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華やかなパーティーが城で執り行われている。華やかだが実は、費用があまりかからない工夫をしてあった。壁にあるろうそくの火は、LEDを火に似せた模造品。飾られている花は、ほとんど城で育てているものを使っている。最初は、伝統を壊すつもりかと周囲に反対された。しかし、パーティーの費用が減りエネルギー関連につぎ込んだ結果国民の生活が向上した。一部では、まだ反対意見がくすぶっているもののおおよそ高評価だった。
「アン」
婚約者となった佐伯有知郎が、アンジェリケの愛称を呼ぶ。アンジェリケは、顔がないので意識だけを有知郎に向けた。話すことが出来ないのでホワイトボードに言いたいことを書き込む。
【お疲れ様です。素晴らしいお話でした】
以前視察として日本に訪問したときサクラをみたことがある。触れば折れそうな枝に白に近いピンクの可愛らしい花をたくさん咲かせていた。そのサクラと婚約の話を合わせて話すとは思わなかった。ミドルフィードと日本は、交流が深いとは言えないのでサクラを知っている国民は少ないだろう。
「ありがとう」
有知郎の顔に優しげな笑みが浮かぶ。ふだん前髪に隠れているので笑顔を見られるのは珍しい。だがアンジェリケは、ちょっと喜べない。有知郎のことをチラチラ見ていた少女や婦人たちが顔を赤らめたからだ。アンジェリケは、この感情が嫉妬だとわかっている。嫉妬は、アンジェリケが一番嫌う感情で嫉妬のせいで自分の人生は決まってしまった。
自分のこの感情を一番有知郎に知られたくない。だから何でもないように返事を書く。声がでないこと顔がないことにこんなに感謝する日がくるとは思わなかった。
【お礼なんていいです。私は、とても嬉しいと思った】
「なぜ」
理由が必要なことだろうか。そもそも信頼されてないからかもしれない。初めて会ってから一週間位しか経っていないのだから。
【あなたは優しいからずいぶん無理をさせていると私は思っていました】
「優しいかは、わからないけど無理はしてないよ」
有知郎は、苦笑を浮かべたがなぜ苦笑するのだろう。でも有知郎が無理をしていないと聞いてホッとしている自分がいた。
『ご婚約おめでとうございます。アンジェリケ女王陛下』
声のした方向をみると面倒くさい人物が笑みを貼り付けていた。さんざん息子たちとの見合いを迫り仕方なく見合いをしたら全員失神した。
【ワットフィード公爵久しぶりですね。奥方の調子はいかかですか】
『えぇ、最近調子がよいと言っておりました。陛下のおかげです。つきましてはあとでお礼の品を受け取っていただきたいのですが』
ワットフィードのお礼は、胡散臭いうえにきな臭い。生まれたときから知っている人物だが信頼の度合いと時間は別問題だ。
【再三申し上げておりますが私は受け取らないと申しました。私に送るものがあるなら領民の生活に還元していただきたいですわ】
『さすがアンジェリケ女王陛下、王の鏡たる発言ですな』
面倒くさいがこれも王族の義務である。無難な言葉を言ってなんとかくぐりぬけた。肉体的な疲れはないが精神的に疲れは感じる。なんて思っていると有知郎から花をもらえることになった。花は何度も貰っているがいままでで一番うれしい。この違いは、なんなのだろうか。有知郎は、食事をしにホールに行ってしまったがアンジェリケは少女のように舞い上がっていた。
パーティーのあと時間がもったいないので仕事を始める。女王になりかなり時がたったがやることはまだまだ多い。
「アン」
有知郎がいつもの格好で立っていた。手には白とピンクの可愛らしいチューリップを持っている。
「約束通り花をプレゼントしにきました」
【このチューリップを私にですか。醜くてこんなおばあちゃんの私にはもったいない】
私よりもフリージアのほうが似合っている。私は、もっと地味で暗い花の方がお似合いだ。
「アンは、品種というのを知っていますか」
【はい】
薔薇園で薔薇の品種について話していたのだからわからないわけがない。
「では、このチューリップはなんという品種なのかご存知ありませんか」
【いいえ】
「このチューリップは、アンジェリケという品種なんです。アンと同じ名前でしょう?」
このチューリップが私と同じ名前‥‥?信じられないが有知郎は、嘘を言うような人物ではないと思っている。それに花の品種まで言えるのだから、自分で選んでくれたのだろう。
有知郎に感謝の気持ちを書こうと思ったが普通の感謝でいいのだろうか。感謝、喜び、驚き全てをつたえるには言葉だけでは足りない。私が普通の女性なら笑顔で感謝の気持ちを伝えられる。だが私には顔がない。
"アンにぎゅっとされると嬉しい"
親友のマリアンの言葉を思い出す。確か西陣とマリアンの結婚式の時だ。泣きながら抱きついてくるので理由を尋ねたら答えがそれだった。
有知郎も喜んでくれるだろうか?試してみたら有知郎は顔が真っ赤になっていた。いまさらになって思い出したが日本人は、"アクシュ"はしても"ハグ"はやらない種族だった気がする。それにしても顔を赤くして座り込む有知郎はかわいい。いつもは届かない頭を撫でると一瞬体を固くした。でもすぐに目をつむりリラックスしたようだ。アンジェリケは、ほんの少しの恥ずかしさと心地よい雰囲気が続けばいいとしばらく有知郎の頭を撫でていた。
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パーティーの次の日、衝撃的な事実をスカイプで伝えられた。
「大学には退学届けをだしておいた。結婚するなら学ばなければいけないことも多いだろう。こっちにある荷物があれば黒木に言いなさい。いらないものは処分する」
言いたいことだけいうと通信が切れて何も映らなくなった。自分のせいではないのに黒木は、申し訳なさそうにノートパソコンを持っている。
「心機一転頑張ろうとなさっていたのにあんまりでございます」
「確かにひどいです!実質追い出されたみたいじゃないですかウチロー様」
ソルトが眉を釣り上げ憤慨している。この仕打ちを受けた当の本人である有知郎は、行動が早いなとどこか他人ごとに思っていた。
「うーん、部屋にある盆栽と農業、園芸の本は欲しいな。本当ならクワとかスコップも持ってきて欲しいけど空港引っかかりそう」
「坊ちゃま!何を冷静に持ってきてもらうものの選定をしているんですか」
「だってもし日本に戻っても僕の居場所ないんでしょ。だったら早くこの国になれて農業や園芸やった方がいいと思う」
有知郎は、農業と園芸さえできれば場所など些細な変化でしかないと思っているので問題ない。家族は、会おうとすれば飛行機に乗って半日以内に会える。
「前から執着心が薄いと思っておりましたが余計にひどくなってしまわれたような…。私は日本に戻ることになるので有知郎坊ちゃまが心配です!」
「大丈夫だよ。アンと城のみんなは優しいし。わからないことをあったらソルト君に聞けばいいし」
「黒木様!ウチロー様のことは俺に任せてください。火の中、水の中でも誠心誠意お仕えします!」
ソルトは、拳を握りしめて黒木に訴えかける。黒木は勢いに当てられたのか涙を流した。
「ソルト君、私は君の根性に感動した!君になら有知郎坊ちゃまを任せられる」
「ありがとうございます!」
黒木が手をだすとソルトも手をだし固く握手を交わした。まるでこれから戦場に行く人物への激励のようである。
「なんだかここだけ温度違うヨ。なんデ??」
「マリアンさんこんにちは。僕のところに来るのは珍しいですね」
マリアンは、アンジェリケの侍女なので有知郎と会うことがほとんどない。
「ウチロー様があの国にいると聞いたので、この際服を新調したらどうかと聞きにきましタ」
「姉さん、使い方間違ってる。"あの"じゃなくて"この"だよ」
「意味伝わればダイジョブ!ウチロー様どうしますか?」
「頼もうかな。あまりそういうの気にしないし」
実は、いま有知郎の持っている服は兄のおさがり。着ているものがボロになっても、着続けている弟に痺れを切らしたからだった。
「それなら問題ありませんネ。寝起きしていただく部屋は、結婚なさるまでこの部屋を使っていただきまス」
「わかりました。他の部屋に関してはソルト君に聞けば大丈夫かな」
「任せてください!」
ソルトは胸を張っていいきるが意外な人物により却下されてしまった。
「私がする」
「「フリージア様!?」」
次期女王候補フリージアが、いつも通りの無表情を張りつかせて立っていた。
「勉強のお時間では??」
「終わらせた。国賓の接待も、王族のつとめ。これも勉強」
そういうとフリージアは、有知郎の手を掴んだ。
「案内する」
まさか話せなどとはらうわけにもいかず有知郎は、引っ張るフリージアについて行くように部屋をでた。ソルトとマリアンは、呆気にとられて一言もいうことが出来なかった。
フリージアは、人に興味をもつことが少なかった。唯一の例外が遠い叔母のアンジェリケのみ。そんなフリージアが自分から城の案内をかってでるとは非常に珍しい。
「何かあったのかしラ?」
「さぁ」
「図書室。一時に来ない方がいい」
フリージアは、淡々と部屋を紹介していく。部屋名のあとに意味のわからないことをいうのが謎だが。言葉の意味を質問したら無言が返ってきた。他の質問には、ちゃんと答えるのに。
「図書室の中を見ていいかな」
フリージアが頷いたので観音開きになっている扉を開けた。そこには六角形の部屋で数え切れないほどの本があった。
「うわぁ、本が多いな」
「もしやサエキ様ですか?」
長い栗色の髪を結んだ男が笑みを浮かべて立っていた。目が悪いのか古風な丸眼鏡をかけている。眼鏡と笑みのせいか優しげだが知性を感じさせていた。
「はい、僕が佐伯有知郎です」
「私は、この図書管理長のカルヴィンと申します。午前9時から午後9時までおりますので何か読みたい本がありましたら仰ってください。ここの本は膨大ですからご自分で探すより早いですよ」
「ありがとうございます」
有知郎は、今度ゆっくり見にこようと思った。
「カルヴィンまたやった‥ね?」
フリージアは、眉を寄せてカルヴィンを見た。カルヴィンは、相変わらず人のいい笑みを浮かべている。
「楽しみは、家で。ブラウニーが困ってる」
「そうすることにします」
ブラウニーというのに有知郎は、内心首を傾げた。ブラウニーは食べ物を思い出すが人名でもある。カルヴィンは、子どもがいる歳に見えないので弟でもいるのかもしれない。それならばお楽しみは、家での意味が繋がる。
「次、行く。来て」
フリージアが有知郎を急かした。カルヴィンは、有知郎とフリージアに手を振っている。
「さすが女王陛下の血族ですねぇ‥」
有知郎は、部屋からでる瞬間そんなつぶやきが聞こえた気がした。
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【フリージアが城案内をしたのですか?】
夜になり仕事が一段落したのでアンジェリケは、有知郎の様子をソルトから聞いていた。
「はい、王族が国賓を接待することも勉強のうちだと申してました」
「それぞれの立場が微妙だというのになぜ行かせた。対立が黙っていると思っているのか?」
貴族たちが、佐伯派とフリージア派に分かれていた。要はどちらが王になるかである。だから二つの派は、対立し有知郎がアンジェリケと婚約をしても結婚しないことで力の釣り合いをとっていた。だが二人が仲がよいと少し困る。第三勢力ができる可能性ができてしまう。フリージア・佐伯派ができるかもしれない。二人が結婚して王位継承してフリージアが女王、有知郎が王という立場になる。そうなるばアンジェリケは、非常に邪魔な存在でしかなくなる。アンジェリケの体は、毒殺できなくとも刺したり撃たれたりすれば血がでて死ぬ。
「ウチロー様が嫌な顔をなされば止めさせました。しかし気にした様子がないので、無理やり止めさせればウチロー様も疑問に思うはずです」
「植物にしか興味を示さない人物がそんなことを気にするとは思えんが」
【彼は優しく繊細な聡い人。だから隠す場所は隠して晒す場所は晒すべきです。ソルトの行動は、私の考えに準じてます。引き続き注意するように】
「「はい」」
いずれは話すべき問題。有知郎もフリージアも大切だから守りたい。
【豹たちの動きはどうなっていますか】
「入り口探しをしているようです。しつこいやつらですから隙をつくらないように警戒を継続します」
【よろしい。さがりなさい】
「「了解いたしました。失礼します」」
西陣とソルトが丁寧に礼をして出て行った。アンジェリケは、どうしようもなく疲れて軽く目を閉じる。目を閉じて出てくるのが有知郎を笑みなのに驚きと嬉しさが胸一杯広がったのだった。
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英語の勉強のため部屋にいるとノックが聞こえた。ソルトが開けにいく素振りをみせたが手で制して自分で開ける。
「日本語教えて」
フリージアが何か本を持って立っていた。断る理由もないので部屋に招き入れた。ソルトをみると眉間にシワが寄っている。寄っている眉間をマッサージするつもりで人差し指でおしてみた。
「ウチロー様!?」
「お客さんがいるんだからそんな顔しちゃ駄目だよ。お茶いれてくれる?」
「かしこまりました」
ソルトは、一旦部屋から出て行った。
「フリージアちゃん、君の日本語の先生は西陣さんだよね?西陣さんが教えられなくて僕が教えられることなんてほとんどないと思うよ」
「西陣、これ英語で言えない。これ何?」
フリージアが出したのは、百人一首ですすきが描かれているものだった。美草と書かれているので間違いない。
「美草はすすきのこと。英語だとsilver grassだったかな?月の光に照らされると白銀と言ってもいいくらい風情があってわびしい植物だね」
「ウチローの言いかた。難しい」
「ごめんね。つい」
有知郎は、照れくさそうに頭を掻く。たまに自分が暴走してしまうことを有知郎はわかっていた。
「質問はこれだけでいいのかな?」
「はい、ありがとうございます」
フリージアは、有知郎に頭を下げた。ツインテールが可愛らしく揺れる。
「役にたってよかったよ。お茶いる?」
「大丈夫。バイバイ」
フリージアは、小さく手を振ると出て行った。それを確認すると戸口で控えていたソルトを呼ぶ。
「有知郎様‥‥もしかして気がついるんですか?」
「なんとなく。僕に知られたくないことがあるのはわかってた。フリージアちゃんに関係あることなんだね。ソルト君」
フリージアと接触するのが多くなるたびに、ソルトの顔が険しくなっていったのは気がついていた。
「はい、…。でも俺はこれ以上のことは言えません」
「うん、わかってる。だから僕からアンに聞いてみるよ。ソルト君頼みがあるんだけどいいかな」
「俺は、有知郎様の秘書ですよ。遠慮はいりません」
ソルトは、ニカッとした笑顔を浮かべた。
「ありがとう、それじゃ‥‥」
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その頃城の近くの街にてアジア系の男が二人と、ヨーロッパ系の男が三人高級な酒場に集まっていた。ヨーロッパ系の男は、酔っているのか赤ら顔。だがアジア系の男は、少し顔を赤くしているだけでたいして酔っていない。
「それでだな!ダグラスがこういったんだ。"俺の嫁は、愛人に気づいてない!本当にいい嫁だ"ってな」
「なんだあいつ奥さんにバレてることまだ気がついてないのか?あえてほっといて愛人に他の愛人を作らせないように金渡してるのになぁ」
そういった男にアジア系の男がコップいっぱいにビールを注ぐ。ビールは、黄金比率の3:7になるように注がれた。
「それは賢い奥様ですねぇ」
心底感心したようにアジア系の男が言った。
「「「旦那が馬鹿なだけなんだよ!」」」
そういうと笑い出した。相当酔っている様子。
「そういえば私たちは、日本出身なのですが佐伯有知郎についてなにか知っていますか。異国の同胞は気になるものですから」
「佐伯?あぁ、赤い魔女の婿候補か」
「そうそう最近フリージア様とも仲がよいらしい。どちらと一緒になっても美味しい話だな」
「フリージア様とは、女王候補のサウスフィード・フリージア様のことですか」
アジア系の男が少し前のめりになり聞きたがった。その様子に気を良くしたヨーロッパ系の男は、続けて言った。
「そうだ。一度登城したとき仲良く散歩をしていた。髪のせいで顔が見えなかったがまんざらじゃないはずだ」
「そんなことになっているんですか。もう少し知りたいところですね。あなたがたのような"高官"でなければ知りえないことでしょうから」
「そう思うかね?いやぁ、君は見所がある男のようだ。そのワインの残りは、飲んでかまわない」
「ありがたくいただきます」
男は、人好きな笑みを浮かべる。それから30分後ヨーロッパ系の男達は、酔いつぶれ寝てしまった。
「先輩面白い記事が書けそうですね」
「馬鹿やろう。面白い記事をかけるから旅費を出してもらえんだよ。ゴシップ系記者ならよく覚えておけ」
「はい、先輩!」
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