大いなる敗戦と薔薇の花影
「私の心は死にました……………」
「ご主人様……………」
ネアはその日、あまりの悲しみに打ちひしがれて長椅子に突っ伏していた。
おろおろする魔物が周囲でもしゃもしゃしているが、現在のネアには顔を上げる力がない。
長椅子から落ちてだらんと下がった手を、ディノがそっと両手で包み込み、動かなくなった伴侶を何とか労ろうとしてくれている。
ふっと手の甲に落とされた口付けに、ネアはまた胸がつきんと痛む。
ディノは大事な魔物なのだ。
こんな風に困らせるのは間違っている。
(でも、悲しくて苦しくて、うまく顔が上げられない…………)
その惨めさに打ちのめされてしまい、ネアはふぐぐっと鋭い息を飲み込む。
すると、長椅子の横の床に座り込んだものか、ディノが優しく髪を撫でてくれた。
「可哀想に。…………君が欲しかったのは、リーエンベルクのカードなのだね?」
「……………ふぎゅわ」
「その為に、たくさん買ってしまったことが、とても悲しいのだね?」
そう尋ねられると、ネアはまた胸が苦しくなる。
ディノの言う通りなのだ。
欲しいものが得られなかったことよりも、今は自分の愚かしさが悲しくて苦しい。
なのでネアは、魔物の問いかけに答えようと頑張って少しだけ顔を横に向けて、けれども涙の滲んだ目元は見られないように片手で覆った。
「………………人の心は恐ろしいものです。日頃の節約を心がけていた私が、投資を無駄にしたくないあまりに、先日の狩りの稼ぎをふいにしました…………。あのボーナスで、ザハの美味しいお食事を堪能するつもりだったのに…………」
悲しみを吐き出すようにそう言えば、また襲いかかってきた悲しみの大きさに胸が潰れそうになる。
ネアはくすんと鼻を鳴らし、深く長椅子に顔を埋めた。
(…………欲しかったのに)
ネアが白熱してしまったのは、銀狐の専門店で発売した、くじ引き風景カードである。
水色の封筒に入ったポストカードサイズのものだが、中身は選べない。
全部で五十種類ある、ウィームの景色のどこかに銀狐のいる絵が描かれたポストカードの内の三枚が一セットとして封筒に入っており、どの絵が買えるかは運次第である。
それが、現在ウィームで絶賛流行中のくじ引き風景カードであった。
中でも人気なのが、雪景色のリーエンベルクの前にちょこんと行儀よく澄まして座ったお座り狐のもので、あまりの可愛らしさと美しさに、ネアは一目で心を奪われた。
しかし、よりにもよってそれは、封入枚数の少ない当たりカードなのである。
そしてネアは、とうとう引き当てられなかったのだ。
「………………ふぎゅ。くすん」
「ネア、私が沢山買ってきてあげようか?」
「…………ふぇっく。それでは意味がありません。ここまで深入りしてしまった以上、もはや自分で買わないと意味がなく、けれどももうこれ以上の投資は出来ないのでふ…………」
「………………ネア」
「惨敗でふ………………。くすん」
滲んだ涙をこしこし手の甲で擦り、ネアはまた長椅子の座面のクッションにぎゅっと顔を埋める。
(…………最初は、簡単に買えそうな気がしていたのに………)
なぜだか、購入前のネアは自信があった。
自身のカードゲームの強さを考えれば、お目当のカードくらい容易く出せてしまいそうだなと謎に自信満々でいた上に、とは言え失敗するとしても三セットも買えば充分だろうと考えた自分の慎重さに、何だか謙虚な気持ちにすらなってしまっていた。
ところが、最初の一セットではリーエンベルクのカードが出て来ず、おやっと不審に思いながら重ねて買った三セットでも、お目当のカードは出現しなかった。
そこから後のことは、もはや語るにも及ばない。
それは、悍ましい、激戦と死線と蹂躙の記憶である。
ネアが我に返ったのは、リーエンベルクの景色のものではない当たりカードが四枚も重なったところで、その時にはもう、損失の大きさに震えながらも目的を達せていないという地獄の中にいたのだ。
(そして、失ったものを無駄にしない為に、更に二セット買った……………)
そうして、現在のネアの部屋には、たくさんの狐カードが散らばっている。
リーエンベルクのカードだけを買って飾るよりも、アルバムのようにして全種類を揃えることにしたのだと自分に言い聞かせていたのは、一体いつのことだっただろう。
この惨憺たる有様を見るとたいへんに心が抉られるのは勿論だが、何よりも悲しいのは、身近な人達が皆、ネアの欲しかったカードを出しているところである。
(…………おかしい。エーダリア様もヒルドさんも、ゼベルさんやアメリアさんも、みんなあのカードを出しているのに…………)
歩道で袋を開けていた他の領民達も、思っていたよりも多くの者達がリーエンベルクカードを引き当てていたような気がした。
自分だけが不運な目に遭っているような気がすれば悲しみも倍増し、他の人々はきらきらと輝く幸福を満喫しているように思えてしまう。
勿論、それはただの被害妄想なのだが、そう理解していてもそんな惨めさは抜けない。
なので、ディノの申し出は勿論棄却するしかないのだ。
ここでディノにあのカードを出されたら、ネアの心は崩壊してしまう。
「…………ネア、して欲しいことはあるかい?」
「……………くすん。自分でもどうすればいいのか分かりません。何か素敵な話題を持っていてくれますか?」
「…………先程、家事妖精が薔薇の祝祭のカタログを持って来てくれたよ。見てみるかい?」
「………………ふぎゅ。ばら」
「それから、アルテアが夕方にこちらに立ち寄るそうだけれど、パイを頼むかい?」
「むぐ?!今日は、アルテアさんには会えません…………。きっと、何かがあったことに気付かれた挙句、この愚かな振る舞いを告白する羽目になり、呆れたような目で見られてしまうのでふ……………」
「…………パイを注文出来ないくらいに落ち込んでいるのだね……………」
そう悲しげに呟いたディノの隣で、ネアは想像の中のアルテアにカードの無駄買いを暴かれた挙句に呆れられ、あまりの屈辱にじたばたと暴れていた。
「…………むが!…………今日の私は面会謝絶です。使い魔さん禁止中なので、さり気なくアルテアさんから遠ざけておいて下さい」
「では、どこかへ出かけてみるかい?」
「………………きっとそこには、初回の一袋目でリーエンベルクのカードを買えた幸福な人々が楽しく過ごしているに違いないので、私はお部屋から出れないのです。ぎゅ」
そう身勝手な怨嗟の呟きを漏らしたネアに、ディノはまた優しく頭を撫でてくれた。
すると、しょうもないことで魔物を困らせている自分が情けなくなり、ネアはそろりと顔を上げ、体を起こして手を伸ばしてみた。
「……………ネア?」
「ディノを椅子にします。そして、一緒に薔薇のカタログを見るので、気に入った薔薇を一輪、薔薇の祝祭とは別に買って下さい…………」
「勿論だよ、ご主人様」
甘えさせて貰いながら甘やかすことにしたネアに、ディノは、ひどく満足げで魔物らしい美貌の微笑みを深めた。
魔物という生き物も人間に劣らず強欲で、ディノは、こうして甘えられるのが大好きなのだ。
「………とは言え、自損事故で落ち込む愚かな伴侶に、ディノはうんざりしませんか?」
「どうして私がそんなことを思うのだろう?君は、私が思うように甘えてくれないくらいなのに……………」
「…………む。もしかして、上手に甘えられていないことで、寂しい思いをさせていることが…………?」
「……………いや。そういう感情もないかな。君がいるだけで、寂しいということはないのだと思う。…………けれど、こうして甘えてくれるととても嬉しいんだ…………」
「で、では、後でこの大量買いをしてしまったカードを、アルバムにしまうのを手伝ってくれますか?また泣いてしまうかもしれませんが、一番欲しいものではなかったにせよ、その他の沢山の狐さんカードも、とても可愛くて気に入っているのです…………」
「うん。では、一緒にしまおうか」
「ふぁい…………」
膝の上に引っ張り上げられ、ネアは、あたたかな魔物の腕の中で、何とかくしゃくしゃのばらばらになった心を繋ぎ合わせた。
リーエンベルクカードが手に入らなくても死にはするまいし、期間限定発売とは言え、一昨年のイブメリアのカードが少し割高になって購入出来るようになっているところをみるに、恐らく来年の冬あたりにはまた発売されるだろう。
(……………でも、狐さんは私の家族なのだから、私こそは誰よりも手に入れたかった一人だと、そう考えたら堪らなくなってしまった…………)
心のどこかで、ネアはもう、新しく兄妹になったノアを自分のものだと思ってしまっているのだろうか。
そう考えたネアは、そんな自分の心の動きにぎくりとする。
カードくらいでこの騒ぎとなると、他のところでも我が儘になってしまい、周囲の人達を困らせている可能性もあるのではないだろうか。
心を傾け過ぎることで我が物顔になるという罪は、今迄のネアには経験のない強欲の分野であるだけに、今後はより慎重にならなければいけないような気がする。
そう考えてとても不安になったので、ネアは、今回の件は自分の強欲さを理解する良い勉強だったと思うことにして、自立し理性的な淑女に戻るべく、意識改革を図らねばなるまいと悲しい決意を固めた。
ぱらりと、美しい薔薇の絵が並んだカタログのページを捲り、ネアは自身の思考をさくさくと切り分ける。
悲観的になり過ぎても気を遣わせてしまうので、からりと振る舞えるように強くなろう。
「…………上の空だね。まだ悲しいのかい?」
「ディノ……………。今回の件で考えたのですが、私は自分で思うよりも周囲が見えなくなり易く、おまけに独占欲が強かったようです。……………なので、それを自覚した上でより自立した人間にならなければと考えていました…………」
そう答えたネアに、ディノは美しい水紺色の瞳を微かに揺らし、魔物らしいしたたかな微笑みで、ネアの唇に口づける。
ひやりとするような眼差しには、はっとする程の甘さがあった。
「…………ディノ?」
「そうだろうか?君は、つい先程までは、私に甘えてくれようとしていたのではないかい?」
「ディノは、そういうのが好きでいてくれるので、伴侶にはたっぷり甘えようと思っています……………」
「おや、ではその決意はどこに向かうのかな?」
ネアが自分の取り分を回収しないと知ると、ディノは魔物らしい酷薄さを潜め、不思議そうに首を傾げた。
ネアは小さく息を吸い込んでから、改善するべき点についての報告を始めた。
自分の不甲斐なさについて告白することには胸が痛んだが、目を逸らさずに問題点に向き合おうと誓ったばかりではないか。
「…………いつの間にか、最初に出会ったのは私なのにという高慢な考え方で甘えてしまうノアと、ついついパイを強請り過ぎてしまう使い魔さんには、自立したところを見せなければと考えていました………」
「彼等は、君に甘えて貰うのが好きだと思うよ?」
ディノはそう言ったが、ネアは悲しく首を振り、アプリコットカラーの薔薇のページを少しだけ名残惜しく思いながらも捲くってゆく。
ディノに貰うのは、一輪でも存在感のあるロマンティックなくすんだ薔薇色のものにしよう。
そんな薔薇を素敵な一輪挿しで飾ることを思うと、すっかり減ってしまった幸福感が微かな煌めきを取り戻した。
とても不健康な思考ではあるが、やはり得られなかった苦しみは得ることでしか癒されないのだと、ネアは知っている。
人間はとてもか弱く、そして罪深い生き物なのだ。
「ノアは以前、空気を読めずに過分な要求をする恋人さんを、容赦なくぽいしていました。あのような遊び方もどうかなと思いますが、それはきっとノアの中にある価値観に由縁するのでしょう」
「…………そういうものなのかい?」
ディノの優しい問いかけに、ネアはまたくすんと鼻を鳴らして頷いた。
こうして自分の愚かさを突き付けられたばかりなのだ。
大きなものを失ったこんな時くらいはせめて、しっかりと自分を見つめ直すきっかけにしなくてはと自分に言い聞かせる。
「それにアルテアさんは、……………この前、お前はパイばかり注文する手のかかる人間だと、溜め息を吐いていたのです。今迄の私は、美味しいものを作ってくれるのはアルテアさんなりの甘え方だと考えていたのですが、アルテアさんの本来の気質を考えると、そろそろ飽きてきて、うんざりし始めている可能性もあります…………」
「…………アルテアがパイを作ってしまうのは、君に懐いているからだと思うよ。………ノアベルトのことも含めて、それをやめてしまう前に一度彼等と話してごらん」
そう言われ、ディノは椅子ながらにネアをきゅっと抱き締めてくれた。
振り返って穏やかな水紺色の瞳を見れば、自分の考えはどこか歪だろうかと不安になる。
「…………こんな自分を恥じているのですが、敏感になり過ぎていますか?」
「君は、衝動的にカードをたくさん買ってしまった自分に驚いて、とても悲しくなってしまったのだよね」
「…………ふぁい。こんなことは初めてでした…………」
「けれども、ノアベルトとアルテアは今のままでいいと思うよ。罪悪感を覚えて、彼等が望むことまで彼等に遠慮をする必要はないだろう」
「……………ノアは、狐さんのお散歩をするつもりで会いに行った時に、狐さんが既に他の騎士さん達とお散歩をしているのを見た私が、仲良し度で負けたような気がしてむしゃくしゃしたと知っても怖くないでしょうか…………」
「……………ノアベルトは、騎士達とも散歩をしているのだね……………」
それからネアは、ディノと二人で色々な話をしながら薔薇のカタログをゆっくりと見て、ディノに買って貰う、ふくよかな薔薇色の花びらが美しいとっておきの一輪を選び出した。
するとディノは、ネアが顔を洗いに行っている間にその薔薇の手配を済ませてしまい、夕方にはアクス商会経由で選んだ薔薇のとびきり美しい一輪がリーエンベルクに届いた。
贈られた薔薇の芳しい香りを吸い込めば、悲しくてささくれだっていた心が、柔らかく穏やかになってゆくような気がする。
「ディノ、こんなに素敵な贈り物を有難うございます」
「君が欲しいと言ってくれたものを贈れることはあまりないから、またこうして甘えてくれるかい?」
「それは、私が何かを欲しがる必要がないくらいに、ディノが先回りしてしまうからなのでは…………」
「けれど、あのカードはいけないのだね?」
「…………はい。あれはやはり、自分で買わなければ意味がなかったものなのです。また今度、復刻で売り出した時に買えるのを楽しみにしてゆくことにしますね…………」
「他には、して欲しいことはないかい?爪先を踏んでもいいんだよ?」
「……………つまさき…………」
薔薇の祝祭用のものは、また心が落ち着いてからゆっくりと選ぼうと思う。
大切な人たちに贈る薔薇であるので、他の感情に惑わされずにその人達のことを考えて大切に選びたいのだ。
(口で言うほどにまだ落ち着けてはいないけれど、ディノからこんなに素敵な薔薇が貰えたのだから…………)
貰った薔薇を見ていると、ディノも嬉しそうにしてくれる。
その眼差しが思っていたよりもずっと幸せそうだったので、ネアは心の中に、時々こんな風にお花を強請ってみようとメモしておくことにした。
午後のお茶の時間に、ノアに、ついつい甘えてしまうことと、銀狐と最初に仲良しになったのは自分だと勝手に思っていることが怖くないかどうか恐る恐る尋ねてみると、なぜかノアは感激してしまい、僕も妹が大好きだよと抱き締めて振り回してくれた。
アルテアについては、やはりその日は心が鎮まらないので面会謝絶とさせていてだいたところ、その後一ヶ月のパイやタルトやケーキのお届けもの一覧を提出され、日程を圧迫されると幾つかは作れなくなると言われたので、その誘惑の前にはか弱い人間はあえなく屈服してしまった。
一応、自立出来るように頑張るので、かかわりたくない時にはそう伝えて欲しいと告げたのだが、熱を測られて呪いにかけられていないかの検査をされた挙句、使い魔の契約は反故出来ないものだと厳しく叱られたので、アルテアはひとまずこのままの関係で良いようだ。
念の為にこちらも話をしてみたウィリアムからは、優しく苦言を呈されてしまい、ガーウィンの潜入調査に同行依頼するべきだったのは、アルテアではなく自分であったと指摘された。
こちらは、あるかどうか分からないが、この次の潜入調査でお願いすることとして、何とかご理解いただけてほっとしている。
「………………ウィーム全土の風景と、可愛い狐さんのカードが揃ったので、画集のようになりましたね」
その日の夜、ネアはディノに手伝って貰ってアルバムに収納した銀狐カードを、寝台の上で眺めていた。
重なってしまったカードは、ウィリアムを含めた様々な人達に、季節のご挨拶のカードとして使うことにする。
「…………他には、ダナエさん達に、イーザさんとヨシュアさんにも。後は、アレクシスさん、シシィさん、それからトトラさんと、…………ベージさんにも送りましょう。師匠達にも送りたいですが、まだ帰って来られていないのでそちらは帰ってきてからに取っておいても……………ディノ?」
「アレクシスとベージは外そうか…………」
「むぐぅ。謎の選定が入りました。…………アレクシスさんには、お世話になりましたので、…………せめてお店宛ならいいですか?」
「…………それならいいのかな」
「ベージさんは、…………何となく」
「ネアが浮気する……………」
ネアは、これ以上人間の残酷さを知らせたくなかったので、数合わせに選んだ何名かの選出理由をディノには言えなかった。
その結果、ディノは頑固に反対運動を続けてしまい、そのカードは、アイザックの反応を心配しつつもルドヴィーク一家に送られることになった。
指先で、たくさんのウィームの絵が並んだ銀狐カードのアルバムをそっと撫でた。
(……………わたしのお家)
やはりそこには、ネアの欲しかったリーエンベルクのカードはない。
ネアは、そのカードこそはと熱中してしまった自分の執着の一端に、ここがどれだけ大切な居場所になったのかを思い知らされた。
であればやはり、大事なリーエンベルクを守る為であれば多少の非道さも致し方ないのかもしれない。
「…………という経緯にて、最近こちらに巣をかけようとしていた魔物さんを摘発することにしたのです」
翌日の昼食の席でそう告白すると、よれよれになったエーダリアとノアが、ぱたりと机に突っ伏した。
「…………ああ。何とか間に合って良かった」
「…………追い出すのにあんなに苦労するとは思わなかったなぁ………。くたくただ………」
「ネア様、発見いただいたものは、屋根下がりの魔物と言われておりまして、屋根の裏側に違法な空間併設を行いますので、今後は発見次第報告をいただけますか?」
力なくテーブルに崩れたエーダリアとノアを一瞥した後、微笑んでそう教えてくれたのはヒルドだ。
「……………あの魔物さんは、悪いやつだったのですね?」
「ええ。あのような見た目ではありますが、建物を損うものでして」
「…………まぁ。では、次からは可愛いのでと見逃すのはやめますね……………」
自身の領域を守りたい欲に奮起したばかりのネアが、軒下から引っ張り出してエーダリアに提出したのは、愛くるしい毛玉ひよこのような生き物だった。
ただの不法滞在者として告発したのだが、屋根の下の建材を食べてしまうので、発見と共にリーエンベルクは大騒ぎになり、捜索の結果三世帯の屋根下がりの魔物が発見され、リーエンベルクから追放されている。
まだ建材を食べてしまう前だったので事なきを得たが、エーダリアからはぎりぎりのタイミングで、自分の領域を守る心に目覚めてくれて良かったと感謝された。
「………ほら、だからさ、執着を持つのは悪い事じゃないんだよ」
「ノア………………」
「僕とのボール遊びの時間を増やしてもいいんだからね?」
「ネア様、ネイは、今週いっぱいは、カーテン損傷の罰によりボール遊びは禁じておりますので、ご協力いただけますか?」
「ネア、ヒルドが冷たいんだ…………。ボールがないとどうすればいいのか分からないよ…………」
「ノアベルトが……………」
「ノア、ディノがしょんぼりしてしまうので、今週は反省を噛み締めつつ、魔物さんらしさを楽しんでみましょうか?」
ネアはそう提案してみたが、涙目で尻尾をふりふりさせる銀狐が部屋に現れると、ヒルドには内緒で、数回ボールを投げてやってしまい、再び己の心の弱さに落胆したのであった。




