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赤の女王と無色の僕  作者: 猫田33
紫陽花は彩りを増す
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「佐伯有知郎様、お初にお目にかかります。アンジェリケ陛下の第三秘書サルファン・オリバーと申します」


慇懃な口調とは、裏腹に態度や表情が軽いと有知郎は思った。思っただけでわかったことはないのだが。


「こちらこそよろしくお願いします」


日本人特有の頭を下げる行為にオリバーは、慌てた。


「家臣にそんな堅苦しい礼は、いらないですよ!」


「僕がいまアンジェリケにできることは、ほとんどないんです。外国語はあまり話せないし、マナーは求められている水準になっていません。世情にも薄い。こんな僕ができるのは、アンジェリケの助けになる人に誠意を見せることだけ。これが僕の精一杯のお願いなんです。厚かましいお願いですけどこの礼が大げさだと思われない人物になってくれませんか」


オリバーは、呆れ顔を浮かべた。その後苦笑いをする。


「ずいぶん難しい欲求をいいますね。ここまでされたらやる気がでるかな。まぁ、それにしても似たものですね‥」


「似たもの?」


「ずいぶん前にも思いがけず頭を下げられたんですよ、俺?まさか頭を下げられるなんて思わない人物だったから慌てたな。なんでも席が空くから座ってくれないかと頭を下げられて」


「不思議な人もいるんですね。席に座るだけなのに頭を下げるとか」


実はオリバーの言っている人物は、アンジェリケのことである。そして空いた席とは、第三秘書の座で先代の第三秘書が歳を理由に(そのとき第三秘書は70歳)引退したからであった。

そのときのオリバーは、父親の影響でフリージア擁立派であった。てっきり話にならないと思ったら意外にも馬があう。そして思ったのが今のままでは、フリージアが傀儡にされると気がつきスパイを買って出たのだ。スパイは、生半可な覚悟でできることではない。しかし王であるアンジェリケが頭を下げたのを見て、自分の何かが変わったからだと思っている。


「変わっていますがとても尊敬できる人です」


「オリバー君は、その人のこと好きなんだね」


「はい」


「あら、有知郎さん何の話をしているの?」


アンジェリケが西陣を連れて執務室から出てきた。


「昔話かな‥?お仕事終わったの?」


「はい、それでその‥‥この前話した森の湖にいきませんか?今の時期は珍しい花が咲くと侍女と聞いたので」


「時間が大丈夫ならかまいません。植物は、いくら見てもあきないですから」


「なら今すぐ行きましょう。馬‥‥いや徒歩で」


「アンごめんね。僕運動は、全然駄目で」


嗜みの一つで乗馬が有知郎のカリキュラムに組み込まれている。アンジェリケが時間が空いたので見に行くと、馬が前足をあげて有知郎を振り落としている最中だった。あわてて魔術を発動させ大事にはいたらなかった。


「あれだけ大人しい子がやきもきする乗馬があるのは驚いたわ」


「自転車より速いし、車と違って高いし、それに生き物に乗るのにも抵抗が‥‥」


「そういえば日本では、ほとんど乗らないんですよね。自動車による移動がほとんどとか。さすがモノつくり大国と呼ばれるだけあります」


「一般的な家庭で馬や牛を育てられないだけですよ。都心だと場所もないですから」


実は兄の悠太郎と弟の成太郎は、乗馬の経験がある。悠太郎と成太郎が行った学校は、私立のお坊ちゃんやお嬢様が行くエスカレーター式の学校だったからである。その学校の高等部の授業の一つに乗馬があった。有知郎も中等部までは、通っていたが農業をしたいと農業高校に行ったため乗馬はしていない。


「徒歩も楽しいものです。ゆっくり周りを見ていけますから。行きましょう」


「はい」


「意外に大きいですね」


アンジェリケが連れてきた湖は、10コースある25メートルプールが5つくらい作れそうだった。


「水不足になった場合飲み水以外の生活用水に使う湖ですから、ある程度大きくないと困ります。でも100年前に地下水を発見してそれ以来お世話になってないですね」


「同じ島国なのに水事情が違うんですね。日本でも四国あたりは水不足になったりしますけど」


「日本は、たくさんの精霊が棲んでいますからその恩恵を受けやすいのですよ。土着の信仰があって精霊が力を発揮しやすいのも原因の一つですね」


「そうなんですか?」


精霊というものを有知郎は、見たことがないのでいまいちわからなかった。



「はい、日本に訪問したときそう思いました。東京では土、水、火、金の精霊が確認できました。ただ木の精霊があまりいないのは心配です」


「木の精霊が少ないとどう困るんですか」


「木の精霊は火と金の精霊を活性化させます。逆に水と土の精霊の力を抑える力も持っています。木の精霊が少ないということは、水と土の精霊の力が強くなるということ。だから洪水や地震、豪雨、地割れ、地滑りなどを引き起こすと思います」


「確かに日本は、地震大国と呼ばれるくらい地震が多い。そういうことなんですね」


「はい‥‥‥堅苦しい話はこれくらいにして花を見に行きましょう。紫色の花だそうですよ」


「それは彼女のことですか?」


有知郎が立つ木の横に可愛らしい紫色の花を咲かせている植物があった。


「この花は‥‥」


「ゼラニウムです」


「有知郎さまこの花の花言葉は、知っておりますか」


なぜかアンジェリケの声は震えていた。


「尊敬と信頼そして愛情」


「愛情ですか‥恨まれていたわけではないということなのかしら」


「恨まれていた?誰にですか」


有知郎は、以前聞いていた王妃のことだろうかと思った。呪いをかけたのだから相当憎んでいそうだ。


「お兄様にですわ。私は、お兄様を殺してしまいましたわ」


「どういうことですか。前にアンのお兄さんは、戦死したって‥」


「王になる為には、力が必要でした。ミドルフィードは、力がなければ大陸の国の属国になると言われていたからです。お兄様は魔力は人並みでしたが人望がありました。魔力がそこそこでも人を駆り立てる力があればそれは大きな力になります。ましてやお兄様は、正室の産んだ第一王子。王太子から王になることに問題視されるわけがありませんでした。私が生まれるまでは‥‥」


最後のくだりでさらにアンジェリケの声のトーンが下がってしまった。


「アンを王にという人たちが出てきたんだね」


「はい、魔力が途方もなく強かったということ。さらに母がおらず後ろ盾がないので、後ろ盾になり王に据えることで利を得ようとする貴族がでてきたからです。ですから王太子派と第二王女派ができてしまいました。いろいろありましたが最終的にお兄様が戦争の指揮をすることになりました。お兄様が私より優れていると示すためです。そしてその戦争でお兄様は、亡くなりました。部下を庇って撃たれたと。庇われた部下は、お兄様の遺言だと私に花を渡しました」


「それがゼラニウム?」


アンジェリケは、有知郎の言葉に答えなかった。しかしそれが無言の肯定だと思った。


「可愛らしい花でした。でも私の嫌いな赤。周りは険悪でしたが兄弟の仲は、不思議と悪くありませんでした。だから兄は、私の赤嫌いを知っていたはずです。なのに遺言には、赤いゼラニウムを贈れと言ったそうです。だから私は、憎まれて嫌われたのかと思いました。でも花言葉を聞くと違うのかもしれません」


「でも花言葉を知っている男性は少ないと思うんだけど」


「昔は花に意味をこめて贈る習慣があったのですよ?愛だったり警告だったり信頼の印そのときにより意味がことなります。王族でしたからとくにそれは、顕著でした。だから兄は、知っていたと思います。私は‥知りませんでしたけど。でも恨まれていたわけではないようで良かった」


アンジェリケのヴェールに湖面の光が当たり幻想的に輝いている。有知郎は、一つの可能性を思いついたがいうのを躊躇った。


「優しくて強い自慢のお兄様でした。呪いのかかっている私をお姉様と一緒に可愛いと愛でてくれもしました」


「好きだったんだね」


「大好きなお兄様です」


「そっか」


有知郎は、思ったことを口にせず飲み込んだ。胸にちょっとしこりが残るが、亡くなった人物はこれ以上何かしようがないと納得させた。


「有知郎さんのご兄弟の話が聞きたいですわ。お義兄様は、来られたからわかりますが弟の成太郎さんとか」


「成太郎?うーん、成太郎とは最近仲があんまりよくないかな。昔は、懐いてたのに今は‥口聞いてくれないんだ。反抗期だろうけどちょっと寂しいな」


成太郎と半年近く話をしていない。無視されるかもしれないが大事な弟だ。


「近いからこそわからなくなる‥‥。大きなもののすべて見るには離れるのと同じ。成太郎さんには、後ろに下がってみる時間が必要なんでしょう」


「年期が入った言い方だなぁ」


「あら、歳の差が280歳あるのだから当たり前だわ」


「ハハッ、そういえばそうだったね」


二人の間を穏やかな風が通り抜ける。時々鳥の鳴く声が聞こえた。


「有知郎さんお話したいことがあるんです」


「うん」


「私は異端審問によって裁かれないかわりにお金とたまにくる依頼を受けています」


「うん」


「支払う額はいつも違うのですが国民が五年間働いてえる額を一年おきに支払っています。いつも来る依頼は、あまりいいものではありません。たまに死にたくなるほどのものもあります。もしかしたら異端審問は、私に死んでほしいのかもしれませんけど。理由は、私が悪魔と間接的にも繋がっていること、姿が異形だということでしょう」


「うん」


「私は死んだ方が役にたつと思ってました。人に迷惑をかけて嫌なのに依頼をこなければならない。でも私は、生きていたい。生きていたいんです。うやむやだった幸福が、有知郎さんと会って過ごしてやっと認識できました。私は、これからも誰かを邪魔して不幸にするでしょう。もしかしたら有知郎さんをつらいめにあわせるかもしれません」


「アンは‥‥植物同士に相性があるって知ってる?」


「生物で学んだ雄しべや雌しべのことでしょうか」


アンジェリケが首をかしげたらしくヴェールが揺れた。


「それとは違うんだよね。それは、同じ品種の話。僕がいいたいのは‥‥。例えばバジルとトマトの相性は、いいんです。害虫がバジルを嫌って、トマトに害を与えられないからだと言われています。このことを共栄作物もしくは、コンパニオンプランツと呼んでいます。科学的に証明されたわけじゃないんだけどね」


「そんなことがあるのですか?」


「はい、僕が大学でしていた研究がそれと関係あることでした。面白いでしょう」


有知郎が楽しげに語った。実際研究に打ち込み過ぎ、5日間も大学に泊まりこむこともあるくらい好きなのだ。


「はい、私も誰かの役にたっているのでしょうか」


「すくなくとも僕とアンの相性はいいんじゃないかな。どっちものんびりしてて」


「まぁ、そうでしょうか。そうだと私も嬉しいです」


アンジェリケは、胸の前に手を合わせて声を弾ませる。


「ところでアンお願いがあるんだけどいい?」


「お願い‥ですか」


「城の外に畑を造りたいんだ。まさか勝手に出て行ったり造ったりしたら駄目だよね。たぶん」


「城の中ならいいですが外は駄目ですわ。狐や野犬がいたりしますもの。それに有知郎さんに、危害を加える人が出てこないとはかぎらないわ。なぜ城の外とおっしゃるの」


「城の中は、専属の庭師さんがいて土に肥料を混ぜたり水を撒いたりする。けど城の外は、手をつけられていない。僕は、研究の続きをこの国でしたい。ミドルフィードは、土が痩せていて潮風が吹くから植物の成長が悪い。それに農業にも力を入れるべきだっていうのは、アンがよく知ってるよね」


「‥‥‥はい、主力株のレアメタルがいつまで保つかわかりません。もし、レアメタルが採掘出来なくなったらたくさんの国民が職を失うはずです」


「うん、だから僕の夢聞いてくれる?」


「夢‥‥ですか?」


「そう、夢だよ。まず野菜を作る。同時進行で花も植える。それで作った野菜を宿屋やレストランに卸す。ミドルフィードで作った野菜って売り出して観光客を呼ぶ。こういう土地で上手く野菜が育ったら研究者や視察にくる人もいると思う。それで花や城を見たり海に行ってもらう。お土産なんかも作って売るのもいいな。ねっ?どうかな」


「ずいぶん長い時間が必要そうな計画ね。何十年かかるかしら」


「だから‥僕と一緒に作ってみませんか。そういう国を」


有知郎は、下を向いてアンジェリケに桜色の小さな袋を突きつけた。アンジェリケは、恐る恐るその袋を受け取る。アンジェリケは、ふわふわした茶髪の髪の間から赤くなった耳をきがつかなかった。


「開けていいんですか?」


アンジェリケは、有知郎が頷いたのを確認して袋を開ける。中には、ダイヤが埋め込まれたシンプルな指輪が入っていた。


「これは‥‥!」


「この前来てた時色々話してたら、ちゃんとプロポーズしてないのかって兄ちゃんに怒られて渡されたんだよねソレ」


「お義兄様がお買いになったのですか?」


「それお母さんの婚約指輪だってさ。たぶんお母さんも喜ぶと思う」


有知郎の母は、有知郎を産んで亡くなっていた。ふわふわした茶髪が自慢の綺麗な人だったらしい。ついでに成太郎は、後妻の子で異母兄弟である。


「ありがとうございます‥‥」


「つけてあげよ‥いやつけてあげるよ」


アンジェリケの手のひらに載った指輪をとり薬指に嵌めた。サイズはあつらえたようにぴったりだった。


「有知郎さんにもつけたいのですがよろしいですか?」


「よろしくお願いします」


ズボンのポケットから指輪を取り出してアンジェリケに渡した。アンジェリケはそっと有知郎の手をとるとそっと指輪を嵌めた。指輪がはめられたとき有知郎は、不思議な感覚におちいった。それは、寒い日に風呂に入ったときのような感じだった。満たされた満足感と皮膚がピリピリと刺激を感じる。


「有知郎さんは、私のほしいものを下さいますね」


「そうかな?僕こそいろいろアンからもらってる気がするけど」


「私から有知郎さんにプレゼントしていませんよ。私は、ノートパソコンや指輪を頂いているのに・・・」


不満げな声をアンジェリケはだした。有知郎は、クスクスとその様子をみる。最初に会った


「城の外に畑を作っていい許可をもらえるだけでも嬉しいんだけど」


「それ以外でです。どういたしましょう?個人的に何かを贈るのは初めてですわ」


「あげたことないの?マリアンさんに結婚祝いとかあげたり」


「それはもちろんありますわ。でもそのときとは、状況がちがいますもの。友人ではなく…」


珍しくアンジェリケが口ごもり最後が聞こえなかった。ただ悪い内容ではないと思う。最近わかったが悪いことでもアンジェリケ場合、逆に態度にださない。女王として周りに弱みを見せないようにしたためだろう。そしていいことの場合手いじりが始まる。今も人差し指同士をつけたり離したりしている。


「そろそろ城へ戻りましょう!兵たちが心配しますわ」


「そうしようか。はい」


有知郎は、アンジェリケに手を出した。


「この手はなんですか?」


「手を繋いで帰ろう。いや…かな?」


「いやではありません!」


あわててアンジェリケは、手を繋いだ。有知郎は、笑みを浮かべると仲良くアンジェリケと城へ戻る。風が吹いてゼラニウムが手を振るように揺れた。

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