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82. 山車祭りは逃走が早いです(本編)



ウィームはその日、山車祭りを迎えていた。


思いがけない規模での気象性の悪夢の到来があり、まだその被害などが残る中での祝祭に、エーダリア達の眼差しも朝から厳しいものになっている。



「博物館通りでいいのだね?」

「はい。今年は姫人形はないと聞き一安心していますが、昨年のような事がないように武器を沢山持ってきました………」

「ご主人様……………」



何しろ、ホールルと呼ばれるこの山車祭りは、豊穣を祈る為の祝祭なのだが、祝祭の最後に焚き上げられる山車人形が脱走して荒ぶるお祭りである。

悪夢の階位上げで発生した嵐の影響のある建物に大きな山車人形が取り付くと、それだけで建物への被害が出るかもしれないのだ。


見た目は何ともなくても枝が弱っているかもしれない街路樹や、まだ修理が及んでいない雨樋など。

心配な事の種は残るが、けれどもウィームの民達はそれはさて置きと祝祭に向かい合う。



それが魔術であり、この世界というものなのだと、ネアはあらためて思い知らされた。


ネアにとっては美しく優しいこの世界だが、今回の悪夢だけではなく、クッキー祭りというファンシーな名前のお祭りでもかなりの被害者が出ている。

生まれ育った世界よりも、遥かに厳しい土地であるのは確かなのだ。




「こ、今年は怖いお人形に出会いません!」

「うん。君の苦手な形状のものはいないのではないかな」

「……………見た目は可憐な姫人形でも、壁をよじ登ればとても怖いのです」

「可哀想に、三つ編みを持っているかい?」

「この場合は手を握るのではなく…………?」

「ネアが大胆過ぎる…………」



ネアの危機意識の高まりのせいか、本日のディノは青灰色の髪色にきりりとした濃紺の装いでいてくれる。

僅かに軍服を思わせるコートに頼もしさを抱きつつ、ネアは渡された三つ編みをぎゅっと握りしめた。


ムゲの悪夢の時は、大切な魔物を一人にしてしまった事が心配だったが、本日は主にご主人様本人が大事にされたい一日である。

是非とも荒ぶる人形に遭遇しないよう、はぐれる事だけは何としても避けたい。



山車人形の侵入を避けるべく、リーエンベルクは本日封鎖されている。

となると、どんなに苦手でも、部屋に立て籠もって震えている事も出来ず、ネアは健気にも脱走した山車人形の捜索にあたっているのであった。



「ぐるるる…………」


ついつい威嚇の唸り声を上げたネアに、近くの枝に隠れていた毛玉生物がわらわらと逃げ出してゆく。

しかし残念ながら、今のネアは狩りをする気分ではないのだ。



(隙を見せて、山車人形に近付かれる訳にはいかない!)



切なる目で拳を握ったネアを心配してくれたのか、優しい伴侶の魔物が、そっと唇に、アルテア特製のこなこなしていないギモーブを当ててくれる。

ネアは勿論、美味しい木苺味のギモーブをもぐもぐさせていただいた。



肌に触れる風は、ほんのりと涼しい。

その心地よさに目を細めて空を仰げば、見事な枝がばっさりと折れてしまっている街路樹を見付けた。


それは、災害被害者達の名簿を作る魔術監察官達が沈痛な面持ちで黒い手帳に記す誰かの名前ではないのだとしても、それでもネアの心に小さく刺さった。



前の世界では明確だった線引きが、こちらではそのままを正しくはしない。

亡くなった人達と同じように、誰かが一本の大枝を惜しんで泣いても許される世界は、どんな日も不思議な温かさに満ちている。


そんなことを当たり前のように悼めるこの世界が、ネアはとても好きだった。




悪夢から明けたばかりでも、ウィームの祝祭はとても賑やかだ。

色とりどりの屋根で幾つもの屋台が並び、歩道には人々が行き交う。


その場で焼いて渡してくれる骨つきハムに、馥郁たる香辛料の香りの牛乳たっぷり紅茶。

ディノがじっと見ているのは、宝物の一つである名入れをしてくれるグラスのお店だ。



きっと、そこを歩く全員が幸福な訳ではないのだろう。


けれどもウィームの人達はいつも、悲嘆と楽観の天秤を上手に釣り合わせてみせる。

それは、底抜けに明るい楽観ではなく、どんなに悲しい日も、手の中に残った幸福の一粒を最後まで美味しく食べたい朗らかさで、彼等がこの土地を愛するからこそそのように生きられるのだと思う。


(この、お祭りの雰囲気は楽しいな…………)



その賑わいには、ネアも少しだけうきうきしてしまい、唇の端を持ち上げた。



ゴーンゴーンと、遠くで大聖堂の鐘の音が鳴り響く。

道端の小さな出店で売られているのは、麦穂を束ね、小さくてそのままでは売れない祝福石片を飾ったリースのようなもので、特に本日の祝祭に由縁するものではないが、可愛いお土産として人気があるらしい。


リボン飾りがあるからか、ディノがはっとそちらを見たので、今日の記念品はこれで決まりだろう。



ホールルは、麦穂や木の枝、いい匂いのする香草の束などの様々な素材を集めて作った人形に、専門の職人が彫り上げた美しい仮面をかける山車人形で有名なお祭りだ。


大通りには十二台もの壮麗な山車が牽かれ、その中の六台の山車に問題の山車人形が乗る。

リィンと鳴らされる水晶のベルに、振り撒かれる香草は、観客達に踏まれる事で、ぷんと爽やかな臭いが立てば山車の出発の合図なのだとか。



だが、ネアはその祭りの開始の儀式を見たことはない。



(一つでも怖い山車人形が並んだ様子だなんて、見たら絶対に夢に出てきてしまう……………)



並んだ山車が動き始める前に、仮面をかける儀式があり、それが一番の見どころと言う人もいる。

魔術師でもある職人達に作られた仮面を得て初めて、山車人形達に仮初めの魂が宿るのだ。



しかし、山車に乗せられている間には蠢くくらいの山車人形達だが、焚き上げの魔物が現れると、焚き上げられて堪るかと山車の上から逃走してしまう。

祝祭当日の祝福を受けた山車人形達は、壁を垂直に登ったり、森に逃げ込んで暴れたりとかなり激しく抵抗する。



ネアは、そもそも山車人形はいるのかと祭りの根幹に触れる疑問を持たないでもなかったが、昨年疑いをかけた通り、ホールルの山車人形には生贄のような魔術的な対価の意味合いがあるらしい。

ディノ曰く、このような仕組みが生まれたのは、グレアムがウィームに暮らしていた頃のものかもしれないそうだ。


であれば無くしてしまうのは難しいのだろう。

となると、そろそろ山車人形の形状をもう少し柔らかなものに変えるべきではないのか。



(ちびふわや、ふわまるでもいいのでは…………)



ネアはそう思ってしまうのだが、職人達はやはり、精巧で美しい人形を作りたいのだろう。

その結果、職人達の魂を込められた凄みを宿す、見守る人々にほうっと溜め息を吐かせるような山車人形が生まれるのだった。




「ネア、その先には進まない方がいいかもしれないよ」

「……………なぬ。ま、まさか、もう脱走しているのですか?」

「…………うん。角の向こうに隠れているようだね。あまり大きなものではないようだよ」

「まだ、山車が動き始めたばかりの頃なのに、なぜにもう逃げ出しているのだ…………」

「焚き上げそのものを恐れたのではなく、台座を嫌がっただけの個体なのかもしれないね」



もう少しはのんびりとお祭りの気分を噛み締めていたかったのにとへにゃりと眉を下げたネアの頭を、ディノが、そっと撫でてくれる。

しかし、そんなほんの少しの和やかな時間も、かさかさばりんという不穏な物音で台無しだ。



「……………むぐ。とても不吉な音がしました」

「こちらに出てこようとしているようだね」



そう言われたネアは、ぎりぎりと首を動かし、ほんの少しだけ伴侶な魔物の体の影から道の向こうを覗いてみた。

小さなものだと聞いて少しだけ安心していた事もあるが、先に歩いて行った観光客達が、怖がる様子もなくきゃっきゃっと笑っていたからだ。



そして、すぐに己の浅慮さを後悔した。



「みぎゃ!」

「ネア?!」

「なぜ、蝶風なのだ!!お、おのれ!人型と虫型を組み合わせるのは禁忌に等しいものです!!…………は!ディノ、ディノもおかしな組み合わせものは苦手ですよね、あちらを見てはいけませんよ?」

「おや、クレオリの人形だね。合成獣とは違うかな……………」

「解せぬ……………」



クレオリは、美しい女性の頭部を持つ蝶の妖精なのだそうだ。


実際には手のひらサイズらしいのだが、ネアとしては手のひらサイズでも充分に怖い。

ふるふるしながら魔物に向かって両手を伸ばせば、心得た魔物はすぐに持ち上げてくれる。



「クレオリは苦手なのだね…………」

「ふぁい。…………そして、あの山車人形さんは、厄介なものではありませんか?もし、また危ない山車人形さんならば、ディノが自由に動けるように降りますからね」

「虐待する…………」

「なぜなのだ……………」



かさかさずるずると、蝶姿であるものの飛ぶ気配はないクレオリの山車人形が、こちらに近付いてくる音がする。


聞こえてくる音が完全にホラーなので、ネアはしっかりとディノの首元に顔を埋めると、こんな体勢も見越して襟元に着けておいたエーダリアからの贈り物のピンブローチの魔術を起動した。



「エーダリア様……………」

「ネア、まさか………」

「ふぁい。博物館通りの青い屋根の飲み物屋台のある辺りに、クレオリというものの山車人形が脱走していまふ。まだ、始まったばかりなのに、空っぽの山車がある筈です………」

「っ、クレオリのものか。助かった!近くにグラスト達がいるので向かわせる。同じ山車に乗っていた騎士の山車人形も姿を眩ませているので、注意してくれ」

「騎士さんであれば、強敵めいてきますが、あまり不得手な感じはしません………」

「………あ、ああ」


こつりとピンブローチを鳴らして魔術通信を切り、ネアは、脱走人形を逃がさないようにしてくれているディノの顔を見上げた。

この向きだと、とても苦手な形をしているクレオリ人形は見ずに済むのだ。



「……………ほわ、その考えすら甘く、背後からは騎士さんな山車人形が走ってきました」

「おや、そちらのものも探されていたのではないかい?」

「……………ディノ、そやつはちょっと驚きの速さで走っているので、避けた方がいいのかもしれません」

「え…………」



ちらりと背後を振り返ったディノが、困惑したように瞳を揺らすとこくりと頷いた。

角度が変わるので、視界を制限するべくしっかりとへばりついたネアを持ち上げたまま、ディノは道の端に退く。


するとすぐに、ぎっしゃんぎっしゃんと音を立てて騎士の姿をした山車人形が走ってきた。

クレオリは見ないようにしつつ、こちらは怖くないどころかちょっと格好いいのではと見上げたネアは、ふと、ある事に気付いた。



「ディノ、ふと思ったのですが、クレオリさんは綺麗な女性の頭部でしたよね?」

「うん。女性の個体が多い妖精だからね」

「騎士さんの山車人形は、素敵な男性姿です」

「浮気…………」

「山車人形だけはないので、安心して下さいね。仲間達に紹介されたら魂が消し飛んでしまいます」

「その組み合わせが気になるのかい?」

「…………何となく、騎士人形さんのお顔の角度的に、二体の山車人形が見つめ合っている気がするのですが、お互いを探していたのではありませんか?」


逃走犯を直視も出来ない未熟な探偵の言葉にディノが首を傾げていると、ネア達のいる通りに交差する小道から、昨年も共に戦ったグラストとゼノーシュが現れた。



「ネア、またすぐに見付けちゃったんだね」

「ゼノ!あまり喜ばしくはないのですが、結果としては皆さんに貢献出来たようで嬉しいです………」

「蝶も苦手なの?」

「ふぁい……………。一般的な大きさを超えてくると、造形に厳しい箇所があります」

「それなら、僕とグラストで捕まえちゃうね。この二体を探していたんだ」

「ネア殿、見付けていただき、有り難うございました」


一昨年のホールルの時は合流した時には既に苛烈な交戦の気配が見られたこの二人も、どうやら今年こそは苦戦せずに済みそうだ。


昨年の蝕の影響を受けた素材が使われることを懸念して、今年はリーエンベルク主導の仮面の材料検査があったので、グラスト達を悩ますような素材が紛れ込んでいる事はないだろう。



「……………そう言えば、二体の山車人形さんは、お互いを探してここに来てしまったのではないのですか?何となくですが、先程から見つめ合ったまま動かないので、再会出来たのなら大人しく戻ってくれないかなと思っているのですが……………」


ネアがそう言えば、グラストは小さく苦笑して首を振る。


柔らかな琥珀色の瞳には、今日のような日には騎士としての鋭さも僅かに宿る。



「それが、残念ながら逆でして」

「逆……………」

「この二体はね、仲が悪過ぎて逃げ出したんだよ」

「ほわ…………。では、見つめ合っているのではなく、睨み合い………?」



ネアがそう呟いた直後、ギャースという、怪獣かなという叫び声が上がった。


すぐさまずばんどかんと凄まじい音がして、千切れ飛んだ麦穂が落ちてきたので、二体の滅ぼし合いが始まってしまったようだ。

これはもう、仲直りは難しい気配がするので、ネアは、どちらかが滅びるまで続くのだろうなと遠い目になる。



「ご主人様…………」

「まぁ、ディノがすっかり怯えてしまいました」

「グラスト、すぐに逃げちゃうから、騎士山車人形からにしよう。胸元にね、魔術の核の結晶石があるよ」

「では、それを壊してしまおう。………お二人は少し離れていただいた方がいいかもしれません」

「は、はい!そうさせていただきますね」


ネアが慌てて頷くと、グラストは、それは妙齢のご婦人方が荒ぶるだろうという顔で柔らかく微笑んだ。

騒ぎを聞きつけて集まって来た領民達にも、声をかけて少し離れるように頼んでいる。

愛用の剣をすらりと構えた姿は、まさしく理想の騎士像そのままである。


図らずも騎士姿の山車人形とリーエンベルクの筆頭騎士という構図になったので、領民達は大喜びだ。

ネアは、誰だか知らないが、ちょっと歌劇場へお出かけかなという感じの上品な老紳士が、近くにある木によじ登って声援を送っているところに、ウィームの祝祭の常を見た。



「僕が合図をするね。動かないようにするから、グラストを傷付けさせたりなんてしないよ」

「ああ。ゼノーシュ、宜しく頼むな」

「うん!」


最近のゼノーシュは以前に使っていた青年姿の擬態ではなく、ネアとお買い物に行ったりしていた蜂蜜色の髪の少年姿の擬態でいる事が多くなった。

こちらの姿の方が、人目を憚らず、グラストにべったりでいられるかららしいが、その愛くるしい姿にめろめろになっているウィームっ子もかなり多い。


青年姿の時のようにご婦人方が集まる事もないと思っていたが、これはこれで需要があるのか、ゼノーシュの姿を見付けてきゃあっと歓声を上げている女性達もいる。


けれども、グラストの隣にひたりと立ったその姿は、高位の魔物らしい研ぎ澄まされた美しさで、大切な契約の人間を決して傷付けられまいとする酷薄さがある。



「グラスト!」



機を告げるゼノーシュの声に、グラストが返事をする事はない。

それよりも素早く動き、足元にざっと浮かび上がった魔術式を踏んで山車人形達の真下に飛び込むと、はっとするほどに鮮やかな一撃を騎士の人形に加えた。


そんな無駄のない連携に二人が育ててきた日々が見えるようで、ネアは胸が熱くなる。


ネアのような強欲な人間は、続け様にもう一体もいけるのではと思ってしまったが、騎士の山車人形がずしゃりと崩れ落ちるより早く、ばさりと羽を広げたクレオリ人形はグラストとの距離を取っていた。


恐らくゼノーシュは、それを見越して一体ずつという戦略を立てているのだろう。



「グラストが大変だから、逃げちゃ駄目。グラスト、そっちは額だよ」



そして、ゼノーシュがそう言った直後、がこんと音がしてクレオリ人形も動きを止めた。

素早い動きでそちらに駆けたグラストが、ゼノーシュの拘束で動けなくなってもがくクレオリ人形の魔術核を一撃で砕く。



ぱりんと儚い音がすると、クレオリの山車人形は石畳に崩れ落ちた。



わっと歓声が上がり、あちこちから労いの声が上がった。

ネアも大興奮で歓声を上げ、魔物の三つ編みをぎゅうぎゅうと握り締めた。


「す、凄いです!あっという間でした!!足元の魔術陣と剣が同じ色に光るのですね」

「本体を壊さないように、必ず一撃で魔術の核を砕くようにしているのだろう。澄んだ力強い魔術だね」

「しゅん、ばきんとやってしまうのが、何だかとてもグラストさんらしい戦い方で、とても素敵ですね」

「浮気………?」

「違います……………」

「ディノ、グラストは僕のだから、ネアは浮気しないんだよ。でもね、グラストはネアも褒めてくれるくらい凄いんだから!」


グラストに想いを寄せるご婦人方もなかなかに多いので、ネアはやめ給えと慌てて魔物を叱ったが、そこはゼノーシュが上手く纏めてくれた。


しかし今度は、グラスト本人が片手で口元を覆ってしまい、息子が可愛くて堪らない父親の顔になる。

無言で照れに照れているグラストの姿に、領民達も温かな目で二人を見ていた。



「ムイ!」



そこに聞こえて来たのは、昨年ぶりの焚き上げの魔物の声だ。


いつの間にこちらに到着したものか、煤色のもしゃもしゃとした羊のぬいぐるみのような姿だが、篝火色の瞳をしたトルチャは、焚き上げに関してはかなり容赦のない魔物である。


場合によっては人型の精霊もさっくり焚き上げてしまうので、ネアは心の中でファンシー界のウィリアムだと思っていた。

しかし、向けた視線をかなり下げた位置の、石畳の上にててんと立っている姿は今のところ可愛いばかりだ。



「トルチャ、もういいよ」

「ムイ!ムイッ!!」

「うん、久し振りだね」

「ムイ!」



ディノに挨拶をしてびょいんと弾むと、焚き上げの魔物のトルチャは、ちびこい足でてててと走り、ぴたりと立ち止まると首を傾げる。



「ムイ?」

「あ、そうだ。纏めなきゃだよね」

「よし、こちら側にまとめよう。クレオリの方が小さいからな」

「うん。トルチャ、少しだけ待っていてね」

「ムイ」



そう頷いたトルチャは見た目はおとぼけ顔の羊のぬいぐるみだが、焚き上げる山車人形が纏まっていなかった事で、完璧な仕事を好む職人らしい厳しい眼差しをみせた。


脱走者達が重ねられる様子を見守る姿は、熟練の兵士のようにも見える。



「ムイ!」



そして、そんなトルチャがもしゃもしゃの胸毛から取り出したのが、爪楊枝のようにしか見えない杖だ。

焚き上げの魔物は、この杖を使って山車人形達を焚き上げるのだ。



山車人形達が集められると、トルチャはその杖を魔法少女のようにえいっと振る。

きらきらした魔術の光がこぼれ、山車人形の下に真円の魔術陣がぼうっと浮かび上がった。



ここからはもう、お馴染みの焚き上げだ。


魔術陣にぼうっと火が入れば、ネアはあまり怖いところはみないように、ディノに一度地面に解放して貰い、魔物の背中に隠れるようにしてちらちらと進行を確認する。




「ムーイ!ムーイッ!ムイムイムイ!!ムーイッ!!」



いつもの歌が聞こえてきたので、もう炎の中のものは見えないかなと顔を上げたネアは、既に炎の色だけになった魔術陣を見てほっと胸を撫で下ろした。


めらめらぼうぼうと燃える火の周りで、もしゃもしゃとした羊姿の焚き上げの魔物が踊り弾む。

赤々と燃える炎に照らされて歌うトルチャの姿は、ぬいぐるみ的な愛くるしさと凄惨さの混ざり合う、なんとも言えない光景だ。


炎の強さにトルチャの影が石畳に伸び、集まった領民達と共にその儀式を見守っていたネアは、ふと、どこからか強い視線を感じて眉を寄せた。



何だろうと首を傾げてきょろきょろしていると、少し離れた位置の建物の屋根の上に、明らかに山車人形だと思われる歪な影がある。



「ぎゃ!」

「ネア?」

「あ、あそこに、…………私の大嫌いなものに似ている形の山車人形がいまふ……………」

「おや、他にも逃げ出したものがいるようだね」

「女性の形に見えるので、花籠の山車人形かもしれませんね。…………ゼノーシュ、行けそうか?」

「うん!」

「ムイ」

「トルチャも一緒に行く?」

「ムイ!」



恐らく、焚き上げの炎の色が見えたので、その山車人形は高いところに登って周囲の様子を見ていたのだろう。

距離が距離なので、この近くにいる者達はまだ気付いていなかったが、その形状へのなみなみならぬ忌避感のあるネアは、野生の勘で察知したのだ。



「ネア殿、我々はあちらに向かいます」

「ふぁ、ふぁい!」

「大丈夫だよ。僕とグラストで捕まえるからね」

「エーダリア様には、こちらからもご連絡しておきますね」

「ムイ」



自分も行くぜとグラストに飛び乗ったトルチャに、大きな体の騎士が肩にもしゃもしゃとした羊のぬいぐるみを乗せているようで、ネアはほんわりする。

この山車祭りの日は何かと心を削るので、こうしたところから心の潤いを得ておかねば保たない。



こちらの焚き上げは、燃え尽きてしまい灰になったのでもうこのままでいいそうだ。

わらわらと集まって来た領民達が、豊穣への祝福となるその灰を持ち帰ってゆく。


この灰は、玄関先に撒いたり畑に撒いたり、暖炉の灰に混ぜておいたりするらしく、都市部であるこの辺りの領民達は、畑を持つような遠方の親族や友人の為に持ち帰る者達も多いようだ。



エーダリアに連絡すると、二体目の脱走は花籠の乙女人形だと教えてくれた。

なぜ花籠の乙女に足が何本もあるのだろうと悲しくなったネアだったが、可動性を上げる為に、他の人形の足を奪ったり、山車人形ではないものから足を貰ってきた可能性があるのだとか。



「……………因みに、二体目ということは、同じ山車に乗っていたら一体とみなすのですね?」

「ああ。…………そして、あまり良くない知らせだが、今年の山車人形は全て逃げ出した」

「……………ほわぎゅ」

「こちらで二体押さえているが、残り二体の行方を追っているところだ」

「……………ふぁい。見付けたらご報告しますね」

「宜しく頼む。お前は、何かと遭遇し易いからな」

「不吉な事を言うのはやめるのだ……………」



確かに脱走した山車人形を探すのも仕事ではあるが、その称号はちっとも嬉しくない。


ネアは悲しい溜息を吐き、はぐれないようにへばりついているディノの胸にぼすんと顔を埋め、魔物をきゃっと恥じらわせたのだった。











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