議活動をしていた銀狐はけばけばになったようだ。
慌てて長椅子に飛び乗ると、きちんとお座りをし、胸毛を見せつけきりりとしたお澄まし狐になる。
(そろそろ、ディートリンデさんへのお手紙も書かなきゃだわ……………)
ディートリンデは、隔離地に住む雪のシーだ。
隔離地への訪問は許された数が限られているので、その貴重な回数を削らぬよう、ネアは、エーダリアやヒルドの訪問時に、お土産のお菓子と手紙を託すようにしていた。
戦前のウィーム王家の隣人であったディートリンデは、エーダリアの母親の契約の妖精になるはずだった人だ。
きっと今日も、あの美しい冬の森の中で、沢山の仲間たちと共に賑やかに暮らしているのだろう。
窓の向こうは、まだ静かな雨が降っている。
僅かに霧も出てきたようで、このままだと、夕暮れには辺りが真っ白になるかもしれない。
ネアは、貰ったばかりの雲の寝台を使ってすやすやと寝ているムグリスディノを見下ろし、指先でむくむくのお腹をそっと撫でた。
部屋に帰ったら、まずはアルテアに、別宅訪問の連絡を入れるのを忘れないようにしなければならない。
向かいの席では、ネアの焼き菓子を狙ったらしい銀狐が、ヒルドに叱られてまたけばけばになっていた。
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