4日目 再開
あれから
彼女とは話していない。
俺から話すこともないし
彼女も俺を避けている。
別に気にしているわけではないが
最近変な噂話が広まっていて
迷惑だった。
おそらく
根源は彼女。
別れ話をもちかけられた
嫌がらせだろう。
雅意も言ってくれてるが
特に気にしてるわけじゃない。
それでも
いい気はしなかった。
「大和くんって、彼女を無理矢理襲ったらしいよ?」
「あ!それ聞いた聞いたぁ!
しかもね、友達に紹介料とかもらって、彼女売った…っていうのも聞いたぁ!」
「うわー…大和くんかっこいいから狙ってたのにショックー」
「見た目だけだよねー。ほんと幻滅」
「あいつらもよくあんな胡散臭い噂話信じるよな」
「…」
「気にすんなよ」
「別に、気にしてない」
雅意はそんな俺を見て
呆れたようにため息をついた。
「…よーし、大和、今日飯食いに行くぞ」
「え?」
「部活もないし、いいだろ?」
そう言うと
俺の答えなんて待たずに走り出した。
「ほら、早く来いよ!」
「…はいはい」
雅意の単純な慰めに
思わず笑った。
そして俺も雅意を追った。
そして
外に出て
門の前まで来た時だ。
思わず足が止まった。
門のところに見知った女の人が立っていた。
「あ、あの人…」
「ん?」
立ち止まって
女の人を見ていると、
女の人もこちらを振り向いた。
そしてハッとして
小走りでこちらにきた。
「あ、あの!この前の方…ですよね」
「え、大和知り合い?」
「あ、ああ…まあ」
女の人は鞄から
この前俺が渡したタオルを取り出すと
俺に差し出した。
「この前、借りっぱなしで帰っちゃってすみませんでした!
い、一応洗濯したので、綺麗だとは思います…」
「わざわざ…これ、返しに来たんですか?」
「あ…すみません。迷惑…でしたか…?」
迷惑なわけない。
そう言おうとしたとき、横から雅意の大きな声で遮られた。
「なになに、めっちゃ可愛い子じゃん!」
「え…あ、あの…」
「あ、俺大和の幼馴染みの新谷雅意です!
よろしくね」
雅意のテンションに確実についていけてない。
戸惑っている姿が
少しだけ可愛かった。
「名前なんていうの?」
「あ、城島…といいます」
「したは?」
「…千尋、です。
城島千尋…」
何を期待してたわけでもないのに
その名前は
期待外れだった。
「千尋ちゃん?可愛い名前ー。
あ、ねぇこのあと暇?」
「え?」
「俺らこれから飯食いに行くんだけど、千尋ちゃんもよかったらこない?」
「え、あ…でも」
「いいよな、大和」
「俺はいいけど」
そう言うと
時計を一度確認して、
首を縦にふった。
それから20分後。
俺たちはファミレスにいた。
まだ夜飯には早すぎるから
とりあえずポテトだけ頼んで、
みんなでつつく。
「にしても、よく大和の場所分かったね」
「制服を頼りに…あ、でも会えたらいいな、って感じだったので」
「あー、もしかして千尋ちゃん、大和のこと…」
「ち、違いますよ!タオル、返し忘れてたから…」
「分かってるってー。慌てちゃって可愛いなー」
主に雅意が城島さんに喋りかける。
そのおかげで
無言で沈黙という空気にはならなかった。
…が、
途中で雅意が変な気をきかせて
トイレに行った。
「頑張れよ」
なんて耳打ちして
楽しそうにトイレに行く雅意。
二人の空間。
さっきまでとはうってかわって
無言が続いた。
その口火を切ったのは城島さんだった。
「…大和さん、っていうんですね」
「え?」
「名前」
「あ、はい」
「かっこいいですね」
かっこいい…
俺の名前をかっこいいと言ったのは
二人目だ。
"小嶋大和…へぇ、かっこいい名前だね!"
初めて出会ったときに
佐久間先輩に言われた。
けど
結局佐久間先輩は俺を一度も名前で呼ばなかった。
「名字は、なんていうんですか?」
「小嶋です」
「そっか、じゃあ…小嶋くん」
「え…?」
「って呼んでもいいですか…?」
思わず城島さんを見つめた。
"小嶋くん"
そこまであの人と同じだ。
「あ、全然、どーぞ」
「ありがとう」
「…」
再び無言の空間に戻る。
けど、俺の鼓動は
うるさい程にバクバクしていた。
「…あ、そいえば」
「はい」
それを必死に誤魔化そうとして
俺は城島さんに話しかけた。
「城島さん、って、高校生なんですか?」
俺が城島さんと呼ぶと
小さく笑った。
「クス…いえ、私、大学生です」
「え」
「ええ!?大学生?!」
後ろから
いつの間にか戻ってきた雅意の声が響く。
「びっくりした…
お前大声出すなよ」
「いや、だって…え、千尋ちゃん本当に大学生なの?」
「はい、えっと…一応楠城大学3年生です」
「「楠城?!」」
思わず雅意と顔を合わせた。
楠城大学って県でも有名な
レベルの高い大学だ。
…ていうかそもそも
この人が大学生、っていうことにも驚いたのに。
「千尋ちゃん…もしかしてお嬢様?」
「え?そ、そんなことないですよ。全然普通です」
「へー、にしてももっと俺らと近いと思ってた」
雅意はそういって笑うが
城島さんは少し引き気味に苦笑いしている。
そりゃ
遠回しに年齢の話されてるわけだからな…
「あ、そろそろ飯頼む?」
雅意に言われて時計を確認すると
18時を過ぎていた。
「そうだな」
メニューを開くと
城島さんが鞄をもって、立ち上がった。
「あ、あの…すみません。私、そろそろ…」
「え、もう行っちゃうの?」
「すみません…」
「大丈夫?送ろっか?」
「いえ!大丈夫です…じゃあ、あの…失礼します」
そういって足早に去っていく城島さん。
それを見送ると
雅意は俺の隣から正面の席に移動した。
「おいおい大和~、大学生捕まえるなんてやるねぇ」
「そんなんじゃねーよ」
「照れんなって。…それより、あの慌てっぷり、もしかして彼氏とかかな?」
雅意が頬杖をつきながら言う。
「なんだよ、狙ってたの?」
「んー、なんていうかさ、あわよくば…みたいな?」
雅意が冗談めかして笑うが
俺は愛想笑いの一つもできなかった。
「ま、でも普通に可愛かったし、大学生だもんなー。彼氏くらいいるよなー。
あー、でもパインくらい聞いとけばよかったなー。大和連絡先交換してねぇの?
あ、つーかお前千尋ちゃんとどうやって知り合ったんだよ」
「お前よくそんなに喋れるな」
「そうでもねーって。…で?」
「え?」
「二人の馴れ初めは?」
馴れ初めって言えるほど
関わってないけど…。
「…この前、病院行った帰りに会ったんだよ。そこで、ちょっと話しただけ」
「ふーん…なんか運命的な?」
にやにやと笑いながらこちらを見る雅意。
「そんなんじゃねー。
もういいから早く決めろよ」
「はーいはい」
別に
城島さんとは何もないのに
どこかで嫌がっていた。
雅意が城島さんに興味を持つのが。
――
ガチャ
「おかえりー」
「ただいま…です」
家に入ると
キッチンに、チューハイを持った蛍さんがいた。
「あ、お邪魔してまーす」
そしてその奥のリビングに
一人男の人がいた。
「あー、ごめんね。友達、呼んじゃってて…」
「いや、全然。俺、部屋にいますね」
友達の男の人に軽く会釈だけして
自分の部屋に入る。
ドアの向こうで
蛍さんたちの楽しそうな声が聞こえた。
「ふぅ…」
ベッドに勢い良く体を預ける。
…まさか、また会えるなんて思ってもなかった。
「先輩…」
わかってる。
あの人は先輩じゃない。
名前だって何一つかすってなかった。
ただ
見た目や仕草や行動が、
先輩に似ているだけだ。
「あー…マジで俺なんなんだよ…」
あれだけ先輩を避けて
先輩に酷いことして
先輩を傷つけたのに…
自分のしてることが
わがまますぎて
今さらになって俺は
自分が嫌になった。