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ないものねだり  作者: 葛城さくら
1/3

0日目 別れ

「小嶋くん!私ね、小嶋くんのこと愛してるの」

「…は?」


今俺を馬乗り状態で押し倒してるこの人。

一週間前に別れを告げた俺の元カノ。


最初出会ったときからそうだったけど、相変わらず変な人だ。


「あの、先輩」

「ん?」

「重いんでどいてください」


そう言ってため息をつくと、

先輩は少し口を開きかけて、すぐに閉じた。


そして

ゆっくりと体を離して、

ベッドから降りた。



「はぁ…」


体を起こして

ベッドの脇に座る。

そして先輩を睨むように見た。


「つか、いきなり家来てなんなの?」

「え…それは」

「俺、もう彼女いるから、こーゆうことされると迷惑なんだけど」

「…」


彼女という言葉に強く反応する先輩。

下唇を噛んで

うつむいた。


(泣くか…?)


泣かれるのは面倒だ。


俺は時計を見て、わざとらしく大きな声をだした。


「俺このあと彼女に会いにいくんだよね。

だから先輩、早く帰ってくれません?」

「……わ、かった」


先輩の声は小さくてほとんど聞こえなかった。


「…小嶋くん」


俺の部屋のドアの前まで行ったところで

先輩はこちらを見ずに、俺を呼んだ。


「なに」

「私、やっぱり、小嶋くんのこと嫌いになれなかったの。どれだけひどいふられ方しても、小嶋くんに彼女がいても…私は小嶋くんが好きなの」

「…」

「ごめんなさい…」


そんなこと、

言われても、謝られても困る。


先輩の言うことなんてほとんど聞き流していた。

しかし、次の一言だけは

まるで脳内に直接話しかけられてるみたいに

頭に響いた。


「私ね…明日死ぬの」


相変わらず先輩は俺の顔を見ない。

だからどんな表情で言ってたのかは分からない。


俺も自分自身がどんな顔してたか分からない。

ただ、また先輩が馬鹿なこと言ってる…と、

そうは思えなかった。


「だから、やっぱりどうしても言いたかったの。…本当にごめんね。じゃあ」


先輩はそれだけ言うと、

今度こそ本当に部屋から出ていった。


少しして

遠くで玄関が閉まる音が聞こえた。



俺はただボーッと

先輩がさっきまで立っていた場所を見つめていた。







つぎの日。


朝、SHRの時間になっても先生は全然来なかった。


「もう終わろぜ」

「先生呼びに行く?」


周りの生徒たちがざわつきはじめる。


…と、そこで一人の遅刻してきた生徒が走って入ってきた。


「やべぇよ!!」

「あ、遅刻魔がやっときた(笑)」

「今日先生まだだからラッキーだね」


周りの生徒がおちょくる中

遅刻してきた生徒は一切笑わずに

走ってきて乱れた呼吸を整えていた。


「いいか、今さっき、職員室で聞いちゃったんだけど」


なんとなく嫌な予感が

思考を巡る。


"私ね、明日死ぬの"


「今朝、バスが事故に遭ったらしくって、うちの学生が1人…死んだって」


「…」


一瞬静かになった教室だったが

すぐにまたざわつき始めた。



「おい大和、やばくね」

「…」

「…大和?」

「え…?あ、悪い」

「大丈夫か?」


先輩じゃない。

別に先輩と決まったわけじゃない。


俺は激しくなる鼓動を

そう言い聞かせて落ち着かせようとした。




その日、結局授業内容は全部筒抜けで

何にも覚えていなかった。


ただ

誰が死んだのか、それだけが気になって仕方なかった。




帰りのSHRの時間。


遅刻してきた生徒が担任に聞いた。


「せんせー!今日事故った人って誰なのー」

「!?

…なんで知ってるんだ」

「職員室で聞いちゃった。…んで、誰?」

「…」


先生は一度時計を確認すると

薄い愛想笑いを浮かべた。


「お前らは知らない人だよ」

「えー!じゃあ教えてくれてもよくね?」

「だめだ。そうゆうことをいちいち聞いてくるな。

じゃあ、SHRはこれで終わるから、気をつけて帰れよ」


先生は一方的に話を終わらせると

教室から出ていった。


先生の言葉で一層教室がざわつく。


俺は鞄を掴んで

急いで教室から出た。


「先生!」

「ん?ああ…小嶋か、どうした」

「…もしかして、事故に遭った生徒って」


そう言いかけると

先生は嫌そうな顔をした。


「そのことなら言わな…」

「佐久間先輩ですか」


先生の言葉を遮ると

先生は明らかに目を大きく見開いた。


「なんで、知ってるんだ」


そして、

その言葉を聞いて

俺もまた目を大きく見開いた。




"なんで知ってるんだ"

それは全てを肯定された言葉だった。


先輩は

本当に死んだ…?


嘘だろ…


別に先輩が好きなわけじゃないのに

気になる。


俺がふったのに。

捨てたのに。

俺を好きだと言ったあの変な先輩が

気になって仕方ない。



「…だが、死んだわけじゃないんだ」

「え?」

「事故に遭ったのは本当だ。

だが、死んだわけじゃない。

…意識が戻らないんだ」


「…どこ、ですか」

「え?」

「病院どこですか!」

「…駅前の、総合病院だ」


気付いたら走っていた。

バスを待つ時間すらもどかしくて

そのまま走った。


久々にこんなに全力で走ったからか

すぐに呼吸が苦しくなった。


けど

何故か俺の体は休憩をしようとしない。


がむしゃらって、本当にこうゆうことなんだと思った。



学校から50分全力疾走して

俺はようやく病院についた。


口が乾いて

唾すらでない。


「あ、の…はぁ…さく、ま……」


受付の人はキョトンとしている。


「…っ!佐久間莉嘉さん、…どこですか」


なんとか

大きく深呼吸をして

そう訊ねた。


「あ、はい!少々お待ちください」


受付の人はすぐにパソコンに向かった。

俺は受付のすぐ隣にある

自由に飲める水をコップに一杯汲んで

一気に飲み干した。


「っごほ!」


最初はむせたが

すぐに喉に潤いが戻って落ち着いた。


「あの、お待たせいたしました。

佐久間莉嘉様は7階704号室の個室にいらっしゃいます」

「あ、ありがとうございます…」

「あの!」

「…はい?」

「お見舞いの方…ですか?」

「あ、まぁ、はい」


すると受付の人は少し苦そうな顔をした。


「今…佐久間様は…」

「…」


多分俺はその後の言葉がわかった。

だからこそ聞きたくなくて

その場から逃げるようにエレベーターに向かった。





【704号室 佐久間莉嘉様】


まだ真新しいプレート。

今朝運ばれたのだから当然か。


「…」


俺はゆっくりドアを開けた。


ピッ…ピッ…ピッ……

ヴーーヴーー…


機械的な音だけが聞こえる。


「…」


一歩ずつ、ベッドに近寄る。


「…せ、んぱい…?」


それは

確かめたかっただけなのかもしれない。


そこに眠っているのは

本当に先輩なのか。

実は似ている人なんじゃないか。



「…うそ…だろ?」


ベッドの上で眠っているのは

昨日会った先輩とはかけ離れていた。


身体中包帯だらけ。

上半身には機械からチューブが繋げられている。

包帯に少し滲んでいるどす黒い赤。


「…」


愕然とした。


たしかに死んでない。

先輩は生きていた。

でも

あの包帯をとったら。



俺はしばらく

呆然と先輩を見ていた。










結局その後、どうやって家に帰ったのかは覚えてない。


ただ後で聞いたのは

7階は集中治療が必要な患者、または隔離患者、または…

ほぼ死ぬことが確定している患者が集められているということだ。



「…大和くん」

「…え?」


ベッドに横になってると

蛍さんに呼ばれた。


「お風呂、あいたよ」

「あ、はい」

「…大丈夫?」

「はい…」


蛍さんは

小さく頷くと、

自分の部屋に戻っていった。



蛍さんは大学生でこの家の主。

俺が下宿している家の主だ。


高校入学が決まったときに

ちょうど両親の海外出張が決まり

俺は両親の紹介で蛍さんの家にお邪魔することになった。


「…お風呂、行くか」



ベッドに座り込んで

思い出したように携帯を開いた。


トークアプリの"パイン"から通知が36件もあった。


「あ…忘れてた」


そのうち5件は部活の連絡。

残りの31件は、彼女からだった。


『大和いまどこにいる?』

『ねー』

『どこ?』

『部活?』

『いないじゃん、どこ?』

『なんで無視するの?』

『ねえ怒ってるの?』

『大和ー?』

『無視しないで』

『帰れないの?』

『ほんとなんで無視するの?』


…そんな内容。


「…うわ、怒ってるよなぁ…」


一斉に既読すると

その瞬間にメッセージがとんできた。


『無視とか最低』


「…はぁ」


先輩は

返事が遅くても、怒ったりしなかった。


"大丈夫、小嶋くんも忙しいだろうし、気にしないで?"


…やっぱりそれは

年上の余裕、みたいなやつだろうか。


返信する気にもなれなくて

俺は『ごめん』と一言だけ送って

そのまま風呂場に向かった。



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