1日目 出会い
翌朝
目が覚めるとまだ6時前だった。
昨日、
風呂出てからすぐ寝ちゃったんだろうか。
気持ち悪いくらいに
記憶が曖昧だ。
携帯をとって電源をつけると
また大量の通知がきていた。
「はぁ…」
ため息しかでない。
自分勝手な女…
俺は返信も既読もしないで
そのまま部屋をでた。
蛍さんと住んでる家はそんなに広いわけじゃない。
玄関から入ってきて右手にトイレと風呂場、
左手にキッチンがある。
そのまま奥にリビングがあって、
そこから右と左に部屋が二つある。
俺は部屋から出て
キッチンに向かった。
冷蔵庫からオレンジジュースのパックを取り出して
コップに入れる。
それを持ってリビングのソファに座った。
テレビをつけると
ニュースしかやってない。
それでも
静かな空間にいるよりはマシだと思った。
蛍さんは寝てるから
できるだけ音は小さくして。
「…では、続いてのニュースです。
昨日、走行中のバスと大型トラックが衝突する事故が起こりました。」
「…え?」
思わず食い入るように
画面を見る。
「走行中のバスが対向車の大型トラックと正面衝突しました。
トラックの運転手、バスの運転手と乗客を含め計三名が重症。七名が軽傷を負いました。
事故の原因はトラックの運転手による飲酒運転だそうです。
警察は、運転手の意識が戻り次第、詳しい話を聞くとのことです。
…では続いて……」
恐らく重症をおった乗客が先輩だろう。
「…」
昨日の先輩の姿が脳裏に浮かぶ。
「…」
ガチャ
「あ、大和くん」
「え…?あ、蛍さん、おはようございます」
「ああ、おはよ。今日早いんだね」
「なんか、目覚めちゃって」
蛍さんは眠そうにあくびしながら
洗面所に向かった。
俺はオレンジジュースを飲み干して
テレビを消した。
蛍さんが作ってくれた軽めの朝食を食べて
学校の支度をする。
ネクタイを結んで
鞄を背負って
部屋を出る。
蛍さんはリビングでテレビを見ていた。
「蛍さん、行ってきます」
「あ、うん!行ってらっしゃい」
俺は家を出て
重い足取りで学校に向かった。
「やーまと!」
「うわ、雅意かよ」
「うわってなんだよ」
途中、後ろから声をかけてきたのは
新谷雅意。
小学生のころからの付き合いで
いわゆる幼馴染み。
「あ、そういやさ、昨日お前の彼女からめっちゃパイン来たんだけど」
「え?」
「なんか、浮気してるでしょ!…みたいな(笑)」
あー…
俺が無視してたからか。
「悪い」
「いや、いいけどさ…なに、喧嘩?」
「まー…そんなとこ?」
「そっか。大変だなー」
雅意は付き合いが長いからか
深入りしてくることはない。
なんとなく察してくれる。
だから楽だ。
「そいえば昨日の事故、あれ、なんか死んだわけじゃないらしいな」
「…そうなんだ」
なんでか分からないけど
無意識に知らないふりをしてしまった。
「ああ、らしいぜ?
まぁ見るも無惨な姿ではあるみたいだけど」
「雅意、見たの?」
「いや?佐藤に聞いた。
ほら、あいつの親って看護師だろ?」
「ああ…そっか」
その後、雅意はすぐに話を変えた。
昨日やってたバラエティの話とかだったけど
ほとんど内容は覚えてない。
学校につくと
彼女とその友達がわざとらしい程大きい声で
俺の悪口を言っていた。
「ありえなくなぁい?」
「彼女ほったらかして浮気とか最低」
「うわー…お前も本当大変だな」
雅意が同情してくれたが
そんなことどうでもよかった。
先輩のことで
頭がいっぱいだった。
あんなにどうでもよかったはずの先輩が。
頭から離れない。
――
「悪いけど今日も部活休むわ」
「ん。じゃあ言っとく」
「ありがと」
「あ、大和!」
「ん?」
「どーせまた病院だろ?自転車貸すよ」
「え…」
雅意はポケットから自転車の鍵を出すと
俺に投げた。
「じゃあ!」
「…本当に悪い、明日返す!」
俺は走って教室からでた。
携帯からはずっと
通知が鳴っていたが
そんなの気にもならなかった。
自転車置き場にある
一際派手な自転車。
そのロックを外して
俺は坂道を一気にかけおりた。
そして
昨日は50分もかかった道が
15分で病院についた。
エレベーターのボタンをおすが
今日はなかなかこない。
「…っ」
俺は隣の階段を勢い良くかけ上った。
二段飛ばしで
夢中になっていたせいか
あっという間に7階についた。
(はやく…)
【704号室 】
走って昨日の部屋の前まで行くと
俺は思わず止まった。
名前がない。
先輩の名前がない。
空欄になっていた。
「え…」
勢い良くドアを開けて
部屋に入ると
ベッドの上には綺麗に布団が畳まれていた。
「あの…どうされましたか?」
後ろから声がして振り返ると
一人の看護師がいた。
「あ、あの!昨日ここで入院してた佐久間さんは…」
「あ…佐久間さんの、お友達?」
そんなこといいから早く。
先輩がどこに行ったかを教えてくれ。
「佐久間さんは…」
「…」
「今朝…」
看護師の言い方は
無駄に含みを持たせていて腹が立った。
「心肺停止で、お亡くなりになりました」
俺はフラフラした足取りで病院をでた。
雅意の自転車を引きながら
さっき来た道を戻る。
何も考えられなかった。
死んだ。
それが
受け入れられなかった。
だって
一昨日まで話してたんだ。
どうせどこかにいて
またひょっこり現れるんだ。
俺はどこに向かうわけでもなく
ただフラフラと道を歩いていた。
そのときだ。
ずっと先に、一人の女の人が歩いていた。
おぼつかない足取りで。
そしてその後ろ姿を見て
俺は思わず自転車から手を離して走り出した。
「先輩!!」
女の人の左手を掴んで引っ張る。
女の人は少しよろけながら
ゆっくり俺の顔を見た。
「あ…す、すみません」
慌てて手を離すと
女の人はにっこり笑った。
「ナンパ、ですか?」
「え、あ…いや」
「ふふ、分かってますよ」
そう言って笑った女の人は
瞬きと共に涙を流した。
「え…」
「あ…ごめんなさい」
慌てて涙を拭う。
その姿を見て、俺は思わず訊ねてしまった。
「…何か、あったんですか?」
「…」
女の人は驚いたのか
目を少しだけ見開いて
俺をじっと見た。
「あ、いや…言いたくないなら全然…」
慌てて言うと
女の人はまた涙を流した。
「…あ、りがとう…っ」
泣きながらお礼を言う。
なんのお礼かも分からずに
俺はどうしたらいいのかも分からずに
ただ女の人の傍から離れられなかった。
「…っ、本当に…ごめんなさい…」
「いや…もう、落ち着きました?」
「う、ん…」
俺たちは近くの公園のベンチに座っている。
女の人は俺が渡したタオルで鼻をかんで
息を吐いた。
「恥ずかしいとこ、見られちゃいましたね」
恥ずかしそうにはにかむ。
その表情は先輩の笑った顔に少しだけ似ていた。
「あ、そいえば…私のこと、誰かと間違えてたんですよね…?」
「あ、はい。すみませんでした」
「いえいえ、とんでもない…。
彼女さん、ですか?」
それがもし本当だったら
彼女と別の女を間違えるなんて
最低な彼氏だろう。
「いや、ただの、先輩です…
後ろ姿が似てたから…」
「そっか…大切な人、なのかな」
呟くように言う。
"大切な人"…か。
「あ、えっと…そろそろ、帰らないと行けませんよね」
「え?…あ、ほんとだ。もう6時まわってたんだ」
時計を見ると
時刻は18時10分だった。
「ほんとに、今日はすみませんでした…
じゃあ、気をつけて…」
女の人は立って
軽く会釈すると
公園を出た。
俺はしばらくベンチに座っていた。
帰る気になれなかった。
携帯を取り出して
パインを開く。
『蛍さん
帰り、ちょっと遅くなります』
蛍さんにメッセージを飛ばすと
他の人からメッセージが届いていた。
『大丈夫か?』
雅意からはその一言だけだった。
だけど、その一言だけでも俺には十分で
すぐに返信した。
『大丈夫』
その次にメッセージを送ってきたのは彼女だった。
『最近大和おかしいよ。
私のこと好きなんでしょ?
だったら無視とかしないでよ』
今朝見たメッセージに
返事してなかったからか
やたらと無視にこだわっていた。
俺は
返信をせずに通話ボタンを押した。
三回のコールの後
彼女の声が聞こえた。
「…大和?」
「うん」
「よかったぁ…大和に嫌われたのかと思って…っ」
そう言いながら
電話の向こうで泣きだす彼女。
俺は一息吐いて、
話を切り出した。
「別れよ」
「…は?」
「俺と別れてくんね?」
結局8時近くまで俺はベンチに座って電話をしていた。
もちろん楽しく世間話をしてたわけじゃない。
あの後、
「いやだ」の一点張りで
泣きだす彼女。
放っておいてそのまま切ればよかったのだが
どこかで後ろめたい気持ちもあったのか
それができなかった。
「はぁ…疲れた…」
ベンチに深くもたれて
ため息をつく。
…先輩も、
俺が別れようって言ったとき
泣いてたんだろうか。
「…あ、タオル」
あの人持ってっちゃったのか…。
まあ、いいけどさ。
…でもほんと。
似てたよなぁ…
雰囲気とか。
顔を見ると
目元とか口元が少し違ったが
本当に似てた。
「…」
俺は
どうしてこんなに先輩のことを考えているんだろう。
最初、
先輩に告白されたときは
とりあえず彼女をつくりたいと思ってOKした。
面白くて絡みやすい先輩だったし。
けど
一度も好きだと思ったことはなかった。
だから、
ふるときも申し訳ないとは思わなかったし
向こうが俺を好きなだけ…とか思ってた。
それなのに
どうして俺は…
こんなにも先輩のことを考えているんだろう。
先輩もこんな気持ちだったんだろうか。
いつも
俺のことを考えていたんだろうか。
…俺は、
先輩が好きなのか。
「…そんなわけねーよ」
独り言は
暗い夜空に吸い込まれるようにして消えていった。