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銀河鉄道の朝~ポケット一杯のワン・シーン

作者: かい さとし
掲載日:2017/08/05


  銀河鉄道の朝



「もうすぐ南のかんむり座ステーションだよ。ほら、


天の川大橋が見える。すぐ傍にあるのは、天の川の


水を汲み上げている南斗揚水場だ。」


 カムパンネルラが指さす方を見ると、エメラルド、


サファイア、ダイヤ、オバールを散りばめた可愛ら


しい王冠が見えました。中でも赤いルビーは赤い矢


のような素晴らしい輝きを放っていました。


「きれいだなあ。」


 あまりの美しさにじっと見ていると、目を射すく


められ思いがして、ジョバンニは慌てて目を閉じま


した。それでも瞼の奥で幾つもの赤い星がチカチカ


光っています。


「あまり長く見ない方がいいよ。アンタレス産のル


ビーを使っている。あの光はレーザーだからね。」


 カムパネルラが注意しました。


 蠍の火じゃないのだな、とジョバンニは不思議に


思いました。


 ジョバンニは目をパチパチさせながら冠から目を


離し、今度は揚水場を見ました。揚水場のひしゃく


は北のひしゃくより小さく、桶を伏せたままで一向


に水を汲む様子がありません。


「揚水場のひしゃくは動いていないね。北のひしゃ


くはしきりに水を汲んでいたのに。」


「南は工業が進んでいるから、ひしゃくはもう、使


わないのだろう。だから、あのひしゃくの桶には、


もう神様はいないんだ。」

 

 そう云うと、カムパネルラはもう一度窓の外を見


ながら黙りこんでしまいました。窓に映ったカムパ


ネルラの横顔は少し大人びたように見え、ジョバン


ニは、星めぐりの歌を口笛で吹いていた自分がひど


く子供じみていたように思え、恥ずかしくて顔がか


っと熱くなりました。気持ちをごまかそうとポケッ


トの中をまさぐると、こつんと手応えがありました。


取り出すと、それは銀河ステーションでもらった黒


曜石の地図でした。なんとはなしにジョバンニは地


図を拡げて、線路を北から南へ指先でなぞってみま


した。すると、おかしなことに南のかんむり座ステ


ーションのあたりまで辿ると、急に指先が冷たくな


ってしまいました。ジョバンニは驚いて地図から指


を離してもう片方の手で指先を触ってみました。ほ


んのり温かく、いつもの自分の指です。いま一度北


からなぞってみるとやっぱり駅の周りまでくると指


先が冷たくなるのです。ジョバンニはカムパネルラ


の言葉を思い出しました。


(ああ、そうか。あの桶にはもう神様がいないんだ。


指先が冷たくなるのは神様とか信仰がないからだ。


だけどカムパネルラは本当になんでも知っているん


だなあ・・・・。)と思ったときです。がたん、と


軽い振動があって汽車は急に止まりました。


「停車信号です。」

 

 どこからか、乾いた無愛想な声が聞こえてきまし


た。


「どうしたんだろう。」 


 ふたりは顔を見合わせました。そして辺りを見回


して車内がすっかり様変わりしていることに気が付


き、驚いて再び顔を見合わせました。いつの間にか


車内は人でぎゅうぎゅうになっていたのです。いま


まで匂っていた苹果のさわやかな匂いにとってかわ


って、妙に甘ったるい匂い、汗の臭い、湿気を含ん


だ服の匂いが入り交じった人いきれが充満していま


す。


ジョバンニは胸がむかむかしました。カムパネルラ


は顔を青ざめさせて、ハンケチで口を押させていま


す。 

   

 車内は不思議な灰色の静けさに覆われていました。


目を瞑ってじっと耐えている人がいれば、つり革に


だらしなくぶら下がるようにして掴まりながら、ど


こか虚ろな目をして外を見ている人、手に持った小


さな石板をけだるそうに指先でなぞっている人、不


愉快そうに何回も腕時計をみている人、人と人に挟


まれ、アトラスのような格好をした人もいます。み


んな心の底から倦んだような精気が抜けてしまった


顔をしています。いやな感じの陽炎がたっているよ


うにジョバンニには思えました。


「どうなっているのだろう。これ。」


 ジョバンニは唖然としながらカムパネルラにささ


やきました。


「たぶん、工業化が・・・・」


 カムパネルラが口をハンケチで口を押さえながら


もごもご言いかけたそのとき、


「なあ少年たちよ。」

 

 今度はすぐそばで聞こえました。カムパネルラと


ジョバンニがその声の方を見上げると、つり革に掴


まった、ひき蛙のような顔した小太り男の人が、二


人をにらんでいました。


「子供は席に座っていちゃあ、いけないよ。」


「え、ええ。なんでですか。」


 ジョバンニは思わず聞き返してしまいました。


 小太りの男の人は、そんな簡単なこともわからな


いのかと言いたげに、ちっと舌打ちすると、


「なんでって、子供は風の子、元気な子っていうだ


ろう。おじさんたちは歳をとって体力がないから疲


れてんの。わかるゥ? 意味。」

 

ジョバンニは男の人の得たいの知れぬ気迫にすっか


り慌ててしまい、


「風の子って、又三郎君のことですか?」


「なに言っているんだッ、バカッ。」


 男の人の怒り声が淀んだ空気の車内に響き渡りま


した。


 車内の空気が少し動きました。でも池に小石を投


げてできた波紋が拡がってすぐ消えるように、また


すぐにどんよりとした空気に戻りました。


 カンパネルラは泣きそうな顔でジョバンニの脇腹


を突きました。


「ごめんなさい。」


 ふたりはあやまりました。


「ちょっとぉ、うっさいわねェ。耳元で大きな声を


出さないでっ。周りの迷惑もちょっとは考えなさい


よ。いい歳した大の大人が朝から子供に絡むなんて、


みっともないわよ。」


 隣のつり革に掴まった化粧の濃い、パンツスーツ


姿の女の人が眼を釣り上げてたしなめました。ジョ


バンニには、その女の人がたしなめると云うより、


男の人に八つ当たりしているように思えました。


 男の人は顔を真っ赤にさせて、


「迷惑だあ? 迷惑はお前の香水の方だ。毒々しい


化粧も目障りだ。宿酔いの頭がくらくらするわ。」


「なんですってぇ。」


 女の人の顔が般若のようになりました。


「あ、あの、ごめんなさい。とにかく、ぼくたち、


立ちますから。」


 ジョバンニは、はらはらしながらカムパネルラ


と一緒に立とう腰を浮かしたとき、


「発車します。」


 再び乾いた声が聞こえると、がたん、とひと揺れ


して汽車は動き始めました。そのせいふたりともま


た席に座り込む形になってしまい、お尻の座りが悪


くてもぞもぞしていると、汽車はすぐに南のかんむ


り座駅のホームに滑り込みました。車内の中がにわ


かに沸き立ち扉の近くに付近に人が動き始めました。


にらみあっていた小太りの男の人も、女の人も口喧


嘩をやめ、それでも何かぶつくさ言いながら扉の方


へ向かう緩慢な人の動きに身を任せました。


 扉が開きました。


「おはようございます、南のかんむり座、南のかん


むり座。」


「扉付近の方は一旦降りてください。」


 殺気だった人がむぎゅっと扉に押し寄せます。


「あ、痛っ。」


 さっきの男の人が悲鳴を上げました。男の人と言


い争いをしていた女の人が、ハイヒールのヒールで


男の人の靴を思い切り踏みつけたのです。周りの人


はちょっと反応しただけで次の瞬間には何事もなか


ったかのように押し合いへし合い、黙々と流れ出て


いきます。たちまち女の人も、小太りの男の人も姿


が見えなくなりました。 


 ジョバンニは男の人が女の人のお尻を触ったのを


人垣の間から偶然見ていました。わざとなのか、偶


然なのかはわかりません。


「僕、こんな大人たちは今まで見たことないよ。こ


こは僕たちの世界なんだろうか。ここにはさいわい


ってあるのかしら・・・・。」とジョバンニは独り


言のように言いかけて、もうなにがなんだかわから


なくなり、「カムパネルラ・・・・。」と助けを求


めるようにカムパネルラを見ると、


「神様は、もういない・・・・、だからさいわいも、


もう・・・・。」


 カムパネルラの声は、途中で甲高いアナウンスに


かき消されてしまいました。


「業務連絡ゥ。到着の三六Mはぁ、一分四十秒の延


発ゥ、おあと三〇。」


「承知。」


 押し殺した渋い声で返答がありました。


 扉の両脇は、これから走り出そうとする馬が前掻


きしているような気配の人たちでごったがえしてい


ます。


 ジョバンニがほうと肩で息をつくと、カムパネル


ラが天を仰いで、ほうと息をつきました。そして、


「僕たちは立っていよう。」


 そしてジョバンニとカムパネルラ急いで席を立ち、


手と手をぎゅっと繋ぎました。ジョバンニはカムパ


ネルラと手を繋ぎながら目を合わせました。カムパ


ネルラは軽く頷くと、そっと笑いました。ジョバン


ニは、(そうだ、僕たちはいつも一緒なんだ。)と


思うと少し勇気が湧いてきました。今度は扉からも


の凄い勢いで人が乗ってきます。みんな殺気だった


顔で人を押しのけ、身体をくの字にして我先に空い


ている席へ一目散に突進していきます。


「あとの列車続いています、あとの列車が続いてい


ます。無理なご乗車はおやめください。」


 駅のアナウンスが煽ります。次から次へと押し寄


せる人の勢いにジョパンニもカムパネルラも顔を紅


くしてこらえていましたが、とうとう繋いでいた手


が離れてしまいました。


「あっ、カムパネルラ!」


 カムパネルラの姿はたちまち人の波に飲み込まれ


てしまいました。


「ジョバンニ、僕たちは、いつまでも一緒だ!」


 カムパネルラの声だけが人の波の向こうから聞こ


えました。


 扉が閉まりました。


 ジョバンニの体は気をつけの姿勢で周りからぎゅう


ぎゅう押しつけられ、胸が苦しくてたまりません。身


動きがとれないままジョバンニは、(ああ、苦しいな


あ。カムパネルラはどうしているのだろう。やっぱり


苦しがっているのだろうか。)と思いながら目を動か


して周りの人たちを見ました。そして、(でも周りの


ひとたちも、きっと苦しいに違いない。僕たちだけが


苦しい訳でないんだ。)と思いました。驚きの連続で


周りの人が別の世界に住んでいる人たちと思っていた


のが、失礼なような気がしました。


 しばらくすると、あれほどぎゅうぎゅうだったのが、


少しほぐれてきました。おかげで少し体を動かすこと


ができるようになり、ジョバンニは、ふうと息をつく


ことができました。そのとき、「ジョバンニ。」と後


ろからカムパネルラの囁くような声が聞こえました。


ジョバンニが振り向くと、人波に飲まれたはずのカム


パネルラが、すぐ後ろでなんだか気まずそうな横顔を


見せているではありませんか。ジョバンニはすっかり


嬉しくなり、無理に体をよじってカムパネルラの方に


体を向けました。


「カムパネルラ。よかった。大丈夫かい。」


「うん。」


 カムパネルラも身をよじってジョバンニと向き直り


ました。


「凄かったね。僕、一時は体が宙に浮いていたよ。」


 カムパネルラは疲れた青白い顔で、呆れたように云


いました。


「僕はとにかく、苦しかったよ。一体カムパネルラが


どこかへ行っちゃったんだろうって心配だった。」


 カムパネルラはちょっと恥ずかしそうに笑いながら、


また横を向きました。


「ねえ、ところであれ見てよ。」


 カムパネルラが横を向いたままジョバンニにひそっ


と云いました。ジョバンニがカムパネルラの見ている


方に目を向けると、女の人がバックを胸に抱えて目を


ぎゅっと瞑ってうつむき加減で席に座っていました。


よっく見ると、それは男の人と口喧嘩していたさっき


の女の人です。その前には髪の白くなった、少し腰の


曲がった男の人が、つり革に掴まりながら、女の人を


にらみつけていました。


「僕たちは、ああいう大人にはなりたくないね。」


 カムパネルラは眉を潜めてジョバンニの耳元でささ


やきました。ジョバンニが肯こうとしたときでした。


カムパネルラが何かに気がついて「あっ。」と小さな


声を上げました。そのうち今まで青白かったカンパネ


ルラの表情が、みるみるうちに嬉しそうな晴れ晴れと


した表情に変わりました。


「どうしたの。」


 ジョバンニが不思議そうに尋ねると、カムパネルラ


はジョバンニの目をしっかり見ながら、


「ジョバンニ、僕たちは次の駅で降りよう。」


 と力強く云いました。


「僕たち、サウザンクロスへは行かないの?」



 ・・・・(この間原稿二枚欠)



「カムパネルラが、息を吹き返したぞぉ!」

 

                           終



 小学生の頃、宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』を初めて読んだときに、カムパネルラのお父さんの心境にもやあとしたものが胸にわだかまったのを覚えています。四十五分たったからもう駄目だと、息子のことをすっぱりと諦められるのだろうかという疑問です。大人となったいま読み返してみると、深掘りすることはできるのですが、それでもちょっと胸に引っかかるがあります。

 だからという訳でもないのですが、作品ではカムパネルラが生き返るという設定にしました。


 ちなみに文中に出てくる南斗揚水場のひしゃくは、射手座の南斗六星のこと。南のかんむり座はその射手座の足元にある、Uの字型の可愛らしい星座です。

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