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7話:さぁ、ここからだ

 俺たちは王都を出発してからテレジア街道をひたすら歩き、ようやくのことでスタイン城塞都市にたどり着いた。

 スタインは、城塞(じょうさい)都市と名乗るにふさわしく、都市の外周をぐるっと、外壁が取り囲んでいる。

 

 出入り口は正門の一つだけで、そこにも衛兵がたくさん警備している。

 俺たちは冒険者ギルドで受けた仕事の証書を見せると、中に入れてもらうことができた。


「へー、これがスタイン城塞都市なんだー」


 ローレライが物珍しそうに、辺りをキョロキョロと見ている。

 スタイン城塞都市(じょうさい)の内部は、いかめしい石畳の街と形容したほうがいいだろうか。


 露店や人で活気に満ちた王都と違って、スタイン城塞都市は落ち着き、無骨な雰囲気を出している。


「なんか……地味……」

「衛星都市だし、こんなもんだろ。商隊の護衛の引き継ぎに、冒険者ギルドに行くぞ」

「ふぇーい」


 期待していた街と違って気分が落ちているローレライを連れて、俺とレイシスはスタイン城塞都市の冒険者ギルドへと向かった。



 ◇



 スタインの冒険者ギルドは都市の特色をそのままに映し出していて、中にいる冒険者たちも無口で無愛想な男が多い。

 入り口から中に入った俺たちに注がれる視線を無視し、俺はカウンター越しに受付嬢に話しかけた。


「王都の冒険者ギルドで、商隊の護衛を引き継ぐ仕事を受けてきた。これが証書だ」

「あ、はいはいー。先に使い(がらす)が送られてきたので聞いてますよ。フランさん、ですよね」


「そうだ」


 こくりと頷く。


「フランさんたちがスタイン城塞都市に着かれたのは今日ですか? 早速で悪いんですけど、1泊して体を休めたら明日にでもすぐに王都へ護送してもらえませんか?」

「そのつもりだが……何か急ぐ理由があるのか?」


 俺の言葉に、受付嬢は顔を曇らせる。


「えぇ、ちょっと……。詳しいことは明日、商隊をまとめる方に聞いていただければ」

「了解した」


 そうして俺たちは、宿屋で一泊した後、商隊の護衛をしながら王都に逆戻りすることになった。



 ◇



 結論から言ってしまえば、その仕事は商隊(しょうたい)の護衛ではなかった。

 商品を輸送すると言えばそれは間違いなくそうなのだろうが、輸送するのは物や食べ物ではなく、『人』だったのだ。


娼婦奴隷(しょうふどれい)の輸送か……」


 商隊のリーダーを務める男を前にして、レイシスが苦渋を浮かべる。

 目の前には大きな鉄格子がついた馬車が4つ並んでいるが、そこに詰め込まれていた『商品』とは、これから娼館(しょうかん)に売り飛ばされて行く少女たちだった。


 奴隷として売られゆく彼女たちはみな、不安と恐怖を表情に浮かべている。


 俺はたまに仕事をしていればこういう案件にも出くわすからなんとも思わないが、隣のレイシスは根っからの正義者なのか、年若い少女たちが『商品』として馬車にぎゅうぎゅうに詰め込まれている状況が不服のようだ。


「レイシス」

「……分かってる」


 レイシスの声は、冥府の底から這い上がってきそうな声音だった。

 今にもレイシスは、目の前でへつらいながら『商隊の護衛、よろしくお願いしますよ。大事な商品なんでね』と言っている商人の頭を、ぶん殴りだしそうだった。


「いや、分かってないから言わせてもらう。人身売買は、この国では禁止されていないぞ。奴隷制はおおやけに認められている。それに、娼婦として生きることがそれほど不幸なこととは限らない」

「分かってる……! 皆、なんらかの事情があってここにいるのだということも……」


 レイシスはかぶりを振った。

 正義を振りかざすことだけが、正解なわけではない。


 たとえ娼館に売られて、娼婦として働かされても、まともな娼館なら衣食住が保証されていることも多い。

 それなら少なくとも、生きてはいける。

 文字通り、娼婦は体が商品なのだから、大切に扱われるはずだ。


 おそらく、ここにいる少女たちは皆、なんらかの複雑な事情を抱えているはずだ。

 生活資金に困って娘を泣く泣く手放した農家の子だったり、商売に失敗して莫大な借金を抱えそのカタとして取られた商家の娘であったり、または貴族の妾の子などが家から見限られて捨てられた女の子。


 彼女たちにはそれぞれのドラマがあり、そのすべてを助けて回ることなど、俺たちのような一介の冒険者にはできない。


 俺だって彼女たちのことを可哀想だと思う。

 だが、ローレライと2人で暮らしていくことだけで精一杯なのに、これ以上女を養う余裕なんてない。


 ここでレイシスが無駄な正義感を発揮して奴隷商をぶん殴り、彼女たちを奴隷から解放したところで、娼婦となる予定だった娘たちはどうやって王都で生きていけばいいのだろう?


 それを俺が暗示したからこそ、レイシスは渋面を浮かべて、歯ぎしりしていた。

 ローレライも、彼女たちを不憫(ふびん)に思ったのか、口数が少なかった。


「それじゃ、道中はよろしくお願いしますよぉ」


 額に脂汗を光らせた奴隷商は、にやにや笑いを浮かべたままそう言った。

 俺たちは、スタイン城塞都市を出発した。



 ◇



 王都に帰る道を、馬車が行く。

 平原では何事も起こらず、至極順調だった。


 が、王都に続く森を馬車が抜けていくところで、動きがあった。

 荷台に腰掛けて鼻歌を歌っていたローレライがピクリと反応する。


「フラン! 森林道の両側からなんか来てる。かなり大人数に囲まれてるよ!」

「分かった。レイシス、仕事が来たようだぞ!」

「あぁ」


 馬車の反対側を守っていたレイシスに声をかける。

 時を同じくして、森林道の両側、獣道(けものみち)となっている場所から、雪崩(なだれ)のような足音が聞こえる。


「や、野盗ですかっ……!?」


 奴隷商の頭が、表情に恐怖を浮かべる。


「そうみたいだ。馬車を止めろ。商人のアンタは巻き添えを食わないように、じっとしていればいい」

「高い金払ってあんた方を雇ったんだ! ワシの商品をきっちり守ってくれ!」


「言われなくても。ローレライ!」

「はいはい」


 ローレライが馬車の荷台からぴょん、と降り、俺の隣にやってくる。

 彼女の、風の根源精霊としての力を引き出す。


 風が(うな)る。

 大気に流れる風が、収束していく。


「はっ。命が欲しけりゃ、積み荷は全部置いていくんだな!」


 そう言って、獣道から飛び出してくる野盗たちに、風の矢の標準を合わせる。

 野盗たちは数十人はいる大所帯で馬車に襲いかかってきた。


「ひっ、ひぃぃっ……!」


 奴隷商や馬車に詰め込まれている少女たちが悲鳴を上げる。

 野盗が剣を引き抜き、下卑た笑い声をあげながら彼らに襲いかかるところを、俺は風の精霊魔法で撃ち抜いた。


 見えない風の矢が飛んでいき、野盗たちの頭を正確に射抜く。


「ごぼっ!?」


 頭を風の矢で撃ち抜かれた野盗は、盛大に血を吐き出しながら絶命した。

 その一瞬で、数の利で『絶対に勝てる』と思っていた野盗たちに、警戒の色が浮かんだ。


「魔法だ……! 魔法使いがいるぞ!」

「魔石を使った魔法じゃねえのか!?」

「いや、これは精霊魔法だっ……。使えるヤツがいたとは……」


 野盗たちが警戒して、俺から距離を取った。

 馬車の反対側からは、レイシスが剣で野盗に応戦している音が聞こえてくる。


「フラン! そっちはどうだ!」

「こっちは問題ない」


「くっ……、なら、俺の方にも少し手助けしてくれ! この数じゃ……抑えきれないっ!」

「きゃーっ! いやー!」


 後ろを振り返れば、今にも馬車に乗っている女の子たちが野盗たちにさらわれそうな状況だった。

 鉄格子を野盗に剣で叩かれ、中にいる女の子たちは恐怖でガタガタ震えている。


 奴隷の女の子たちを助けなくては。


「ローレライ、辺り一帯に風の雨を降らせるぞ!」

「はいよー」


 俺は上空に向けて、魔法の弓を引く構えを取った。

 風で矢と弓を作り、それを虚空に向けて放つ。


 一筋の風が上空に打ち上がったかと思えば、それは天空で無数の矢に分離する。

 そして風の雨が地上に降り注ぎ、馬車の積荷――娼婦奴隷の女の子たちを狙っていた野盗たちに、ことごとく突き刺さった。


「ぐあっ!」

「うぎゃあ!」

「がはっ……!」


 至る所で野盗たちの悲鳴が上がり、血しぶきが上がった。


「魔法だって……!?」

「こんなレベルの高い魔法を使うには、相当の魔石が必要じゃねえのか!」

「いや、こいつ、精霊だ。精霊魔法だっ!」


 精霊魔法という失われた力で攻撃された野盗たちは、それを知るとパニックを起こした。


「護衛に精霊魔法使いがいるなんて聞いてねぇぞ!?」

「こいつ……フランだ! 世界で一人だけ精霊に愛された、あの卑怯者の大賢者だよ!」

「精霊魔法を相手に勝てるわけねぇ! お前ら、退くぞ!」


 そうして野盗たちは散り散りになって去っていった。

 後に残された奴隷の女の子たちは、お互いに震える体を抱きしめ、瞳に涙を浮かべている。


「お、終わったの……? 私たち、殺されなくても平気なの……?」

「分からない……。でも、あの賢者様が助けてくれたみたいで……」

「あぁっ……ありがとうございます。賢者様!」


 娼婦として売られていく女の子たちが、俺に向かって感謝の意を告げた。


「いいさ。こっちも仕事なんだ。気にするな」

「それでも、助けていただいたことは事実です。いつか、私たちが務める娼館にいらしてください。心よりおもてなしさせていただきます!」


 その言葉に、ローレライが一気に不機嫌になった。


「何? フランってそういう下劣なところに行くつもりだったの?」

「下劣って……。男なんだから、娼館で吐き出すというのも、当たり前の行為だろ」

「フランには私がいるのにー!」


 まさか精霊と寝るわけにもいかないだろうが。

 そう言いたかったけど、言ったらぶち壊しになる気がして、俺は苦笑を浮かべるだけだった。


「終わったようですな……?」


 そこで、奴隷商の男が、おそるおそる辺りを見渡して口にした。

 森林道の周辺には俺が風の矢で撃ち抜いた野盗の死体がいくつか転がっており、みな息の根が止まっていた。

 

「終わったみたいですね」


 俺が言うと、奴隷商の男は深々を息を吐いた。


「はぁーっ……冒険者ギルドで聞いたとおりの腕前だな。さすが、卑怯者の大賢者様だ」

「その呼称は、なるべくなら使わないで頂きたいが」


 首を横に振って、ローレライに「お疲れ様」と薄緑色の髪を優しくなでてやった。

 ローレライは気持ちよさそうに目を細める。


「すげぇな、フラン。お前、あんな魔法が使えたのか」


 馬車の反対側を守っていたレイシスが、驚きの表情を浮かべてこちらに歩み寄ってくる。


「さすが、精霊と契約しているだけはある、か……。お前がいれば、どんな仕事だってこなせるな」

「俺がすごいんじゃないよ。ローレライがすごいだけだ」

「むふふー」


 俺に褒められ、ローレライは心地良いとばかりに、喉を鳴らした。

 俺は卑怯者の大賢者として嫌われているが、このパーティーにおいては野盗をほぼ一人で退けた俺に、今やみんなからの称賛の眼差しが集まっている。


「ねぇねぇ、よく見たら、あのおじさんカッコよくない?」

「レイシスとかいう人より、よっぽど頼りになるよね」


 女の子たちが、馬車の鉄格子ごしにそう話す声が聞こえてくる。

 それを見て、ローレライは『そら見たことか』と自慢げな顔で俺に言った。


「ほら、フラン。人間って実績を出したり、誰かを窮地(きゅうち)から救えば、すぐ手のひらを返して羨望(せんぼう)の眼差しを送るでしょ。こういうもんだよ」

「その逆も経験したけどな」


 人間の評価は、本当に移ろいやすく、アテにならないものだ。

 一時は究極の栄光と名誉を手にした英雄が、その名誉が地に落ち、世間から大バッシングを受けるなど、毎日のように起こっている。


 そんな苦い過去を振り返る俺を見て、ローレライは言った。


「人っていうのはね、自分を映し出す鏡なんだよね。

 だから、人に嫌われようと思ったら簡単だよ。

 自分がすごいんだ、才能があるんだ、だれから見ても欠点のないイケメンだって、自己愛を膨らませればいいだけ。

 そういう人は見ていて痛々しいし、みんな嫌いになるでしょ」


「まぁ、たしかにそうだろうな」


「現象学の言葉を借りて言えば、人は他人の中に自己を見出す、んだよね。

 だから、自分の嫌なところを映す(他人)は、叩き壊したくなる。

 英雄だの天才だの持て囃される人が、やがて栄光を失ってみんなからバッシングされるのは、有頂天になった姿が一般人の自分の嫌なところと重なって、大嫌いになるからなんだよ」


「……ふむ」


 だとするなら、やはりあの頃の俺は、有頂天になっていたのだろう。

 国民すべてから顰蹙(ひんしゅく)を買ったのだから。


「だから、人から好かれようと思ったら、自分がすごい英雄になるんじゃないの。だれから見ても欠点のないイケメンになる必要なんてないの。

 ただ、他人をキレイに映してあげられる鏡になればいい」


「他人をキレイに映してあげる鏡……」


「そう。だから、フランの本質的なところは、そういう鏡だと私は思ってるんだよね。

 だっていつも私の話を聞いてくれるし、共感して、慰めてもくれる。


 私はなんで今までフランが人間の世界で嫌われてるのか、不思議でしょうがなかったもん。

 人間って馬鹿なんじゃないのかって、ずっと思ってた。

 これからだよフラン。これから、少しずつ他人との距離を詰めていけばいいんだよ。

 そのために、私はあなたの隣にずっといるよ」


 そう。ここからだ。

 人間みんなから嫌われた卑怯者の大賢者の話を、ここから始めよう。

 ここから、フランの成り上がりが始まっていく――。

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