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68. 優秀なおやつです(本編)




その後ネア達は、ザハの部屋に帰った。

ネアの話を聞いたノアが隣の部屋を調べに行ってくれたが、そこにはもう誰もいなかったようだ。



そして、部屋に帰って自分の身に起こったことを説明し終えたネアに、まず最初に激しめな反応を示したのはエーダリアだった。



なお、このウィーム領主は直前までは子猫サイズのふわふわ砂色ちび狐で、砂色の毛皮はお腹が白く至高の手触りだったと記しておこう。


恐らく、本来は銀狐になる筈なので、出来れば一度、塩の魔物な銀狐と並べてみたい。




「や、山猫商会の会長を、生け捕りにしてしまったのか…………?!」



そう声を上げてへなへなと椅子に座り込んでしまったエーダリアに、ネアは凛々しく頷いてから、こてんと首を傾げた。



「会長さんなのですか?」

「ああ。彼は山猫商会の会長だ」

「わーお、またその縛り方をしてるぞ…………」

「…………とは言え、会長であろうとも屑であるという事実に変わりはありませんので、その場で殺さずに持ち帰ったのは、狩りの女王としての慈悲でしょうか。主に私の憂いを無くす為に、魔術の繋ぎを調べるまでは生け捕りです」

「いやはや、見事にしてやられた。とは言え、生きていればどうにかなるものだな」



にこやかに笑ってそう答えたのは、無事に金庫から出して貰い、意識も戻ったジルクだ。

多分まだとても元気なので、もう一度踏んでおくべきかもしれない。



「…………まぁ、生きて帰れるならだけどね。僕の妹に手を出したんだから、そろそろ山猫商会は会長を挿げ替えてもいいんじゃないかな?」


冷え冷えとした声でそう告げたノアは、ネアが具体的にどう押さえ込まれてどう反撃したのかを説明したあたりから、とても魔物らしい目をしている。


ネアであってもその正面には立ちたくないと思うくらいなのに、ジルクには動じた様子はないのが不思議であった。



「それは困るかな。これでもうちは、親族経営でね。従兄弟のジドロは心から嫌いな男なんだ。彼が山猫商会を任されるのは我慢ならない」

「ふむ。ジドロさんに儲け話を持ちかければいいのです?」

「それはやめておいた方がいいだろう。従兄弟殿の専門分野は、人間の目玉だ。多色性の瞳は希少価値が高い。君は真っ先に良い商品にされるぞ」

「…………猫さん達は、もういなくてもいいのでは…………?そもそも、耳もなければ尻尾もありません」

「…………ありゃ、そこが線引きなんだ」


ネアの訴えに苦笑すると、ノアは、宥めるようにふわりと頭を撫でてくれた。

エーダリアはまだ落ち込んでいるようだが、それでもジルクの方に向き直る。



ネアとしてはエーダリアとジルクを会わせたくなかったのだが、ノアは反対の意見だった。


敢えて対面させてしまい、不可侵契約を結ばせながら、元々山猫商会側がエーダリアの存在を掴んでいたのかどうかをその時の表情から探ったようだ。



(挑戦者として呼ばれた側とは違い、悪役の山猫商会は、一人でこちらに呼び入れられたとは限らないから…………)



だからこそ、その反応を見ておかねばならなかったのだが、幸いにもジルクはエーダリアがこちらに呼ばれていた事は知らなかったようだ。


ノアが、魔物としての階位で結ばせた不可侵の魔術契約は、あまり範囲を広げても宜しくないという事で、ネアとエーダリアに対してのものとして結ばれた。


今後、ジルクと山猫商会は、ネア達に対して危害を加える事が出来なくなる。

今回、ジルクが山猫商会の代表だったことで、山猫商会そのものの介入も防げたのはかなり大きいと、ネアはノアから褒めて貰った。



しかし、魔術契約のあれこれをしていた結果、ネア達の和やかな朝食の席の片隅に、とても専門的な縛られ方をした山猫商会の代表が縛られたまま椅子に座って参加するという奇妙な光景になってしまった。




「ところで、俺の分の食事はないのかな?」

「おかしな事を言うなぁ。何で僕が、君に朝食を食べさせてあげなきゃいけないんだい?」

「どのみち俺は、誓約で縛られこの通り弱っている。縄を少し外して食事を共にするくらい構わないだろう。あんたはそれなりの階位の魔物の筈だ。猫が、身内以外と食事をする意味を知らない訳はないだろう?」

「まぁ、どのような意味があるのですか?」

「仲間になるという事だ。俺たちは、仲間ではない者とは決して食卓を共にしないからな」



ネアがしれっと尋ねると、ジルクは悪戯っぽく微笑んでその意味を教えてくれた。

エーダリアは知っていたようで、静かに頷いている。



「それなら、仕方がありませんね」

「…………レ、レイ!」

「…………あ、いいんじゃないかなぁ」



ネアがそう微笑み取り出したものを見ると、エーダリアは慌てたようだ。

しかし、ネアが手にしていたお菓子袋を見たノアは、義兄らしくこの企みに賛成してくれるようだ。



「ふふ、我々の美味しい朝食は差し上げませんよ。私はとても邪悪な人間ですので、たいへん不愉快な思いをさせてくれた方など、これで食卓を共にしたという事にしてしまうのですから」



ネアは、ジルクの前にも並んでいたザハの美しい白磁の皿の上に、可愛い動物の形をしたクッキーをざらざらと袋から出す。


ジルクはふっと瞳を眇めて苦笑してみせたが、エーダリアはまだ顔色を悪くしていた。



「…………レイ、そのような事をするのは…………」

「猫さんのお作法がどうであれ、私は襲われたばかりのか弱い乙女です。このくらいの報復は許されると思いませんか?」

「…………うーん、って言うか、許さなくていいんじゃないかな?」

「ネイ……………」

「はは、これは手厳しいな。だが、これが和解の条件だと言うのなら可愛らしいものだね。商売は、常に成功ばかりとは限らない。そんな時には、砂や仲間の肉を食らって生き延びたこともある。それを思えば、実に慈悲深いお嬢さんじゃないか」



そう笑うと、ジルクは、両手を縛られたまま体を倒すと、器用にお皿の上から直接クッキーを食べてみせた。


咥えたクッキーを見せつけるように体を起こし、ばくんと口に入れてばりばりと噛み砕く姿は、粗野に見えてもいいのにどこか優雅に見える。



「…………ふむ。新しい環境だと、食べ物を口にしなくなるという事はなさそうな猫さんですね。飼い易そうな個体ですが、もしも何かを飼うならやはり竜さんと決めていますので、心は動きませんでした」

「…………レイ、山猫は人型の高位精霊だ。お前の考えているような飼い方は出来ないのだからな?付け加えるのなら、庭に小屋を建てて竜を飼うことはやはり許可出来ない」

「…………むぐぅ」

「………………少し不安になってきたのだけれど、君にはその手の趣味があるのか?」



不意にそう尋ねられ、ネアはジルクの燐光の瞳を見返した。


これまでにも燐光の色を持つ人外者には出会ってきたが、深い深い緑色の瞳に細やかに燐光の緑の虹彩模様が入り、ジルクの瞳は光るような燐光を帯びるのだ。


ふくよかな黄金色の髪といい、華やかな彩りであるのになぜか仄暗い印象を受けるのは、浮かべる微笑みに滲む酷薄さのせいかもしれない。



「……………その手の趣味とは、どのようなものの事でしょう?その縄の縛り方であれば、栞の魔物さんの祝福によるものですので、個人的な趣味は一切反映されていませんから、名誉毀損にあたる発言があった場合は、その状態のまま水路に放り込みます」

「だが、竜を庭で飼うんだろう?火遊び用の男を繋いでおくにしては、随分とあからさまな方法だ」



その回答も不合格であったので、ネアは頼もしい義兄の顔を見上げてふるふると首を横に振った。


朝食はトーストとハムだけで簡単に済ませてしまい、食後の紅茶を飲んでいたノアは優しく微笑んでくれる。



「どんな穢らわしい妄想をしたのかはさて置き、僕の妹が竜を庭で飼おうとしているのは、人間の子供達がパンの魔物を牛乳で育てるのと同じ事だから、勘違いしないでくれるかい?」

「……………獣型の竜の話のようだね」

「この子が飼おうとしている竜の筆頭は、ダナエだよ」

「……………春闇の悪食を?!」

「よく懐いている、野良竜らしいよ。…………で?食卓を共にしてあげたんだから、仲間の為に口を軽くしてもいいんじゃないのかな?」



ジルクからの珍獣を見るような眼差しはとても不愉快だったが、この後の話し合いはノアが引き取ってくれそうなので、ネアは暫し、最高峰のとろとろスクランブルエッグと、かりっと焼いたデニッシュパンにスモークした赤鱒とフェンネルを乗せた素敵な朝食を楽しんだ。


スープは珍しい夏紫陽花とアスパラのクリームスープで、冷たいスープに散らした夏紫陽花はしゃきしゃきとした食感に爽やかな酸味がある。


エーダリアが頼んだものは、蜂蜜を使った黒いもっちりパンに、最高峰の生ハムと薄く切った梨をマスタードソースでいただく朝食サンドイッチセットで、ネアが最後まで悩んだメニューであった。


とても美味しそうなので、明日の朝はそれにする予定を既に組んであり、外す訳にはいかないその予定を邪魔する者がいれば、容赦無く滅ぼそうとネアは心に決めている。




「…………最初にも話しておいたが、俺に話せるのは、カルウィの第三王子が参加しているってことくらいだね。一緒にいた銀髪の人間は、ターレンの魔術師だ。ターレンの固有魔術は貴重だから、あの王子はすっかり気に入っている」

「…………レイ、その銀髪の子の外見を覚えているかい?」

「ええ。腰までの銀髪は僅かに青みがかってさらさらとしていました。瞳の色は淡い水色か灰色で、女性というよりはまだ子供でもいいくらいの年恰好の、儚げな印象の美少女です」

「一つ修正をしておこう。あの魔術師は少年だよ」



ここで、ジルクから衝撃の発言があり、ネアはぎぎぎっと首を捻って顔をそちらに向ける。



「……………なぬ。し、しかし、黒髪の男性の方に甘えるようにべったりだったではないですか」

「ターレンの少年魔術師達は、華奢な体躯と美貌も自身の売りとする。大国の為政者達の寵を競い、閨事の相手もしつつ護衛もする優秀な魔術師だ。ウィームではあまり知られていないか。…………だが、ウィーム領主殿はご存知だったらしい」



はっとしてそちらを見れば、エーダリアは指先を額に当て、深く息を吐いたところだった。


単純に、やはり物語の力で少年も王子に恋をしてしまうのだという事ではなさそうな、深刻な様子に眉を寄せたネアに対し、こちらを見た瞳はどきりとする程に透明で深い。



「その魔術師に触れてはいないな?………もしくは、吐息が触れるような距離に立ったか?」

「い、いえ。そのどちらもありません………」

「…………お前が無事で良かった。ターレンの少年魔術師達は、気に入らない者を残虐に八つ裂きにする事でも有名なのだ。彼らは毒を使う。その肌に触れたり、長い髪や、温度を感じる距離で吐息に触れる事も危うい」

「……………カルウィの王子様は平気でしたが、解毒剤のようなものを飲んでいるのですか?」

「恐らくだが、毒を無効化する雇用契約を結んだのだろう。ターレンの魔術師は、夏夜の宴の王冠よりも、カルウィの王族に仕える魔術師になる事を取ったという事だ」



問題になるカルウィの王子は、最近、兄達を蹴落として処刑に追い込み、繰り上げで第三王子となったばかりの残忍な王子として有名な人物であるらしい。


虫毒と隷属の魔術を得意とし、民達は王家の所有物であるという典型的なカルウィ王族の思想を持つ王子だ。

正妃の他にハレムを持ち、そこには王子の寵を求める百人の美女がいるのだとか。



「アスファ王子か、…………あまり関わらない方がいいかもなぁ………」

「むむ、ネイから見ても、厄介な方なのですね………」



ジルクを同席させるにあたり、ネア達はそれぞれの名前を決めた。


ネアはレイ、ノアはネイ、そしてエーダリアはリアだ。


ジルクは、当然ネアとエーダリアについては本来の名前を知っている筈だが、名前においては、知っている事と触れさせる事の間には大きな格差がある。

それを許さない為の、偽名であった。


他の参加者との接触があった以上、この先、あわいを出るまでは徹底させる予定なのだが、ネアはなかなか苦戦していた。

ノアはいいのだが、エーダリアについてはどうしてもエーダリア様と呼びたくなってしまう。


それはエーダリアも同じで、契約した魔物をネイと呼ぶのに少々苦戦していた。



「彼の持つ隷属魔術はね、奴隷達を自分の影の中で飼う特殊なものなんだ。全体像が把握し難いから相手にするのは厄介だなぁ………」

「ご本人が滅びれば、出てきません?」

「……………え、もしかして怒ってる?そいつにも何かされた?!」

「そもそも、か弱い乙女を勝手に呼び出しておいて、謝罪の一言もなく首を落とすと言われたのです。私に逃げ沼を使役する力があれば、あやつをどぼんと落としてやりました!」


ネアのその言葉に、ノアはすっと瞳を細め薄く微笑んだ。



「そりゃ、お仕置きしないとだね」

「……………あー、そちらについては、俺に任せてくれないか?残念ながら、事前にたっぷりと契約内容を説明しておいたのに、魔術契約が理解出来ていなかったらしい。山猫商会は、規律を重んじる歴史ある商会だ。アクス商会のように、契約を損なった者を許すという事はしないんだよね」



(…………あの時に部屋の空気がずしりと重くなったのは、それでだったのだわ………)



アスファ王子が支払いを拒んだ時、ジルクはそれは出来ないとは言わなかったが、代わりにほんの一瞬だけ、王子の事を凍えるような瞳で見ていた。


ネアが呼び落とされた時にジルクが話していた言葉から、彼は、最初から望むような者が呼び落とせるとは限らないと伝えてはいたのだろう。



それを伝えられていたにもかかわらず、王子は支払いを拒んだのだ。




「……………そう言えば、私はなぜ呼び出されたのでしょう?」



ネアがそう尋ねると、ジルクは誘いかけるような甘い微笑みを浮かべる。

眉を寄せて冷ややかに見据えれば、どこか婀娜っぽい艶やかな目をしてみせた。



「そろそろ縄を解いてくれないかい?そうしたら、もう少し踏み込んだ話が出来るかもしれないからね」

「では、こう言いましょうか。アスファ王子がどのような理由で私を呼び落としたのか、説明して下さい」



ネアがそう言った瞬間、ジルクは呆れたような目をしていた。

けれど、ぎくりとしたように体を揺らし、静かな静かな目でネアを見据える。




「…………俺に、何をした?」



それは、静かな声だった。

低く軋むような声は滴る暗さだったが、ネアが知るその他の暗い声音の中では最下位ではないというくらいだ。


森に暮らしていた頃のアルテアや、まだ完全に心を許してくれていなかった頃、敢えて揺らしてみせた時のウィリアムの方が余程恐ろしい。


そして、悪意や憎しみを滲ませた声であれば、ネアはきっと、リンジンのもの以上に悍ましい声を聞く事はないだろう。



「あなたがご存知のことしかしておりませんよ。ただ、ジルクさんが美味しくいただいた森のなかまのおやつが、良く出来た商品であるという事なのだと思います」

「………………森のなかまのおやつ」



勿論、ネアがそのクッキーをお皿に出した時から顔色を悪くしていたエーダリアと、森のなかまのおやつの袋を時々凝視していたノアは、それがどんなものなのかを良く知っている。


ウィームでは珍しい商品ではないが、最近、パッケージ改定があり、使い魔捕獲用のおやつだと分からなくするリニューアルがなされたばかりで、一部の商品の袋が上品な深緑色の袋になった。


ネアは、毒などは入ってないとジルクに納得させる為に、クッキーの袋をぽいっとテーブルの上に置いていたのだが、どうやら山猫商会の会長は気付かなかったようだ。



少しだけ考えてから、はっとしたように体を震わせたジルクに、ネアはにっこりと微笑む。



「ご自身で美味しくいただいてしまったのですから、仕方がありませんね。もっと食べておきましょうか?」

「っ、…………やめ………」

「はい。森のなかまのおやつは沢山ありますので、沢山食べるのですよ?」

「……………わーお、こっちに対してもかなり怒っているみたいだけど、何だかいけない光景に見えてきたから、そろそろ腕の縄くらいは解こうか…………」



恐ろしい人間に沢山の森のなかまのおやつを食べさせられてしまったジルクは、その後無事に腕の縄を解いては貰ったものの、光の入らない瞳で暗い顔をしている。


エーダリアがずっと青い顔をしていたので、朝食の向かいの席で見せられるには、少々刺激的な制裁だったようだ。



「…………その、ここを出たらその魔術については、無効化させるようにしよう」

「………………ウィーム領主に良識があったようで何よりだ。是非にそうしてくれ」

「むむ、なぜ耳も尻尾もない猫さんに情けをかけるのです。執念深いと嫌なので、終わってからの措置については、ネイや私の魔物に相談します」

「…………レイ、山猫商会は確かに魔術師狩りをするが、ジルクは、…………私が知る限りは紳士的な男だ。ウィーム領内に入る際には、領民達は襲わないという古い取り決めを今でも守っている。お前にした事は許されない事だが、本来は女子供には決して手を出さない人物だった筈なのだが…………」


ネアを宥めようとしつつ、エーダリアは困惑したようにジルクの方を見た。

どうやら、面識があると話していたのはジルクの事だったらしい。



「このお嬢さんは、魔術認識上、このあわいでは道具だからね。道具は道具として扱いますよ」



けれど、ジルクはそんなエーダリアにけろりとそう言ってのける。

少しだけ言葉が畏るのは、エーダリアがウィーム領主だからだろうか。



「道具…………?」

「おや、どうやら領主殿はご存知ではなかったらしい。夏夜の宴で参加者から召喚されるのは、あくまでも参加する魔術師の道具なんですよ。生き物の場合は、奴隷や使い魔、まぁ、契約の魔物の場合は階位的に立ち位置が保証されますが、このお嬢さんは駄目だ。可動域が低過ぎて、道具にしかならない」

「…………っ、」



(ああ、だからなのかしら…………)



そう言われると、ネアは自分が呼び出された理由が見えた気がした。


物語の中で、王子は冒険に出るにあたり、自身の騎士と魔術師を召喚し、旅の仲間としている。


その時に王子は、騎士に対しては私の剣、魔術師に対しては私の盾と呼んでいるのだ。

物語のその部分を適用してネアを呼び出したのであれば、確かにネアは道具となるのだろう。



「生きている以上は、名前のない端役を与えられますが、一般的に、名前も貰えない者の扱いがどんなものなのかご存知でしょう?それは、奴隷を暗示するものだ。…………まぁ、ですからこの子は、この物語の中では名もなき奴隷役といったところか。だからこそ、アスファ王子の召喚儀式で呼び落とされたってことです」



ネアは、その説明を聞きながらエーダリアが蒼白になるのを隣で見ていた。

すかさず手を伸ばして、エーダリアの手をぎゅむっと握ってしまい、鳶色の瞳を揺らしたエーダリアがこちらを見る。



「私が……………」

「リア様の所為ではありません。昨日も言ったように、あれこれ設定が雑過ぎるのです。文句を言うなら、運営側へのものですし、私がいた事でこやつを捕まえ、尚且つカルウィの王子めがいることが判明したのであれば、幸運だと思って諦めて下さい」

「…………諦める、のだろうか?」

「はい。何しろ、敵役は既に山猫さん達がいるのにうっかり事故っているらしい使い魔さんもいますので、私は私で、使い魔さんの回収もしなければいけません。どちらにせよ、ここに来ることは必要だったのだと思います」

「うんうん。まぁ、レイがまた一人であわいに呼び込まれる可能性を考えると、今回はかなりいい引きだよ。僕もいるんだから、どんと構えているといいさ」

「………ネイ……………」



小さく項垂れ、エーダリアはそうだなと呟く。


ネアは、このしょんぼりしてしまった上司の為にも、何としても夏夜の宴での王冠なり、魔術書なりを手に入れてみせようぞと鋭く窓の向こうを睨んだ。



「うむ。任せて下さい。あのカルウィの王子めは滅ぼし、王冠も魔術書も優勝者の資格も全てを毟り取り、夏夜の宴めには、リア様をしょんぼりさせたことを後悔させてみせますからね」

「…………っ、レイ。危ない真似はしてくれるな。お前の立場が思っていたよりも危うい以上、私にはお前を無事に連れ帰る責任もあるのだからな………!」

「ふふふ、いざとなれば、新開発の輪になって踊るきりんさん投影機もありますからね」

「……………え、それ僕も死んじゃうからやめて……………」



びゃっとなったノアが一生懸命に首を振るので、ネアは今回は新兵器投入を諦め、引き続きのきりん箱を使う事にした。


カルウィの王子については、ノアも思うところがあるようで、遭遇したら僕が先に貰うけれどねとにんまり微笑んでいる。




朝食が無事に終わると、ネアは森のなかまのおやつの効果を試すべく、ジルクにあれこれとやらせてみた。

このような場合は、咄嗟に魔術拘束がなされていないと振る舞えないことを命じるのが一番だ。



「ジルク、くるりと華麗に回って下さい」

「…………っ、」

「ジルク、次はお手です」

「………っ、この屈辱!何だか癖になってきたぞ…………」

「ふむ。さすがアクス商会の品物ですね。しっかりと言う事を聞くようになりましたね」

「よりにもよってアクスか!!」



森のなかまのおやつがアクス商会の品物だと知ると、ジルクはとても荒ぶったが、ご主人様に仕える事はだんだん楽しくなってきたようだ。

その気質はとても恐ろしいが、今ばかりは安全と引き換えに受け入れようと思っている。



ネア達はまず、カルウィの王子に王冠探しを先行させる事にしてしまい、こちらは、午後からヴェルリア風の街並みのある湖の方へ出かけることにした。



山猫の精霊はあまり入浴しないと言う豆知識を得てしまったネアは、嫌がるジルクに入浴を命じてしまえば、やっと三人での作戦会議を再開出来る。


ノア曰く、山猫の精霊は魔術で体を綺麗にしているので不衛生ではないのだが、猫の系譜は水をかけられた相手に服従する気質があるそうなので、結果としては良かったのかもしれない。



「え、浴室で誰かが泣いてるんだけど、大丈夫?」

「そちらは放っておいて下さいね。きっと、ぴかぴかになって戻ってきてくれる事でしょう。…………出発の時間ですが、出遅れてしまっても大丈夫なのでしょうか?」

「こっちが先行すると、背後から追いかけられる構図になるからね。向こうの魔術の並び的に、背後を取られるのは避けたいかな」

「…………物語の通りなら、王冠があるのは湖の中の神殿かガーウィンの教会のどちらかになるのだろうか」

「そこなんだよねぇ。物語の通りならそっちだけれど、あの人間のウィームへの執着を考えるのなら、リーエンベルクって事もあり得るかな。…………でも、物語のあわいの中とはいえ、リーエンベルクを誰かに荒らされるのも不愉快だね」

「…………ああ。寧ろ、他者を寄せ付けない隔離地として成り立っていてくれるといいのだが……………」



(夏夜の宴は、三日間で終わるものだから…………)



まだ丸一日も過ぎてはいないが、残り時間が三分の二に近くなる今、それなりに動きはあったと思うべきだろう。


エーダリアとアスファ、そしてターレンの魔術師で三人なので、少なくとも後一人は魔術師がいる筈だ。

彼等はどこまで物語を進め、王冠に近付いているものか。



(予め使われる物語を知っているという点では、こちらが有利なのだけれど…………)



ネアは、ディノとの朝のお喋りをした後に、ぱかりともう一枚のカードを開いてみたが、まだアルテアからの返事はないようだ。

そちらもかなり心配で、へにゃりと眉を下げたネアを、ノアがぎゅっと抱き締めてくれる。



「もし、アルテアが君のことを忘れていても、あわいから出せば元通りだからね。その場合はちびふわ符を貼り付けて持って帰ればいいよ」

「…………ふぁい」

「僕達がついてるから、大丈夫だからね」

「むぐ。ネイが居てくれて良かったでふ。…………そしてエーダリア……リア様は何をしているのですか?」



ネアにそう指摘され、ノアが振り返ると、エーダリアはぎくりとしたように体を揺らした。



「……………ありゃ。もしかして、魔術採取してる?」

「お、落ちていたものだから、良いかなと思ったのだが、まずかっただろうか…………」



よく見れば、水晶の小瓶に花瓶に生けた花から落ちた花びらを採取しているようだ。

ぎくりとしたようにこちらを見たエーダリアに、ノアはくすりと笑いを零している。



「やっぱり、僕の契約者はいいなぁ。…………まずくはないけれど、瓶の外側に隔離領域の魔術を貼り付けておくと、持ち帰るのに変質が少なくて済むよ」

「瓶の外側に貼るのだな…………」

「うん。それと、比較を取る為には外で地面から生えているものも採取した方がいいかもね。後で外に出た時に、花びらを頂戴しよう」

「…………しかし、このウィームでも花々には妖精がいるようなのだ。今は、花の妖精達が喜ぶようなものを持っていなくてな…………」

「うーん、良質な蜂蜜だったら、ザハで買えるんじゃないかな」

「むむ!私の金庫に、あわいのリノアールで買ったばかりの蜂蜜の小瓶がありますよ?それを持ってゆきますか?」



ネアは良かれと思ってそう提案したのだが、その蜂蜜瓶の中に祝福の金貨が入っていると聞いたエーダリアは、寧ろ、あわい産のその蜂蜜瓶が欲しくなってしまったらしい。

そこで使うのは勿体ないと、首をぶんぶん振る。



「あら、であればエーダリア様へのお土産にしますね」

「い、いいのか?買い取っても…………」

「ふふ。エーダリア………む、リア様へのお土産も選ぼうと思っていたので、ちょうど良かったです。他にも色々と買い込んでいるので、帰ったらもう一品くらい選んで下さいね」

「ああ」



思わぬところから、あわいのお土産が得られてしまい、エーダリアは嬉しそうに口元をもしゃりとさせた。



歩道にある花壇の薔薇から花びらを貰う為の蜂蜜は、ネアがルームサービスで香草茶を頼み、その際に多めに持ってきて貰った蜂蜜を使い、無事にエーダリアはお土産を増やしたのだった。







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