バレンタインデーと雪の小部屋のお茶会
人間は誰しも、己の軽率さを悔いる時がある。
本日のネアがまさにそうで、調子に乗って魔物達に“バレンタインデー”なるものを教えてしまったことを、今年ばかりは後悔していた。
時間に余裕のある場合は構わないのだが、思わぬ事件などで時間を取られてしまうと、目の前に座って目をきらきらさせて、ご主人様は今年も大事にしてくれるに違いないとこちらを凝視している魔物の姿に、心に多大なダメージを負う羽目になる。
(……………言えない。きちんと準備をするのをうっかり忘れていて、新婚一回目のバレンタインデーが、お手軽チョコレートシフォンケーキになってしまっただなんて、とても言えない……………)
そんな罪悪感に苛まれつつ、ネアは先程から黙々と粉を振るっていた。
作り置きという概念はない。
ネアの伴侶は、作って貰う様子を鑑賞するのもご褒美の内なのだ。
勿論、シフォンケーキ程度のものであれば美味しく作る自信はあるのだが、初回に作ったケーキよりは明らかに難易度が落ちているのは疑いようもない。
ではなぜこのシフォンケーキにしたのかと言えば、ディノが好きそうな味だと確信が持てたことと、この魔物が他のお菓子よりもケーキを上位に見ていることを知っているからだ。
ディノの中で、手作りケーキは全てのお菓子の最上位に位置する、祝い事の為の食べ物のようだ。
誕生日などの特別な日に作って貰えたそのケーキが、この日にも出てきたような気がすると、たいそうな期待を寄せられてしまい、ネアは最も簡単なケーキであるこちらのメニューに手を出したのだった。
「何を作っているんだい?」
「ディノは、ザハの紅茶のシフォンケーキが好きでしたので、今年のバレンタインデーは、チョコレートのシフォンケーキにしましょうね。甘さ控えめのケーキにたっぷりのクリームと、作りたての、甘さ控えめの雪苺のジャムを添えて出すので、楽しみにしていて下さいね」
「………………うん」
頬を染めてこくりと頷き、ディノは嬉しそうにもじもじする。
こうして自分の為に料理やお菓子を作っているネアと話すのが大好きなようで、どんなものを作っているのかだったり、どんな調理工程を踏むのかを教えて貰うと、また気持ちが盛り上がるらしい。
ネアはケーキを焼くまでの工程の簡単さに恥じ入りつつ、ジャムを作るまでの作業なども合わせて説明を水増しし、また嬉しそうにもじもじする魔物の方を振り返った。
「ディノ、ジャムにする苺の煮泡が出ますので、苺紅茶にしましょうね」
「また飲めるのかい?」
「ええ。すぐに出来上がってしまうので、紅茶のカップをお願いしてもいいですか?」
「ご主人様!」
そう頼んでみると、お手伝いの依頼の筈が共同作業として認識するらしい魔物はぱっと目を輝かせ、食器棚に紅茶のカップを取りに行ってくれる。
どのカップにするのかは、今日はバレンタインデーであるので任せると伝えたところ、魔物はゆうに五分は悩んでいたようだ。
(と言っても、三組しかない内の二組しか残っていない筈なのだけれど…………)
ディノが選んだカップは、くすんだセージグリーンで特に絵付けなどはない。
けれども、ふわりと陶器が色付いたような風合いがその繊細な造形を際立たせ、テーブルの上に置くととても映えるのだ。
「その籠に入れてあるカップは、使わないのだね?」
「これは、屋内ピクニック用なので、後でケーキを食べる際に使いましょうね」
「屋内で、……………ピクニックに行くのかい?」
「ええ。シフォンケーキは持ち運んでも崩れないケーキなので、せっかくですから、どこか素敵なお部屋でお出かけ気分で食べましょう。ディノの好きなお部屋はありますか?」
「……………巣の中かな」
「……………そこはケーキを食べるのには向かないので、今日は何やら知らないお部屋がたくさん現れる日ですし、少しお散歩がてら探してみましょうか」
そう言えば、魔物はまた嬉しそうに瞳をきらきらさせ、そろりと頭を下げてみたようだ。
これは撫でて欲しいの合図なので、簡単ケーキの罪悪感を抱えたネアは、伸び上がって丁寧に頭を撫でてやる。
幸いにも、ちょうどジャムを煮る際に出る灰汁を使った、簡単ロシアンティーの休憩時間に入ったところなので、魔物の頭を撫でてやっても支障はない。
(紅茶は後でも飲むから……………)
まずは紅茶をたっぷり作ってしまい、二人のカップにも注いだ。
残りはピクニック用になるのだが、ネアは、耳を澄ませてこぽこぽと水筒に紅茶が注がれるお気に入りの音を楽しんだ。
子供の頃、水筒に飲み物を注ぐこの音が好きで、出かける前の楽しみの一つだった。
この世界に来てからは、水筒の素材が違うことで、より澄んだ美しい音を聞く事が出来るようになっている。
ディノに貰った厨房は、特別な鍵を適当な扉に差し込むと、その扉の向こうに現れる魔術仕掛けの併設空間の一つだ。
最初はこの厨房があるだけだったが、家造りに長けているアルテアが手をかけてくれたので、今は二階の寝室などまで様々な家具が増え、何日か滞在出来るくらいの施設になっている。
ディノは、厨房の揺り椅子がお気に入りで自分のテリトリーと認識しており、窓辺には水色の鉢に植えられた香草なども並んでいた。
相談の上購入した調理器具以外にも、いつの間にか知らない道具がアルテアの手によって勝手に持ち込まれているが、そのどれもがなかなかに使いやすい。
ネアのお気に入りの食器棚の中も、随分増えたような気がする。
(取り皿は一応十枚揃え、その他は、ペアのものが三組ずつ………)
いつもは会食堂で食事をするのだから、食器類をあまり増やしても仕方がない。
欲しいものがあっても五組以上は増やさないと決めていたが、現段階で既に三組あるとなると、今後、当初の予定を越えて買ってしまいそうな不安も感じていた。
「美味しいね……………」
「こうして、厨房の中にジャムの甘い香りがする中で飲むと、いっそうにいい香りの紅茶に思えて素敵ですよね」
「………………かわいい。両手で持つのだね」
「カップの持ち方でも弱ってしまうだなんて……………」
紅茶の匂いを堪能しようと両手でカップを持ってくんくんしていると、それを見た魔物は少しだけ弱ってしまい、小さな声でずるいと呟いている。
もはや何がこの魔物の弱点なのか分らなくなってしまった最近は、常日頃から儚い生き物なのだと細心の注意を払うようにしていた。
「フキュフ!」
その時、白くてちびちびふわふわした生き物が、テーブルによじ登ってくると小さく抗議の声を上げた。
ネア達はおやっとそちらに視線を向け、自損事故でこんな生き物になってしまった悲しい選択の魔物の姿を見つめる。
椅子の上のタオルの上で不貞寝していた筈だが、目が覚めて甘い匂いに気付いたようだ。
「なぜか開いていた、見たことのない不思議なお部屋に悪さをしようとし、ちびちびふわふわした生き物になってしまった、使い魔さんです」
「…………どうしてリーエンベルクの中の仕掛けには、この生き物になってしまう術式が多いのだろう。何か、特定の種族の獣であった方がいいという要素はない筈だから、グレアムは、この生き物が好きなのかな…………」
「まぁ、…………もしそうだとすると、グレアムさんとは楽しい毛皮の会の会員話が出来そうですね!」
「浮気……………」
「でも、ディノは毛皮を愛でられる側でしょう?」
「ご主人様……………」
「とろふわ毛皮の竜さんに触れ合う時には、ディノも一緒に行きましょうね。とは言っても、近い内にウィリアムさんが竜さんになってくれるそうですので、リーエンベルクの中で堪能出来てしまう魅惑の毛皮の筈なのです」
「………………ノアベルトが楽しみにしているようだよ。ウィリアムは、………ノアベルトがそう思っていることを、どう考えればいいのか分らないようだ」
「ふふ。狐さんはあの竜なウィリアムさんが大好き過ぎて、人型のウィリアムさんの訪問を見ると、尻尾がしょんぼりしてしまうくらいですものね。でも、あんな風に大好きだと全身で示して貰うことも、きっとウィリアムさんにとってのいい経験になってゆく筈ですから」
「うん………………」
どんどん狐になってしまう友人への不安でディノが少ししょんぼりしたところで、無事にふかふかの美味しそうなチョコレートシフォンケーキが焼き上がった。
「フキュフー!」
大興奮でテーブルの上をしゅばっと走り抜けるちびふわは、もう五時間程はこの呪いが解けないので、今夜はもうリーエンベルクに泊まりでいいだろうと勝手に判断し、バレンタインデーのお裾分けをすることにした。
ほかほかと湯気を立てている焼き立てシフォンケーキに突撃しそうだったので、ネアはさっと拳大のちびちびふわふわした生き物を掴み取り、ひとまずはポケットの中に押し込んでおく。
「フキュフ!」
「お部屋を移動してみんなで食べますので、もう少し待っていて下さいね。お利口にしていない悪いちびふわには、塩漬け鱈しか与えませんよ!」
塩漬け鱈と聞いたちびふわは、ポケットから顔を出したままみっとなってけばけばになったので、これでお散歩の間は大人しくしていてくれそうだ。
(どうせなら、初めてのお部屋がいいな…………)
今夜はなぜか、リーエンベルクの中が妙に華やいでいる。
あちこちの窓が、外の雪の魔術と反応してしゅわしゅわと煌めき、カーテンの織り模様はふっくらと蕾を膨らませ、シャンデリアは細やかな祝福の光の粒子を降らせていた。
廊下を歩いているだけで、ぱたんと扉が開き、その向こうに見たこともない美しい部屋が広がっている。
閉ざされた扉の向こう側からは、遠い過去の舞踏会のざわめきが聞こえてきたり、人気のない階段の向こうからオーケストラの音楽が聞こえてきたり。
アルテアが手を出そうとしたのは、そんな普段には見かけない部屋の一つだ。
その時、会食堂からの帰り道であったネア達は廊下を歩いていたのだが、まるで温室のような硝子の扉がぱかりと開き、どこからとも爽やかな風が吹いてきたのだ。
覗き込めば、可愛らしい白と檸檬色の壁紙の部屋の床一面に、アクアマリンのような透き通った水色の花が咲いていて、アルテアはその花を一輪摘もうとしたところ、ぼふんと煙が上がってちびふわになってしまった。
ぽてりと床に落ちて呆然としているちびふわの向こうで、宝石の花は、笑いさざめくように花々を触れ合せてしゃりしゃりと涼やかな音を響かせ、ネアがそっと指先で触れると、きらきらと星屑のような光をこぼした。
(あのお部屋もとっても素敵だったけれど、ピクニックをするとお花を潰してしまいそうだから、他のお部屋を探してみよう……………)
そううきうきと胸を弾ませ、ネアは夜のピクニックの準備をする。
しっかりと立てた甘さ控えめの生クリームと、出来上がったばかりの雪苺のジャムもそれぞれの入れ物に詰め込み、水筒や紙ナプキンと一緒に籠に入れ、ピクニックの準備を整えた。
このような時、冷たいものは冷たいまま、温かいものは冷めないように同じ籠に入れられるのは、魔術という不思議なものの恩恵を受けられるこの世界だからかもしれない。
「籠は私が持つよ」
「いえ、今日はディノへの贈り物なので、私に持たせて下さいね」
「そういうものなのかい?」
「ええ。今日は特別な日ですから」
「フキュフ………………」
「めっ!可愛い足を伸ばしてみせても、目的地につくまでは差し上げません!」
「フキュフ…………………」
「……………アルテア、もう少し我慢出来るかい?」
部屋の中の甘い香りにすっかり腹ペコになってしまったものか、ちびこい前足を伸ばすあざといお強請りポーズを見せていたアルテアなちびふわは、心配そうなディノにそう尋ねられると、ぎくりとしたように赤紫色の瞳を丸くして尻尾の先までけばけばになった。
すっかり甘いものに自我を失いかけていたが、自身が第三席の魔物であることを思い出したのだろう。
悲しくなってしまったのか、ネアのポケットの中にびゃっと逃げ込むと、丸まってじっとりとした目で世を儚むことにしたらしい。
しかしながら、ふかふか狐風尻尾がはみ出しているので、引き続き可愛いの極みである。
「………どんなところに行きたいんだい?」
「先程のような、今迄見たことのないお部屋で、ピクニックが出来るところがあるといいなと企んでいます!」
「今夜は、幾つもの魔術の扉が開いているようだ。この機嫌の良さを見ていると、エーダリアが原因かな……………」
「むむ。エーダリア様が原因ということは、リーエンベルクが大好きだと、珍しく口に出してみたのかもしれません。ずっとずっと大好きで堪らないのに、なかなか正直に言えない困った上司なんですよ」
ネアがそう言えば、窓枠の所にあった真鍮の飾りがぽぽんと可憐な薔薇の花を咲かせた。
この、かつては王宮だった建物にとって、エーダリアはやっと取り戻した大事なウィーム王家の血筋だ。
そんなエーダリアが、大好きなウィームやリーエンベルクを慈しむ様は、まだまだこの土地の新参者であるネアですら、微笑ましいものがある。
大事な住人達を喪ったリーエンベルクには、そんなエーダリアの喜びはきっと、代え難い宝物のようなものなのではなかろうか。
(今夜は、ノアがエーダリア様のフォローをすると話していたから、そのやり取りの中で何か、リーエンベルクが喜んでしまうような言葉が飛び出したのかもしれない…………)
傘祭りで使う傘の中に、エーダリアの命を狙う暗器が、昇華の必要な傘として紛れ込んでいたという事があった。
問題の傘はディノが管理することになり、また、そんなことを企んだ組織は既に壊滅させられていたようだ。
一安心と言ってもいい状態で落ち着いたとは言え、命を狙われたという事実はやはりその心に影を落とすだろうと、ノアとヒルドは、どこか元気のないエーダリアを心配している。
(でも、別の理由な気もするのだけど…………)
ネア的には、エーダリアは自身のことよりも、今回の企みが露見したことで、ヒルドやノアが光の射さない所に育つ良くないものを刈り取りに行くのではと案じているような気もするが、三人でじっくり話し合ってそのあたりも解決するだろう。
ノアは質問の仕方が上手であるし、ヒルドは解決しない問題をそのままにはしない。
そしてエーダリアは、どんな問いかけにも、誠実に受け答えするタイプだ。
なので、今回のような問題について腹を割って話し合えば、今夜は三人にとって、何だか心温まる素敵な夜になっているかもしれない。
「ディノ?」
ふと、心配そうな視線を感じて首を傾げると、隣を歩く魔物は、ピクニック用の籠が重くないだろうかと気にしているようだった。
微笑んで首を振り、ポケットの上からちびふわをそっと撫で、ネアは弾むような足取りで美しいウィームの青の絨毯を踏む。
すると、パタンと音がして、今迄は壁だった筈のところに、繊細な金細工のドアノブのある美しい扉が現われ、こっちにおいでよとでも言いたげに開いていた。
どのような部屋のなのかなと覗き込んでみれば、雪と花が例えようもない美しさを見せてくれる素晴らしい小部屋ではないか。
ふわりと積もった雪景色の中には、立派なライラックの大木が部屋の輪郭を示すように生えており、薄紫の花をずっしりと咲かせている。
その枝の中に守られるようにして、灰色がかった淡い薔薇色が堪らなく上品に見える花をみっしり咲かせた冬薔薇の茂みに囲まれて、ネア達の為に用意されたかのような小さなガゼボがあった。
「まぁ……………!」
「ここはやはり、住む者達をこよなく愛する魔術の質が凝っている。そのような所だから、愛情を返されることでもこうして喜びを表すのだと思うよ」
「それでこんな風に素敵なお部屋を出してくれたら、ますます好きになってしまいます!」
そう弾んだネアに、ディノも良い魔術だねと、心地良さげに目を細めている。
「リーエンベルクは、アルテアやウィリアムも、居心地が良くてついつい長居してしまうだろう?それは、この建物に満ちる魔術の質や豊かさには、高位の魔物ですら魅了されてしまうからなんだ」
「……………ということは、ディノにとっても居心地のいい場所なのですね」
「うん。…………恐らく、身に宿す魔術の在り様が人間とは違う私達の方が、人間達よりも受け取る恩恵は大きいのだろう」
「それは知りませんでした……………」
ネア達は、さっそく開いて貰った扉の中に入り、しんとした雪の森の澄み渡った空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
雪深い森に面した庭園の風景のようだが、さくさくと雪を踏んでガゼボに入れば、コートなどはなくても温かく、気軽なピクニック気分を充分に満足させてくれる。
八角形の造りのガゼボには、中央に丸い森結晶のテーブルが備え付けられており、壁と一体になっている椅子の上にはふかふかとしたクッションが敷かれている。
雪景色の中の白いガゼボに置かれたそのクッションは、細やかに光る糸を縫い込んだ淡い水色のもので、手のひらで触れると天鵞絨のような手触りだ。
「……………では、二人にバレンタインの、チョコシフォンケーキをお出ししますね」
「有難う、ネア」
「フキュフ!」
籠の中に入れてきた白い陶器のカップは、割れ難い丈夫なものだ。
それをことりとテーブルの上に置き、水筒から温かな紅茶を注ぐと、それよりも先にケーキなのだと、ちびちびふわふわした生き物がちびこい足をたしたしする。
「むぐぐ…………、ちびふわ、もう少しだけ待っていて下さいね。シフォンケーキを切り分けますから」
「…………フキュフ」
「アルテア…………」
花水晶の覆いをかけてケーキを持ち運べる入れ物の蓋を開けると、ほこほこした湯気を立てている焼き立てシフォンケーキが登場し、ディノも目をきらきらさせた。
ネアはそれをガゼボのテーブルの上に置くと、持って来たナイフで、シフォンケーキをさっくりと切り分けた。
状態保存の魔術のかかった生クリームの鉢に、まだしっかりと封をしていない瓶詰の出来たてジャム。
持って来たお皿に各自のシフォンケーキを取り分けてから、ひとまずの目安としてクリームとジャムも乗せてやった。
「どうぞ、召し上がれ」
そう言えば、ちびふわな使い魔は全身で自分のお皿に突進してゆき、ディノは、銀色の華奢なフォークを手にふるふるしながら目元を染めて頷く。
ネアが見守る中、伴侶になって初めてのバレンタインのケーキを受け取った魔物は、もふんとした質感のシフォンケーキを慎重に切り分け、添えてあったクリームと一緒にぱくりと口に入れた。
「……………とても美味しいよ。…………有難う、ネア」
目論み通り、このシフォンケーキはディノのお気に入りになったようだ。
幸せそうに食べる魔物を少しだけ見守ってから、ネアも、温かいシフォンケーキに冷たい甘さ控えめの生クリームをたっぷり乗せていただく。
「むぐふ。美味しく焼けてます!」
「弾んでる。…………かわいい………………」
「……………フッキュウ……………フキュ……………」
「まぁ、アルテアさんが既に酔っ払いちびふわに………………」
「アルテアが………………」
ネアは、ちびふわにはその体格に見合ったサイズのシフォンケーキの大きさにしたのだが、あっという間に自分の分を食べ終えてしまった使い魔なちびふわは、まだ食べているディノのお皿の方に近付いて、しゃーっと威嚇されていた。
幸い、ネアはその戦には巻き込まれないよう、予め予測を立てておき、お皿を手に持って美味しくいただいている。
(……………む)
しかし、お代わり要求運動で荒ぶるちびふわのおでこに、お皿に突撃したせいか、生クリームがべっとりついてしまっていることに気付いたネアは、遠い目になった。
手に持ってあぐあぐ食べられるような大きさにして、生クリームも控えめにしたのだが、魔物の第三席としての理性は消し飛んだらしいちびふわは、がぼっと顔を埋めて食べてしまったようだ。
「むぅ。これでは、濡れおしぼりでは足りませんね。お部屋に帰ったら、ちびふわをお風呂に入れることになりました……………」
「アルテアが……………」
「狐さんの場合はボールで、ちびふわはお菓子だったようです。……………ウィリアムさんな竜さんは、何で荒ぶってしまうのか、気になってきました…………」
その夜、ディノはなぜか、ちびふわは自分が洗うと言い張り、銀狐よりも小さな酔っ払いちびふわに苦労しつつ、もこもこの泡だらけにして洗ってやっていた。
不慣れな魔物と酔っ払いの魔物の組み合わせなので、ネアはうっかりちびふわを泡に沈めてしまわないかとハラハラしながら見守ったのだが、どうやら魔物としての姿を失いがちなふわふわの友人が、ディノは心配でならなかったようだ。
洗い終わったちびふわがすやすやと眠ってしまうと、何となくほっとした目を向けている。
ネアは、朝になってアルテアが無事に人型に戻ったら、ディノがお風呂に入れてくれたのだと教えてあげようと、にんまり微笑んだ。




