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踊り狂いの夜と林檎のケーキ




「ふえっく、……も、もう限界でふ」

「まだ動けるなら、こっちに来い。誰のせいで俺まで付き合わせられていると思っているんだ。逃げて済むと思うなよ」

「ぐすん。既にもう、恋の踊りなどとは思えないくらいに、よれよれではないですか…………。充分に力尽きていまふ」

「立っていられるなら、まだまだだな…………」

「そ、そちらは交代制なのに!」



そう嘆きの声を上げたネアは、現在、踊り狂いの精霊から受けてしまった招待のせいで、延々と恋の踊りを続ける羽目になっている。


ネアが慣れ親しんだ舞踏会のダンスには基準を満たさないものもあり、新しいものを覚える羽目になったのは、よりにもよって今回のテーマは恋のダンスだからであった。


そもそもその種のものをあまり知らないネアはまず、舞踏会用のダンスの中でも、こちらの世界では恋人達のものだとされるものを教えて貰いながら踊り始めた。


踊り始めには尊厳も思考の明瞭さもあったので、元々知っているワルツだけで踊り続けると、動きが単調で飽きるのではないかと、せっかくなので新しいダンスの勉強会にもしていたのだ。



然し乍ら、そんなダンスに必要な情緒は、もう失われて久しい。



「ふぇっく。アルテアさんのリードには、介護の心が足りません」

「磨耗しないままだと、永遠に踊る羽目になるのはお前だぞ」

「ぎゃ!」



いくら安全な屋内で親しい人達と踊って済むようになったとは言え、この仕打ちはあまりにも過酷ではないだろうか。

今のネアが魔術を扱えれば、踊り狂いの精霊達をこの世界から駆逐しただろう。



こつこつと、大広間の扉を誰ががノックした。


振り返れば、そこに立っていたのはエーダリア達だ。

エーダリアはまず、休憩所として置かれた長椅子に伸びている魔物を一瞥し、顔色を悪くする。



「……………まだやっていたのか。こちらに届いた宝石妖精の残骸の調査が終わったので、少しアルテアを借りても構わないか?」

「ディノは、恋のダンスの意味に早くも儚くなってしまったのですが、そうなると誰が私と踊ってくれるのですか?私の膝の為にも、出来るだけ体重を支えてくれる人が良いのです…………」

「おや、では私がお相手しましょう。エーダリア様、後でアルテア様の意見を共有して下さい」

「ヒルド……………」

「わーお、先を越されたんだけど、いっそここで会議する?」



そんなやり取りを聞きながら、ネアは、膝に手を当てて前屈みになる陸上競技を終えたばかりの選手スタイルでぜいぜいしている。


ターンのところでアルテアが体ごと持ち上げてくれなければ、弱体化した膝は自力で体を支えられず、ネアは横に吹き飛んでいたに違いない。



(力尽きるって何だろう…………)



これはもう、充分に力尽きているのではなかろうか。

寧ろ、力尽き度合いとしては最上級に力尽きている気分そのものである。

それなのに、身に受けた魔術はまだその判定を下してくれない。


アルテアの言葉のように立てているのが問題であれば、ぱたんと倒れるまでという事なのかもしれない。


とは言え、この石床に倒れるとなると、各所の打撲などの覚悟が必要となる。

ネアはとても我が儘な人間なので、それはそれで嫌なのだ。



「…………ネア様、しっかり支えていますから、体ごと預けていただいて構いませんよ」

「…………ふぁい。お仕事で疲れているヒルドさんに、ご迷惑をおかけします。ダンスなら満更でもないのではと一瞬でも思ってしまった、愚かな二時間前の自分を呪いたいです…………」



ネアは、へなへなかくりとヒルドに歩み寄り、腰を支えてもらってふわりと持ち上げられてしっかりとヒルドに掴まった。


不幸中の幸いだが、恋の踊りの指定があったお陰で、女性は男性にくたりともたれかかり、ゆっくりと体を揺らすような曲目があった事を感謝せざるを得ない。


だが、それでも相手と体を寄せて立ち、音楽に合わせて動くにはそれなりの筋力と気力が必要なのだった。




「うーん、ふと思ったんだけど、指定が恋の踊りに分類されるなら、他の受け取り方も出来るよね?女性側はもう少し楽なものもあるんじゃないかな」

「…………ネイ?」

「ごめんなさい……………」



ノアは何やら別案を挙げたらしいが、低い声で名前を呼んだヒルドに慌てて謝っている。

ネアとしては、最早頭を使うような他の方法を試す余力などなく、一刻も早く力尽きたという条件を満たしたくて堪らない。


だが、とても辛いという状況と力尽きるという状況は、今のところ決して比例しないのだ。


悲しい事に、膝ががくがくして死ぬ程辛くても、ネアはまだぱたりと倒れて動けなくなるという状況には陥っていないのである。



ここで打ち合わせをとノアは提案していたが、ダリルからの連絡はエーダリアの執務室に入るのでという理由から、一度そちらに向かう事になったようだ。


アルテアからは、戻ったら続きをするぞと言われたので、ヒルドと入れ替えでまた踊ってくれるのだろう。



「だがしかし、私としてはアルテアさんが戻る前に力尽きていたいのです…………」

「魔術で少し負担を軽減しておりますが、………力尽きるという状態になる必要もあるのが、難点ですね」

「…………ふぁい。単純に朝までとかであれば、幾らでも魔術で元気にして貰えたのですが……………」

「ですが、このような状況のネア様を、あの精霊達に預ける事にならなくて安心しました。恐らく、いつもあのご老人に打ち負かされているので、今年は勝てそうな相手を獲物として探したのでしょう」

「……………ぎゅ。アルテアさんからは、私の可動域の低さに目を付けられたと言われました」

「加えて、ネア様は可愛らしいですからね。踊り狂いの精霊達にも、魅力的に映ったのでしょう」

「くすん…………。ヒルドさん…………」



優しい言葉に少しだけ元気を貰い、ネアは魔物達に比べると華奢に思えるが、ぐしゃりと寄りかかってもびくともしないヒルドの力強さにふすんと息を吐く。


べったりもたれかかるので、淑女としての威厳は粉々だが、最早介護として認識していただきたいと思う次第だ。



「ファルゴのような、体を絡ませる踊りであれば、もう少し体重そのものを支えて差し上げられますが、上半身はそれなりに筋力を使いますからね…………」

「ふぁるご……………」

「膝がお辛いようでしたら、一度試してみますか?」

「ふぁい………………」



一曲目はゆったりとしたワルツで終え、二曲目にヒルドが教えてくれたそのダンスは、ヴェルリアの市井や、南方の海沿いの国々で愛されるタンゴのようなダンスであった。


そのような踊りをヒルドが踊れるのも意外であったが、ネアはそもそも、体を絡ませる為に片足を持ち上げる力も残っておらず、どすんと体当たりするだけのような不恰好な動きしか出来ない自分に絶望する。



「……………ぎゅ、ヒルドさんに攻撃をしているのではありません……………」

「お可愛らしいですよ。失礼、手を添えても?」

「ふぁい。もう、一曲稼ぐ為であれば何とでもして下さい………………」



ヒルドの未だ盛装姿の胸元に顔を埋めると、清廉な森と湖の香りが心地よい。

意識が朦朧としていたネアはうっかりくんくんしてしまい、はっと我に返った後に己のあんまりな行為にさっと青ざめる。


そろりと顔を上げると、残念ながらヒルドはこちらを見ていたので、勿論匂いを嗅いでしまったところも見られていただろう。



「ヒルドさんをくんくんしましたが、ちじょではありません…………」

「おや、お好きなだけどうぞ」

「…………………か、香りによる癒し効果を得ただけです。ちじょではないのです」

「気に入っていただけたのなら、私としては嬉しいですよ。………おっと、足で支えさせていただきますよ」

「…………むぐ。とても艶かしいダンスですが、この、ヒルドさんに乗っかれるパートが唯一の休憩時間に思えてきました…………」



恥じらいなどという言葉は、介護の現場では不要なものだ。

ネアが素直にそう言えば、ヒルドは優しく微笑んで幾らでもと言ってくれる。


なお、ネアが力尽きるまで同じように酷使されている音楽の小箱だが、こちらは最大一週間は演奏し続けられるので、未だ疲れは見えてこない。



(目が霞んできた……………)



額には汗が滲み、首や肩はばきばきである。

ふっと耳元に落ちるヒルドの息の温度に、耳元に口づけが触れた。



「…………こうして、夏至祭に私の耳飾りを着けたあなたと踊れるのは、妖精としてはこの上ない幸福ですね」

「……………せ、せめて、ヒルドさんが喜んでくれて良かったです」



瑠璃色の瞳を煌めかせて微笑むヒルドの美しさに、ネアはほんの少し救われる思いがした。


タジクーシャの一件が思わぬ深さと執拗さを見せている今、ヒルドがその責任を感じていないかとても心配だったのだ。



(確か、夏至祭の夜は、妖精さん達は大切な人達と踊り明かすのだ……………)



けれど、一族を失ったヒルドには、その喜びは得られない。

であれば踊り狂いの精霊にしてやられた惨めさも、ここで大切な家族の糧になれば幸いではないか。



「こうして良い思いをさせていただいておりますので、また今度妖精の粉を差し上げましょうね」

「…………こ、こな!」

「その代わり、くれぐれも、市販のもの以外では他の妖精のものを口にされませんよう」

「ほこりとゼノの食べ歩き結果でも、ヒルドさんの粉のように美味しくはないようなので、私はヒルドさんのお粉で充分です………。じゅるり…………」



ふっと微笑んだヒルドが、すいっと体の後ろに回した指先にきらきら光る妖精の粉をつけて、ネアの唇にそっと触れてくれた。


体はよれよれでも食欲はあったようで、そんな甘い粉をまぶして貰った唇をもぎゅもぎゅしたネアは、疲労回復には上質な糖分であると幸せに頬を緩めた。



「美味しいれふ…………」

「どうぞ、皆には内密に。ただし、ディノ様にはきちんとご報告されて下さい。妖精の粉の扱いは、誤解をされやすいものでもありますから」

「妖精の粉には、あまり品質の良くないものもあるのですよね。ディノから、生き物のものなので、ヒルドさん以外の妖精さんからは貰ってはいけないと言われています。衛生面の問題があるのでしょうか…………」

「……………衛生面、かもしれませんね。体を壊してはいけませんから、ディノ様のお言葉を守られますよう」



しっかりと支えられ、ゆったりとしたターンがある。


タンゴよりは緩やかな曲調だが、物悲しく艶やかな旋律はどこか異国めいた響きが胸を打った。

首筋に添えられた手のひらの温度が、ひんやりとしていて気持ちいい。

踊り疲れた体に、ヒルドの清涼な湖の気配が染み入るようだ。



やがて、心にじんわりと残るような美しく悲しい音楽が途切れ、ヒルドが淡く微笑んだ。



「………ネア様に回復の魔術を用いる事が出来れば、一晩でもご一緒出来るところですが、次の曲は出来るだけ体を動かさないものにした方が良さそうですね」

「……………むぐ?!ね、寝てません!」

「そのまま、体を預けていて下さい。………力が入り難いのは、左の膝ですね」

「こ、こやつが先に死んだのです。左右均一に磨耗してくれれば、力尽きる度合いが順調に進んだかもしれないのですが…………」



優雅に揺蕩うピアノとバイオリンの調べに、ネアは優しい森と湖のシーに大事に抱えられて踊っていた。


さらりと揺れる孔雀色の艶やかな髪に、こちらを見下ろす美しい瞳は本人の言葉通りに幸福そうだ。



(本当は、私とだけではなくて、エーダリア様やノアとも踊りたいのかもしれない…………)



家族で楽しく踊れるのならば、きっとヒルドは喜ぶだろう。

そう考えたネアは、来年は夏至祭で妖精達がよく輪になって踊っているあのダンスを調べておき、リーエンベルクでも同じような事を試してみようと、稼働率の低い頭で必死に考えた。



「ヒルドさん、…………来年も踊りましょうね」

「………………ええ。嬉しい約束ですね」



なのでとそう言えば、ヒルドは僅かに目を瞠った後、髪色の青緑と淡い菫色の素晴らしい羽をゆっくりと光らせた。


今も尚夏至祭仕様の深い森の中のような大広間で、僅かに羽を広げた美しい妖精と踊る時間は、ネアの膝が死んでさえいなければきっと素敵な思い出になっただろう。



「………………ふぐ。次は……」

「残念ながら、戻られたようです。次は、ネイに託すのが良いでしょう」

「ふぁい。ノアに容赦なく乗っかります」


ネアがそう言えば、ヒルドは艶やかに微笑むと、いつの間にかこの大広間に戻ってきたものか、直立の難しいネアをノアに預けて優雅に一礼する。



「さて、次は僕だよ。しっかり支えるから安心して体を預けてくれるかい?」

「ふぐ。ノアに介護して貰いまふ」

「え、介護よりは恋のダンスがいいなぁ」

「肩に掴まる力が失われてきましたので、もはや手を縛って引っ掛けておいて欲しいのです…………」

「わーお、ダンスは猟奇的じゃない方がいいなぁ」

「み、右膝を殺せば、きっと力尽きた対象になる筈なので……………」



一向に終わらないので、そろそろ睡眠時間の行方が気になり、ネアは家族枠極まれりなノアだからか、めそめそしてしまった。


くすりと微笑む気配がして、おでこに柔らかな口づけが落とされる。



「僕の可愛い妹をこんな風に苦しめるあの精霊達は、来年からは二度と近付けさせないって誓うよ。………さて、アルテアが痺れを切らすまでは、僕と踊ろうか」

「……………右膝よ滅びるのだ」

「己の肉体を呪い始めたぞ…………」



ノアは踊っている間中、しっかりとネアの左膝を労ってくれた。

お互いに離れて踊ることもあるパートのない曲を選んでくれ、とても軽やかにそして的確に負担を軽減しつつ磨耗もさせてくれる。



「ふぇっく。…………なぜまだ立てるのでしょう。もう、次のターンでぶんと放り投げて下さい」

「まさか。僕の大事な女の子にそんな事はしないよ。それにしても、人間の体は思っていたより頑張るなぁ…………」

「こんな所で、思わぬ底力など欲しくはありませんでした!なぜ左膝が回復しつつあるのだ!!」

「おっと、落ち着いてネア。ほら、生き返ったシルが心配してるから」

「……………ふぐ、ディノはやっと生き返ったのです?」



ノアと踊ったのは三曲だったが、疲労困憊したネアにとっては、もっと長い時間に思えた。



(左手はもう、重いような鈍痛を通り越して、ちょっぴり麻痺してきたかもしれない……………)



どうしてこんな目に遭わなければいけないのだろうと考えかけ、ネアはあの時に踊り狂い精霊からの手紙を読んでしまった事を、一時間ぶりくらいにもう一度後悔し始めた。



(あの時、…………少し油断してしまったのだわ…………)



諦めていた夏至祭のダンスが近くで見られることとなった喜びと、直前に負荷を受けた妖精の囁きから解放された安堵と、救国の英雄となった誇らしさで、心が弛んでいたとしか言いようがない。


幾つかの要因が重なり、こんなものを投げつけられたのだと、魔物達に報告するつもりで読み上げてしまった。

即ち、どれだけ苦しくても、これはあのネア自身の失態のツケではないか。



「………自らの愚かさのせいで、私は滅びるのですね」

「…………ったく。また妙な思考に入り始めたな。これでも食ってろ」

「むぐ?!じゅわっと瑞々しいおやつゼリーが!!」



気付けば、もう一度アルテアの腕に戻されたらしい。


ノアはどうしたのだろうと視線を向けると、どうやらそちらでは、夏至祭で伴侶を見付けられなかった柳の妖精が、リーエンベルクから街に繋がる並木道で暴れているという一報が入ったらしく、かなり緊迫していた。


出会う相手全てに投げやりな求婚をし、断られると呪うというとんでもなく迷惑な荒ぶり方をしているようだ。


こちらに向かって短い激励の言葉を残し、ばたばたと部屋を出て行くエーダリア達を、ネアは虚ろな目で見送った。



「……………ふぐ。ふぁるごの乗っかりだけの曲はないのでしょうか」

「……………まさか、ファルゴを踊ったのか?」

「ヒルドさんと踊りました。膝に乗せて貰うところを長めにしたのです………」



ネアがそう言えば、アルテアは鮮やかな赤紫色の瞳を眇めてどこか酷薄に笑う。

先程までは着ていた上着を脱いでジレ姿になったものか、おやっと思えば手触りが少し変わっている。



「それなら、俺もファルゴにしてやろう。少し回すぞ」

「……………ふぁ、…………ぎゅ?!」


ぐいんと回され、ネアは一瞬腕が引っこ抜かれるのかなと思ったが、そこはそつなく魔術で守って貰えていたようだ。

そうなると、遠心力の中にある刹那の浮遊感に体を預ける喜びを知ってしまう。


ぐいっと絡められた足の質感が違うからか、ネアはこちらの魔物の体格の方が乗っかりへの罪悪感はないぞと考え、にやりとした。


体を反らして足を絡めつつ、相手の女性を乗せるような独特の振り付けは、その瞬間だけ寝椅子になってくれているようなものではないか。



「…………この瞬間の、受け止めてくれるアルテアさんが大好きです」

「……………お前な」

「そして、自立させられるところでは、絶望せざるをえません。おのれ、許すまじ…………」

「ふざけるな。こっちは付き合ってやっているんだぞ。何曲目だと思ってる」

「二曲目でしょうか」

「残念だが外れだな。前半の記憶を取り戻してこい」

「…………なぜ私は、まだ生きているのだ」



また体を密着させて乗り上げられるターンが来たので、ネアはその隙に使い魔の匂いをくんくんしてみた。


とてもいい匂いだが、疲労に効くという意味ではヒルドが一番で、次にノアだろう。

しつこい香りなどではないのだが、ちょっと運動向きではないのだ。



「…………ふむ。アルテアさんの匂いは、三番目でふ」

「ほお、次の曲で余程激しく動きたいらしいな?」

「寧ろ、そのどこかで頭でも激しく打てば、この時間が終えられるのでは…………」

「やめろ。お前は本気でやりかねない」

「……………ぜり、」

「ったく。喉に詰まらせるなよ」



先程の瑞々しいものをと願えば、振り付けを上手く利用して口の中に入れてくれる。

爽やかな甘さにほろりと涙脆くなりつつ、ネアはもう何曲目か分からないダンスを終えて、すぐ近くに来てくれていたディノによれよれの手を伸ばした。



「…………アルテア、少し代わろう。ネア、支えるよ」

「…………ディノ、もう生きていてくれます?」

「うん、ごめんね。あのダンスは、………大胆過ぎたかな」

「求婚のダンスでしたものね。ディノには、振り付けではなく意味的なもので攻撃力が強過ぎたのだと知りましたので、あれはやめておきましょう」

「うん…………」

「私も、もうぴょこんとお辞儀をする振り付けなど、出来る体ではなくなったのです。乗り物休息出来るふぁるごのゆっくりめのものか、ぴったりくっついてゆらゆらするダンスにして欲しいです……………」

「…………ネア、少しだけ休憩しようか。可哀想に、腕が痛むのだろう?」



ネアがぜいぜいしているからか、ディノは可哀想になってしまったらしい。

とても優しい提案なのだが、今はその優しさは残酷でしかないのである。


とても暗い目で見上げた伴侶に、伴侶思いなだけだった魔物はびゃっとなった。



「ご主人様…………」

「休憩などしたら、体が回復してしまって、また大きく後退するのです。一刻も早く力尽きねばなりません!」

「うん、そうだったね。では、続けて踊ろうか」

「…………ふぐ。膝がやられているので、体力を効率よく使い果たすような激しいダンスも踊れないのです。転ぶだけ転んで痛い思いをしながら踊り続けるなど、もはや拷問でしかありません」



また泣きたくなってしまい、ネアはぐすぐすしながら、こちらはとても安心してしまうので癒し効果以前に眠たくなってしまう伴侶の魔物のいい匂いに包まれて踊った。


ディノは、めそめそしたり苦しげに息を吐くご主人様がいつもとは違う動きをすると、終始目元を染めてもじもじしていた。





そして、いよいよその時が訪れた。


ディノとも更に三曲踊り、ネアが悲しいのと辛いのとでむしゃくしゃし始めた頃合いで、終わらせる為の少し激しめのダンスにしようと、パートナーがアルテアに交代した。


次の曲のしんどさを思いむしゃくしゃ度合いが限界点を突破したネアは、突然むがーと怒り狂って地団駄を踏んだところ、既に限界を超えていた膝は持ち主の怒りに耐え切れなかったのだ。



ずるんと滑って激しく転んだネアは、そのまま安らかに力尽きたらしい。




深夜に柳の妖精問題を解決して、こちらはどうなったのだろうと心配して戻って来てくれたエーダリア達は、ネアの最後の雄叫びを聞いて、慌てて大広間に駆けつけてくれたのだとか。


そこには、動かなくなったネアを抱き締めて泣いているディノに、片手を額に当てて深い溜息を吐いている選択の魔物がいたらしい。



やっとの思いで踊り狂いの呪縛が解けたネアは、その後、肉体的な治癒魔術と体力回復の魔術をたっぷりかけて貰い、しっかりと水分を摂らされるついでにそろそろ夜明け近いという謎の時間に、みんなで林檎のケーキを食べた。



ぐるると鋭く唸りながらケーキを食べ終えるとご主人様はすぐに寝てしまったと、翌日に目を覚ましたネアは、ディノから教えて貰ったのだった。







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