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夏風の精霊と市場の事件簿




ウィームでその日に起きた事件は、決して一つではなかっただろう。


夏告げの舞踏会が終わり、夏の系譜の者達が活発になるこの季節からは、ウィームでもなかなか手強い事件や事故が多発する。


夏の系譜の中には元々感情を昂らせやすい者達が多く、自分たちの季節の到来に荒ぶる。

そのような季節なのだ。


そして、尊い串揚げを巡る凄惨な事件もまた、幕を開けたばかりであった。




「………………私は、この精霊を殺せばいいのでしょうか」



しんと静まり返った市場の一画に、そんな言葉が響いたのは、とある雨の日のウィーム中央市場でのことであった。



「殺すのはやめてくれ。まだ話し合いでどうにでもなるだろう…………」

「なぜ僕が、こんな醜い灰色の小娘に謝罪をしなければならないのだ。おまけに、高位の魔物の伴侶だと?夏告げでは見かけなかったぞ」

「…………盗っ人めが、大はしゃぎでこの有様です。食べ物を手に入れるのに、お金を支払うという子供ですら分かる事を出来ないお馬鹿さんですので、もはや生きていても意味はないと思います」

「……………っ、落ち着いてくれ!」



本日、このウィームの市場で最初に起きた事件は、こちらの事件ではなかった。


先に起きた恐ろしい事件については現在魔物達が対処しており、仕事で街に出たついでに視察で市場を訪れたエーダリアと、そんな領主と合流したばかりのネアは、食事用のテーブルスペースでディノとノアを待っていたところであった。


しかし、そこを訪れ、よりにもよって狩りの女王の手から揚げたてほかほかの串揚げを奪う精霊がいたのだ。



魔物達が戻るまで、ネアとエーダリアはここから動けない。


万全の守護が敷かれたのはテーブルを囲む僅かな領域のみであり、魔物達は現在、背後で狂乱した巨大ハムと涙ながらに戦っている。


通行人がお店の商品棚から落とし、気付かないまま放置されたハムの塊が、あまりにも惨い運命ではないかと大暴れしているのだ。



がしゃん、わしゃんと激しい物音が響く市場の外のハム戦場が気になるのか、ネア達に付き添っていてくれる赤い髪の男は、呆れた様子で肩を竦める。


紐で縛られた塊ハムが吠え、魔物達との交戦で千切れ飛ぶハムを、お皿を持っていただきに来ている生き物達も沢山いるので、確かにそちらもお祭りかなというくらいには盛り上がっているようだ。



「精霊なんぞ放っておけ。後でお前の魔物達にこの話をすれば、簡単に滅ぼすだろうしな。串揚げなら、俺が買い直してきてやる」

「……………いいのですか、バンルさん。こやつめは、私のお皿から串揚げを奪う際に、気付いて止めようとしたエーダリア様の手を、ばちんと叩いたのですよ?」

「そうか。殺すぞ」

「うむ」

「……………バンル?!」



勿論、魔物達もネア達だけをこの場に残しては行かなかった。


たまたま市場に来ていた二人の人外者が、臨時のお守りとしてその任務を預けられており、その一人がウィームの手袋専門店のオーナーであるバンルであった。


そしてもう一人の男性も、既にその手には愛用の大剣を握っている。


「そうだな。この精霊は殺しておいた方が良さそうだ」

「…………止めてはいただけないだろうか」

「私が代わりに滅ぼしてもいいのだが、それでは、ごしゅ……………彼女の怒りは収まらないだろう。万が一にでも怪我などがないように、俺が万全の備えで後方支援しよう」

「………………ノアベルト、早く帰ってきてくれ!」



こちらは元々武闘派であったらしいリドワーンに蒼白になったエーダリアを一瞥し、ネアはふすんと息を吐く。


節約中のお小遣いから悩んで買い上げた串揚げくらいならまだ我慢も出来た可能性が一割くらいはあるが、目の前の青年は、自分を止めようとしたと、エーダリアにも難癖をつけているのである。


ここはもう、串揚げ盗難を掲げてエーダリアは安全圏に逃しつつ、この精霊は消しておくしかないではないか。


幸い、この精霊に愛されている者はここにはいないので、素早く滅ぼせば呪いなども残らないだろう。



(偶然絡まれただけにも思えるけれど、後々、ここでの事が禍根になっても嫌だから、後腐れなく滅ぼしておいた方がいいに違いない……………)


臨時護衛のリドワーンが補佐官のように報告を上げてくれた内容によると、この青年は夏風の精霊の貴族で、ウィームでは特に誰かと契約している様子はないそうだ。


それならば、ひっそり姿を消しても、困る人もいないに違いない。

最近、タジクーシャ絡みでちょっとした事にとても敏感になっている人間は、疑わしきは滅ぼせな気分なのである。



決して、少し奮発して買った串揚げの恨みではないのだ。



「……………よりにもよって、少し割高な香辛料ピリ辛海老串を奪うだなんて、よほどの怖いもの知らずですね」

「簡単には殺さないぞ。まずは、腕か足からだな」

「バンルさん、下がっていて下さいね。まずはぷかぷか浮かぶこやつを、どうにかして動けなくしましょう」

「それであれば、俺が引き摺り落としましょう。どうぞ、そう命じて下さい」

「ふむ。浮かばないように出来ますか?」

「勿論です」



じゃきんと剣を構えたリドワーンは、とても晴れ晴れとした笑顔を浮かべている。

バンルは、まずはこちらに任せると言ってから、精霊に打たれたエーダリアの手を診ているようだ。


なかなか過保護な領民に、しっかりと手を検分されているエーダリアは、困惑したように眉を寄せていた。


「バンル、私とて守護があるのだ。この程度では、怪我などしない」

「…………ほお、これは守護がないと片手を失いかねなかった打撃ですね。やっぱり殺しましょう」

「バンル?!」

「あなたは、この土地の大事な方だ。リドワーン、その青いのは輪切りにしてやれ」

「悪いが、ネア様の指示にない事は出来ない。まずは、地面に引き摺り落とす事からだ」




ネア達の周囲には、今や、熱心なウィーム領主の支持者達などがひたひたと歩み寄り人の輪を作り上げていた。


賢明な領民達は、野次馬のように振る舞いこれが包囲網であることを明かしはしていないが、ウィームの領民らしくひっそりと微笑みながらも、目ではこの精霊を生かしては帰さないと語っている。


ネアは、よりにもよって、最もエーダリアの支持者が多いこのような場所で、ばしんと音がするくらいの勢いでその手を払いのけた精霊の愚かさを思った。



そして、同じ夏の系譜となるらしいリドワーンは、自分の技量が生きる場面である事にとてもうきうきしている。


他に大喜びの理由など一つもない筈なので、ウィームではあまりない得意領域での戦闘が嬉しいのだろう。



「ふん、こんな醜い小娘に踊らされるとは、竜のようだが余程に階位が低いのだろう。どちらも主軸ではなくとも夏の系譜のようだが、僕の名前を知らないのか」

「残念ながら、礼儀も育っていない若造の名前までを、わざわざ覚えてやる程に暇ではないんでな」

「………………小鳥のように儚い下位の魔物のくせに、礼儀を知らないのはどちらだ。僕に殺されたいらしい」



そこで、色だけは綺麗な青い髪の青年は、標的をバンルに切り替えたらしい。


ネアは、元は高位の竜とは言え、今は下位の魔物の体を持つバンルの事を案じてしまったが、どうやら杞憂だったようだ。



ずばんと物凄い音がしたかと思えば、青年の体がいつの間にか地面に叩きつけられている。



何が起きたのか分からなかったのだろう。


これまた色は綺麗な水色の瞳を瞠った青年は、続けざまに今度はリドワーンが振り下ろした剣戟を避けようと体を捻り、剣を素早く持ち替えたリドワーンに背後から容赦のない一撃を与えられている。



「…………愚か者め。ネア様、血で市場を汚さないように、背骨を折っておきました」

「まぁ、リドワーンさんはさすがですね!ディノ達が戻ってきたら、ここで美味しいカムカム茶をいただきますので、確かに汚れては困るのです」

「…………お褒めに与り、光栄です」


ネアが褒めた事で嬉しそうに目元を染めたリドワーンに対し、目を輝かせたエーダリアから、どうやって自分よりも高位の精霊を簡単に投げ倒したのかと尋ねられているバンルも嬉しそうだ。



「…………さて、動けなくなったところで、消滅の手続きに移りましょう」

「……………っ、小娘め、」



ネアが、ここはもうきりんかなとポケットに手を入れようとした時の事だった。


実は自信に見合っただけの力を持っていたらしい精霊の青年は、ざっと風を凝らせて防壁を立ち上げると、折られた背骨を素早く治癒したらしい。



本来であれば、その動きの機敏さにひやりとするべき場面だったに違いない。



「みぎゃ?!」



しかし、近くにいた唯一の女性だったことで、スカートが捲れてしまったネアは、それどころではなかった。


慌てて両手でスカートを押さえ、淑女に何とも残虐な仕打ちをした目の前の精霊への憎しみを滾らせる。




「………………おのれ、よくも私に恥ずかしい思いをさせましたね。ゆるすまじ」



地を這うような怨嗟の声を上げたネアは、さっと首飾りから取り出したぺらぺらしたものを、ばしんと精霊に向けて振り下ろした。



「浅慮だな。そんな…………っ?!」


風の防壁を立ち上げていたので、そんなぺらぺらが届くとは思っていなかったのだろう。

だがそれは、残念ながら狩りたての新鮮なカワセミだったのだ。


ぺらぺらリボンにしか思えない青いものが、しゅばっと風を切り裂き、ばちんと精霊の頬を打つ。

対人外者用の防具にも使われるカワセミは、使いようによっては武器にもなるのだった。



「………………貴様」


赤くなった頬に片手を当て、憤怒の眼差してこちらを見た精霊が次に見たのは、己の爪先を滅ぼす事になる足がだしんと踏み下ろされる瞬間だったのかもしれない。


己がとてもか弱いことを自覚している人間は、勿論、ある程度の階位にはあるに違いない精霊に、反撃を許すような隙を与えるつもりはなかったのだ。



ぎゃーと鋭い悲鳴が上がり、青年は再び地面に蹲った。


しかし、息の根を止める追加の一撃を加えようとしたネアは、後ろに立った何者かにふわりと持ち上げられてしまう。



「むぐる?!」

「……………ネア、どうして精霊なんか踏んでいるんだい?」



攻撃を止められて怒り狂うネアが振り返れば、そこには、漸く巨大ハムを倒したものか、戻ってきたばかりの伴侶な魔物の姿があるではないか。


目を離した隙に伴侶が精霊の爪先を踏んでいたからか、その水紺色の瞳には僅かばかりの責めるような色がある。



「ディノ!こやつめは、わたしの串揚げを奪い、エーダリア様をばしんと叩いたのですよ!」

「おや、バンルとリドワーンがいたのにかい?」

「ぶわっときて一瞬の事だったのです。そしてこちらのお二人は、その精霊めが串揚げを奪うべくぽいっと捨てていった、鹿の祟りものを滅ぼしてもいました」

「…………ふうん。君がいた場所に、祟りものを持ち込んだのだね」



そう呟いたディノの声はとても穏やかだったが、この魔物はネアにとっての市場がどれだけ大切なのかを、リドワーン以上に熟知しているのだ。


淡く微笑んではいるが、温度の低い眼差しで見下ろされ、青い髪の精霊はぐっと声を詰まらせるような音を立てた。


かたかたと震え出したところを見ると、どうやら擬態はしていてもこの魔物は精神圧をかけているようだ。



「……………壊してしまうかい?」

「ディノ達が見て、その必要がなければそのままでもいいのですが、私の食べ物を奪い、エーダリア様に悪さをしたので、生きて帰さない方がいいのかもしれません」

「ああ、君は、そのようにして繋がる魔術が心配だったのだね?」

「ふぁい。そして、純粋に怒っています」

「うん。君を悲しませたものだから、これは壊してしまおう」



ディノがそう言えば、水色の瞳を瞠った精霊は、恐怖より怒りが勝ったものか、ぎりりっと歯噛みする。


その手が持ち上がりかけたのを見て、ネアは、ポケットの中に潜ませていた小玉をばしんと投げつけた。



ぎゃーとまたしても悲鳴が上がり、青い髪の精霊はぱたりと倒れる。


おおっと周囲から声が上がり、バンルは微笑んで頷いた。



「いい投球だな。どれ、動かないようにしておくか」

「む、バンルさん、そやつに投げたべたべたに触れないようにして下さいね」

「…………お、これだな。触らんようにしておこう」

「……………素晴らしい」

「おい、感涙していないで手伝えよ」

「同じ竜なのに、なぜこの尊さが分からないのか…………」

「いや、俺とお前とは宗派が違うからな」



バンルとリドワーンのそんなやり取りを聞きながら、ネアは宗派とは何だろうと首を傾げた。

どうやら竜にも、それぞれの種族ごとの信仰があるのかもしれない。


ネアが首を傾げている間、ディノは、ご主人様は何を投げてしまったのだろうと、一生懸命にネアの手を調べていている。



「……………もしかして、この前作っていた香辛料のものかい?」

「はい!まだ試作段階でしたが、精霊は滅ぼせると分かりました。…………とは言えまだ息はあるようなので、次回に作る時には致死効果を付与出来るように頑張りますね」

「致死効果…………も必要なのだね」



困惑した様子でそう尋ねたディノに、ネアは暗い目で頷いた。


「執念深いものもいますので、一撃で仕留めないと危ないですからね」

「うん………………」



ネアが投げつけたのは、痺れ玉という命名をした特別な香辛料を詰めたものだ。


ピラリカと呼ばれるその香辛料は、特殊な毒を持つサボテンのような植物の花から作られるもので、その特性からウィームでは食用としての認可は下りていない。


この毒は、ほんの一瞬だがかくんと体の力が抜けてしまうという効果があり、なぜかそんな危険を好んでしまう砂漠の方の人々は、美味しい串焼きやスープなどに好んで入れる。


一説には、酒の酔いの効果と同じようなものとして受け入れられているとの事であったが、ウィームでこの香辛料が禁じられているのは、香辛料のくせに二日ほどで食用に適さなくなるからだ。


ピラリカは、古くなると、かくんと力が抜けるどころか触れただけの相手を昏倒させる恐ろしい効果を持つ毒になるので、国によっては暗殺用の麻痺毒として使われている。


特に恐ろしいのは、香辛料な時にはぴりりと舌を痺れさせる刺激が、ぶすりと刺されたようなとんでもない痛みに変わることなのだとか。


とは言え、加算の銀器で百倍にしても致死域にはなっていなかったので、今後も改良の余地はありそうだ。



(でも、これならもう、ダリルさんに渡しても平気そうだわ……………)



そんな劇物をネアが持っているのには勿論理由があって、投擲型の武器の開発に定評のあるネアに、最近ピラリカを大量に入手出来る伝手を得たばかりのダリルから、ピラリカを使った武器開発の依頼が入ったのだ。


実はこの毒物、香辛料としての劣化の早さからもわかるように、毒としての効果や成分も壊れるのがとても早い。


空気に晒しておくと数秒で無害な植物性の粉になってしまうので、汎用性がとても低いのだ。



(ぱちんと弾けるおやつゼリーを応用して、強く投げつけると破れる皮に包んで、投げつけた相手にべったりと張り付く。…………ふむ。思った通りの使い方が出来そうだわ…………)



なお、食用のものではないので皮部分には特定の力を加えないと破裂しないよう魔術をかけた鯨の皮を使い、美味しいゼリーの代わりに、その部分にはべたべた露という恐ろしいものが使われている。


べたべた露は、夜明けに見られる精霊の涙の一種で、朝露かなと指先で触れてしまうと、その水滴は、べたべたぬちゃぬちゃして手から剥がれなくなるという、ひたすらに嫌がらせに特化した代物だ。


べたべた露を残してゆく精霊そのものは、美しい乙女の姿をした夜露の精霊であるそうで、夜露より需要の多い朝露の系譜を呪い、そんな涙を流すのだとか。



幸い、鉄製のものには付着しないので、鉄のスプーンを使って丸く加工した鯨の皮袋の中に詰め込み、たっぷり劇薬香辛料を混ぜてある。

袋を密閉してしまえば劣化もしないし、投げつけても飛散しない素敵な投擲武器の完成である。




「わーお、僕の妹が、とうとうあの邪悪な武器を実用化したぞ……………」

「ノア!成功しましたよ。これで、エーダリア様に持たせる新しい武器を、ダリルさんに納品出来ます」

「わ、私が使うのか……………?」

「はい。これなら、魔術が使えなくても扱えますし、一瞬で黙らせるので騒ぎにもなりません。ダリルさんの最終確認を経てからですが、実用化を楽しみにしていて下さいね」

「……………あ、ああ」



エーダリアはとても慄いていたが、その話を聞いたバンルはにこやかな笑顔になる。


因みに、こうして公の場で新開発の武器の話をしていても、周囲からはべたべた露を投げつけられたようにしか見えないし、魔術を必要としないこの武器は、物理的にしか防ぎようがないものなので構わないのだ。




「ノア、ハムの討伐は終わったのですか?」

「…………えーっと、水路の方に逃げたから、今は街の騎士達に託しているかな」

「なぬ。取り逃がしてしまったのですね…………」


ネアがそう言えば、魔物達は悲しげにぺそりとうな垂れた。

よく見れば、その髪は若干乱れている。




「ディノ、疲れましたよね。カムカム茶を……………」


苦手な生き物だったのかなと気持ちを切り替えたネアは、巨大ハムは騎士達に任せる事にし、お疲れな伴侶を労おうとした。


しかし、そんな伴侶は、縛り上げられてどこかに運ばれてゆく青い髪の青年を困惑したように見ている。



「……………バンル達が、処理するのだそうだ」

「むむ、そちらに回収されてしまうのですね……………」

「今回は市場で起きた事件なので、そちらで処分となるらしいよ。これを貰ったのだけど、使うかい?」

「まぁ!お詫び券です。貰ってしまっていいのですか?」



ディノが差し出したものを見て、ネアは喜びに弾んだ。


ウィームの市場でお詫び用に配られている、商品券ではないか。

しかも、表記されている金額は、失った串揚げの五本分に相当する。



「ああ、市場で起きた事件の解決に尽力して貰った形になるからな。あんな精霊にあちこちの店を荒らされたりしたら事だった」



そう微笑んだ元夏闇の竜は、ウィームの商工会議所のお偉いさんでもあるのだった。

近くにある店々の店主達も、その通りであると微笑んで頷いてくれているが、その眼差しは大切な領主に手を上げた愚かな精霊への怒りにぎらりと煌めく。


すんと背筋が寒くなり、ネアはいただいた商品券を手にきりりと頷いた。



(危ない…………。もし、エーダリア様が怪我でもしていたら、あの精霊を捕まえた店主さん達が、ここに処刑台くらい作りかねなかった…………)



とは言え、問題の精霊はそちらに引き取られていったので、結果としては同じなのかもしれない。




「こちらの会でも引き取りを希望したのですが、今回は場所が市場でしたからね」

「わーお、会で獲物の取り合いだ………」

「かいなどありません………………」

「一つは分かるが、もう一つは市場の組合のことだろうか……………」

「おのれ、一般人ぶるのをやめるのだ」

「ネア……………?」




柔らかな雨の降るその日、ウィームの中央市場では、領主を襲撃したという精霊が駆除されたらしい。


犯人の捕縛に貢献したリーエンベルクの歌乞いには謝礼がなされ、各店舗の店主達はその勇敢な行いを讃えて、チーズやら氷菓子などを無償で振る舞ったのだとか。



なお、街の水路に逃げ出した巨大ハムの討伐はなかなかに手こずり、見聞の魔物の友人である白い雛玉が現れて華麗に倒していった。



大きなハムをお腹いっぱいに食べて喜び弾む雛玉は、甘い百合の香りのする美しい男性が、大切そうに抱いて連れて帰ったのだそうだ。









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