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3話:誰ともつながれないのだとしたら

 貴族街での強盗事件を解決した俺は、少しカネに余裕ができたので、冒険者ギルドの酒場で、ちびりちびりと一人酒を飲んでいた。


 災厄の魔王を倒した時は将来を嘱望(しょくぼう)された10代だったが、時の流れは残酷だ。

 あれから10年が経ち、俺も今や30手前のおっさんになってしまった。


 昔なら一晩ゆっくり休めば体力が回復したものだが、最近は翌日に疲労を残すことも多い。

 冒険者のようなきつい仕事を、連続でこなすのはもう疲れる。


 ってなわけで、俺は酒場のカウンターに座って、一人酒を楽しんでいる。


 黄金色の蜂蜜酒(ミード)を飲み干し、テーブルに置く。

 カラン、とグラスに入った氷が音を立てた。


 冒険者ギルドに併設されている酒場は、他の冒険者のたまり場にもなっている。

 一人酒をかっくらっていると、自然とよそのグループの会話が聞こえる。


「でよー、マリアちゃんったら、少し照れた表情でこう言うんだよ。

 『あの、優しくしてくださいね……』って」


「本当かよ?」


「いやもう最高だったね! もう一度お願いしたいぐらいだ」


 下世話な話題から、どうでもいい話題、ツレに悩みを聞いてもらったり、美味しい仕事へのありつき方、キツイ仕事の避け方など、冒険者ギルドにいれば色んな情報が入ってくる。


 問題は、俺なんかに話しかけてくるヤツなんて一人もいないということだが。

 みんな楽しそうにグループを作ってダベっているのに、俺はいつも独りだった。


 ローレライとも、四六時中一緒にいるわけではない。


「マスター。蜂蜜酒をもう一杯くれ」

「はいよ」


 楽しそうに話している様子を尻目に、俺はカウンターの隅っこで、身体を丸めて酒を飲み続ける。

 自分だけがグループに所属できていない。仲間がいない。


 いつも独りだ。

 本当は俺も友達が欲しいのに、災厄の魔王との戦いを一人だけ生還したという悪評判が、いつも俺を苦しめる。


「そういえば、無口で有名なラクスのやつ。彼女ができたらしいぜ」

「それはめでてえな! どんな彼女なんだ?」


「なんでも、すっげー可愛いんだとか」

「今度、あいつに会ったら冷やかしてやろうぜ」


「ぎゃはは! まぁ、ラクスにすら彼女ができるのに、あそこで陰気に飲んでる大賢者様はなー……」

「ちがいねえ。あんなヤツ、誰も相手にしねえよ。もうほっとけ」

「だな」


 そうして、他の冒険者グループたちは、また自分たちの話題での談笑に戻っていった。


 もう諦めていることではあったが、陰口を言われることによって心にグサッと傷がつく。

 店を出よう。酒を飲んでばかりいても、何も始まらない。

 

「マスター。勘定」

「……平気か?」

「慣れてるんで」


 寂しげに笑いを浮かべて、俺は金を払ってギルドを出た。



 ◇



 酒場を後にした俺は、王都の街の中をぶらついていた。

 中央区の商業エリアは様々な店が出ている。


 特に「噴水通り」と呼ばれている通りは、露店がいくつもひしめきあうように並んでいた。

 アクセサリーや古着を売る露店があったり、屋台で串焼きや炒飯を作って商売している店がある。


 噴水通りはいつも人で大賑わいしている。

 とても考え事をしながら歩ける通りではないので、一つ路地裏に入って人混みを避けた。


 路地裏には怪しげな黒魔術の魔導具店があったり、何に使うのか分からない儀式用のアイテムを売る店がある。

 俺はぶらぶらと散歩しながら、物思いに(ふけ)った。

 しばらく歩いていると、数人の子供たちが遊んでいるのを発見する。


「やぁーっ! てやっ!」

「なんのー!」


 男の子と女の子が、木の棒を剣に見立てて叩き合わせ、チャンバラごっこをしていた。

 その仕草がとても危なっかしくて、横をすり抜けて先へ行こうと思えない。


「こんなところで、木の棒を振り回して。周りの人に当たったら危ないぞ」


 俺は子供たちに軽く注意したが、子供たちは俺を一瞥(いちべつ)するとハハンと笑う。


「なんだよ。だれかと思ったら、フランのおっさんか」

「大人みんなに嫌われてるフランのおっさんにいわれたくないよねー」


 グサッと来た。

 でも子供たちは悪意がないだけマシだ。

 他の大人たちは俺のことを毛嫌いするが、子どもたちは純粋に俺と会話してくれる。


「わ、悪かったな……。分かったよ、ちょっと通るんで、そこ避けてくれ」

「なぁ、おっさん」

「ん?」


 子供の横をすり抜けざまに、男の子が声をかけてきた。


「おっさんって、一応、かろうじて、びみょうに、ギリギリのところで、魔王を倒した冒険者なんだろ?」

「なんでそこまで言われるのか分からないが、そうだな」

「すげーっ! やっぱそうなんだ!」


 男の子は目をキラキラさせて、服の上から着込んでいる俺の革の鎧を掴んだ。


「なぁなぁ、話を聞かせてくれよ! 冒険者って、やっぱすげーんだろ!? カッコイイんだよな!? 剣と弓を使って、どんな魔物でも倒せるんだよな!?」


「え、いや、ちょっと……そんな事言われても……」


 いきなり食いつかれるので、思わず引いてしまう。


「おれ! 冒険者めざしてんだ! 冒険者って、カッコイイよな!」

「そ、そうか……? 汚くて危険な仕事が多いし、魔王が討伐されて以降はあまり人里を襲う魔物も出なくなったし、今は魔法を使えるヤツがいないし、どっちかと言えば野盗の退治や商人の護衛みたいな、地味な仕事が多いぞ……?」


「それでもだよ! 冒険者って、みんなからあこがれられてるじゃん! くぅーっ、いいよなぁ! かっけーよなぁ! 冒険者って、みんなからすげーって思われるよなぁ!」


「そうか……?」


 表情をヒクヒクさせながら、俺は子供の話に相槌を打った。


 俺が王国中の人間から嫌われていること、そして冒険者がこれほどまでに名誉ある仕事に成り立ったのは、10年前、まだ災厄の魔王が人間の宿敵として世界に君臨していた頃に由来する。


 あの頃は、魔物は倒しても倒しても際限なく湧き出てきて、人を襲っていた。

 世界は、魔王の怨念(おんねん)に苦しめられていて、人々はみな苦しい生活を余儀なくされていた。


 人間と精霊は魔王討伐のために一致団結し、様々な実力のある冒険者が世に出ていた時代だった。

 自然と、魔物や魔王を討伐するための冒険者という仕事は、今よりももっと活発で、尊敬されるべき仕事だった。


 そしてその魔王を倒したのが、魔法使いの俺を含む、勇者、聖女、闘士の、いわば勇者パーティーだ。


 災厄の魔王は強かった。

 魔王との戦いは熾烈を極め、俺たちは全滅を覚悟した。


 しかし、勇者たちが自らの身を投げ打って、魔王の行動を封じてくれた。

 そして彼らはこう口にする。


 ――フラン、俺たちごと、魔王を殺れ!

 ――し、しかし、そんなことをすればウェイドたちが……!


 ――私たちのことはいいんです、フランさん。ここで魔王を倒さなければ、世界はもっと混沌へ突き進みます!

 ――くっ……俺のことを、どうか気が済むまで恨んでくれ!


 そうして、俺は極大魔法によって、仲間もろとも魔王を倒すことに成功したのだった。


 魔王との戦いから生還することができたのは、俺一人だ。

 生還した俺は、しばらくの間は、魔王を倒した英雄となった。


 けど、栄光を一身に浴びる俺に、嫉妬や妬みがでてきたのだろう。


 やがて、勇者や聖女たちは命を散らして魔王を倒したのに、俺だけは小狡く自分だけが美味しい思いをするために、勇者たちを捨て石にして戦いから生還した『卑怯者の大賢者』と思われるようになった。


 本当は俺だって、魔王を倒す時、『俺ごと魔王を殺れ!』と叫ぶ勇者たちに首を横に振りたかった。

 でもできなかった。


 あいつらの決意と、平和な世界を作るんだという悲願を達成するために。

 その純度の高い想いを、無駄にするわけにはいかなかった。


 これまで必死に頑張ってきた勇者や聖女たちの頑張りを間近で見ていたからこそ、彼らの決死の思いを無碍(むげ)にすることなんてできなかった。


 だから、俺は勇者や聖女たちを見捨てて、魔王を倒した。

 かけがえのない仲間を見捨てて魔王を倒し、一人だけ生還した栄誉を受けたことは、呪いのように俺の精神を蝕んでいた


 だから、時が経って王国中の人間に、『自分だけが生き残った卑怯者の大賢者』と言われても、「あぁ、そうだな。その通りだ」と思うより他はない。

 俺は、皆から嫌われて、当然の男なんだ……。


「……おっさん? おい、いきなりだまりこんで、おっさんどうした?」


 ふと気づけば、木の棒を抱えた男の子が心配そうに俺の顔を覗き込んでいた。


「あっ……あぁ、悪い。ちょっと、昔のことを思い出していた」

「いいけどさ。なぁ、おれに剣をおしえてくれよー! おっさんも一応、勇者パーティーにいたんだから、剣ぐらいつかえるだろ?」


「悪い。そんな気分じゃないんだ」

「はぁーっ? おっさんのくせに、俺の頼みをことわるのかよー!」

「すまん。また今度な」


 そうして、過去への郷愁(きょうしゅう)を引きずりながら、俺は自分の家に戻ろうと、足を早めた。



 ◇



「見ーちゃった」


 家路に着く途中、横丁から、そんないたずら好きな声が聞こえた。

 ハッと振り向けば、そこには薄緑色の髪をした、今やこいつだけが俺の理解者である女がそこに立っていた。


「ローレライ……」

「子供たちに言われて、昔のこと思い出した?」


「まぁ……、な。やっぱり、俺も魔王との戦いで死んで、おとぎ話の英雄になるべきだったんじゃないか。そっちの方がみんなに称えられていたんじゃないかって、少し思う」


「で、フランたちが魔王を倒した結果、魔王がいなくなって増長した人間が精霊を奴隷のように使うようになって、精霊の私たちが苦しめられているのを助けるフランもいなくて、かわいそうなローレライちゃんは一生人間の奴隷として使われましたとさ、ちゃんちゃん。これで本当に終わっていいの?」


「そうだな。まだその問題があったな」


 俺は苦笑する。

 10年前の『あの事件』をきっかけに、精霊は人間を見限るようになった。


 人間界から精霊の加護が消えて久しい。


「あのね、フランが人間の皆から嫌われてるとしたら、それはフランが特別だからなんだよ」

「俺が、特別……?」


 きょとんとした面持ちで、俺はローレライに尋ね返した。


「今はみんなが孤独を抱えている時代なんだよ。

 孤独をごまかすために、人を(しいた)げる時代でしょ、今は。

 自分の中に何もないから、他人を攻撃することでしか、癒されないの。

 それがあの時は、精霊を奴隷にするという発露(はつろ)に向かったんだろうね」


「まぁ……それはあるかもしれない」


「冒険者ギルドでたむろしてる人間たちがそうだけど、『いつも一緒に飲む友達がいるから俺は孤独じゃないよ。俺には意見を同意してくれる仲間がいつもいる』って言う人いるじゃん?

 でもそれって、逆説的にとても孤独だってことなんだよね。

 過度に他人に合わせるってことはね、自分を偽って生きるということなの」


 俺は、ローレライの話に耳を傾けていた。


「みんな、寂しくて寂しくてしょうがなくて、だから、上辺だけのつながりになってる。

『自分たちは本当に友達だよね? 本当に仲間なんだよね? 裏切ったりしないよね?』ってことを、常にお互いが確認し合わなきゃ不安なんだよ。

 そして共通の敵、ここで言う私たち精霊とかフランだけど。敵を作って攻撃していなければ、いつ自分が攻撃を受ける側に回るか分からない恐怖があるっていう、とても愚かな生き物なんだよ、人間は」


「……冒険者ギルドのやつに聞かれたら、殴られるぞ、ローレライ」

「でも、事実でしょ?」


 その通りだった。

 ローレライの言葉は、人間の真理を突いている。


 俺は苦笑いしながら、ローレライの先を促した。


「だから、俺たち人間は(みにく)いという話か?」


「人間が1つの人格を確立した大人になるということは、孤独や恐怖と向き合って生きるということなんだよ。

 でも、他人の評価に依存して、他人に認められなければ、他人を見下すことでしか自分が癒やされないということは、可哀想なことだよね。


 さっきの冒険者になりたがってる子供もそう。

 冒険者なんて危険な仕事で、魔物や盗賊なんかとの戦いで、いつ死んでしまうか分からない。

 でも、今はみんながそういう風になりたいと思ってる」


「なんで冒険者なんかに、憧れるんだろうな? そんなに良いものじゃないのにな」


 俺の疑問に、ローレライはこう答えた。


「それは、みんなに羨ましがられたい、褒められたいと思ってるから。

 カッコよくて強い冒険者になれば、みんなに『すごいね、素敵だね』って言ってもらえる。

 自分が認められる。自分はここにいていいんだって、思わせてくれる。


 他人の称賛(しょうさん)羨望(せんぼう)の上に、自分の幸福が成り立つと思っている」 


「それは、悪いことなのか? 誰だって、称賛は欲しいだろ」


「そうだよ。だから、今はみんなが寂しい、寂しいって思ってる。

 自分の中に何もないから、他人に依存して、自分の存在理由を他人に求める。

 互いに『私は幸福だよね。才能があるよね』ということを認め合わなければ、不安な時代なの。


 自分を必要としてくれる人が、世界のどこかにいるはずだって。

 そういう人を、永遠に探し求めているというのが、今という時代なの。

 

 でも大丈夫。フランには私がいるじゃない。

 世界中の人を敵に回しても、私だけはずっとフランの味方だよ。

 だから、安心していいんだよ、フラン」


 そう言って、ローレライは俺の頭を抱きかかえた。

 ほのかな石鹸の香りが、鼻孔をくすぐる。


「私は、ずっとフランの味方だから。だから、つらいことがあったら、私が慰めてあげる」

「ありがとう、ローレライ……」


 俺は、この根源精霊を通してしか、世界に癒やされる術を持たないのかもしれない。

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