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赤の女王と無色の僕  作者: 猫田33
菊は虚空と在る
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2

建国祭から一年半が過ぎた。ミドルフィード王国は、長い冬が終わり春が訪れようとしている。それだけで喜ばしいできごとであるがさらに喜ばしい出来事がヘマタイト城で起きようとしていた。


「有知郎待ちに待った結婚式だからって緊張で倒れるなよ?」


有知郎が控えている部屋に悠太郎が訪れた。その後ろに付き従う如く弟の成太郎がいる。


「そっそんなことないよ!!?」


「あからさまに動揺してるよな。そう思うだろ。べリスくん」


「そうですね~。微笑ましいって言われるでしょうけどこれから王としてやっていけるか不安になってきますね」


「…わかった。もっと堂々とする」


といいつつ情けない顔はなおったものの不安げな瞳は、相変わらずだ。


「男は、リードしなくちゃな。アンちゃん惚れ直すかもしれないぞ」


悠太郎の言葉に不安を払拭され有知郎は、俄然やる気になった。しかし有知郎のその顔を見て成太郎は、ため息を吐いた。


「悠太郎兄貴焚き付けすぎ。目がギラギラしてこれじゃ義姉さん逃げちゃうよ。有知郎兄さん、コレでもみてリラックス」


成太郎が渡してきたのは、植物図鑑だった。


「どうせ来客の視線が恐いんだろ?来客がそれに載ってる植物だと思えばいいんだ」


「それはいい考えだな。さしずめ俺は情熱の赤い薔薇かな」


「兄さんは、ダリアかな」


その言葉に悠太郎は、肩どころか膝まで落とすほどだった。


「兄貴馬鹿?兄さんの赤い薔薇は、一人だけに決まってるだろ」


「薔薇だけじゃなく赤い花全部がそうだと思うよ?」


不思議そうに有知郎は言った。あれほど赤の似合う美しい人はいないだろう。


「兄さんそれ以上のノロケは、お断りだよ。それにそろそろ式場に行く時間だろ。花嫁をまたせないでよ」


「うわっ、ほんとだ。行こう!」




*~*~*~*~*~*~*~*

式場は教会ではなくヘマタイト城で行われることになっていた。ミドルフィード王国の教会では、参加予定の人々を収容するのに手狭すぎたのだ。

そして会場となる大広間の扉の前で父と腕を組んでいるアンジェリケに会えた。これからアンジェリケは、父とバージンロードを歩くのだ。本来ならば花嫁の父親とすべきだが遠い昔になくなり男性の血縁者もいない。


「本当にバージンロードを私と歩いて大丈夫ですか」


「麗しの花嫁の付き添いやくに選ばれて私自身も鼻高々ですよ」


「父さん」


「怒るな有知郎。狭量が狭い男は、早々に飽きられるぞ。アンジェリケさん、有知郎は、気にせず先に入場しましょうか」


ヴェールで隠されているが心配げな表情を浮かべているだろう。


「人生に一度きりしかないんだから笑顔でいて」


「はい、有知郎」


アンジェリケは、そう答えると父を伴いゆっくりと進んで行った。それからしばらくして有知郎も会場に足を踏み入れる。客人の視線が気になるかと思ったが光指す会場に一人たつアンジェリケを見ると緊張が消え失せた。走り出したい気持ちを抑えゆっくりと足を運ぶ。

そしてアンジェリケの前に立った。アンジェリケの身につけているドレスは、清廉だが可愛らしく初々しいものだった。この場で抱き締めて頭を撫でたいくらいだ。


「神の代理人としてこの式を厳粛に行うことを誓います。佐伯有知郎」


「はい」


「あなたの目の前にたつ女性。ミドルフィード・ド・アンジェリケを生涯の伴侶と認め健やかなるときもまたならざる時も共に支えることを誓いますか?」


「はい!」


神父は、有知郎の言葉を受け取ったとうなずきを返した。


「ミドルフィード・ド・アンジェリケ」


「はい」


「目の前の男性。佐伯有知郎を生涯の伴侶とし健やかなるときもまた健やかならざるときも互いに支えあうことを誓いますか?」


「はい」


「では互いに指輪を嵌めてから誓いのキスをすることで婚姻がなされたとみなす。指輪を」


有知郎は、ポケットから指輪を出そうとしたがポケットのなかに指輪の感触がないことに気がつき真っ青になった。


「有知郎、胸ポケットは・・・」


アンジェリケの一言で我にかえり探すと左の胸 ポケットに入っていた。客人に失笑され有知郎の顔は、今度赤くなる。


「アン手だして」


アンがゆっくりと手をだす。有知郎は、その手に指輪を嵌めた。そしてアンに、自分の分の指輪を手渡すとアンは有知郎の指に嵌める。最後に残されたのは、誓いのキスのみとなった。有知郎は、ゆっくりと優しくヴェールを持ち上げた。


有知郎の目の前には新緑を思い出す美しい翠色の瞳に薔薇や椿にも負けない艶やかな赤毛の美女がいた。その顔は、緊張と期待からかうっすら上気している。

あのキスのあとアンジェリケは、この姿になっていた。本当にアンジェリケかと何度も尋ね飽きられたほどだ。だが決定的理由が翠の瞳だったこと。城にある城主の絵を見ると全員緑の瞳をしていた。その血を受け継いでいるフリージアの瞳もまた緑である。


「有知郎?」


長く考え過ぎてしまったらしい。慌てて向き直り有知郎は、アンジェリケに誓いのキスをしたのだった。祝福の拍手がなされた。有知郎は、執事の黒木がハンカチに涙と鼻水を染み込ませているのを苦笑してみた。あまり長くいると客人が部屋をでるタイミングを逃すのでアンジェリケと腕を組み入り口へ向かう。と、アンジェリケの足が止まった。


「どうしたの?」


「ブーケトスを忘れてたわ」


そう言うと後ろに向き直る。よく見ると未婚の女性が近くに集まっているようだ。そのなかには、従姉妹の瑠璃華もいた。

アンジェリケが花束を構える。花束には、有知郎が育てた塩害に強い花が使われている。半年前に奇跡的にも花を咲かせることに成功したのだ。 そしてなんという偶然か花を咲かせたのはチューリップの"アンジェリケ"だった。チューリップは、品種改良が盛んで種類がとても多い。咲いたらいいなという軽い気持ちで植えたが塩に強かったようだ。


「ブーケトスをしまーす!」


アンジェリケがブーケを振り上げる。独身の女性は、次の幸せは私とばかりに花束を見て受け止められるように手をあげた。しかし読みが甘かったといいたいが予想がつくはずもない。戦場にも出たことのあるアンジェリケは、投げ槍も得意としていた。アンジェリケによって高く投げられたブーケは、綺麗曲線を描き独身女性の争いを静かな目で傍観していた少女の手に収まった。


「えっ!?とれちゃたわ。べリスどうしましょう」


若葉のような明るい緑の瞳がこれ以上ないほど見開かれている。


「受け取ったらいいんじゃないですか?フリージア様」


少女は、フリージアだった。しかし一年半前と違い背も伸び明るい表情をしているので、元の人形のようなイメージではなく妖精かニンフのようだった。


「相変わらずそっけないわね。でも諦めませんから」


「…」


ソルトは、返事を返さず黙ったままだった。


「ふふふっ、防波堤が壊れるのも時間の問題かしらね」


「上流の防波堤が壊れるのですか!?」


ついさっき夫となった有知郎のボケにアンジェリケはため息を吐いた。しかし、その天然さも好きなところなのでいいかとも思う。


「そう言えば有知郎は、私のテーマカラー赤っていいますわよね」


「綺麗な赤毛だっていうのと誕生石がガーネットっていうのもあるな。ガーネットの方が色褪せて見えるけど。生きているものの輝きのほうが宝石よりとても綺麗だと思う」


「はい、そう思います。それで思ったのですけど有知郎のテーマカラーは透明だと思いますの」


「無色ってカラーって言えない気がするんだけど。せめて白とか」


「白は白ですわ。赤と白はピンク、青に白は水色、黒に白は灰色になります。でも透明は、透明で赤は赤、青は青、黒は黒。相手の個性を引き出します。有知郎は、そういうところがあるんです」


「…優柔不断の間違いじゃない?」


少なくとも有知郎は、ずっとそう言われてきた。


「いいえ、有知郎は人の心の奥を見ていますわ。だから相手のことをなんとかしたくてついつい考えてしまうのですわ。その証拠に有知郎が関わってきた人たちは、とても楽しそうじゃない?」


アンジェリケの言葉に会場を眺める。

西陣夫妻は、今日アンジェリケの友人として式にでていた。マリアンが滝のように涙を流している。だがその背中を西陣が、ふだんありえないほどの 穏やかな笑みを浮かべ擦っていた。

べリスは、何故かムッとした顔をしてどこかを睨んでいる。視線の先をみるとフリージアを見ている貴族の師弟を見ているようだ。

悠太郎兄さんは、瑠璃華と一緒にお偉いさんと話しているみたいだ。パイプ作りかもしれない。

成太郎は・・・僕より年上のお姉さんたちにめでられている。本人も知ってかかなり愛想がいい。

黒木は、コードをつけたカメラを僕に向けてる。そういえば屋敷で式の様子を生中継するといっていた。

お父さんは、いつもの仏頂面だけどなぜか由衣母さんがその顔を笑ってみていた。


「どうですか有知郎?」


「よくわかんないなぁ。でも僕らが幸せだとみんなが幸せってことはわかったよ」


「だから一生幸せにくらしましょうね」


「もちろん」

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