案内人
館内は、予想に反して暖かみのある空間だった。左右の螺旋階段が二階に繋がっていて高級感がある。
埃とカビの巣窟を想像していただけに、ちょっと驚く。
「私、掃除が好きなんです」
「心が整えられるから?」
「いえ、ただの自己満足ですよ。それに、他に掃除をする人間がいないのでこの館には」
こんなに広い館なのに、人の気配はあまりない。従業員が少ないのだろうか。
「ケイシィ……館長の部屋に案内します。ついてきてください」
「引っ張ってはくれないんですか?」
「大きな甘えん坊さんですね」
ささやくような笑みをこぼして、シンスさんは階段を登る。
もう腕は引っ張ってもらえないようだ。
先を行くシンスさんはスカートを穿いている。膝下の長さといえど、淑女の身体をそう見ていいものではない。
足元に注意して階段を登るとシンスさんがまた小さく笑ったようだった。
何だか恥ずかしい。
段上の廊下の中央が館長の部屋だった。
シンスさんは三回ノックをする。
「シンスです。本日面接予定のジオンさんを連れてまいりました」
扉の向こうから女性の声で、「入るように」と合図があった。
シンスさんが扉を開ける。
慣れたせいかあまり緊張はしなかった。
「大丈夫そうですね」
シンスさんの言葉にうなずいて、僕は七度目の面接に挑む。
*
部屋には赤髪の女性と、金色の髪の女性が向かいあうように座っていた。
赤髪の女性は奥に、手前には金髪の女性が。
金髪の女性はソファの端のほうに腰掛けており、となりの空いた空間が気になった。
「今回の面接は二人一緒にやることになったんだ。彼女の隣に座りたまえ」
言われて、金髪の女性……というより少女だった。少女に小さくお辞儀して、となりにゆっくりと腰をかける。
ソファの沈む感触が少女に伝わらないように、僕なりの配慮を心がける。
「初めまして。わたしはここ、『星の案内人』の館長を務めているケイシィだ。元は『討伐士』をやっていた」
討伐士、魔物を狩る仕事とか何とか。一度なろうと思ったが危険ということを聞いて辞めた諦めた。
「リナリーとジオン。君たちは我々、案内人……正確には『魂導士』が何をしているか、知っているか?」
ロード、という言葉を聞いて、僕は怪訝に思った。
僕は『案内人』という仕事と聞いてこの館を訪れた。
道を案内するだけの仕事と思っていた。
けれど、ロードなんてたいそうな名前が館長さんの口から出てくるではないか。
何だか嫌な予感がする。
「はい。魂導士とは死後のさまよう魂を、世界に還す仕事です」
あまりの壮大な話に冷や汗がながれる。
「とてもつらく大変な仕事と伺っております。けれど、誰かが。さまよう魂を視ることのできる人間がやらなければならない尊い仕事」
館長が「その通り!」とうなずいているが全然その通りじゃない。
魂が視える力が必要ということは知っていたけれど、とてもつらく大変とか初めて聞いた。
「ジオン。君に覚悟はあるか」
館長だけでなく、となりの少女も僕を真剣なまなざしで見つめている。
面接に慣れたとか、勘違いだった。
「あの、館長さん。僕の素性とかは気にならないのでしょうか」
これまでは素性、経歴を理由に落とされてきた。
真っ当な人生を送ってこなかったのだ。就職六連敗に文句を言おうとは思わなかった。
「確かに怪しいな。怪しすぎる」
少女のまなざしが僕の全身を一瞥。
眉根を寄せた。
「しかし、君には『眼』がある。見えるのだろう。――死後の存在が」
館長――ケイシィは心の底を覗くような眼力で僕の眼を見据える。
確かに僕には、彼女のいうとおり死後の存在ってやつが視える。
だけど、それだけだ。
視えるだけで自ら手を差し伸べることはない。
二人の胸に灯る魂の救済、そんな高尚な善良心など僕は残念ながら持ち合わせていなかった。
「答えは得られない、か。……まあいい。じきに適性云々は解るだろう」
館長は机上の書類にペンを走らせる。
答えに窮した僕に、となりの少女は何を思っているのだろう。
小さくため息を吐いたようだった。
「これからお前たちには、この仕事をより理解してもらうために現場に出てもらう」
「マッキノン!」と館長は扉に向かって呼び掛けた。しばらくして、茶髪の大柄な男が部屋に入ってきて僕と少女を流し見た。
「……こいつらが新入か?」
「ああそうだ。お前これから現場に出るだろう?」
大男の腰には、斧と剣が合わさったような物騒な武器がぶら下がっている。
「こいつらひよっこに魂導士のなんたるかを教えてやれ」
そういって、館長は不敵な笑みを浮かべた。