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1話:風の精霊に愛された大賢者

 10年前。

 俺は、世界を災厄の魔王から救った。


 大賢者として様々な魔法を駆使し、仲間を何人も失うような激しい戦いの末、俺はようやく災厄の魔王に打ち勝ったんだ。


 なのに、今はすっかり落ちぶれてしまって、一介の冒険者としてシノギを得ている。


「ほら。あいつだよ。あいつが、『卑怯者の大賢者』」

「あぁ……あれが。仲間を見捨てて、自分だけが生き残ったっていう……」


 冒険者ギルド内に俺のことをジロジロ見る視線を感じ、そんなひそひそ話が聞こえた。


「…………」


 俺は、その陰口に、黙って面を下げるだけだった。

 今までの人生で、何度言い返そうと思ったことか。


 実際、それで他の冒険者とケンカになったこともある。

 でもそういう事を何回か経ているうちに、陰口は相手をするだけ疲れるということに気づいた。


「あの、フランさん……? 大丈夫ですか?」


 ハッと顔を上げる。

 冒険者ギルドのカウンターの向こうで、俺が受ける仕事の詳細を詰めていた受付嬢が、心配そうに覗き込んでいた。


「……あぁ、いや。何が?」

「いえ……、その。心もとない言葉を言う人もいますけど、私はフランさんの事を信頼しています。冒険者ギルドでトップの実績を獲っていることは事実ですし」


「はは、ありがとう」


 心配そうにこちらを眺めてくる受付嬢に、俺は笑って応えた。


「それで、仕事の件ですが、今回斡旋する案件が、貴族街から依頼されたこの一件しかなくて、結構難しい内容です。もしかしたら、精霊魔法(せいれいまほう)を使えるフランさんにしかできない案件かもしれない」

「分かった。仕事の詳細はその羊皮紙に書いてあるんだろ?」


 俺の言葉に、受付嬢は微笑んで頷いた。


「そうです。いつものフランさんの、丁寧で確実な仕事を期待しております」

「ありがとう。行ってくる」

「頑張ってください!」


 そう言って、俺は受付嬢から仕事の梗概(こうがい)を受け取って、(きびす)を返した。

 俺がギルドから出ていくところを、他の冒険者たちがヒソヒソ声で話し合う。


「まぁ……実力があるってのは事実だよな」

「世界でただ一人だけ、精霊魔法が使えるヤツだしなぁ……」


 そういう声が、そこかしこから上がった。

 世界でただ一人、精霊魔法が使える大賢者。

 それが俺の人生の支えだった。



 ◇



 冒険者ギルドでいつものように仕事を受けた俺は、外に出た。

 王都の上空を仰ぎ見れば、俺の思いとは反対に、雲一つない嘘みたいな快晴だ。


 心地よい太陽の光が、王都の街を照らし出している。

 貴族の馬車が大通りの中央を走り、通りの端に露店や屋台が開かれていて、平民たちが楽しそうに買い物をしていた。


 たくさんの人が行き交い、あちこちで店主の客引きの声が聞こえる。


 そんな人混みの大通りから、路地を一つは入ったところで落ち着き、俺は冒険者ギルドで受けた仕事の梗概を改めて読み直す。


「『王都の貴族街で頻繁に起きている、強盗事件の調査。および可能であれば、その犯人の拿捕(だほ)』、の仕事か……。こういう事件を解決するには、あいつの力を借りないわけにはいかないが、さて、どこまで遊びに出ているのやらやら」


 俺は路地から顔だけ出して、大通りを見渡してみたが、目的の人物は人混みのどこを向いてもいなかった。


「どこほっつき歩いているんだか。ま、とりあえず自分でできるところまではやるしかねぇな」


 気まぐれなあいつのことだ。

 またひょっこり顔を出すに違いない。


 そう思って、俺は王都の街並みを歩いて行く。

 だだっ広いこの国の王都は、大まかにわけて、5つの区分に分けられる。


 王家の住まう王城がある北区、

 貴族街となっている西区、

 俺が今いる冒険者ギルドや商店のある中央区、

 錬金や鋳造の工房がある東区、

 平民や貧民の居住地域となっている南区。


 王都は、この五つのエリアに区分されている。

 目的が、貴族街での強盗の退治だから、今いる中央区から西区へ移動しなければならない。


 俺は羊皮紙の書類を丸め、ズボンのポケットに突っ込むと、貴族街となっている西区へ向かった。


 網目状に走る王都の通路をショートカットしながら歩き、西区の関門までたどり着く。

 関門の前には、槍を構えた警備兵が立っていた。


「そこで止まれ。この先は貴族街だぞ」

「分かっている。冒険者ギルドで依頼を受けた証書がある」


 俺はさっきの羊皮紙を警備兵に見せる。

 彼はそれを読むと、もっともらしげに頷いた。


「……あぁ、最近噂になっている、強盗事件を解決しにやってきたのか」

「そうだ。入ってもいいよな?」


「どうぞ。しかし貴族様相手に粗相(そそう)をしないようにな。何かあっても、かばいきれないぞ」

「分かってる。そんな事、期待してない」


 俺はぶっきらぼうな口調で彼の横をすり抜けようとすると、警備兵がポツリとつぶやいた。


「しっかし、世界を救った大賢者様が、こんなチンケな仕事をするとはねぇ……」

「……悪いのかよ?」


「いや。アンタも落ちたもんだと思ってな……。ま、せいぜい頑張ってくれや」


 ポン、と肩を叩かれ、俺は貴族街の中へ押入れられた。

 しばらく嫌な思いで彼の背中を見つめていたが、冒険者ギルドでもそうだし、こう言われることはよくある。


 気持ちを切り替えて、生きるための仕事を始めることにした。


 広い王都の西区は、貴族街だ。

 男爵貴族から公爵貴族様まで、様々な階級の貴族がここに豪邸を構えている。


 立ち並ぶ屋敷の数々は、商業エリアである中央区や、平民が住まう南区と、本当に同じ王都なのか? と思うほどの豪華さで、街路にはゴミひとつ落ちていない。

 

 等間隔で並ぶガス灯の街灯は、夜になれば灯りを煌々(こうこう)と照らし出す。


「さて……貴族街の中に入れたはいいが、強盗事件の解決だ。どこから手を付けるか……」


 俺は頭を悩ませた。

 西区は先ほど俺が通ったように、徹底した警備を敷いた関門がある。


 あそこで身分を証明しなければ中に入ることはできず、関門が設置されているところ以外は、高い壁が侵入者を防いでいる。


 となれば、浮浪者やスラム街の犯罪者が潜り込んで強盗を行うことも難しくなってくる。


「となれば……犯行は貴族の内部犯か? 金に困ってない貴族が、強盗? なんのために?」


 こういう調査の基本となるのは、被害にあった一軒一軒を回って聞き込みし、共通項をあぶり出して、犯人の推測情報を絞り込んでいくことだ。


 とにかく、あいつがいない以上、情報は足で稼ぐしかない。



 ◇



「強盗事件の調査ですって? うーん……うちはまだ被害に遭ったわけではないから、そう言われてもねぇ。あ、ここから2ブロックほど行ったフリークさんのお宅なら、何か盗られたとか言っていたから、上手く聞き出せるんじゃないかしら?」


「そうですか。情報の提供、ご協力感謝します」


 俺が聞き込みの礼を言うと、玄関から顔を出して話をしてくれていた貴族の夫人が、「いいえ。お構いできもせず」と、家の中へと引っ込んで行った。


「さて、フリーク家に聞き込みに行くか。しかし、あいつの力を借りないと、本当に地道な捜査になってくるな」

「何が地道なの?」


 ふぅ、とついた吐息が空気に霧散(むさん)していく時、俺の背後から鈴の音を鳴らすような声が聞こえた。

 驚いて、背後を振り返る。


 そこには、薄緑色の髪を腰まで伸ばし、薄い羽衣のような服を身にまとった美女がいた。

 冒険者ギルドを出た時から、探していた人物とは、彼女のことだった。


「……ローレライ!」

「やっほ。あなたのローレライちゃんです」


 にぱーっと笑って、ローレライは言った。

 可愛い、というより、美しい女神のような笑みだ。


「どこ行ってたんだ、お前を探していたんだぞ!」

「必要だった? そんなに私が頼りだった?」


「頼りっていうか、俺はお前がいないと何もできないからな」


 俺がそう言うと、ローレライはむふーと笑う。


「私もだよ、フラン。フランだけが、人間の中で唯一信じられるの」

「そうかい。そりゃありがたいね」


 俺たちは、お互いがお互いを、支えている。

 2人とも、世界から取り残され嫌われた、はみ出しものだから。


 だから、お互いの傷を舐めあって生きている。


「ローレライ。困ったことがあるんだ」

「知ってるよ。貴族街で多発してる強盗を捕まえたいんでしょ?」


「なんでそれを」

「私を誰だと思ってるの?」


 にたりと笑って、ローレライは言った。


「じゃあ、早速探そっか」

「お前の魔法で、貴族街の強盗を探知できるのか?」


「もう一度言うけど、私を誰だと思っているの?」

「すまん。愚問だった」


 俺は苦笑して、首を横に振った。


「なら遠慮なく使わせてもらうぞ、お前の力を」

「どうぞどうぞ。フランだけだからね、私の魔法を使えるのは」

「分かってるよ、感謝してる」


 俺の言葉に、ローレライはまた、むふーと笑った。


 彼女のわずかに盛り上がった胸の前に、手を掲げる。

 その瞬間、まばゆい光が起こった。


 足元から、うなるような風が巻き起こる。

 ローレライの長い薄緑色の髪が、ぶわっと持ち上がった。


 身体の奥底から、万能感が沸き起こってくる。

 これが。

 これこそが、魔法の神秘に愛された、根源の力。


 人間では決して到達することのできない、精霊(せいれい)の極技。


「風の精霊魔法――『ワイドエリアサーチ』」


 そうして、俺はスリの犯人を探すための魔法を使った。

 風の根源精霊、ローレライの力を借りて。


 根源精霊(こんげんせいれい)

 かつてこの世界にも、精霊という存在はありふれていた。

 精霊は人間と契約し、普通の魔法よりもより強力な精霊魔法を、人間に与える存在だった。


 けれど、10年前。

 俺たちが災厄の魔王を倒した後の出来事、ある事件が起こって精霊はこの世界から消え去ってしまった。


 ここは、精霊に見放された、寂しい人間界。

 あの時を境にして、人間は精霊の加護を失ってしまったのだ。


 精霊魔法でスリを探す俺を、ローレライは聖母のような表情を浮かべている。

 ローレライは震える俺の手を握って、優しく微笑んだ。


「大丈夫。誰にどんな陰口を言われたって、フランは一人ぼっちじゃないよ。私はフランの事を悪く言ったりしないから」

「……あぁ。ありがとう、ローレライ」

 

 ――この世界には、たった一人だけ。

 ――風の根源精霊に愛された賢者がいる。

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