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赤の女王と無色の僕  作者: 猫田33
ニゲラは嵐を耐える
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1

ヘマタイト城は、様々な視線に溢れかえっていた。それは、好奇・侮蔑・軽蔑などさまざまだ。

その視線の先は、女王陛下アンジェリケ、女王候補フリージア、そしてアンジェリケの婚約者の佐伯有知郎の三人に注がれている。原因は、日本で出版された週刊誌の記事によるものである。内容は、有知郎とアンジェリケそしてフリージアの三角関係であることないことをさんざんかかれていた。当事者のうちアンジェリケが一番この事態に焦りをみせていた。ただの記事なら焦りをみせない。有名な人物ならこのような被害を受ける可能性がいくらでもあるからだ。

しかし記事には、アンジェリケが婚約したのにも関わらず仕事ばかりで有知郎が見限ったと載っている。実際アンジェリケと有知郎が婚約してから1ヵ月近く経過している。だが有知郎と会ったのは、数回しかない。愛のある婚約ではないが有知郎は、これから育めばいいと言ってくれた。それで胡座をかいた結果がこれなのか。この記事が嘘だとアンジェリケは、わかっている。だがありえない話ではないのだ。


「アンちゃん、元気だして。ウチロー様がこんなことするわけないよ」


【そう思う。けど今のような生活を続けてたら結婚しても離婚しかねない。どうしよう】


マリアンは、アンジェリケの"どうしよう"に驚いた。アンジェリケは、答えがでなくとも選択を何個か考えその中から選ばせる。漠然と"どうしよう"などとはいわない。マリアンは、そう思い迷ったすえに言った。


「会いにいきましょう」


アンジェリケが首を傾げた。


「アンとウチロー様が会っていないのが問題なのでしょう?ならアンからウチロー様のところに行けばいいんです」


【大丈夫かな】


「女は愛嬌と度胸です!そうと決まったら行きますよ」


マリアンは、アンジェリケの手をとって有知郎の部屋へ歩きだしたのだった。


「お前わかってるのか!?」


「わかってるよ兄ちゃん。でもフリージアちゃんに関しては妹みたいなものだから…その…恋みたいなのはないよ」


部屋には、日本からはるばるミドルフィードにきた有知郎の兄の佐伯悠太郎がいた。今年25歳の兄は、ヘマタイト城についた途端眉尻を釣り上げ有知郎に詰め寄る。有知郎は、戸惑いながらも平常通りだった。


「お前がそう思っていても周りがそう思ってない!日本でそういうことがあっても俺がなんとかしてたが世界規模は無理がある」


「日本にいたとき兄ちゃん何かしてたの?」


「うっ、なっ何もしていない‥‥」


実は日本にいたとき有知郎は、一部女子からモテていた。あまり話すタイプではないが、植物の話題になると別人のように話すのでギャップ萌。悠太郎と執事の黒木の教育の賜物で女性に紳士的なのも拍車をかける原因になっている。

中には粘着質でストーカーのような人物もいた。しかし有知郎は、その存在に気づかない。仕方なく有知郎に見つからないように悠太郎が対処していたのだった。

だからこそ有知郎は、純粋さと天然さを損なわず育っている。


「うーん、でもたしかにアンとフリージアちゃんは嫌がるかな。王様って信頼と人気で出来てるって最近思うし」


「そりやぁどんな権力者でもいえるな。どっちかがないと成り立たない」


かのナポレオンだって皇帝になれたのは、革命が成功し信頼と人気があったからだ。逆に処刑されたマリー・アントワネットの信頼と人気はなかった。


「はやく僕とアンが結婚すればいいんだろうけど」


状況がわかっているんじゃないかと悠太郎が笑みを浮かべた。だが有知郎は、浮かない顔で溜め息を吐く。


「こういう状況になって周りに急かされたからプロポーズっていうのは違うと思う」


「お前が案外ロマンチストなの忘れてたよ」


悠太郎がため息を吐くと部屋に控えめなノックが聞こえた。有知郎が返事をするとマリアンが部屋に入る。すると、悠太郎を見て目を見開いた。


「ウチロー様のお兄様ですカ?」


「はい、有知郎の兄の佐伯悠太郎です。それにしても美しいお嬢さんですね。お名前を伺ってもよろしいですか」


悠太郎がマリアンの手をとった。マリアンは頬を朱に染めながらも困惑の表情を浮かべる。


「アンジェリケ陛下傍仕えメイドのマリアンでス。手をお離しいただけませんカ?」


「不躾に手を握ってしまい申し訳ありません。あまりにお美しいので」


「なんだか照れますワ‥」


「お仕事が終わりましたらお茶でもいかがですか?」


有知郎は、悠太郎が本気で口説き落とすつもりなのに気がつき内心溜め息をついた。さすがに20年兄弟をしているから兄の好みもわかっている。


「兄ちゃんマリアンさんは、旦那さんの夕食作らなきゃいけないからだめだよ」


「えっ、旦那!?結婚しているのか??」


「結婚5年目でラブラブだよ。そもそも兄ちゃんには、瑠璃華ちゃんがいるでしょ?」


瑠璃華とは、佐伯兄弟の幼なじみの女性で有知郎と同い年だ。思わず姐さんと呼びたくなる気っ風のいい性格をしている。


「瑠璃華は、親の口約束の婚約者だ。俺は、自分の結婚する人くらい自分で決める」


「兄ちゃんかっこいいけどマリアンさんはだめだよ」


有知郎がそういうと悠太郎は、頬を膨らませてムスッとした。今年で24歳になる男がする顔ではない。


「あの‥ユータロー様すみませんが一度部屋からでていただいてもいいですカ。私の主がウチロー様とお茶をしたいと申しました」


「アンが来てるの?」


いつも有知郎とアンジェリケが会うときは、有知郎からアンジェリケの執務室へ行っていた。


「はい、お会いいただけませんカ」


「有知郎が女性からの誘いを断る訳がない。邪魔者は退散するとしよう」


悠太郎が満面の笑みを浮かべ部屋から出て行った。そのあとにおずおずと気後れした様子のアンジェリケが入ってくる。


「久しぶりです。体はなんともありませんか?」


【はい】


ホワイトボードに短く返事が書かれる。


「よかった。最近忙しいみたいだから体を壊したら大変だと思って」


【有知郎さんも元気そうでよかったです。この国には、慣れましたか】


「はい。‥‥そういえばアンにプレゼントがあるんです」


有知郎は、部屋の隅に置かれた箱を持ってきた。


【何ですか】


「開けてみてください」


アンジェリケは恐る恐る箱を開けた。箱の中には白いノートパソコンが入っている。アンジェリケがノートパソコンを手にとると最新式なのか薄くとても軽い。


【ノートパソコンなら仕事ように持っています。有知郎さんが使ってください】


「このノートパソコンは、アンが使うべきだよ。開いてみて」


アンジェリケがノートパソコンを開けた。


「Hello! ANGELIQUE」


アンジェリケがノートパソコンを落としそうになったので慌てて有知郎が受け止めた。


「機械が得意な友達に頼んだんです。この声をだしてるのボーカロイドっていうものらしくて‥。キーボードで文章をうつから書くより楽だと思う」


アンジェリケがノートパソコンを受け取った。アンジェリケが何かを打ち込む。


「アリガトウゴザイマス」


ノートパソコンから音声が聞こえる。うまく動いているようで有知郎は安心した。


「どういたしまして。ソルト君に頼んでインターネットも繋がるようにしたから忙しい時はメールしたいなと」


「メールモツカエルンデスカ。スゴイデスネ」


「もっとアンのこと知りたいんです。どういう子ども時代を送ったとか好きなことやものとか」


会話する暇がないなら別の手段を考えていた。さらにいえば会話する方法が筆談なのでそのうち腱鞘炎を発症しそうでこわい。


「コドモジダイヲキキタイデスカ」


「はい」


「ナガイナガイハナシニナリマス」


戦火に世界が覆われていたほど昔の話。

ある国の王が自国を守るため、みずから船に乗り軍の指揮をしていました。敵が島に上陸されれば国民に被害が及ぶ可能性があるからです。だから敵国の兵が島に上陸する前に全滅させる必要がありました。

ある日のこと戦争で勝ちましたが敵船の大砲により、船の底に穴が開き王が乗っている船が沈んでしまいました。王は、自分が死んでしまうだろうと覚悟を決めました。しかし王が目覚めるとそこは、民家のようで質素だが使い慣れた温かな家具が置かれていた。王が周りを見ていると扉が開かれ一人の女性が現れた。鮮やかな赤毛に人懐っこそうな茶色の瞳の女性だった。女性は、王に体調は大丈夫かと尋ね野菜のスープを差し出す。王は礼をいい、スープをもらった。しばらく王は、女性の元に滞在した。女性が発見したとき衰弱していたらしく動けなかったからだ。

それから数週間王と女性に何があったがわからない。だが王と女性が城に現れた。王が行方不明になった半年後のことだった。もちろん城は、大騒ぎとなった。

さらに騒ぎのもう一つの原因は王妃だった。元は大臣の娘でその間には、すでに王子と姫がいる。ゆくゆくは、王子が王になるだろうと周囲は納得していた。

王妃は、王がいない場所で女性を罵り王のいる場所では王に非難を浴びせる。王妃は、自分より身分が低くとも王の寵愛を受けた女性が憎らしかった。

しかし王は、女性を離すわけにはいかなかった。女性は、王の子どもを身ごもっているからだ。法のもと、王族といえど御子とその母体を害することは許されない。だから女性は、王の庇護のもと臨月まで比較的平和に過ごせた。

だが王妃は、法をかいくぐった策を思いつく。


"呪殺"


王のいる国は、魔法が発達した国だったが古くからある呪いに関して研究が進んでいない。呪いを研究するためには、呪いを行わなければならない。だが呪いは、呪いをかけた人物にも影響がでる。なので研究するという酔狂な研究者はもちろんいない。

だが呪いの影響を受けない方法がある。

呪いの代行である。

高い金を支払うことになるが代行をした者に影響する。だから呪いをかけさせた人物に影響はない。王妃は、呪いの代行を探し女性に呪いをかけさせた。

ちょうどその頃女性は、陣痛を起こしておりそばの侍女や産婆が必死に女性を励ましている。女性は、ふと宙を見るとおぞましい姿の悪魔が自分を見て笑っていた。悪魔は、王妃の呪いの執行者だった。


悪魔は、女性に話しかける。


"お前の子どもの魂は、俺がもらう。俺が見えるだけでは何もできまい"


ようやく侍女や産婆が悪魔の存在に気がつき悲鳴をあげる。悪魔は、ニヤニヤと女性を笑った。力がないものをいたぶるのが大好きだからだ。しかし女性は、悪魔の想像したどの顔とも違った。


「私の大事な子の命は、悪魔になどあげないわ!」


決意に満ちた母親の鋭い瞳で害されることがないはずの悪魔が戸惑うほどの強い気迫を持っていた。だが実際に女性がなにかできるわけではなく、悪魔が女性に近づくと女性は後ずさった。一人の侍女が女性を庇うように立つ。

悪魔は、女性が自分と対抗する方法がないことを喜び女性の腹にいる赤子の魂に手を伸ばした。だが触れた瞬間に悪魔の腕が吹き飛び声にならない叫び声を放つ。悪魔の腕は、内側から弾けたように見えた。まさかと悪魔は赤子の魂をみる。

悪魔を上回る魔力を注がれた結果だろう。悪魔は、魔力で出来ており物理攻撃が効かない。唯一魔力が対抗手段だが生半可な魔力では、力負けしてしまう。

これには侍女や産婆も驚いた。そんな芸当ができるのは伝説と呼ばれる魔法使いでなければ出来ない。


悪魔は、驚きと恐怖と歓喜に満ちた。


"赤子の命はとらないだが呪いをかけてやろう。その赤子がどんな人生を過ごすか楽しみだ!!"


そういって悪魔は消えた。途端に絶叫を上げたくなるほどの痛みが下半身にはしる。赤子の頭が見えたと産婆が言う。それから一時間後部屋から聞こえたのは歓喜の声でなく何人もの悲鳴だった。

なぜなら生まれた赤子は、顔がなくトマトのように赤い肌。口がないので泣くことができない。しかし小さな体は、呼吸をしているらしく胸が上下に揺れていた。

どんなにひどい姿でも我が子は、愛しいらしく女性は生まれた子を嬉しそうに抱くと息を引き取った。女性の体は、赤子を生むだけで限界だったのだ。それが悪魔との争いで限界を超えてしまったのだ。赤子は、女性のことを庇った侍女が乳母となり赤子を育てることになった。


それから12年後


王が戦死し少女となった赤子が王位を継承した。

王位継承の条件である力の強さが兄や姉を勝っていたがゆえの結果である。

内乱と戦争が起きたが持ち前の圧倒的な魔力と軍略で終戦させた。

少女が18歳のときの話である。容姿と高い魔力そして狡猾さにより"赤い魔女"と呼ばれるようになったのはこの頃であった。




「赤子はアンのことだね」


「ハイ。アクマノクダリハウバダッタ、マリートベルンノソウソボニキキマシタ。オウヒノコトハ、シラベアゲテワカリマシタ」


有知郎は、アンジェリケが想像以上にハードな人生を送っていると思った。生まれるまえから命の危険があるなんて思いもしない。


「お疲れ様‥よく頑張ったね」


有知郎は、アンジェリケの体をぎゅっと抱きしめて頭を撫でた。アンジェリケは、頭を有知郎の肩に乗せてリラックスしているように見える。


その様子がとても嬉しくヴェールごしにアンジェリケの額あたりにキスをした。


「ふふっ」


突然若い女の声がして驚いた。この場には、メイドはいないはずなのにどこから聞こえてくるのだろうか?執務室なので人が隠れられるくらい大きな家具もない。カーテンかと思い確認したがそこにもいなかった。


「隠し部屋でもあるのかな。古いお城だし」


「王家の継承者しか知らないはずなんですが‥」


「また同じ声?しかも王家の継承者って‥‥!」


そんな重要なことを知っているのは誰なんだ。アンジェリケが有知郎の袖を引っ張った。


「すみません有知郎様。私の声みたいです」


「…!」


「私こういう声なんですのね。驚きました。…有知郎様?」


アンジェリケが何も言わない有知郎を覗き見る。有知郎は、目をキラキラ輝かせてアンジェリケをまっすぐ見た。


「なんて喜べばいいんだろう‥!アンの呪いがとけたってことだよね!!」


「もしかして頭も呪いがとけてるのかしら?醜い頭ではないのかしら??」


アンジェリケは、恐る恐るヴェールをとった。しかし、現実は甘くなく頭はマッチ棒のような見た目のまま。赤い肌に凹凸のないのっぺりした頭だ。


「ごめん、頭は変わってないよ」


「謝らないでください‥!私、有知郎様と直接お話できるだけでとても嬉しいです」


アンジェリケの気持ちゆえか声が弾んでいる。今まで筆談だったので感情が読みとり難かった。


「僕も嬉しいです」


「あの‥有知郎様」


アンジェリケが指を絡ませモジモジする。アンジェリケが有知郎に言いたいことを言おうとした時扉が開かれた。


「有知郎話は終わった‥‥」


悠太郎がアンジェリケをみた瞬間に泡を吹いて倒れた。


「悠太郎さま!」

「兄ちゃんしっかり!」






「女性の顔をみて倒れるなんて失礼なことをしてすみませんでした」


悠太郎は、用意されたベッドから降りて土下座をしていた。アンジェリケは、座り込み姿勢を低くした。


「そこまで謝らなくともかまいませんわ。驚くのは当たり前ですもの。‥‥お兄義様」


お兄義様という言葉に悠太郎は、頭を勢いよくあげた。目は何を見開いてアンジェリケを見る。


「お嫌でしたか?」


アンジェリケが恐る恐る尋ねる。


「嫌なんてとんでもない!そういえば有知郎と結婚したら義妹になるんですね。嬉しいな」


悠太郎が立ち上がりニコニコしながらいうのでアンジェリケは、落ち着いた。戦略結婚だからいい顔はされないだろうと思っていたからだ。とくに悠太郎は、有知郎を可愛がっているように見えたからなおさらだった。


「それで結婚は、いつするつもりなんだい?仲良く手とか繋いじゃってさ。兄ちゃん妬いちゃうぞ」


アンジェリケが立ち上がるときに有知郎が手を差し出したので手をとった。そのまま手をのせるような形で握られてたらしい。慌ててアンジェリケが手を離そうとするが有知郎は、離さないばかりかさらに指を絡ませる。それを見た悠太郎は、野次を飛ばした。メイドとして空気のように立っているマリアンは、頬を赤くさせどこか嬉しそうに見える。


「有知郎さん‥‥?あの?どういうことですか??」


「兄ちゃん曰わく好意を持ってる相手なら態度をはっきりさせなきゃだめだっていうから。手繋ぐの嫌だった?」


尋ねるような内容だがどこか楽しんでいるような口調だった。実際有知郎の口元は上がっている。その様子を見てマリアンは言った。


「サエキ家は天然タラシの一家なんですね」


「女性に対して紳士なだけですよ」


「でも‥いきなり積極的にされると‥」


「アンジェリケ様お嫌でなければそうなさった方が噂や憶測が減ります」


「西陣!」


「それだけ仲むつまじくされたら有知郎様とフリージア様が恋仲ではという輩が少なくなります。なお噂を流す人物がいるなら、それが今回の主犯と思っていいでしょう」


西陣が状況判断をしたうえで淡々と答える。有知郎は、西陣の意見はごもっともだがアンジェリケとして過度なスキンシップは苦手なのだろうと考えた。


「私だっておおよその主犯の検討はついていますわ。ただ泳がせて他に主犯となりうるほどの人物をこのさい引きずり出したほうがいいかと思ったからですわ」


「私にも…お手伝いさせて?」


か細い声とともにフリージアが現れた。


「フリージア様あなたは、いま勉強中でございましょう」



「だってみんな集まってる。気になったら調べる。‥そうよね。叔母様」


「フリージア様、その意気込みはよろしいですが。ご自分の立場がおわかりですか」


「わかってるから来た。有知郎様とのこと…でしょ。だから来たの」


フリージアはアンジェリケを見て飛びつく。普段無口で物静かなためフリージアを知る人物は皆驚いた。


「世界中で一番アンジェリケ叔母様が好き。優しくて賢くて大好き。だけど最近有知郎ばっかりだから悪戯しちゃったの」


「一番好きな相手を横撮りされたからですネ。わかってみればちょっとわがままですけど微笑ましいといいますカ‥」


「他にも理由があるの」


「有知郎様英会話の授業を‥‥」


「ベリス!」


フリージアはアンジェリケを離れてソルトに抱きつく。だからソルトは、部屋に入ると突然フリージアに抱きしめられた形になった。状況についていけずソルトは、目を白黒させた。


「えっ、フリージア様!?」


「なんだなんだ?現代の光源氏誕生か?」


「ヒカルゲンジって何ですカ。カオル」


「家に帰ったら教えてあげるよ。‥‥それよりソルトどういうことだ」


「義兄さんなんで怒ってるんですか!しかも他の人笑ってるし!!」


「フリージアちゃんだっけ?この人好きなの?」


フリージアは、ソルトにしがみついたまま頷いた。なんのことだかわかっていないソルトは、顔を赤くしてオロオロしている。


「えぇ!?」


「僕は、お似合いだと思うな。ベリスくんは、勤勉で誠実だし人のことを気遣える」


「私も相手にはいいと思うわ。そろそろソルト家から王家に嫁ぐ事例があってもいいと思うの。その逆もしかりですし」


「俺の意見は無視ですか!?」


「ベリス‥私のこと嫌い?」


フリージアが上目使いにソルトをみる。抱きつかれているうえにそんなことをされたのでソルトの顔はさらに真っ赤だった。


「嫌いじゃないですけど‥‥せめてあと5、6年後にいって欲しいです。それまで心変わりしなかったら婚約でも結婚でもなんでもしますよ」


「本当!?5年経っても好きだったら結婚してくれるの?」


「そのころにはフリージア様は、立派なレディになっているでしょうから。ちょうどいいでしょう」


ソルトは、フリージアの頭を撫でた。確かに今は、恋人というより仲のよい兄妹に見える。


「あぁ、"俺の好み通りになれ"ってことか?ますます光源氏だな」


「そんなこと言ってないですよ!そもそもなぜ皆さん勢ぞろいなんですか!?」


「ベリス大きな声を出すんじゃない。普段冷静になれと何度も言ってるだろう」


「はい、すみません」


西陣に叱られソルトは、目に見えて落ち込んでいた。フリージアが背を伸ばしてソルトの頭を撫でるので余計に痛々しい。


「西陣叱るのも大概にしませんと可愛い義弟がいなくなってしまいますよ」


「アンジェリケ様、声がでるようになったのですか!もしかして呪いも‥‥!」


「期待してもらって悪いのですけど完全に呪いが解けた訳ではないのです。このヴェールの下の頭は、醜いままでした」


「そうですか‥‥。でも、アンジェリケ様の声が聴けて嬉しいです。マーチお婆ちゃんは、アンジェリケ様の呪いが解けるのを祈ってたから」


「うン、あのお祈り毎朝の日課だったネ。きっかけは、なんなのかわからないですけどおめでとうございまス!」


マリアンがニコニコしながらアンジェリケに抱きつく。二人で喜んではしゃいでいるのを見るとやっぱり女の子なんだと思う。男同士でそんなことをしてたら気持ち悪い。感動の抱擁でもない限り相手は、女の子に限る。


「きっかけ?あの時アン笑ってたから笑ったのがいいのかな」


有知郎が思いだすかぎりこぼれるような笑い方だったと思う。楽しくて思わず笑うような。


「笑う門には福来るっていうし。案外いい線かもしれないな」


「感情の高ぶりは‥魔力に影響する」


フリージアが呟いた。


「そうなんですか?」


「そうですヨ、ウチロー様?まさかご存知ないのですカ」


「レディ、日本では魔法や魔術といったものが根付いていないんです。あるとすれば霊と話したり体にのり移したりするイタコや、廃れていますが陰陽師といったところです。たまにあるきっかけで浸透するものもありますがごくわずかです。コックリさんや占いとか」


「コックリさん?」


「日本で一時期流行った占い方法で主に10代の少女がやっているものでしたね。占い方法が魔術でいう召喚に近いことをしてました。たまに低級霊や悪魔を呼び出すことがありますわね。多感な少女がするので知らないうちに魔力が反応して呼び出してしまうのですわ」


アンジェリケがすらすらと話す。概要は合っているがそこまで詳しいと有知郎は思わなかった。


「さすが流行った当時コックリさんの沈静化に一役かった人物だな」


「兄ちゃんどういうこと??」


「悠太郎殿」


「知ることも守ることに繋がります。ましてや有知郎は、話した内容が理解できないほど馬鹿ではないし。ずっといるつもりなら避けられないと思いますよ。なっ、有知郎?」


そういう悠太郎の顔は、優しげだが我を突き通す強さがあった。それは仕事中にしか見せない悠太郎なりの真剣な顔である。


「うん、あとで後悔しないためにも知りたいな。でもこれはお願いだから話したくなければ話さなくてもいいよ」


「‥‥優柔不断」


「フリージア様思っていても話してはいけないことがあるんですよ?メッです」


どちらにしろマリアンの発言もひどいが有知郎は、とくに気にしてないようだった。


「有知郎さんは、よい兄上がいるようですね。先ほどのことは、もう少しのあと有知郎さんと話し合いたいと思います。周りがうるさいようなので」


「近所迷惑も甚だしいでしょう。誰が家主かはっきりさせれば落ち着くと思いますが」


「はい、そうですわね」


そのときどこからともなく腹の音がした。見るとソルト姉弟が腹を押さえている。


「皆さまそろそろ夕餉にしましょうか?こちらに料理を持って来させます」


「「はい!」」


綺麗にハモった声にみんな自然と笑い出したのであった。

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