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合同株主総会

「やあ、コウジじゃないか。 七年ぶり、元気だったかい?」

 会場にはオースチン高校の懐かしい面々が揃い、さながら同窓会のようだった。

「なんとかやってるよジェイソンはどうだい」

 俺はつくり笑いを浮かべ、機械的に挨拶を返す。

「そうか、そりゃあ良かった・・・」

 ジェイソンも、周りにいる同級生もそれ以上話が続かない。

 無理もない。みんな不安なのだった。


「では次、バービッツ家具さん、どうぞ」

 合同株主総会・案内役のデスモンドが控室に顔を出した。

 身長2m7センチ。傭兵会社の制服を身にまとった頬に傷のある男は、最も案内役に向いていないタイプの人間だ。

「どうしたんだ! バービッツ家具、早くしろ!」

 デスモンドが大声で急かした。

「ワッ、俺だ」

 大男が放った怒声に、ジェイソンがぜんまい仕掛けのオモチャのように立ち上がる。

 バービッツ家具とは高校の頃、ジェイソンが適当に作った家具製作会社の名前だった。

 


 俺達が高校2年の時、特別講師が現れた。

 レスリーというトレーディングの(主に株の売買を教える)講師で、校長の知り合いらしく、昔はウォール・ストリートの風雲児と呼ばれていたそうだ。


 俺達はレスリーの人なつっこい笑顔と、「その頃の年収は軽く20億ドルを超えていたよ」という、現実離れした話に魅了され、たちまち術中にはまってしまった。


 彼はお手製の株式売買シミュレーターをクラスに持ち込んで、俺達に実際のニューヨーク・ダウと連動したゲームをプレイさせた。

 架空の取引なので、いくら儲かっても俺達の元に1セントも入るわけではなかったが、彼の指導により大半の生徒が利益を計上し、中にはわずか一月で数千ドルを儲けた猛者も現れた。


「やり方は分かったかい? ここは自由の国アメリカだ。修道士のように硬く生きて貧しさを楽しむのも良し。こんなふうに資本主義の原理を駆使して大金を稼ぐことも可能だ。だが、それはあくまで自己責任。失敗して借金まみれになってもボクを恨まないでくれよ」

 そう言ってウインクをしてみせた。

 

 無論、俺達だってトレーディングが自己責任というのは分かっていたし、そもそも高校生がいくらアルバイトをしてもゲームで用いたような初期資金すら持ち合わせていないことも分かっていた。

 だが・・・、

 それでもなお、その時の俺達は早く彼のようなお金持ちになりたいという願望に囚われていた。


「トレーディングは、君たちが大人になって自由に使える資金が出来てからでも遅くはないよ。でも、どうしてもというなら手っ取り早く資金を得る方法を教えよう」

 そうして彼が教えたのが会社を作り、その株を投資家に売るという方法なのだった。


「そんな魔法の様な方法があるんですか?」

 ジェイソンが目を輝かしながらレスリーを質問攻めにしていた事を今も鮮明に覚えている。

 数学でも歴史でも、どんな授業も一瞬にして眠ってしまう才覚があるジェイソンがだ。


「まずは、それぞれ得意な分野で事業を創造しなさい。そして私を説得できたら会社の設立を認め、登記した上で、その全株を2000ドルで買ってあげよう」

 レスリーはこう言って俺達に会社を設立させたのだった。


 コンピューターの得意なケントはIT企業。ショービジネスに興味のあるアンナは芸能プロダクション。車が大好きなビリーはチューニングカー専門のモータース。家が大工さんのジェイソンはチェーンソーを使った家具製作会社。日本のアニメが好きな俺はアメリカでそれを専門に扱う商社といった具合だ。


 レスリーはその企画書を大げさに褒め称えながら、少し修正を加えることを提案した。

 ケントにはハッキング技術の研究、アンナにはエロティックパブの経営、俺には日本のアダルトアニメの販売といった項目で、さらにどの会社にも何故か医療部門を加えさせた。

 少し気になったが「会社には遊び心も吟味しないと伸びしろはないよ」と冗談っぽく言われたことで、それ以上何の疑問ももたなかった。


「こうした会社の株は一株が1ドルにも満たないので、ペニー株と言ってね。殆どの会社は利益なんか生み出さないんだが、中には大化けして大企業になることもある。投資家は百社に一社成長すれば、それで大儲けになるのさ。マイクロソフトだって最初はそんな会社だったんだよ」

 そう言いながらレスリーは約束通り、俺達のなんちゃって企業の全株券(10万株)と引き換えに2000ドルを手渡してくれた。

 俺達は大喜びで2000ドルを受け取り、実際に株式投資をし、そしてスッた。

 

「人生そんなこともあるさ。君達はこれから何度でもチャレンジ出来る」

 レスリーは笑いながら俺たちを慰めた。

 本当はレスリーの金なのに済まないことをしたとは思いつつ、さすがは大金持ちと尊敬したものだが、実際は違っていた。

 レスリーは俺達のなんちゃって企業の株を、他の人に売っていたのだ。

 

 それが分かったのは7年後。

 そんなこともすっかり忘れて就職し、ようやく一人前に給料が取れるようになってからのことだ。


 ある時、カリフォルニアの見知らぬ弁護士事務所から「貴社は証券詐欺の疑いがあるので裁判所に出頭するか、我々との取引に応じるように」という内容の手紙が届いたのだ。

 最初はまったく見に覚えがなかったが、そこに書かれた“コウジ・ジャパニメーション・ストアー”という名前には覚えがあった。


 慌てて弁護士に訴状の内容を聞くと、実態の伴わない企業を作り、株を売ることは犯罪だと言う。

 俺は、高校の頃の授業の一環だと説明したが、登録された株券が不特定多数の人に渡った以上は、社会的責任が伴い、株を買った人に対して株主総会を開催し報告するのが筋だと言われたのだった。


 後で分かったことだが、レスリーは俺達の殆ど無価値の株をペニー株専門の取引所に5万ドルで売り渡し、その取引所はマフィア系の組織に10万ドルで売りさばいていたのだった。

 

 

「株主の連中は俺に毎年2万ドルの配当を出せと言うんだ。そればかりじゃない。ウチの会社は家具の会社だから株主優待として棺桶を18個提供しろと言われたよ」

 演壇から戻ってきたジェイソンが泣きながらそう言った。18個の棺桶は、ここにいる俺達の人数と同じだった。

「アンナなんかは毎週末、やつらの接待用に無料で社員を派遣することになったんだ」

「社員なんかいるのか?」

「彼女一人だよ!」

 ジェイソンは呆然と壁際に突っ立っているアンナを指さした。


「仕方がない。コウジ・ジャパニメーション・ストアーの株を10万ドルで買い戻そう」

 俺はその提案書を持って演壇に上がったが、やつらの弁護士から「上々していない株の値段は当事者同士で決めることになる」と言われ、「買い戻すなら100万ドルだ」と言われてしまった。


 そんなこんなで、株主総会はシンジケート主導で進み、俺は言われるがままに年2万ドルの配当を約束させられ、それがかなわない時は社長(つまり俺)の臓器を言い値で提供する約束までさせられたのだった。

 企業の企画書で最後に付け加えられた医療部門とはこの事だったのだ。


「なあ俺達、悪い夢でも見てるんじゃないか?」幽鬼のごとく蒼白になったジェイソンが泣き叫ぶ中、俺の頭の中には「あくまで自己責任。失敗して借金まみれになってもボクを恨まないでくれよ」と言ったレスリーの言葉が響いていた。



     ( おしまい )


 ※・・・この物語はフィクションです。作中の人物や学校名等は存在しません。

    

 補足

「自己責任だから仕方がない」と思わせるのは詐欺師の常套手段です。このような時は相手のペースに惑わされず、自分の弁護士を立てて法廷に持ち込むと大抵勝てると思いますよ。


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