星降る夜と災いの木
タジクーシャから戻って来たネア達を迎え入れ、リーエンベルクではその夜、ささやかな打ち上げが行われた。
ダリルも招いていたのだが、そちらは今回の一件に関わった弟子達と行うらしい。
ダリルの大事な小鳥のララは、あまり書庫から出られないので、その中に併設空間を設けて行われるのだそうだ。
ネアが、貰って来た宝石の中からララの大好きな色だという青い宝石の花を選んでダリルに渡しておくと、それを貰ったララが大喜びで巣に隠していると連絡が入った。
すっかり宝物にしてしまい、世話役のエメルにも見せてくれないどころか、ウォルターが近付こうとすると怒り狂うのだそうだ。
「そしてこれが、ヒルドさんのお土産の鶏皮のもの、なお、私は豚肉の干し肉料理をいただいてきました!」
「……………これがそうなのか」
タジクーシャの最も知られた名物料理と言えば、バクワという干し肉の方なのだが、ネアもすっかり夢中になってしまった鶏皮の料理が今晩の酒席の主役である。
もちもちの小麦粉の皮に、じゅわかりの甘辛い鶏皮。
野菜はウィーム産の美味しいものを用意してあり、先程と同じように宝石檸檬を削ってかけ、風味のアクセントとする。
エーダリアは目を輝かせてテーブルの上を見つめており、ネアは、今後の再現をかけてアルテアにも食べて貰うべく、こちらのものも自分でもいっぱいお土産に貰ってきたことを誇らしく思った。
聞けばこの料理、ファルポという名前で呼ばれており、似たようなものは砂漠の国々にも残っているらしい。
だが、地上の国々にあるファルポは辛いものが多く、タジクーシャのファルポとは少し味が違うのだ。
「本日の追いファルポです!」
「ネアがファルポに浮気する…………」
「まぁ、久し振りに食べ物にまで荒ぶりましたね…………」
「ファルポなんて………」
「あら、私のファルポを齧りますか?」
「ネアのを、…………かい?」
「はいどうぞ。一口齧ればきっと美味しいですよ」
「ずるい、食べさせてくるなんて…………」
「あら、いりませんか?」
「虐待する…………」
「解せぬ」
あのタジクーシャの有力商人は、ネア達が出した料理を気に入ったことが嬉しかったのか、タジクーシャ王家からの友情の証として渡されていた宝石にも劣らない程の見事な宝石の花篭や、専用のミルで削って使う宝石果実などもたくさんくれた。
きっと、デジレの事が大好きなのだろう。
未だに王子と呼ぶようなデジレに任された重要な食事会が大成功であったことは、あのご老人にとっては誇らしく喜ばしい事であったのだ。
「アルテアさんも味わって食べて、そして、これとこれを再現して下さいね」
「……………ったく」
今回のタジクーシャの事件は、アルテアはリーエンベルクでずっと控えていてくれた。
グレアムが一度こちらに戻った際も、敢えてアルテアではなく、浸食魔術に長けているグラフィーツが同行したので、引き続きこちらに残ることになったのだとか。
そんな風に、手をかけずとも待っていてくれる人がいる事は、どれだけの頼もしさだろう。
だからネアは今回、タジクーシャで貰った見事な宝石の花を、グレアムだけでなく、アルテアとウィリアムとも分けようと思っている。
ウィームとして貰ったものはウィーム領の所蔵となるが、あの商人から貰ったものはネアが好きにしていいとエーダリアから言われたのだ。
(同じ花籠から、グレアムさんとウィリアムさん、そしてアルテアさんにお花を分けたら、何だか親密な感じがして素敵かもしれない…………)
とは言え、男性なので花を飾る習慣が無いとも言えない。
ミル挽きで美味しい宝石の果物と、その花とから、選べるようにして分配しようと思う。
若干苦手な魔物なのだが、グラフィーツへも一輪あげようと思い、そちらについてはディノから渡して貰う事にした。
どんな花が好きか分からなかったが、義手が薔薇結晶だと聞いたので美しい青の宝石の薔薇にしてある。
なお、グレアムについては、外部協力者としてエーダリアからもあらためて謝礼をするとの事だった。
ネアの隣で、襟元を緩めてぐいっと冷たい白葡萄酒を飲み干したのはウィリアムだ。
ノアがウィリアムをリーエンベルクに呼んでくれたお陰で、外部からリーエンベルクへの転移の道筋の中に潜んでいた、砂百足という許し難い生き物を滅ぼしてくれたらしい。
こちらに駆け付けた後で、仕事をしていた戦場も無事に閉じたようなので、今夜から明日いっぱいはのんびり出来るのだそうだ。
ネアが、百足は大嫌いだと宣言した事により、そんな百足を退治した事に満足げな様子でもある。
「ああ、懐かしい味だな。この味のバクワはもう、タジクーシャにしか残っていないんだ。宝石蜜の甘さがあるが、甘ったるい甘さじゃないのが気に入っていたんだが……………」
バクワはぎゅむっと噛み締めると口の中に素敵な味わいが広がる、タジクーシャ名物のお酒のおつまみだ。
昔から宝石の商談は長引くことも多く、この様々な味のバクワは、酒席でも会議でも小腹が空いた時に大活躍し、尚且つ国に帰ってゆく商隊の旅の保存食にもなるからと、あっという間に広がったらしい。
しかし、秘伝のたれで味付けされていた為に今はもう地上には同じものは残っておらず、タジクーシャでは、宝石と同じくらいに多くの商人達が買って帰る名産品にもなっている。
ちょびっと齧ってきりりと冷えた辛口のお酒をいただけば、むふんと心が緩む、いかにも酒宴という美味しさではないか。
若干テーブルの上に乗せられている運試しの酒壺のようなものが気になるが、美味しい干し肉をかみかみしているネアは、些末なことは気にしないことにした。
今日は、ウィームでも流星雨が見られる夜であった。
とは言え、夏場に夜空を流れてゆく流星雨が観測出来るのは、やはり砂漠の方の国々が主で、ウィームでは、ぽてんと森や路地裏に落ちてくる流星雨の尻尾が見られる。
星祭り程ではないものの、きらきらしゅわしゅわ光る流れ星が中庭にも落ちて来ていて、窓の外は不思議な淡い銀色の光に明るくなっていた。
(ウィームらしい、綺麗な夜だわ………)
どこか雪明りの夜のような明るさが、ウィームらしい夜を楽しめているようで胸を温かくする。
因みに今夜の流星雨で落ちてきた星屑は、特殊な保存魔術をかけて採取しないと、ほろほろと崩れてあっという間に消えてしまうのだそうだ。
巷では、手のひらに星屑を乗せて、その星の光が消える前に告白すると想いが叶うという噂もあるようだが、ネアは伴侶な魔物が荒ぶりかねない恋のおまじない方面のものは、やや警戒対象に置いている。
「これは何のお酒でしょう?」
「真夜中の呟きって呼ばれていて、夜の長い国の陽光を入れない酒蔵で作られる、特別な蒸留酒なんだ。今は澄んだ紫色だけれど、少しでも陽光に当てると黄緑色になっちゃうんだよね」
「………辛口ですっきりしていて、でもどこか、…………不思議な甘さが残るのです。素敵なお酒ですね」
それは、胸がいっぱいで眠れない美しい夜に、皆が寝静まった家の窓から一人で眺めている夜空のようなお酒だった。
飲みやすいものの実はとても強く、飲み過ぎてしまうと、翌日は寝過ごして太陽に会えなくなると言われている。
「バクワに合います…………」
「おい、一度に三枚も食べないだろうが。落ち着いて食え」
「むむ、三種類で、肉の部位が違うのですよ。なお、この少し赤めのものはピリ辛です!」
「…………っ、その弾み方はよせ」
「む?」
和やかな時間が続いた。
ネアは、タジクーシャに残るウィームの魔術師の話もしたのだが、残念ながら公式な記録としてタジクーシャを訪れたウィームの魔術師の記録は残されてはいないらしい。
「ダリルに心当たりがあるか尋ねたところ、あの魔術師が新婚旅行で出かけて行ったらしいのだが………」
「あの魔術師…………?」
こてんと、首を傾げたネアに、エーダリアが教えてくれたのはハツ爺さんであった。
踊り狂いの精霊達を一網打尽にする偉大な御仁であり、宝石妖精達を震撼させる事くらいやり兼ねないと言わざるを得なかったが、ネア達が知りたい魔術師は既に亡くなっているそうなので別人だろう。
「ウィームで馬車の呪いって言うと、クライメルのもので有名なものがあるかな。後は、白薔薇で一つ、ニエークで一つ、アイザックだと僕が知る限りは五つくらい、………精霊だと限りがないね。アルテアも使った事あるよね?」
「俺が過去にウィームで使ったものは、二種だけだな。馬車は、高階位の辻毒に使われ易いものだが、特にウィームのように魔術の潤沢な土地では事例としても多く上がってくる。……最近、どこかで芽吹いたらしいクライメルの馬車の呪いは聞いたが、宝石絡みとなるとニエークのものかもしれないな」
「ああ。それはウィームの文献にも残っている。雪の魔物がイブメリアの雪から紡いだ、祝祭の宝石を、恋人の為に盗もうとし雪馬車に追われ続ける呪いをかけられた青年がいたというものだな………」
「…………まぁ。もしその方であれば、…………何というか、自業自得ではありませんか。少し印象が変わってきますね………」
「そうなのだ。どうも話を聞いていると、その青年ではないような気もするのだが、青年期の過ちを成長してからも背負わされる事もあるからな…………」
ネアも一度、仕事で焼き馬車というものを見た事があった。
辻毒では櫛の形のものも見たことがあるが、他にも、金貨や人形、棺や壺などの辻毒もあるのだそうだ。
「ディノ、何となくですが、人形の辻毒に出会いそうになったら、私の目に触れる前に滅ぼして下さい……………」
「うん。ほらー、のような人形は嫌なのだよね」
「…………ふぁい。そして、ノアの真似をしてこの壺の蛇口を捻ったら素敵なしゅわしゅわしたお酒が出てきました」
「っ、飲むな!それは巨人の系譜のものだぞ!!」
「うわっ、ネア、下ろして下ろして!!」
「ぎゅ?!」
危うく大切な打ち上げで暴れ狂うところだったネアには、運試しの酒壺の使用禁止措置がとられた。
ノアはあの日以降この酒壺を研究し、種類が特定は出来ないスリルはあるものの、美味しいお酒だけを出せるようにしたのだとか。
そんな事もあり、再び酒席に持ち込まれたのだ。
「むぅ、仕方がありませんね。これはアルテアさんに差し上げます。ぐいっとどうぞ」
「やめろ。それがどれだけ強いのか分かってるのか」
「…………む?」
「割って飲む為の酒だ。そのままだと飲めたもんじゃない」
「せっかくのしゅわしゅわが、割られてしまうのですね……………」
ネアはしょんぼりしたが、結局そのお酒は水割りにされてしまい、魔物達が美味しく飲んだようだ。
味としては、ミントに似た香りもある柑橘系の風味のものなのだとか。
角砂糖を溶かして飲むのも美味しいらしい。
「ネア、これなら飲めるだろう」
「む、ウィリアムさんから素敵なお酒を貰いました」
「あっ、薔薇月夜だ。わーお、ネアだけ贔屓じゃないかな」
「…………年に五本しか造られない酒を、まさかお前が持っているとはな…………」
「むふぅ!これは美味しいです!!果実っぽい薔薇の香りがして、………静かなのに華やかに思える不思議なお味ですね」
とろりとした薔薇色を帯びた液体は、光の加減によっては水のようにも見えた。
それが不思議なのだが、濃密な蒸留酒の味わいがまた見た目の印象を裏切ってくる。
小さな小さなグラスで、ちびちびと飲みたい素敵なお酒だ。
(グレアムさんも、来られれば良かったのに……………)
やはりそう思ってしまうところもあるが、グレアムは今日、そちらも打ち上げのような趣向である、とても大切な友人達との集まりがあるのだそうだ。
ディノとはあらためて食事会をしようと約束したので、その時にお礼が出来るようにしておこう。
「はぁ、それにしてもやっとタジクーシャの件が落ち着いてくれて良かったよ。砂蛇まで出てきてくれた事も、却って良かったかもしれないね」
そう呟いてテーブルにくしゃりと潰れたのは、すでにほろ酔いのノアだ。
ネアは密かに、脱いでしまった場合に備えてディノにバスタオルを用意して貰っている。
「ダリルも、そう言っておりましたね。一度の訪問で全てを片付けておけて良かったと思っているようです」
「宝石狩りが終われば、タジクーシャの門が閉じる。火種が残っていると厄介だからな」
そう重ねたのはアルテアで、今年の宝石狩りの標的は魔物だったらしい。
ネア達がタジクーシャを出る直前にデジレに一報が入っていて、いよいよ宝石狩り班が帰還するという声が漏れ聞こえてきていた。
今回の宝石狩りは、あの青玉の青年の砂蛇と合わせれば、なかなかの収穫と言えよう。
「外に出ていた騎士達は、どの魔物を宝石にしたんだ?」
「星の系譜の乙女を狩ってきたらしいな。喧しく数が多い。一人ぐらい減ったところで報復され難いいい獲物だ。結果としては、二柱の魔物の宝石を手に入れたのだと、民達も黙らせられる。思っていた以上に上手くやっているぞ、あの王は」
「だが、ネア達に好意的なら、今代の王の治世が続くことが好ましいな。今回は怖い思いをさせられたんだ。また門が開いたら、アクス経由にでもしてファルポを送って貰うといい」
「むむ、季節の贈り物的な………」
ネアがぱっと顔を輝かせると、なぜかアルテアが渋い顔をした。
まだ、それぞれの料理に使われている宝石蜜の解析が万全ではないのだ。
どうやら宝石の種類によって蜜の味が違い、その全てに精通していないと、あの秘伝のタレには届かないらしい。
窓の外に光の筋が流れ、星が落ちる。
その煌めきに花々が蕾を開き、夏の夜を艶やかに彩っていた。
テーブルの上には水晶のような透明な鉱石のミルがあって、中に収められた檸檬の宝石がきらきらと輝く。
幸せな夜だった。
事件が終わり、こうして大切な人が取り返しのつかない傷を負うこともなく、出かけて行ったその先の国の未来も明るいかもしれないという予感と共に、伸びやかに和やかにみんなで食卓を囲む。
それはどれだけの安らかさで、どれだけ幸せな事だろう。
甘辛い肉に宝石檸檬の風味がかなり気に入った様子のアルテアは、タジクーシャでの問題解決が長引く事も覚悟の上で、ウィリアムと同じように明日いっぱいまでの時間の猶予があるらしい。
やはり今夜は、リーエンベルクに泊まるのだそうだ。
「そう言えば、今年の夏にはもう一つ厄介な事がありそうなのですよね?」
「ああ、夏夜の宴のことだな。…………ロズル師の遺言なのだ。しっかり備えることとしよう。ただ、これは魔術師しか呼び込まれないものだから、お前は気にかけていなくて良いだろう」
「お前の場合は、無関係でも巻き込まれる確率が高まるばかりだが、夏夜の宴に関しては、可動域で振り落とされるから安心していい」
「なぜでしょう。安心していい筈なのに、釈然としません」
ネアは土筆の可動域にも大きな可能性があると言いたかったが、あまり一般的な感覚ではないようだ。
しかしながら、ある程度のものは踏めば滅ぼせるのだし、歌っても滅びがちではないか。
夏夜の宴は、魔術師たちの祝祭だ。
世界中の魔術師の中から、災いの木と呼ばれる大きな魔術書の木に選ばれた五人から十人くらいのまでの者達が、王冠と呼ばれるものを探して競い合う祭りだ。
残念ながら魔術の理で管理される謎の仕組みなので拒否権はなく、回避したい場合は敢えて魔術階位を下げて、選出基準に満たない状態に自身を調整しなければならない。
会場には、ネアは既に経験済の物語のあわいが使用され、選ばれた者達は物語の中の美しい村や、実際には踏破の叶わない魔物の城などで冒険をする。
それだけを聞けば体験型の冒険本のようで楽しげだが、この世界らしい危うさと物語の作法に則り、そのあわいには悪役も投入されるのだ。
(今年の悪役は、山猫商会か白い魔物、もしくは女魔術師となっているけれど、その全部が出て来てしまったりはしないのだろうか……………)
残念ながらまだ選択範囲が広過ぎるような気がしてしまうのだが、ガレンでは今、ダリルから助言なども貰いつつ、その言葉から拾える世界各地の物語本の、内容確認作業にも追われているらしい。
ガレンにもウィーム領内にも、災いの木に呼ばれてしまいそうな階位の魔術師は多い。
また、アルテアやノアのように、そこで得られる特殊な固有魔術目当てで、自身の擬態の中の一つを、夏夜の宴への参加資格を有する魔術師にしておく人外者も多いのだとか。
ロズル師のような、かつてその宴で王冠を得た事のある者達は、二度目の参加はない代わりに、何となくその年の夏夜の宴がどんなものになるのか分かるのだとか。
だからこそ、あのような遺言を残してくれたのだろう。
「ところで、……………なぜ先程から、皆さんが私をちらちら見るのでしょう?」
「……………今回は安堵からだな。いくらお前でも、今回ばかりは巻き込まれないだろ」
「むむ、そのような事であれば、可動域が上品な魔術師が下剋上的な大無双をして、世界をあっと言わせるのも吝かではありません!」
「……………ネア、残念だが魔術師という肩書きには必要な魔術稼働域の基準があるのだが……………」
「……………ぎゅ、不都合な真実など聞きたくはありません。私を土筆めと侮った魔術師どもをこてんぱんにしたいです」
「ご主人様……………」
「お前、殆ど本気で考えているな?」
「あら、私の可動域は素敵なのですよ?きっと、皆さんをあっと言わせ…」
「選出資格は数値での選定からだ。それが足りないものは絶対的に選ばれない。諦めろ」
「………………むぐぅ」
ネアは、そんな楽しげな催しに参加出来ないだなんてと、悲しい目で伴侶を見上げたが、魔物は優しく微笑んでそっと首を振った。
「君は魔術師ではないから、参加しなくていいんだよ」
「むぐ。………皆をあっと言わせて私を崇めさせた後、エーダリア様の為に、その災いの木とやらから魔術書を毟ってこようと思ったのですが………」
「…………ネア、そう思ってくれたことには感謝するが、魔術書の木は、木そのものが魔術書としての叡智を持っているだけで、魔術書は実らないのだぞ?」
「なぬ?!」
となると、旨味は半減かなと考えたネアは、あなたが魔術書に目が無さすぎるので良くない影響が出始めたとヒルドに叱られているエーダリアを見ながら、バクワを齧る。
(……………あ、でも…………)
「しかし、悪役枠の募集もあるのですよね?」
「え……………」
ネアがそんな事を言えば、魔物達がゆっくりとこちらを見た。
隣のディノはすっかり震え上がってしまっており、ネアの手にしっかりと三つ編みを持たせてくる。
「わーお、そっち?!」
「……………言われてみれば、そちらの選出基準については聞いた事がなかったな」
そう呟き、眉を寄せたウィリアムに、アルテアが首を振る。
「…………恐らく、参加する魔術師達を襲うべき理由のある者達だ。その役割に値しなければ選ばれる筈もない。魔術の畑で競うとなれば、どちらにせよ、こいつが選ばれる事はないだろう」
「むぅ、鼻持ちならないきっと名家の生まれに違いなく、自分の利益の為なら弱者の願いを嘲笑い踏み躙る事も厭わない魔術師達めをくしゃりとやる事も出来ないのですか……………」
「……………待ってくれ。お前の、その魔術師への偏見はなぜなのだ…………」
「むぅ。物語で悪役に配置される方々の特徴なのですが……………」
「ほお、配役が逆転しているぞ。お前が悪役になるんじゃなかったのか?」
「……………まぁ、いつの間に…………」
目をぱちくりさせ、ネアは、それでは本末転倒であると悪役も諦める事にした。
選ばれた魔術師達が主人公的な真っ当な理由を持つ参加者であれば、その願いを踏み躙る側にはなりたくない。
だが、前回の夏夜の宴で王冠を得た者が、とんでもない術式で人間を食べてしまう花を育てており、故郷の村を全滅させた人物と聞いて首を傾げる。
「…………ニケ王子も、過去の参加者だ。その年は王冠を得た者が明かされなかったが………」
「他の参加者は知っているか?」
アルテアに尋ねられたエーダリアは、ネアの知らない異国の魔術師達の名前を挙げた。
ネアとしてやはり、主人公枠のその参加者の中に、死霊魔術を扱う虐殺のロビンという人物がいるのがとても解せない。
「…………それならやはり、勝者はそいつだな。他の魔術師では役足らずだ」
「むむ、勝者が分からないという場合もあるのですね……………」
「命を狙われる可能性は高いにせよ、王冠を得たものが願いを叶えるだけのものだからな。参加者全員が組んで王冠を得た事もある」
そんな話をしていると、ウィリアムが小さく唸った。
「…………災いの木を伐採しておくか?」
「やめろ。人間の文化の魔術の進歩が止まりかねないぞ。あれは、特定の魔術の分野に危険な停滞兆候が出ると現れるものだろうが」
「それさえなければなんだけどなぁ。…………取り敢えず、巻き込まれた時用に手は打っておこうか」
「ネア、紐で繋いでおこうか」
「…………やっとタジクーシャの一件が解決したばかりなのに、私の日常生活が死んでしまいます」
ネアが慌ててそう言い募れば、なぜかアルテアが、艶やかに魔物らしい企みの微笑みを浮かべた。
「置き換えの魔術を残しておいてやる。お前が選ばれたら、それが発動するようにしておけばいいだろう」
「………………ありゃ。その選出率の上げ方ずるくない?僕も一度は参加したいんだけど!」
「私利私欲の為に争い出した二人はさて置き、ふと気付いたのですが、寧ろ、私よりエーダリア様が巻き込まれる危険があるのでは…………」
ネアはそう尋ねたが、エーダリアはどこか残念そうな面持ちで首を横に振った。
「私は、既に参加経験済みだ。しかしその時は、誰かが開始二時間で王冠を手に入れてしまい、殆ど何も出来ないままだった。とは言え、その年のイブメリアの直前のことだったからな。短く済んで良かったのだろう」
「ほわ、参加済みでした。…………そして、エーダリア様は置き換えの魔術を使わなかったのですね?」
「ああ。ダリルとしか結んでいなかったからな。魔術師の選出枠は人間に限られる。私とダリルの置き換えは適用出来なかったのだ。…………王冠を得られれば、是非に真理を追究してみたかった魔術式があったのだが…………」
「エーダリア様?」
「ヒルド…………、その、………すまなかった」
ヒルドに叱られたエーダリアがしょんぼりすると、俄かに室内の空気は重たいものになった。
何しろ、可能性は低くとももしかするとご主人様と引き離されるかもしれない魔物と、災いの木を伐採出来ない魔物、参加者枠を争う魔物達、かつて王冠を取り損ねた人間と、ちょっと嫌な予感に表情を曇らせた妖精の集まりなのだ。
(こ、これはいけない…………!)
せっかくの打ち上げなのにと、ネアはとても焦った。
「の、飲みますよ!今夜は無礼講の狂乱の宴の、どんちゃん騒ぎです!!」
かくして、何とか打ち上げを盛り上げようとした人間の奮闘により、その夜はとても賑やかな、そして激しいお風呂戦争の夜となるのだった。




