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2話:精霊魔法

 俺は風の根源精霊(せいれい)・ローレライとの主従契約を結んだことにより、風の精霊魔法を使うことができる。

 逆に言えば、とっくに精霊に見捨てられたこの世界では、俺にしか精霊魔法を使いこなすことはできない。


 ローレライの風の精霊魔法は、何かを探知したり、広い空間の中にあるものを把握することに非常に長けている。

 その精霊魔法を使って、俺は『貴族街で多発する強盗事件』を解決するべく調べてみた。


 魔法の風が、王都の貴族街の上空を覆う。

 貴族街を見えない風の天井で覆うことにより、俺はその中で起こる逐一の出来事を把握することできる。


「どう? 犯行現場、ピッタシで捕まえられそう?」

「いや……さすがにそんなに上手くはいかないらしい」


 貴族街にいる人間の数だけでも、貴族を始めとして、従者、使用人、庭師などを含めれば、1千人は存在するだろう。

 膨大な情報だ。


 すべてを人間の頭で処理することはできないから、ローレライにもう少し精度を高めてもらうように頼む。


「ローレライ。この貴族街で、直近1ヶ月で、不正に資金を蓄えたり、交際関係が派手になった人物がいるか探りたい」

「要するに、怪しい人物を探すってことだよね」


「そのとおりだ」

「あいよー」


 ローレライはそう言うと、魔法の光を発して、薄緑色の髪をぶわっと広げた。

 彼女はしばらく瞑目(めいもく)したまま、風の魔法で探り始める。


「…………。あ、何人かいた。えーっと……こいつが一番あやしいかな?

 ストレア家っていう男爵貴族で、もともとは全然貧乏なんだけど、最近になって羽振りが急によくなってる。

 豪邸を建て替えたり、長男が学校の友達に大盤振る舞いしたり、それから当主が娼館から身請(みう)けした美女を何人か飼い始めてる」


「怪しいな……。どういう風に金を稼いだか調べよう。場所は分かるよな」

「もちろん。こっち」


 ローレライは俺の手を引いて、貴族街を突き進んでいく。



 ◇



 その男爵貴族の家は、貴族街の端のほうに、やけに豪華な邸宅(ていたく)で建っていた。

 基本的にこの王都では、王城に近い位置に建てられている貴族の屋敷から、順番にその家の格位を表している。


 つまり男爵という爵位からも分かるように、貴族街の端っこの方に建っていることは、貴族として格が低い。

 貴族として格が低いということは、領地収入も少ないはずだ。


「なのに、最近になってこんな豪華な邸宅を構えているということは……」

「急に羽振りが良くなって、怪しい?」


「その匂いがするな」

「正面から殴り込みかけるの?」


「いや、警戒される前に裏を取りたい。しばらく辛い思いをするかもしれないが、少し離れたところから、ストレア家の人間の動向を追おう」

「らじゃー」


 にへら、とローレライは笑った。



 ◇



 それから俺とローレライは交代で休憩を取りながら張り込みを続け、2日後の深夜。

 ストレア家の人間に動きが出た。


 皆が寝静まった頃、裏門からこっそりと出ていく男がいた。


「ローレライ、起きろ。動きがあった」

「むにゃ……? んん……?」


 眠気眼をこすりながら、芝生の上に寝転んでいたローレライが起き上がる。

 冒険者ギルドへの承諾(しょうだく)を取って、別の貴族の家の庭先を借りて、ストレア家に張り込みを続けていたのだ。


 2人1組で行動しているから、食事やトイレ休憩も取れたから良かったが、これが俺の完全ソロだと詰んでいただろう。

 ストレア家から出てきたフードを目深にかぶった影は、闇夜に紛れて貴族街の向こうへ足早に移動している。


「精霊魔法の、足跡探知とこちらの気配遮断は?」

「もうつけてるよ」

「よし、黒い影を追うぞ」


 ローレライと一緒になって、俺は少し距離を取って黒い影を尾行する。

 皆が寝静まる深夜、黒い影がコソコソと歩いていく。



 やがて、フードを目深にかぶった人物は、公爵クラスの屋敷が立ち並ぶ、王家の北区に近いエリアに移動していた。

 そいつは、挙動不審にあちこちの屋敷を眺めている。


「何してるのかな?」

「獲物を探してるんじゃないのか」


 ローレライと俺がひそひそと言葉をかわしあう。

 黒い影は、他の貴族の庭先に無断で立ち入って、玄関の扉やガラス窓が外せないかと試していた。

 明らかに怪しすぎる。


「あんなマヌケな盗賊が今まで捕まってないって……、今まで冒険者ギルドとか王都の治安部隊は何してたの」

「だな……」


 互いに、苦笑する。


「もう十分怪しいし、他の貴族の敷地に深夜入っただけでも罪だよね。捕まえる?」

「いや、ぐうの根も出ないほどの現状証拠が欲しいな」


 ここで捕まえて、『散歩していただけです』と開き直られれば、取り逃がしてしまう可能性も高い。

 確かな客観的証拠が欲しい。

 そのためには、やはり現行犯で捕まえることだ。


 やがてその盗賊は、一つの屋敷に目をつけて侵入を試みた。


 どうやってガラス窓を音を立てずに割るのか興味深く見ていたが、なんと火の魔石を使って侵入するようだ。

 魔石の力を借りて、精霊魔法の下位互換である炎の魔法を使って、ガラスを焼き切るようだった。


 たしかに、この時代のガラス窓は質が高いと言えず、防犯性はむしろ鎧戸(よろいど)よりも低い。

 貴族たちはオシャレのために屋敷にガラス窓を採用しているところが大きい。


 質の高い火の魔石を使えば、ガラスを溶解させることができるだろう。


「強盗に入るのに、火の魔石なんて使うんだ」


 ローレライが感心したように、ほう、と吐息を漏らす。


「まぁ……人間界が精霊に見放された以上、俺以外の人間は精霊魔法が使えない。

 魔法の力を使おうと思えば、それを媒介にする魔石が必ず必要になるな」


「お金がないから盗みをするのに、そのために魔石のコストがかかるのって、それどうなの?」

「コストをかけているからこそ、今まで捕まらなかったのかもしれない」


「大変だね、人間も。フラン以外の人間なんて、どうでもいいけど」


 ローレライのその言葉には、人間への侮蔑(ぶべつ)の色が滲んでいた。


 火の魔石を使ってガラスが完全に溶けるまで焼いた強盗犯は、窓のふちに残った破片を慎重に取り除き、貴族の屋敷の中に入ろうと戸をくぐり抜けていく。


「行くぞ、ローレライ。犯人をとっ捕まえる」

「あいよ」


 犯人が通ったガラスのなくなった窓から、顔も知らない公爵家の屋敷に入る。

 中は豪勢だった。


 窓から差し込む月明かりに照らされて、回廊(かいろう)にかけられた絵画が、薄闇に浮かび上がっている。


「探知では、ヤツはどこに向かった?」

「二階。当主たちの寝室に向かってる」

「まぁ、金や貴金属を置いておくには、寝室が一番か」


 ローレライの精霊魔法で、気配遮断と足音を消した俺たちは、二階へ続いた。

 壺や絵画がかけられている廊下を足早に通り抜け、屋敷の一番奥の部屋に向かった。


 寝室の手前にたどりつくと、その部屋の扉がわずかに空いていて、中からゴソゴソと言う物音が聞こえる。

 ローレライと視線を交わす。


 俺たちは、言葉を交わすまでもない濃密な信頼関係を持っている。

 突入隊形は、俺がポイントマンとなって、ローレライが後詰めのテールガン。


 2人だけの隊列だが、俺たちはお互いがいればそれで充分だ。


 ローレライは俺の望みをすべて分かってくれた上で、精霊魔法の力を俺に分け与えてくれる。

 ローレライの力を引き出し、風の精霊魔法『ウイングステップ』と『フェアリーアイ』を自分にかける。


 その魔法で、身体能力と視野能力が大幅に向上した俺は、扉を勢い良くぶち開けて中に入る。

 突入と同時に後詰めのローレライが、閃光が炸裂する魔法を部屋の中に向けて放った。


 カッ、という暴力的な光が、月明かりだけが照らす薄暗い部屋を、支配した。


「なっ……! なんだ!?」


 公爵貴族の寝室で、チェストの中を漁っていた盗賊が、びっくりして振り返る。

 だが、ローレライが放った閃光魔法で、視力を奪われ、あたふたしている。


 しかし、俺だけは『フェアリーアイ』によってバッチリ犯人の姿が見えている。

 突然、寝室に閃光が炸裂したので、寝ていた公爵家当主のおっさんと夫人が起き出す。


「なんだ、儂の部屋で、何をしているんだ!」

「一体何事ですの!?」


「冒険者ギルドのフランです。あなたがたの邸宅に、ストレア家の男爵貴族である人物が不法に侵入いたしました。貴様を、強盗の容疑でしょっぴく!」

「ご、強盗だと……?」


 盗みに入られた公爵家の当主が、眩しそうに目に手をかざして、強盗を見た。

 強盗は、チェストから盗んだ貴金属を手に持ち、わなわなと震えている。


「ま……待て……! これは、何かの間違いで……!」

「何が間違いなんだ? 現行犯逮捕で、異論はないな?」


「ふ、フランって……あの『卑怯者の大賢者』だろう! 仲間を見捨てて、自分だけが生き残った卑怯者のお前が、俺に罪をなすりつけようとしているんじゃないのか!?」


 その言葉が、唐突に過去をフラッシュバックさせた。


 ――フラン! 俺たちが災厄の魔王の動きを封じているあいだに、俺たちごとお前が殺れ!


 ――お願いします、フランさん。私たちのことはどうなってもいいんです。魔王さえ倒せば、大陸に平和が戻ってきます。私たちは、そのためなら喜んで礎になります!


 違うんだ。

 あれは、俺が望んだことじゃなかった。

 本当は、俺もみんなと一緒に……。


 その思考の沈黙を、ストレアはいい気に取ったのか、ダメ押しで反論してくる。


「本当は、お前がこの家に盗みに入ろうとしていたんじゃないか? そうだ、そうに違いない。俺はお前に嵌められたんだ。それで、卑怯者の大賢者様は俺に罪をなすりつけようとしたんだ!」


「違う、俺は……!」


 震える身体を、ローレライが後ろから優しく手を握ってくれた。


「大丈夫。フランは間違ってないよ。自信を持って」


 それだけで、俺は自信を取り戻すことができた。


「あぁ……。ストレア家の当主。お前が人の家に無断で押し入って、宝石まで手に持っているという、これ以上ない物的証拠を挙げられて、何の間違いがあるんだ? なんなら、俺が貴族街の強盗を捕まえる仕事を受けていたことを、冒険者ギルドに照会してくれてもいい」


「まったくだ。冒険者ギルドに問い合わせれば、どちらが儂の屋敷に盗み行ったのか、すぐに分かろうというものだ」


 俺の言葉に、公爵家の当主たちも頷いて同意した。


「チッ……!」


 言い逃れが効かないと悟ったのか、ストレアは唇を強く噛み、腰元のナイフを引き抜く。


「かくなる上は、お前らを殺してここから逃げる!」


 ナイフを構え、俺に突進して来た。


「フラン! 私の力を」

「分かってる」


 風の根源精霊である、ローレライの力を呼び起こす。

 精霊と契約した者だけが使える、特別な魔法。


 部屋の大気が(うな)り声を上げる。

 風が鳴動(めいどう)する音がした。


 ナイフを手に突撃をかましてくるストレアに、俺は風の魔法でもってカウンターの一撃を放った。

 風の精霊魔法『ウインドスパイク』。


 見えない風の拳で、ストレアを殴りつけた。


「ごぼっ!?」


 近接距離に入る間もなく、見えない魔法で攻撃されたストレアは、鈍い悲鳴を立てて床に崩れ落ちた。


「が、がはっ……! え、ま、魔法だと……? なんで魔石もなしに、魔法が使えるんだ!?」

「さっき、自分でも言っていただろ? 俺は『卑怯者の大賢者』だ」

「まさか……信じられない……。あの噂は、本当だったのか……!?」


 信じられない者を見るかのような目で、床に這いつくばったストレアは俺を見上げた。

 震える声音で、ストレアは言った。


「世界でただ一人だけ、魔石を使わずに精霊魔法を使うことができる男……」

「そう。卑怯者の大賢者・フラン。別の名を、風の根源精霊に愛された男。俺のことだ」

「馬鹿な……! そんなの嘘だと思ってた。人間界はとっくに精霊に見限られたはずじゃねえのか!?」


 その言葉に、俺の背後に控えるローレライが右腕に抱きついてきた。


「フランだけは別。フランだけは、私が本当に信頼している人間だから」

「じゃ、じゃあお前が……、今や人間と唯一契約している精霊……!」


「そう。風の根源精霊、ローレライ。精霊の力を使えるのは、私と契約しているフランだけ」

「んな……メチャクチャじゃねえか……! 魔石もなしに、精霊魔法が使えるなんて聞いてねぇよ!」


 ストレアは、俺が魔法を使える格上の存在と分かると、途端に取り乱し始めた。

 哀れな男だった。


「残念だったな、ストレア。お前の悪行もここで終わりだ。ローレライ。風でロープを作ってあいつを縛ってくれ」

「はーい」


 そうして、俺は強盗犯を捕まえ、貴族街で起きていた事件を解決したのであった。



 ◇



 強盗事件の犯人は言うまでもなく、男爵貴族のストレア家の当主、ヘバミング・ストレアだった。

 彼の犯行の動機は、社交界で公爵家のプリンスたちが貴族の女子にモテモテなことに不満を抱いていて、それが(うらや)ましかった。(ねた)んでいた。


 だから、資金が豊富な公爵家を中心に強盗に入り、貴金属や重要な魔石を奪っては、それを王都の闇マーケットで売りさばき、遊ぶ資金にしていたのだとか。


 まさか公爵貴族たちも、同じ貴族街に住む男爵貴族に狙われていたとは思いもしていなかったので、これまで捜査の手が男爵貴族のストレア家まで及ばなかったらしい。


 冒険者ギルドにヘバミング・ストレアを引き渡した後、俺はギルドの受付嬢にそう説明された。


「今回は本当にお疲れ様でした。

 貴族たちから早く解決しろとせっつかれていて、ずっと頭を悩まされていた件だったんです。

 解決してくださって助かりました。これ、少ないですけど、仕事の報酬です」


 受付嬢は、俺に銀貨の入った革袋を差し出した。

 中身を確認した上で、「ありがとう」と礼を言う。


「あの……」

「なんだ?」


 受付嬢は、若干言いづらそうに口にする。


「やっぱり、なんていうか。精霊と契約してるって、すごいんですね」

「そんなんじゃないさ……」


 受付嬢におだてられ、俺は思わず乾いた笑いを浮かべた。

 そんな俺を見て、冒険者ギルドに併設されている酒場でくだを巻いていた冒険者たちが妬み嫉みの言葉を投げかける。


「けっ……てめぇがすごいんじゃねえだろ」

「そうそう。風の根源精霊ちゃんのおかげなのによ、なーにを調子に乗ってんだかねぇ」

「勘違いすんなっつーの。フランに実力があるわけじゃねえんだ」


 そんな心もとない言葉に、俺は言い返す気にもならなかったが、隣にいるローレライは「かちーん」と言葉をこぼしていた。

 ローレライは酒場でグダグダしている男たちの前に出ていき、バン! と机を叩く。


「あのね。自分も精霊と契約したかったら、ちょっとは精霊に好かれる努力をしたらどうなの?」

「べ、別に、お前ら(精霊)と契約したいわけじゃ……」


 もごもごと、嫉妬を抱いていた冒険者の男たちは口ごもる。


「あらそう? じゃあこれまでも、これからもずっと。精霊の加護はフランだけのものね」

「そもそも、なんであんな男が精霊なんかと契約できるんだ……、あいつは、災厄の魔王を倒した時、仲間を見捨てた卑怯者の大賢者だぞ!」


「フランが仲間を見捨てたのか、見殺しにしたのか。私は知らないけど。

 フランたちが魔王を倒した後の日々。

 あんたたち、フランを除く人間たちが、精霊を見捨て、使い潰していたことを、私たちは知ってる」


 そのローレライの言葉には、尽きることのない人間への憎悪(ぞうお)と。

 憎しみの過去が浮かび上がっていた。


「魔王なき後の世界で、人間は精霊を奴隷のように使い始めた。

 あの時の恨みを、私たち精霊が忘れたことは、一時たりともない」


「そ、それは……」


「あんたたち人間が精霊にしたことを、私たちは絶対に忘れない。

 そしてあの時、フランだけが精霊の味方になってくれたことも、私は絶対に忘れない。

 だから、フランだけが、精霊の加護を受けられる」


「っ……!」


 冒険者の顔が、真っ赤に染め上がる。


 今や多くの人間が、あの日々のことを失態だと思っている。


 精霊を使役し、人間にとって都合のいい道具だと思い上がっていたことを。

 そうして精霊に見限られ、魔法と言う超常の力を手放してしまったことを。


 人間は、後悔している。


 そうして、ローレライは冒険者ギルド全員に向かって、こう叫んだ。


「人間たちがどう言おうが、私たち精霊はフランを信頼している。

 フランは悪くないよ。フランは間違ってない。

 世界中の誰がフランの事を嫌おうと、私は絶対にあなたを嫌ったりしないからね、フラン」


 人間に嫌われ、心寂しい大賢者は、風の根源精霊に恩返しをされている。

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