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5. 森は友達です(本編)




封印庫に傘を選びに来たネア達は、現在、封印庫の中に広がる熱帯雨林と向かい合っていた。


ご近所にある封印庫に来ただけなのになぜにこうなったのだという気もしないでもなかったが、これも問題となる呪いの傘の影響のようなので致し方ない。



しゃわしゃわと風に音を立てた木々の枝葉に、ブーゲンビリアのような鮮やかな赤紫色の花が揺れる。

水の香りがふわりと漂えば、急に季節が変わったような不思議な感覚に、まだこの状況を上手く飲み込めていないものかお腹の中がざわざわした。



ネアにとっての熱帯雨林は、気象性の悪夢の時に落ちた危ないところという記憶が強く、目の前に広がる鮮烈な色彩の奔流は、雪景色に慣れてしまっていた目に染みた。

素敵な南国の記憶はないかなと思案し、海遊びで訪れる島の内陸部にも似ているかなと思えば、ざわざわしていた心もすとんと落ち着く。



景色の色が見慣れないだけで、魔術の潤沢なこの土地では、不思議なことなど珍しくはない筈なのだ。




「では、参りましょうか」

「お先に失礼します」

「一昨日は海で、今日は森ですか。やれやれ…………」



まずは、封印庫の魔術師達が、ひょいひょいと熱帯雨林を渡り出した。

ベレー帽を片手で押さえて長衣を翻しているので、かなり行動は制限されている筈なのだが、軽やかに森を進んでゆき、あっという間に封印室の扉の前に辿り着いてしまう。


大きな倒木が泉にかかったところを軽やかに踏んだ銀鼠色の靴先がしゃりんと光り、こちらからは深いエメラルドグリーンに見える小さな泉に、上品な波紋が残った。




「………………ほわ」



ご老体方が思っていたよりも簡単に渡り終えてしまったので、ネアは、冒険ではなく障害物レースだったのかなと肩の力を抜いた。

封印庫の魔術師達も向こうで穏やかに笑って手を振っているが、それを見た魔物達はなぜか呆然としている。




「……………は?」

「………………随分と早く渡れたのだね」

「ちょっぴりほっとしました。あのようにして渡ればいいのですね!……………ノア?」

「……………何をどうしたらあんな風に進めるのさ?!」

「揺さぶらないでくれ、私にも分からないんだ……………」

「……………ごめんね、グラスト。僕は、あんな風に行けないと思う………」

「ゼノーシュ、落ち込まなくていい。協力して頑張ろうな」



檸檬色の瞳をふるりと揺らしたゼノーシュががくりと肩を落とし、慌てたグラストが剣を反対側の手に持ち替え、その背中をさすってやっている。


エーダリアはノアと顔を見合わせて首を振っているし、アルテアは呆然としたまま微動だにしていない。


ネアは、悲しげに目を瞠っているディノの三つ編みをそっと引っ張り、乗り物になっている魔物にそろりと尋ねてみた。



「……………ディノ。もしかして、封印庫の魔術師さん達のやり方は、特別なのですか?」

「……………うん。少なくとも、 私はあのようには出来ないね。彼等は固有魔術を持っているようだが、…………封印の魔術はこれ程までに有用なのだと、初めて知ったよ」

「…………シル、封印魔術が何回動いたか見えた?」

「……………二十七回だろ」

「アルテアの言うように、二十七回だと思うよ。沼地の魔術が少し厄介なようだ。エーダリアとグラストは気を付けた方がいいかな」



そう言われたエーダリアとグラストがこちらを向き、ディノはその理由を説明する。



「恐らく、…………この記憶の元になっているものは、可動域の高い人間を引き摺り込む為に作られた魔術の場のようなところだ。あの沼を中心にした、誰かの記憶から派生した情景なのだろう」

「…………よし。エーダリアは僕と一緒に行こう。ゼノーシュ、大丈夫そうかい?」

「…………うん。少し時間がかかるけど、渡れるよ。二人の方が無理もないと思う」

「よし。じゃあ、…………ありゃ、アルテアは大丈夫かい?」

「……………おい」

「はは、そりゃ問題ないか」



無言のまま森の方を観察していたせいか、うっかりノアに心配されてしまい、アルテアは顔を顰めて振り返る。


勿論、この森を渡るには問題はないだろうが、あの封印庫の魔術師達の記録を超えられるかどうかを考えているのだろう。

ややあって、小さく息を吐くと一歩前に出た。




「俺が先に行く。…………シルハーン、罠を見ておくから、そいつを近付けるなよ?」

「頼んでもいいかい?可動域としては、ネアは心配はないと思うけれど、他の罠がないかどうか気になるからね」



と言う事で、何やら深刻さを増した現場からは、まずはアルテアが森を渡ることになった。



単身で渡るアルテアには罠の位置などを調べる役割もあり、ディノ達は真剣にその様子を見守るようだ。



すらりと森の入り口に立った魔物の、優雅な黒い皮靴が緑の豊かな森に踏み込む様を眺め、ネアは何だか胸騒ぎがした。


魔物達の話を聞いている限りは、二十七個もの罠が用意されているという事ではないか。

果たして、本当に一人で行かせていいのだろうか。




(で、でも、アルテアさんだって、凄い魔物さんなのだし……………)



はらはらしながら見守っていると、森を進んでゆくアルテアの周囲で、途中、何度かじゅわっと魔術の光が煌めき、黒い紙片のようなものが焼け落ちたように見えた。

だが、目を凝らしてもよく見えなかったので、気のせいかもしれない。



(あ、…………!)



しかし、アルテアが沼地に差し掛かると、ネアにも、その沼地から沼が凝ったような黒い手が伸びてくるのが見えた。

ぞっとして息を詰めたネアだったが、幸いにも魔術で巧みに払い落としてしまい、問題なく渡れたようだ。


その後も幾つかの不安定な足場を超えてゆき、その度にディノ達は真剣な眼差しで頷いている。



「……………残るのは、泉の周囲の閉鎖魔術くらいだろうか。もう大丈夫ではないのか?」



終盤に差し掛かり、そう呟いたのはエーダリアだ。

隣に立っているノアも、こくりと頷く。



「……………うん、もういいかな。…………やれやれ、やっぱり沼地のところが厄介だなぁ」

「泉の左側の蘭の花にも、誘惑の系譜の魔術が敷かれているね。魔術師を捕らえる為の罠籠のようなものとして周到に整えた領域なのだろうが、魔術の質を見ている限り、複数の精霊が重ねて罠を編んだのかな…………」

「ありゃ。蘭の花は見てなかった……………」



アルテアは、そろそろ森を抜けられるだろうか。


封印庫の魔術師達に比べれば時間はかかっていたが、特に事故は起きていないようだ。

しかし、もう楽勝だぜ的な雰囲気になった男達に対し、慎重な狩りの女王は、決して周囲への警戒を怠らなかった。




「…………は!」



そして、とんでもない罠に気付いてしまったのだ。



「ネア……………?」



持ち上げているご主人様がびくりと体を揺らしたので、ディノが慌ててこちらを見る。

ネアが森を抜けようとしていたアルテアに叫んだのは、その瞬間だった。




「アルテアさん!後ろに狙撃兵がいます!!」



その叫びにぎょっとしたような顔で振り返ったアルテアが、続けざまに横に飛んだ。

虚空から取り出した白い杖が、射かけられた夥しい程の矢を叩き落としているが、足場にした木の枝が煙になって襲いかかることまでは想定外だったのだろう。


体勢を崩したアルテアは、片手で別の木の枝に掴まって体を支えた後、そのままではいい標的になると判断したものか、舌打ちをするような仕草をすると、枝を掴んでいた手を離した。



「アルテアさん!!!」



ネアの声が聞こえたのか、一瞬、赤紫色の瞳がこちらを見たような気がした。

けれども、灰色のスリーピース姿の魔物は、森の茂みに吸い込まれるようにして、あっという間にネア達の視界から消えてしまう。



再び静かになった森の前で、ネア達は愕然と立ち竦む。




「……………どうしましょう。ディノ、アルテアさんがお亡くなりに…………」

「……………アルテアが………」

「ふぇっく……………。私の大事なちびふわが……………」

「アルテアなんて……………」

「ちょっと待って、ネア、森の下に降りただけだと思うから!死んでないよ!!」

「…………ふぐ、アルテアさんは生きているのです?」

「いやいや、流石に死なないから!寧ろ、あの状況下だから、下から進んでるだけだと思うよ」



ノアにそう言って貰えたので、ネアはほっとして、ディノにちびふわは無事だと微笑んで伝えてやった。

魔物は、ご主人様がちびふわに浮気すると少々荒ぶっていたが、自ら手を離したのを見ていたので、アルテアが死んでしまっていたりしないことは分かっていたらしい。



「……………むぐる。息が止まりそうになったので、早くそう教えて貰いたかったです…………」

「アルテアなら、矢で射られても大丈夫じゃないかなぁ…………」

「ゼノまで!」

「と言うか今の問題は、アルテアの落ち方的に、見えている部分は随分高い位置にあるってことだよね。うーん、シャバハルの空中庭園的な感じかな…………」

「一度進むと、背後の仕掛けを壊すことは出来ないようだね……………」

「うん。アルテアも、沼地を見て反撃は控えたから、後方とは空間の隔絶や遮蔽魔術が敷かれるのかもなぁ…………」

「…………ちょっと待ってくれ。狙撃兵など、先程はいなかったではないか…………!」

「精霊の系譜の魔術だと、記憶の断片になってもこれくらいのことをするからね。こりゃ厄介だぞ…………」



青ざめてそう言ったエーダリアに厳しい顔で首を振り、ノアは考え込むように腕を組んだ。


ゴール地点の傘の封印室のところでは、三人の魔術師達が椅子と水筒を取り出し、温かなお茶を飲んで休憩しているようだ。

残念ながら、木から落ちて行方不明となった選択の魔物を案じる様子はない。



(と言うことは、封印庫の魔術師さん達から見ても、アルテアさんは心配ないのかしら…………)



くすんと鼻を鳴らし、ぐりぐりと頭を擦り付けてくる魔物をぞんざいに撫でてやりながら、ネアはほっと息を吐いた。

すると、拗ねて甘えたになっていた魔物が、心配そうにこちらを見る。



「……………ごめんね、君は怖かったのだよね」

「日頃の事故率の高さが念頭にあった為、すっかり、アルテアさんがやられてしまったと勘違いしていました。よく考えれば魔物さんは、木から落ちたくらいでは儚くなったりはしませんでしたね…………」

「木では死なないかな………」

「と言うか、見えているところより下があるとなると、下にもあの沼が広がっていたりしたら嫌ですよね。アルテアさんが心配になってきました…………」




ネアのその言葉に、一同は、思わず静まり返った森の方を見たようだ。

木漏れ日を浴びて黒々と輝く泥沼は、万が一にも落ちたくはない、立派な沼感を放っている。




「……………僕見たんだ。アルテアが踏んだところに、他とは違う色の魔術が敷かれていたから、踏むといけないところがあるのかもしれない…………」



短い沈黙の後にそう呟いたのはゼノーシュで、グラストはその言葉を聞くと短く頷き、体を屈めて再構築された煙の木の枝を観察しに行く。



皆の表情が厳しくなったのは、誰だって沼には落ちたくないからだろう。




(……………あちこちの罠を見られる集団の最後尾が良さそうな気もするけれど、アルテアさんの挑戦を見ていると、一気にみんなで渡って、誰かが落ちそうになったら、助け合うのもありなのかしら?封印庫の魔術師さん達は、みんなで渡っていたもの……………)



どう行けば安全なのかとぐぬぬと首を傾げていると、ディノにそっと頭を撫でられた。

怖がっているのかと心配してくれたらしい。



「沼には落ちないように抜けるから、心配しなくていいよ。ネアは、よくあの弓兵に気付いたね」

「ええ。こちら側の茂みに謎の黒もふ兵が現れたのですが、いかなるもふもふとて、この狩りの女王の目を逃れることは出来ません」

「ご主人様…………」

「わーお。僕さ、何だかネアなら渡れるような気がしてきた……………」

「………何となくですが、グラストさんとゼノなら渡れる気がします。ノアとエーダリア様はノアが事故率を引き受ければ……」

「え、僕はどうなるの?!」

「……………沼には落ちてしまうかも…………?しかし、尊い犠牲であれば…………」

「エーダリア、僕の妹が冷たいよ…………」




(む………………)



ここでネアは、まだこちら側の茂みに、先程の弓兵が潜んでいることに気付いた。

アルテアが這い上がってくるのを待っているのかもしれないが、外側にいるネア達の視線は気にかけていないようで、こちらからは丸見えである。


背面から見るに、狼めいた形の頭の不思議な生き物のようだが、森の生き物であれば、捕虜にすれば使えるかもしれない。

冷酷な人間はそう考え、首飾りの金庫から紐付きワンポイントきりんボールを取り出した。



「…………ネア?」

「ディノ、少しだけ目を閉じていて下さいね。敵を捕獲します」

「……………え」

「てやっ!」



次の瞬間、何の躊躇いもない残虐な人間の手から投げられた紐付きボールは、身の危険を感じたものかはっとこちらを見た弓兵の首に、狙い通り飛んだボールについている紐がくるくると絡まる。


慌てて紐を外そうとした弓兵は、首元にだらんと下がったボール部分のワンポイントきりんを見てしまい、身体中の毛をけばけばにした。




「ギャフ?!」

「手応えありです!捕まえました!!」

「ええ?!捕まえたの?!記憶の術式を外から?!」

「…………ご主人様」

「わぁ、やっぱりネアは凄いね!」



騒然とする魔物達に囲まれながら、ネアは紐付きボールを絡ませた弓兵をぐいぐいと引っ張る。

ネア自身の力はイマイチだが、幸いにもこのもふもふ弓兵は、中型犬くらいの大きさなのだ。



「逃がしません!」

「ギャイン!」

「このボール紐を解いて欲しければ、私達を安全な道で向こう側に案内するのです。いいですね?さもなくば、きりん風呂ですよ!!」

「…………ギャフッ」



引っ張られ森の入り口まで連れてこられてしまった弓兵は、遠目で見ていた時の期待を裏切る可愛くない生き物だったので、ネアの声音は冷ややかになるばかりだ。


黒い毛皮で覆われてはいるが、蜥蜴に似た生き物であるし、五個もある目がぎょろりとしていて少しだけ怪物じみている。

見ようによってはホラーの要素もあり、ちっとも撫でてみたい毛皮生物ではないどころか、毛皮の無駄遣い感が堪らなく腹立たしい。



そうなると、ネアとしてはこの捕虜の扱いは魔物達に託したいのだが、紐の先についているのがワンポイントきりんボールなので、捕虜がこちらに引き摺られてきた段階で、それに気付いた魔物達はすっかり怯えてしまっていた。


ここは、きりんボールを、魔物達でも扱える第二形態に移行せねばならぬと思ったところで、ディノが震える手をこちらに伸ばす。



「……………ネア、怖いだろう。私が代わりに持つよ」

「まぁ、ディノ、涙目ではないですか!少しだけ待っていて下さいね。今、きりんさんの絵を隠しますから」

「…………隠せるのかい?」

「ええ。このボールの絵は、ダリルさんと共同開発した仕掛け絵なのです。まだ実験段階でしたが上手くいけば…………うむ!消えました」



隠し扉の魔術を応用し、紐の持ち手の部分にあるダリル特製の術式にディノの指輪の部分で触れると、ボールに浮かんでいたきりん絵は、予定通りふわりと消えた。



この新型兵器は、きりんの絵を消せることこそが目玉になっており、消えたきりんの絵も、実際には隠し扉の魔術に覆い隠されているだけなので、紐を切らないようにして丁寧に解けば何度でも使える仕組みだ。


ネアにとって長年の課題であったのは、こちらの世界の生き物達はたいそう儚く、きりんの絵を見るだけでも、破壊力が強過ぎて味方諸共損なってしまうことだった。


その為に、きりんグッズは捕縛には向かないという弱点があったのだが、その弱点克服の為に開発されたのが、この、“紐付ききりんボール・捕縛用”である。




「ダリルと作ったのだね…………」

「ディノ?しゅんとしてしまわなくても、これを使うのは敵だけですよ?」

「多分シルは、きりんまみれの伴侶が心配なんだと思うよ。………ほら、僕が代わりに持とう。術式の内側を調べるのは得意だからね」



きりんさえなければと、紐はノアが受け取ってくれて、一歩森側に踏み込みながら、捕縛した弓兵を調べてくれる。




「…………ありゃ。これって、生き物じゃなくて術式に役目を待たせた張りぼてなのか。でも、この術式を擬態すれば認識されずに渡れるかもしれないね…………」

「術式がこんな形で動くのだな………」

「前に、エーダリアの魔術で、茶葉のひよこも動いたのを覚えているかい?あれと同じような感じだよ。………よし、もういいかな」



ノアの解析が済んだものか、紐に巻き付かれて捕縛されていた弓兵は、じゅわりと音を立てて黒い紙片になって消えてしまう。


たいそう無情ではあるが、使い魔を狙った上に、可愛くない毛皮にかける慈悲などないので、ネアの心は痛まなかった。



「じゃあ、僕とエーダリアで試してみよう。シル、ゼノーシュ、術式の型と織りはこんな感じだからね。…………まぁ、一度アルテアの例を見ておけたから、失敗しても渡り切ることは出来ると思うよ」



そう言うと、ノアはエーダリアと顔を見合わせ、豊かな森の中に踏み込んだ。


最初のところで、エーダリアが進もうとした方向をノアが修正していたりもしたが、序盤は何とか上手く進めたようだ。


ところが、沼地のあたりに差し掛かったところで、突然沼の水が爆発するという悲しいハプニングに見舞われ、エーダリアを庇ったノアが泥まみれになるという事故が起こってしまう。


幸いにも、二人はそのまま無事に渡り終えて封印庫の魔術師達の元へ辿り着けたが、泥をしたたらせながら暗い瞳をこちらに向けているノアは、とても悲しい思いをしたようだ。




「…………次は、僕たちが行くね。ノアベルトが歩いた所を使ってみる。沼には気を付けなきゃ…………」

「ゼノ、グラストさん、気を付けて下さいね。弓兵が現れたらぞうさんボールで叩き落とします!」

「うん、有難うネア」

「ネア殿、最後尾を任せてしまい、申し訳ありません」



グラストはそう謝ってくれたが、誰かが安全な道を示せばそこを辿ればいいことなので、あえて、事例を集められる最後尾にしてくれたのだろう。


封印庫の魔術師達の行程は、早すぎてよく分からず、残念ながら参考にはならなかった。




(ゼノに酷いことをしたら許すまじ!!)




ネアは、愛くるしいクッキーモンスターを狙うものなど死すべしという思いで、先程の弓兵が現れた茂みの辺りを凝視していたが、やはりこのような時には仕損じない二人は、見事に無傷で向こう側に辿り着いた。



向こう側からゼノに可愛く手を振って貰い、いよいよネア達の番となる。




「ディノ、今の二人の歩いた場所を選べば、何とか渡り切れそうです!」

「うん。もう少し歩数を減らすから、しっかり掴まっておいで」

「私を抱えたままで、動き難くないですか?」

「…………ネア、あの中だと危ないから、逃げようとしたり、暴れたりしてはいけないよ?」

「捕獲した野生動物ではないので、そのような行為には及ばないと約束します………」




さくりと、ディノの靴が森の下草を踏む。

注意して見ても地面のようだが、アルテアが下りたこの下の空間がある筈なので、足元には注意が必要だ。



(……………日差しが…………!)




ディノに持ち上げられたまま森の中に入ると、途端に肌に触れる陽光の強さが変わった。



薄暗い冬のウィームの陽の光が窓から差し込んでいた封印庫の廊下から、亜熱帯の森の中の鋭い木漏れ日を浴びて、むわりとするような湿気に包まれる。



けれどもその湿気は、森の豊かな緑の香りがする霧のようで決して不愉快なものではない。



(…………というか、とても素敵な森に思えてしまうのだけれど、……………)



「……………空気は澄んでいますし、何だかお花のいい匂いもして、気持ちのいいところですね…………」



少し拍子抜けしたネアがそう呟けば、ディノも困惑したように周囲を見回している。


気持ちのいい森の風が吹き、どこからか甘い果実の香りもして素敵な南国気分だ。




「私達が入った後で、魔術の質が変わったようだね。…………恐らく、もうどこを歩いても、罠は動かないのではないかな…………」

「そうなのですか?」

「……………不思議なことだけれど、敷かれていた魔術が、害意のあるものから祝福に近しいものに変わったようだ」

「…………まぁ。では、こちらの葉っぱは貰ってゆけそうですね」

「え、………………」



罠が発動すると嫌なので我慢していたが、その問題がクリアされればいいだろうと、ネアは、手が届くところできらきらと光っていた、淡い金色の水晶めいた、陽光のかけらのような不思議な枝をぱきんと手折って採取する。


慌てたディノは、素早く森を渡り終えてしまったが、枝を折ったことで何か問題が起きる様子もなく、ネアは美しい戦利品を満足げに掲げ、仲間達に合流した。




「わーお、…………なんか取ってきたぞ………」

「ノア、泥汚れは綺麗になったのですね!」

「うん、僕もなかなか優秀な魔物だからね……………。あの沼の泥は臭かったなぁ…………」

「…………私達が進んだ時には、そのような枝はなかった筈なのだが…………」

「ふふ。これも人徳やもしれませんね。一人、惜しい方を亡くしましたが…」

「……………ふざけるな。生きてるぞ」

「まぁ!アルテアさんが生還しました!!」

「一階層下がった道を進んだだけだ。人間用の檻の記憶程度のもので、死ぬ訳がないだろうが」

「とは言え、やはりの事故率…………」

「……………その目をやめろ」



苦々しくそう呟いたアルテアは、ネアが持っている小枝に気付くと、どこか無防備に目を瞠った。


とても悲しそうなので、ネアは後でちびふわにしてお腹を撫でてあげようかなと思ってしまうが、魔物としての矜持的には今はちびちびふわふわしたくはないかもしれない。




「……………何だそれは」

「先程の森でいただきました!お花の香りと甘い果物の匂いがして、素敵な森だったんですよ」

「……………は?」

「あの森も、慈愛に満ちた私の清らかさに、心を開いてくれたのかもしれませんね。森は友達です!」

「ほお、慈愛だと?だとすれば、あの常緑の精霊の扱いは何だ?」

「……………む?それはもしや、ちっとも可愛くない毛皮無駄遣い生物のことでしょうか。さては、下から私の勇ましい捕獲風景を見ていたのですね?あやつは、使い魔さんを狙った悪いやつですし、可愛くもなく用無しですのでぽいして構いません」

「ほら見ろ。慈愛の要素は皆無だな」

「むぐぅ…………」

「僕さ、あの弓兵を捕まえたのがネアだからじゃないかなと思うんだよなぁ…………。ほら、南方の精霊って、竜みたいに強い生き物に従属するし。……………あ、もしかして………。アルテア、問題の傘の傘骨は何製なんだい?」

「……………星闇の竜だな」

「………………わーお。本体の方かもしれないぞ……………」




ネアは、なぜみんなはこちらを複雑そうに見つめているのだろうと首を傾げ、乗り物になってくれていた伴侶から下車して、見事なモザイク床を踏んだ。


手にはきらきらぴかぴか光る小枝を持っていて、ノアの見分では、森の祝福に陽光の祝福が層になって結晶化した、自然の奇跡とも言うべきたいへんに珍しい品物であるらしい。


とても素晴らしいものだが、一応はお仕事中の収穫であるので、売るにせよ、使うにせよ、後でエーダリア達と話し合おう。




「ネア、三つ編みを握っておいで。離さないようにするんだよ」

「ディノ……………?」

「アルテアが責任を持って対処するから、大丈夫じゃないかな。…………それにしても、竜か……………」

「…………むぅ。なぜにみんなで、私をそんな目で見るのだ……………」

「僕ね、今年もきっと、ネアのことを気に入って、守ってくれる傘になると思うな」

「傘なんて…………」

「ったく、お前は手当たり次第にも程があるぞ………………」

「解せぬ……………」



そんなやり取りをしている内に、封印庫の魔術師達が扉を開けてくれたようだ。

音を立てて開いた扉の向こうには、呪いの傘と呼ばれるものが待ち受けている。












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