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林檎とチョコレート





かたりと音がして、隣の席に着いたグレアムを見ていた。

美しい漆黒の小箱を開けば、馴染みのある甘い香りがこちらにも届く。


グレアムが、時々買ってきて食べている、ウィームにある専門店のチョコレートだ。




「……………幸運の林檎のチョコレートか」

「ああ。一粒どうだ?」




そう微笑んだ友人の眼差しに、微かな翳りを見て眉を顰める。



やはり、統括を任されている土地にある、守護を与えた人間達の暮らす国の情勢はあまり良くないのだろう。



(だが、グレアムならきっと、どうにかしてしまうのだろうな…………)



グレアムが深々と吐いた溜め息に、彼がひどく疲れているような気がする。

思わず何か手を貸す事はあるだろうかと声をかけようかとも思ったが、自分が出来る事くらいならば、グレアムにも出来るだろう。


そう考えて苦笑すると、手を伸ばして一粒のチョコレートを取り上げた。



「…………そうだな。一つ貰おう。俺は甘いものはあまり好きじゃないんだが、何でだろうな。…………君からこうして何度も貰っている内に、このチョコレートだけは好んで食べるようになった」

「それなら、いつか大箱で贈ろう。好きなだけ食べてくれ」

「………………食べきるのに、一年はかかりそうだな。君と違って、俺は帰っても一人なんだぞ」

「それなら、俺とエヴァと、シルハーンとギードも呼んで、みんなで食べてもいいな。………もっと大勢いるといいんだが、…………やはり難しいか」

「……………そうだな。シルハーンは、城に招いた白椿の妖精達が死んでしまったのが、かなり堪えたようだからな…………」

「あんなに優しい方もいないのに、なぜ自死する程怯えたのか、俺は……………。…………まぁ、いいさ。どうせなら、何かウィリアムの記念日はないのか?その贈り物にしよう」

「……………グレアム、無茶を言わないでくれ」



思わずそう言えば、グレアムは小さく笑う。




「何か記念日を考えておいてくれ。幸運の林檎の、一番の大箱を注文しておくよ」




そう言ったグレアムに堪らず首を振ったのが、微笑んでいる友人の姿を見た最後となった。




いつか自分でも買ってみようと思っていたそのチョコレートは、もう決して買う事はないだろう。




あの日に食べた一粒のチョコレートの甘さは、いつの間にか思い出せなくなっていた。











ウィリアムの誕生日の本編に纏わる、とても短い思い出の一幕となります。

グレアムがこの日の約束を忘れていたのは、この数日後に伴侶を喪ったからかもしれません。


対価を支払って自分を取り戻しても、今のグレアムには、思い出せないままの事も幾つかあるのだと思います。

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