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81. 誕生日には戦いがあります(本篇)



「戦が始まる前に、ディノにこの贈り物を渡しておきますね」

「…………もう一つくれるのかい?」

「優勝杯がそんなに素敵な盃だと思わなかったので、品物相当のものも贈りたいと思って、こちらも用意したんです。受け取ってくれますか?」

「……………有難う、ネア」

「ありゃ。シル、中身を見てから保存魔術をかけたらどうだい?」

「ノア、私の魔物は包装紙もとっておく派なので、ここからなのですよ」

「わーお」



ネアからのもう一つの贈り物は、エーダリアとヒルド、ノアに協力して貰った手作りのものだった。


最初の優勝杯を落とさないように上着の内側に隠してから、丁寧に紺色の包装紙を開けて中の布袋を取り出したディノは、布袋の中から出て来たものを見て、もう一度へなへなになってしまった。



「ネア…………。編んでくれたのかい?」

「はい!これは、ディノの、最初のリボンの色なんです。前回の贈り物のガウンを、ディノはまだ寒くない季節にも着てしまっていたので、今回はさらりとしたストールを編んでみました。よれよれになったらまた新しいものを編んであげますから、状態保存の魔術はかけなくてもいいのかもしれません」

「…………虐待」

「なぬ。なぜなのだ」

「シルハーンは、この一枚も失いたくはないんじゃないのかな」


袋から取り出した軽めのストールを抱き締めてふるふるするディノに、ギードがそう解説してくれる。

だが、使い古したらまた新しいものへと代を重ねてゆく品物も、趣きがあっていいのではないだろうか。


淡い淡い色で、ラベンダー色とミントグリーンを使ったストールは、繊細な模様編みを入れてあり、羽織るとその模様が羽根のように見えなくもない。

実際には飾り木編みというウィームに古くからある祝福編みなのだが、不思議と羽のようにも見えるのだ。


ネアは、このストールは、飾り木と星の模様編みなのだとディノに教えてやった。


また、それぞれの毛糸は、リーエンベルクの花壇の中のラベンダーと香草をエーダリアやノアの調整魔術で淡い色のものを育て、そこからヒルドに紡いで貰ったのだと伝えると、ディノは手編みのストールをぎゅっと抱き締めたまま、エーダリア達にもお礼を言っている。



「考えてみればあって当然なのですが、今回は、初めて、ウィームの伝統の編み模様に挑戦してみました。図案集を貸してくれたのはダリルさんなのです」

「…………そのようなものがあったのだね。…………ネア、贈り物の為に、随分と時間を使ってくれたのだろう?………無理はしていなかったかい?」


ディノは、花嫁頂上決戦にも出ていた伴侶が少し心配になったようだ。

何しろこの人間は、充分な睡眠時間を心から愛する人間なので、それをよく知っているからこそ、ディノは案じてくれるのだろう。


ネアは微笑んで首を振り、大切な人への贈り物の為に頑張るのは、自分にとっても幸せな時間なのだと話してやった。



「ディノが喜んでくれるかなと思って編んでいましたので、ディノが喜んでくれれば私は大満足です!それに、ディノのお城で氷河のお酒を飲む予定ですし、山ムクムグリスの見られるホテルにも連れて行ってくれるのでしょう?」

「うん…………。ネア、有難う。毎日使うよ」

「あらあら、肩が肌寒い時や、長椅子でお昼寝する時だけでいいんですよ?」

「毎日使う………」



ぴきぴきと音がしたと思ってそちらを見ると、ディノが座っている椅子にはすっかり鉱石の花が咲いてしまっていた。

気付けば元は木の椅子だったものが、すっかりディノの髪色と同じ結晶石で覆われてしまっている。


氷が育つように膨らんでは花開く蕾は、大輪の薔薇にも似た美しいものばかりだ。

はらりと床に落ちた花びらがしゅわりと大気に溶ければ、その花びらが触れた雪花石の部分には真珠色の複雑で美しい色が僅かに宿る。


エーダリアがじーっと見ているので、ネアは椅子に咲いている花を一輪手折っておき、今日の記念にすると保存させて貰う事にした。


やはりディノも魔物であるし、この場にいるグレアムやギードの価値観ではそれが許容範囲かも分からなかったので、この場でエーダリアにも一輪あげることは躊躇われた。

なので、宿る魔術を調べたいのなら、ネアの手折った花を貸し出し無料とさせていただこう。



「よし。これで次はケーキかな。ネアの手作りが続くけれど、シル、大丈夫かい?」

「…………ずるい」

「今年のケーキは、グレアムさんの届けてくれた願い事の桃で作ったものなのです。ケーキの中にも桃がたっぷりですし、クリームも、クリームチーズと桃のクリームなので、爽やかな甘酸っぱさでいただいて下さいね」

「ほぇ、僕は多めに切り分けるといいよ」

「おい、お前は勝手に触るなよ」

「ネア、アルテアが僕の邪魔をするんだよ。ケーキは食べる為のものなんだ」

「むぐ。切り分けるので待って下さいね。なお、チョコプレートとこの大きなお花の場所はディノ専用なので、ご遠慮下さい」

「ふぇ、……………」



白いクリームケーキには、ネアの出来ない飾り切りをこっそり手伝ってくれたリーエンベルクの料理人の手も加わっている。

沢山の桃を上手に使いたかったので、今年のケーキは合作になっていた。


残った桃は、リーエンベルクの料理人のタルトにして貰い、こちらはカットして参加者がお持ち帰りも出来るようになっている。

二種類のケーキは食べられないという人は、タルトをおみやげに出来るのだ。



「ネア様、こちらは私が」

「むむ、ではヒルドさんにお皿を持っていて貰います。…………むぐぐ」

「ったく。貸せ。切ってやる」

「アルテアさん!」



ネアがケーキナイフを手に苦悩の面持ちになったせいか、溜め息を吐いたアルテアがその役目を代わってくれた。

実は最も苦手な作業なので、ほっとしたネアは、そそくさとケーキナイフを使い魔に渡してしまう。


そうして各自のお皿の上に綺麗に乗せられたのは、断面から覗く桃の色も可憐な、今年のディノのお誕生日のケーキであった。


淡い桃色と白いクリームの対比が美しく、ネアは自画自賛で白いお皿を掲げむふんと満足の息を吐く。


クリームの花がたっぷりのお誕生日特別区画を貰ったディノは、水紺色の瞳をきらきらさせて唇の端を持ち上げている。

さっそくぱくりと食べてしまったのはヨシュアで、イーザがもっと構ってくれますようにとお願いを込めたようだ。



「これからの一年も、この先のずっとも、ディノが幸せでありますようにという思いを込めていただきますね」

「ネアが逃げないように……………」

「じゃあ僕は、……………本当の僕を知っても嫌われないようにかな……………」

「ほわ、何の事だかわかってしまいました……………」

「ネイ……………」

「それなら俺は、ネアとまた砂風呂に行けるように願っておくかな」

「ふふ。また一緒に行きましょうね」

「わーお、腹黒いぞ……………」

「俺は、もう沼地の心配はしないで済みそうだから、シルハーンがネアとずっと一緒にいられるように願おう」

「であれば俺は、シルハーンとネアが、充分に満足出来るくらい、山ムクムグリスを見られるように願おうか」

「グレアムさん!」



ヒルドとアルテアの願い事は秘密のようだったが、エーダリアは、ウィームの領主らしく、ウィームがずっと平和でありますようにという願いをかけたらしい。



ケーキは、思っていたよりもずっと好評だった。



さっくりと齧れる美味しい桃は、瑞々しさがクリームとの組み合わせも素晴らしく、ネア自身もおおっと思ってしまった程であったし、桃の酸味とクリームチーズクリームの酸味とで、食後でもぱくぱく食べられてしまう。



「美味しい……………」

「まぁ。そんなに気に入ってくれたなら、普通の桃でも作れると思うので、また作ってあげましょうか?」

「うん」


ディノはこのケーキがすっかり気に入ってしまったようで、ネアの手作りだからというだけではない反応を見せてくれ、ネアは、ますます嬉しくなる。


いつも褒めてくれるノアだけでなく、甘いものが必須ではないヒルドやウィリアムもかなり気に入ってくれたようで、沢山褒めて貰えたネアはご機嫌でにんまりと微笑んだ。



「………むむ。アルテアさんの場所は、クリームのお花が上手く出来たところなのですよ」


ここで、こちらはどうだろうと、お料理評論家な使い魔の方をちらりと見ると、お皿の上のケーキはもう完食されるようだ。


我慢出来ずにクリームの花の出来栄えを主張してみると、鮮やかな赤紫色の瞳がこちらを見る。


「スポンジに塗ったのは、霧蜜か?」

「はい。美味しいお酒の入っていた空瓶を、霧の日に窓の外に置いておくと収穫出来る、美味しい蜜です。リーエンベルクには何種類か用意されていましたので、秋の日の蜜をいただきました」

「桃と合わせるなら冬のものが使われがちだが、ウィームなら秋のものも悪くないな」

「………お口に合いましたか?」

「なんだ?褒めて欲しいのか?」

「むぐ、意地悪な目をしたのでここで撤退します。あまり美味しくなかったのなら…」

「なかなかだ。今度からはクリームに夜の雫を足すと香りが良くなるぞ」

「まぁ!試してみますね!」



ヨシュアはタルトも食べて大満足のようで、ウィリアムとグレアムとギードは、タルトはお土産にして後でゆっくり食べるのだとか。




そしてここで、とうとうその時間がやってきた。



今年は眠ってしまわずに待ち侘びているヨシュアも参戦する、ディノのお誕生日カードバトルだ。


そもそも、なぜお誕生日会にカードで戦うようになったのかは謎だが、こんな風にみんなでわいわいするのも楽しいのかもしれない。


特に魔物達は、集まってみんなでカードをする機会などは、今までになかったのだという。


(であれば尚更、こうしてみんなで集まれるのは嬉しいな…………)



「で、普通のカードで戦うかい?それとも、新しく発売されたグリストファムのカードでもいいし、ハーシュットの占い札でもいいよ。ダリオンにある星の占い札や、数式魔術の絵札カードもあるからね!」

「ノアの前に、沢山の箱が現れました……………」

「僕はどれでも勝つ自信があるから、ウィリアムの得意なものでいいと思うよ」

「こいつも参加するなら、数式魔術は外しておいた方がいいだろう。捲ることも出来ないぞ」

「わ、私の可動域は凄いのですよ!」

「ありゃ。一応、可動域は十五もあれば遊べるようになっているし、シルの指輪のある方の手ならいけると思うんだけどなぁ……………」

「お、おのれ、十五からなど許すまじ…………」

「よし、僕の妹の心を傷付けるカードはやめておいて、他のにしようか!」



その後、グレアムも意見を出し、選ばれたのは新しく発売されたばかりの、グリストファムのカードになった。


このような機会でもないと、新しいカードに触れる機会はないからと、魔物達も興味津々である。


なおこの新しいカードは、賭け事の国と呼ばれる国で生み出されたカードの最新作で、その国は、毎年一種から五種までの新しいカードを発表するらしい。


ネアは、初めて知る賭け事の国の存在に一攫千金を思ってわくわくしたが、勿論そんな国には賭け事の猛者達が集まってしまうのでそう簡単にはいかないのだそうだ。



広間に魔術で出されたのは、大きな夜樫のテーブルだ。

そこにみんなで集まり、テーブルを囲んでカードの箱の封を切る。


こうして集まる仲間達がいて、共に過ごす時間が幸せだと言うことは、一体どれだけの幸運だろう。


ネアは、椅子に座っただけでもう、つま先をぱたぱたさせてしまった。



「しかし、もしかすると一攫千金……」

「やめろ。お前があの国に行くと、事故る予感しかしない」

「むぐぐ………。グレアムさんとギードさんは、カードはされるのですか?」

「俺はとにかく弱いんだが、カードは楽しいから好きだな」


はにかむような微笑みでそう教えてくれたギードは、絶望を司る魔物だ。

その中には、賭け事での絶望も含まれるので、このような遊びの中にはいつも負けてしまうものもあるらしい。


そんなギードの隣では、グレアムが新しく栓を開けたばかりのきりりと冷えた葡萄酒を飲み、テーブルを見回している。


「俺も、この顔ぶれだと、………まず、ウィリアムに負けるな」

「グレアムさんまでそう確信してしまうくらい、ウィリアムさんは強いのですね…………」

「ほぇ、でも僕が勝つんだよ」

「歌乞いのカードはあるのかな…………」

「うーん、シルには残念だけど、歌乞いはないかな…………」



このカードは大人数で遊んでも楽しいという事で、第一階位のカードに加えて第二階位のカードも混ぜ、みんなで遊ぶ事になる。


ノアの指名でヒルドがカードを切る事になり、エーダリアは、初めて見る美しい魔術保有のあるカードに興味津々だ。



「様々な現象や生き物、幾つかの品物を揃えたカードなのだな………」

「うん。このカードの特徴は、種族のカードが少ない事みたいだね。組み合わせや状況で絵柄も変わるし、悪夢や蝕なんかもある。でも、ジャガイモや絨毯は相変わらずあるよ」

「絵が繊細で、なんて綺麗なんでしょう。早く色々なカードを見てみたいです!」



最初にカードを手にした者達を参加者として認識することでゲームが始まるのが、グリストファムのカードだ。


最大十三人までが遊べるこのカードは、手札の中から組み合わせた二枚を出し、相手を負かしてゆくことで勝負を進める。

勝った者が負けた者の二枚を手に入れて手札を増やしてゆく方式なのだが、カード同士の相性もあるので、勝者が必ず有利とは限らない。


出したカードが相手のカードと戦い、有利だとカードを手に入れてくれる。

相打ちや戦闘不能になったカードは勝手に箱に入ってくれるのだが、戦利品のカードとの相性が悪いと、負けてもいないカードが勝手に箱に帰ってしまうこともあるのだとか。



最初に、どんなカードがあるのか一覧表をみんなで見たのだが、なんとこのカードには、ボラボラもあるのだから面白い。

例えば、ボラボラと竜のカードが揃うと、ボラボラにかぶれる竜は、嫌がって箱に帰ってしまうので要注意だ。



配られたカードを各自が手に取ると、まずは、各々にその組み合わせを確かめ始める。

一覧表は、テーブルの中央に広げたままだ。



「ほぇ。これ何だっけ…………」

「…………うーん、こう来たか」

「…………俺は、すぐに負けそうな気がしてきた」


考え込む様子のウィリアムの隣で、ギードが白藍色の髪を揺らして苦笑している。

ノアは青紫色の瞳を煌めかせ、ディノはじっくりと手札を見ているようだ。


初めてのカードだからか、エーダリアは、ヨシュアと一緒に一覧から手札の種類を確認しているが、この際に視線から手札が知られてしまう可能性もある。



「むぐぐぐ。逃げ沼のカードが、混ざっていませんように」

「その手のカードを引くとしたら、ウィリアムだろうな。…………っ、」

「アルテアさんが絶句したと言うことは、ボラボラか逃げ沼か、パンの魔物さんのカードが入っていたと思われます」

「…………おや。まさかこのような組み合わせになるとは………」

「…………これは何だろう」

「むむぅ。ディノのところにもおかしなカードが紛れている模様です…………」



(ヒルドさんの手札にも意外性があるみたいだけれど、ノアはまったく想像も出来ない…………。この中に、王冠の魔物や王冠の精霊のカードが入っていたらいいのにな………)



種族のカードは、魔物と精霊と竜、妖精と人間の五種族で構成されている。


それぞれ三枚ずつあり、一枚だけは王冠を手にした種族の王を表しているのだが、ネアはその、分かりやすい王冠のカードを欲していた。


自分のものを広げて覗き込んでみれば、残念ながらお目当てのカードはないようだ。

と言うか、ネアの手札は不穏な気配を漂わせるものが多い。



(でも、小鳥のカードがある。強くはないかもしれないけれど、森の小枝にとまる小鳥の絵が、なんて可憐で素敵なのかしら………)



「よーし、始めるよ。どんな絵柄のものでも、青い林檎が現れたカードがある人から時計回りだね」

「………俺からのようだ」



ノアの号令に淡く微笑んだのはグレアムで、既にカードを選んでいたものか、隣のギードにすらりと二枚のカードを引いて提示する。


ネアが初めての対戦をはらはらと見守っていると、グレアムが示した薔薇と魔術書のカードからしゅわりと魔術の煌めきがこぼれ、カードの上に魔術の陽炎のように咲いたのは、ふくよかな赤い薔薇だ。


青い林檎というのは、魔術書の表紙の絵に現れたものだろう。



そんなグレアムのカードに、対するギードが出したのは、深い森と王冠のない妖精のカードだった。



(あ、…………!!)



その直後、ネアは目を丸くして椅子の上でびゃんと飛び上がってしまった。


ギードのカードからぱたぱたと飛び上がった妖精が、グレアムのカードから咲いた不思議な光を纏う薔薇に近付くと、ふにゃんと至福の表情になって消えてしまったのだ。


直後、ギードのカードは、吸い込まれるようにしてグレアムの手元に並んでしまう。



「…………このような形で、魔術が動くのか………」

「………今のは、妖精さんが薔薇の花に夢中になってしまったのです?」

「魔術書が並んだことで、薔薇の魔術が動いたのだろう。森の妖精がどれ程高位でも、魅了や愛情の魔術を司るものには弱いからな。このようなカードがあるとは思わなかった…………」

「ありゃ。エーダリア、カード観察に夢中だと、僕に負かされるからね」

「………次が俺からの攻撃になるのだから、選択肢を誤れば一度に四枚のカードを失う事になるのか………」



そう呟いて苦笑したギードは、隣に座ったヨシュアには宝石と葡萄のカードを示し、無事に引き分けとした。


ヨシュアが出したカードの精霊は、葡萄のカードを欲しがってしまい、自分と組んでいた檸檬をぽいっとギードに渡してしまったのだ。



「ほぇ。精霊は扱い難い」

「これかな…………」


ヨシュアが攻撃を仕掛けたのはディノで、この場合は、精霊がお気に入りの葡萄を精霊から引き離すのは悪手となるようだ。

代わりに現れたのは貴族の館と手紙のカードで、ディノはそこに、雨雲と薬瓶のカードを出して交換のない引き分けとした。



「これにするよ」

「むむ、負けませんよ!」


続いて、ディノがネアに差し出したのは、花畑と指輪のカードだ。


どのカードもおとぎ話のような描写の美しさに目を奪われる程なので、ネアは、そんな詩的な組み合わせにも心奪われてしまう。


ネアが出した狼と小鳥のカードは、その花畑と指輪で恋が始まってしまったらしく、双方のカードがしゅばっと箱に帰っていってしまう結果となった。


ネアは、お誕生日のディノを負かしてしまうつもりもなかったのだが、とは言えお気に入りの狼のカードに逃げられてしまい、ぎりぎりと眉を寄せながらアルテアへの攻撃をしかける。



「ほお、精霊と鍋か。これで肩の荷が下りるな」

「ぎゃ!ボラボラを倒そうと敢えてこの組み合わせにしたのに、精霊さんがお鍋の材料をこちらに持ち帰ってきてしまいました…………」

「わーお。それも凄いけれど、二枚しかないボラボラが、アルテアの手元にあったんだね」



うっかりボラボラを引き受ける羽目になってしまい、ネアは悲しく項垂れた。

こんな筈ではなかったのだ。


そしてその向こうでは、アルテアがエーダリアの事も負かしてしまっている。


「…………っ、城郭と雷雲のカードか。まるで歯が立たなかった」

「むむ、エーダリア様がカードを取られてしまいました。雷がごろごろ鳴って、賑やかなカードですねぇ」

「あー。そっか、政変になる訳だ。そんなエーダリアにだけど、僕も手は抜かないからね」

「では、これでどうだろう」

「…………ありゃ。ここで魔術書とジャガイモだ」



ノアの出した精霊王は、エーダリアの手にしたジャガイモによって相殺されてしまったようだ。


カードは一度に出さずに、最初の一枚を置いて手を止めてもいいので、双方がその出し方をした場合は、ある程度の推理も可能なのである。


精霊王もジャガイモも相打ちという形になり、それぞれに箱に帰ってゆく。



「ほわ、相打ちなのですね…………」

「同じ箱に帰るけれど、いいのかな………」

「私の狼さんと小鳥さんの恋人達が仲良くしているところに、まさかの精霊王さんとジャガイモが…………」



次はノアとヒルドのカード合わせだったが、こちらはよりにもよっての蝕のカードを持っていたヒルドが圧勝してしまい、皆は、驚異のカードの在り処を知って俄かに口数少なくなる。


しかしここで、思わぬ展開が待っていた。


何と続くウィリアムが、月闇のカードと竜のカードを持っていたのだ。


月闇のカードは単体では気象性の悪夢などに近い働きをするが、手元で竜と組み合わせると種族指定となるらしい。


ネアは、カードからばさりと飛び立った闇色の竜の姿に目を輝かせ、そんなカードを切ったウィリアムの次の手をわくわくと待った。



「…………むむ、枕です。なぜカードには必ず枕があるのだ」

「…………ここで休みか。このカードを眠らされるのは痛いな」


妖精王のカードがすやすやと眠ってしまい、グレアムはそう苦笑していた。

二週目に入ると、それぞれの戦いはいっそうに熾烈なものになってくる。



「僕を褒めるといいよ!」

「おや、取られてしまった」

「お前が竜の王とはな、………太陽のカードの揃えが痛いな」

「成るべくして成るように。光竜の再現だね」

「次は、これにしようかな」

「なぬ。またしても、ディノのカードと一緒に箱に逃げられました。打たれ強い筈のパンの魔物さんですが、竜さんのおやつにされてしまうのでしょうか………」



ネアはここで、戦乱やあわいなどのカードを警戒して大抵のことは乗り越えてくれるパンの魔物を出してみたのだが、このカードは残念ながら、竜が現れると持ち帰られてしまう。


しかし、竜は食べ物を手にすると誰もいない場所でゆっくりと食べる習性があるので、ディノもまた、竜のカードには箱に帰られてしまった。



(狼さんと小鳥さんは、今頃どうなっているのかしら…………)



ネアは、あのカードの箱の中は今どうなっているのだろうと若干不安になったが、そこから先はあまり踏み込んではならないのかもしれない。



「そろそろ、手札が少なくなってきたんじゃないか?」

「ふっ、私を甘く見ると、酷い目に遭いますよ。ボラボラがこちらにいるのを忘れたのですか?」

「言っておくがそれは、使い勝手のいいカードじゃないぞ?捨てられる時に捨てるのが得策だな」



しかしアルテアへの攻撃で、ネアは、そのボラボラを狂乱させた。


悪夢のカードとボラボラの組み合わせであわいのカードを失ったアルテアは、とても渋い顔でこちらを見ている。


何しろカード自体が戦うので、テーブルの上には狂乱してムッフォウと荒ぶるボラボラが現れたのだ。


その光景は魔物達を震撼させたらしく、ヨシュアやギードも青い顔をしている。


あわいと災厄の組み合わせとの相殺という形で戦線離脱したボラボラのカードが箱に吸い込まれてゆくと、ふうっと息を吐いて安堵の表情を見せた。


そして、アルテアは早くも次のカードを切っている。


「…………疫病か」

「わーお、そのカードは厄介だなぁ。エーダリアが全滅させられたぞ」

「やはり、運もあるな。祝福と祝祭のカードを残していたのだが、使いどころを誤ってしまった」

「……………そのカードを持っていたなら、まだ残しておくべきだったか」



エーダリアの手札を全滅させるという荒業を繰り出したアルテアは、奪った方がいいカードをエーダリアが温存していたと知ると、小さく呻いている。


このような駆け引きが面白いのだが、一人でも多く戦闘不能にしてしまうのが一番であるものの、他の者との闘いの為には必要な手札まで退場してしまうのも厄介なのだ。


ふっと微笑む気配のあったウィリアムに、アルテアが露骨に嫌な顔をしているので、このあたりでも、目に見えない駆け引きがあったのかもしれない。



それからの戦いは、更なる苛烈を極めた。



テーブルの上には幾つもの魔術の影が揺らめき、参加者達は固唾を飲んでグラスを傾ける。

小さな焼き菓子と、また一つ開けられたシュプリを減らしてゆきながら、最後に残ったのは、ウィリアムとヨシュア、そしてネアだった。



ヨシュアは自信を見せただけはある引きの強さで、カードの組み合わせ方もなかなかに上手い。

ネアの手元には、なぜか悪食やボラボラが集まり、崩壊や狂乱が起こったからこそ生き残れたのだと言えよう。


けれども、ウィリアムの手元にはどこからともなく集まる枕と、よりにもよって死者の王のカードがあった。



ネアも、さすがの死者の王には敵わず負けてしまい、残ったウィリアムとヨシュアが向かい合う。


淡く微笑んでいるウィリアムに対し、ヨシュアは少しだけ涙目だ。



「残念だが、蝕が残っていない以上は、俺の勝ちだな」

「ふぇ。………でもこれがあるよ?」



最後にヨシュアが出したカードを見て、室内はしんとした。



「ほわ。………そう言えば、このカードがあったのですね………」

「うん………」


そう呟いたネアに、ディノも頷く。


確かに誰も出していないのだから、どこかで誰かが持っている筈だったカードなのだが、ヨシュアの手で、花輪飾りに魔術の煌めきの美しい祝福のカードと共に並べられたのは、王冠を持つ美しい魔物のカードだ。



奇しくも、長い白い髪が美しく、ディノに似ている訳ではないがディノを思わせなくもない姿が描かれている。

勿論、魔術階位の高いディノ本人を暗示するような描き方は出来ないので、白色で魔物の王様を表現したのだろう。



「わーお。シルと祝福を出されたら、今日は誰も勝てないよね……………」

「ヨシュアさんは、最後にこんな素敵なカードを隠し持っていたのですね!」

「ネアがいない……………」

「ふふ、このカードのディノは、一人で戦ってくれたのですね」

「………他のカードなら勝ちようもあるが、これはさすがに無理だな。俺の負けだ」



微笑んだウィリアムが両手を上げてみせると、ヨシュアは、嬉しそうに微笑んだ。


しかし、そんな雲の魔物は、やっぱり僕の方が強いみたいだねと勝利宣言してしまったので、来年はウィリアムとの勝負がまた行われるかもしれない。



「ディノのカードが現れての、素敵な終わり方でしたね」

「うん………」



テーブルの上には、しゅわりと魔術の煌めきを帯びた魔物の王様のカードが置かれている。


ネア達がちょっぴり素敵な気持ちで見ていると、そのカードはテーブルに残ったカードを引き連れて、もう戦いはおしまいと言わんばかりに、ぽすんと箱の中に入ってしまったのだった。







執筆利用のiPhoneが突然壊れてしまい、古い古いiPhoneから執筆しております為、画面が完全に見えていません。

執筆環境が改善され次第、こちらのお話は手直しするかもしれません!

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― 新着の感想 ―
[一言] ディノ、お誕生日おめでとうございます そして3周年(今更ですが追っかけ)おめでとうございます! この至上の物語がいつまでも続いていきますように お祝いに揃う仲間がどんどん彩られて、祝福も…
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