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6話:修道院

 平均的な人間の1日の歩行距離は、40キロ前後だと言われている。

 つまり、街道の40キロ刻みで、宿泊施設が設置されていることが多い。


 俺たちは王都から出発し、40キロを歩いたところで修道院までたどり着いた。

 修道院はウェールス教という唯一神へ信仰を捧げる人々のための施設であると同時に、旅に疲れた者を宿泊させてもらえる施設でもある。


 俺とローレライとレイシスは、修道院の中に入り、礼拝堂(れいはいどう)で神への祈りを捧げる。

 ウェールス教は王国で主流となっている宗教であり、共同体の価値観や集団心理に大きく影響を与える。


 姦淫(かんいん)を働かず、人を殺さず、盗みを犯さず、慈しみの心を持って人に接する。


 そういった事が戒律(かいりつ)となっている宗教だ。

 だから、聖書を読み込んでいる修道院のシスターや神父というのは、人格者が多い。


 もっとも教皇(きょうこう)クラスまで登りつめるとなると、国家の政治にも多大な影響力を与えるから、収賄(しゅうわい)が公然と行われ、教皇の座を争って死人が出るとまでの噂がある。


「ま、俺たちには教団内のいざこざは関係ないしな。

 適当に寄付払って、泊めてもらおうぜ」


 俺の隣でウェールス神に祈りを捧げていたレイシスが、そう言った。


「そうしよう。シスター」

「はい。如何なさいました?」


 全身を黒の修道服に身を包むシスターが、こちらに歩み寄ってくる。


「これで俺たちを泊めてくれ」

 

 彼女の手に銀貨を数枚握らせた。


「神へのご寄付、感謝致します。きっと、あなた方の旅路に祝福の光があるでしょう」

「ありがとう。それで、部屋の事なんだが」


 ちら、とローレライを見て、俺はシスターにほのめかした。


「承知しております。修道院で男女が(みだ)らに同衾(どうきん)してはなりません。

 そちらの女性は、女性専用の部屋をご用意致します」


「悪いな」

「えー、フラン。私はフランと一緒の部屋でいいのに」


「ダメだ。修道院はたいてい大部屋だ。ローレライが俺たち一緒に寝たら、どうなるか分かったんもんじゃない」

「そう? 私、そんなに美人?」


「はいはい、美人だよ」


 くにゃり、と身体をしならせて自らを誇るローレライに、俺はため息混じりで返答した。

 その様子を見て、シスターがくすくすと笑う。


「仲がよろしいのですね。夕食は礼拝堂(れいはいどう)を出て、回廊(かいろう)の反対側に設置されている、大食堂でご用意させていただきます」

「分かった。ありがとう、シスター」


 そう言って、俺たちは食堂へ向かった。



 ◇



 修道院での食事は、パンとチーズ、魚の塩漬け、それから蜂蜜を加えたワインが振る舞われた。


「まぁ……修道院のメシなら、こんなものだな」


 大食堂のテーブルで、俺の前に座るレイシスがそう言った。


「ふつうに美味いよな、ローレライ?」

「そうだねー。私、このワイン好き」


 そう言いながら、ローレライは正式名はピグメントゥムというワインをこきゅこきゅ飲んでいる。

 俺も魚の塩漬けを頬張(ほおば)る。


 ワインを一心不乱に飲んでいたローレライは、ぽやぽやした様子だ。


「あはー。いい感じに酔いが回ってきた」


 ローレライは俺の肩に、頭をあずけてくる。


「おい。部屋に行くまで寝たりするなよ、ローレライ」

「分かってるよー。でも、もうちょっとだけ、こうさせてて」


 ローレライは俺に体重を預けたまま、幸せそうな表情を浮かべる。


「本当に、仲いいよなお前ら……」


 レイシスが呆れた様子が半分、羨ましい様子が半分で俺たちを見る。


「四六時中一緒にいて、羨ましい限りだよ」

「別に常に一緒にいるわけでもないけどな」


「でも、こうして仕事も一緒にできる。わずかな期間でも、離れ離れにならないってのは、良いことだ」


 俺はパンをちぎって口に放り込みながら、レイシスの話を聞いてみる。


「何か悩んでる様子だな」

「まぁ……俺にも女がいるんだけどな? 仕事で王都を長期間空けるとなると、泣きつかれるよ。今回の仕事でも言われたぜ。『仕事と私、どっちが大切なの!?』って」


「答えづらい質問だよなぁ。生きていくためには仕事をしないといけないが、それで女をおろそかにしているわけでも言うのが、女には伝わらない」


「そう! そうなんだよ、フラン!」


 レイシスは、ワインが入った木製のジョッキを、ダン! とテーブルに叩きつけて意気込んだ。


「冒険者って仕事は、色んなことに対応できなくちゃいけねえ。商隊の護衛や関所の警備にあたるとなると、家を空けることはしょうがねえんだよ」


 こいつも酔いが回っているのだろうか。

 愚痴をこぼしはじめた。


「それでアリッサが嫌いだとか、飽きたってわけじゃまったくねえのに。

 でも、向こうはそう思ってない。『寂しい、寂しい』って言って聞かないんだ。

 私をないがしろにするのは、他に女ができたんだとか、私なんか捨てる気なのかって言われるんだ。

 仕事も女もどっちも大事なのによ、なんで伝わらねぇんだろうな……」


 レイシスの言葉を、ローレライは酔いが覚めたかのような表情で聞いて、俺の肩から頭をよける。

 そしてローレライは言った。


「やっぱりさ、女ってずる賢いところがあるよ」


 ローレライの言葉に、レイシスと俺は耳を傾けた。


「私はフランさえいれば他に何もいらないけど、たいていの女はどんなに良い男と付き合っても、もっと素敵な人が現れるんじゃないかって思うものだもの」


「そんなものなのか……?」


 レイシスは衝撃を受けたようだった。


「そうだよ。女性のジェンダーの病だね。『いつか素敵な人が現れて、自分を夢のような世界に連れて行ってくれる』

 そう待ってる女が、今の世の中にどれだけ多いことか……」


 はぁ、とローレライはため息をついて、言った。


「アリッサも、本当は俺よりもっとイイ男と付き合いたがってるのかな、ローレライ……さん」


「ローレライでいいけど。

 うーん、でもまぁレイシスは男の中ではかなり上のランクの人だから、本当にレイシスより別の人を探し求めてるとかは、アリッサの本心を覗いてみないとなんとも言えないね。

 でも、一つ確かなことを言うとしたら、女心を試しちゃ絶対にダメだよ」


「試す……って具体的にどうやって?」


「アリッサとかいう女の気持ちを測るため、あるいは気を引くために、他の女と浮気してみたりとか、飲み会で親密になったりとか。

 そういう愛情の試し方をすると、女は一気に心離れていく」


「じゃあ、俺はどうしたらいいんだ」


「今までどおりでいいんじゃない? きちんと仕事して、アリッサのもとに帰って、大事にしてあげれば、内心ではどう思ってるかわからないけど、彼女はそれである程度の幸せは(つか)んでるはずでしょ。

 幸せに生きるって、そんな程度のものだよ。究極の幸福なんて、どこにもありはしない」


 ローレライの言葉を聞いて、レイシスはしばらくワインに映る自分の顔を見つめていた。

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