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あいつと君と

作者:

「じゃあ、約束だからね?」

「そっちこそ、約束忘れんなよ」

 ふんっと闘争心を剥き出しにしながら、健と別れた。あの悪魔のせいで、航平とだめになったりなんかしない。


――――――――――――――――――――


 私の彼である航平と憎き天敵である健は幼なじみで、おっとりものと俺様な二人は意外と息が合うらしくずっと一緒にいる。高校の入学式で航平に一目惚れした私は、その日のうちに航平に近づき、「好き」と単刀直入に告げた。帰りのHRが終わってまだ間もなかったからクラスメイトはたくさんその場を目撃していた。高校初日の公衆の面前で自分が告白されたことに驚き、目を見開いて何も言えずにいる航平に、

「これから私のことを知って。その後に返事を聞かせて」

 そう告げて私はその場を後にした。

 そして宣言通り、翌日から休み時間のたびに航平の元へ訪れた。告白の現場を見ていたらしい健は、自分と航平との間に割り込むように入ってきた私がよほど気に入らなかったようで、日に日に邪険になっていった。

 休み時間になると教室から航平を連れ出したり、HRが終わるなり航平を引っ張って帰ったり。そんな健の妨害を受けながらも、私は航平にアプローチし続けた。


 春先の一目惚れから、私はどんどんと航平に惹かれて行った。中性的な顔立ちでさらさらの色素の薄い髪。程よく筋肉質で、すらっと高い身長。いつも穏やかで、誰にでも平等に優しく、誠実でまじめで。そんな中にも、時折はっきりと航平の表情に“男”を感じることが多くなってきたころだった。航平が私に、触れることが多くなったと感じたのは。


 たとえば、教室で一緒に(邪魔な健も一緒に)お昼ご飯を食べているとき。

「髪の毛、一緒に食べちゃってるよ」

 と口元に触れられた。初めて航平が私に触ってくれた瞬間がそれだった。

 私はあまりに驚いて、髪の毛を口から引き抜いてくれるのを、ただ固まってされるがままになっていた。

「とれた」

 そう言って微笑む航平は、いつもとは違うはっきりと男の顔をしていた。真っ赤になった私を笑うような、ちょっと意地悪な微笑だった。

 あれは、恥ずかしかった。健も仰天して、航平を「こいつだれだ?」とでも言うように見つめていた。目撃したクラスメイトたちは、頬を染めていた。こらー見るな!って言ってやりたかったけど、私もそれどころじゃなかったからできなかった。胸が張り裂けそうなくらいドキドキしていた。きゅんと、なんてかわいいもんじゃなくて、ギュンと胸が鷲摑みされたように胸が苦しくて、航平に殺されると思った。


 またある日の体育の時間、体育館を半分に分けて男子はバスケ、私たち女子はバレーボールで、中学ではバレー部だった私ははりきって現バレー部員と対決していた。

 久しぶりにブロックなんか飛んで、スパイクを打つ快感を感じていた。あーこんなに気持ちがいいこと、なんで続けなかったんだろうって後悔した。体育の教師であり、バレー部の顧問でもある先生に「今からでも部活入らないか」って勧誘されて、正直ちょっと揺れた。だけど、部活となると、苦しいトレーニングが待ってる。きっと私は中学のときのようにバレー漬けの毎日になって、航平と今みたいにいれなくなる。そう思ったから、「ちょっと考えときます」と答えた。

 どうしよう、と悩みながら体育館を出た。更衣室に向かおうとしていると、ふわっと頭にタオルがかけられた。

「かっこよかったよ」

 航平が目の前に立っていた。

「バレーやってたんだね」

「まあね」

「もうやらないの?」

 その言葉に、さっきの先生の言葉がよみがえった。どうしよう。やりたい気持ちもあるけれど・・・。きっと悩んでる顔をしていたんだと思う。航平はタオルの上から頭をポンポンとなでて、「みーがバレーやってるとこ、もっと見たいな」と言った。

 それが初めて航平が「みー」と呼んでくれた瞬間だった。今まではミカちゃんって言われてた。「みー」なんて、今まで誰にも呼ばれたことがなくて、その甘い響きにくらっとした。真っ赤になってふらついた私を、さっと支えて微笑む航平を見て・・・、確信犯なのではないかと思った。あの日と同じ、意地悪な顔をしていたから。私が航平の一挙一動にこんなに振り回されていること、航平は分かってる。分かっていて、こうして私をからかってるんじゃないのだろうか。人畜無害な顔をして、実は悪い男なんじゃないかって、疑いたくなった。

 それでも、私はそんな航平の小悪魔な魅力にもやられてしまったのだ。そして、航平が見たいというなら、とバレー部に入った。


 それからの毎日は、必死だった。受験から高校に入るまでの数ヶ月、トレーニングなんてしていなかったから、現役部員の中に入ると、なまっているのが浮き彫りになる。負けず嫌いの私は、みんなに追いつこうと必死で練習し、体を鍛えた。毎日がどんどんとバレーで埋め尽くされていった。朝練があって、昼は自主練をして放課後は夜遅くまで部活。へとへとになりながも、授業がある。文武両道、成績を落としたらレギュラーには入れない、と口すっぱく顧問から言われているので、勉強も今まで以上に頑張らないといけなかった。

 そんな生活をしていると、どんなに航平のそばに行きたくても、行く余裕がなくなる。授業の合間の休憩時間は、倒れるように机に伏せた。気休めでしかなくても体と頭を休めないともたない。昼ごはんは一緒には食べられたけど、私はかきこむようにお母さんに作ってもらったスタミナ弁当を食べて、消化もしてないうちから体育館に行ってボールに触れる。さすがに食べたばかりは苦しいから、壁打ちとか、簡単な練習しかしないけど、やっぱり疲れる。放課後はHRが終わったら一目散に体育館に行って、先輩が来る前にネットを立てておかないといけない。ゆっくり航平と話す暇などなかった。

そんな生活が始まって、数日。航平が、部活を見に来てくれた。後ろには当然のように悪魔がいたことは、見なかったことにする。まだまだ下っ端の私は、航平に見せられるようなことなんてしていないから、恥ずかしかったけど、遠めでも航平を見れたことはパワーになった。それから時々、部活を見に来てくれる。少しの間だけど、ついつい航平を見たくなる気持ちを抑えて、一日も早く、航平にいいところを見せられるようにと、私は部活に打ち込んだ。

「無理しないでね」

 航平は時々電話もくれた。

「みーが頑張ってること、ちゃんと分かってるけど、怪我したら大変だから、ちゃんと休むときは休まないとダメだよ」

「うん、ありがとう」

 優しい言葉と甘い声に癒された。航平がいてくれるから、頑張れるんだよ。そう伝えるのはレギュラーに入れてからと決めていた。

 

 体育館は熱がこもる。暑い夏が来て、汗だくになりながら休日返上で練習をした。夏の大会は3年生の最後の大会だ。先輩たちが悔いの残らない試合が出来るように、サポートしながら、空いた時間は自分の練習に当てた。地区大会を優勝し、県大会へ進んだ。2回戦を勝ち抜き、後一つで決勝、というところで、敗れた。1セット目はとられて、2セット目で取り返し、3セット目もとって、よしあと1セット、というところで相手のサーブがつぼにはまり、あれよあれよという間に勢いづいて2セットとられてしまった。悔しかった。後もう少しだったのに。それでも先輩たちの方がもっと悔しいのだからと、涙を堪えた。

 顧問も先輩たちもみんな泣きながら、バスで学校へと帰った。それが3年生の最後の試合だった。今日で、先輩たちは引退する。そして、新チームが発足する。私はどうしても、その新チームのレギュラーの座を勝ち取りたかった。2年生は人数が少なくて、4人しかいない。つまり、1年生も2名レギュラーに入れる。私が入れる可能性はある。そう信じて、待つしかない。

 バスが学校へついて、顧問から話があった。明日の練習で先輩たちの引退試合をする。そこで、新チームのレギュラーを決めようと思う、という話だった。

 明日。今まで練習してきた力を発揮できるだろうか。待ちに待ったという気持ちと、不安な気持ちが混ざり合って、変に気分が高揚していた。体は武者震いのように震えた。

「電話してもいい?」

 家に帰ってから、私は航平にメールした。航平のあの落ち着いた優しい声が聞きたかった。メールをして、すぐに着信があった。

「もしもし」

「お疲れ様、どうした?」

 力んでいた肩の力が抜けていく。ああ、やっぱり私のパワーの源は航平なんだと実感した。なかなかゆっくりとは会えなくても、ちっともなくならないこの気持ちが、航平を求めてる。

「明日ね、先輩の引退試合があって。そこで新チームのレギュラーが決まるの」

「そっか・・・いよいよだね」

「うん」

「俺、見てるから。みーのかっこいいところ見せてよ」

「うん、任せて!」

 なによりもその言葉が力になった。航平が見たいと言ってくれたから、もう一度頑張ってみようと思えたバレーボール。正直、練習はつらいし、疲れるし、しんどい。航平にも会えなくなって寂しい。だけど、航平に見てもらいたい、その一心で今まで頑張ってきた。見てて、私頑張るからね。電話を切るころには無駄な力は抜けて闘志だけがみなぎっていた。

 結果から言えば、私は背番号の付いたユニフォームをもらいレギュラーになれた。背番号は5。ポジションはレフト。2年生の新にキャプテンになった先輩の対角だ。「来年エースを担えるようになることを期待してる」そういって監督はユニフォームを渡してくれた。

私はぎゅっとユニフォームを握り締めて体育館の2Fにあるスタンドを見上げた。そこには優しい笑みを浮かべた航平がいた。約束どおり、見ていてくれた。

 やったな。

 そう、航平の口元が動いたのが分かった。私は喜びをかみしめて、頷いた。

 新レギュラーの発表が終わって、先輩たちから一言ずつ言葉をもらった。自分たちが築き上げたものを引き継いでいって欲しい。そして来年こそは県大会優勝を目指して頑張って欲しい。一人ひとりから激励の言葉と、涙をボロボロと流しながらこのバレー部への思いを語ってくれた。監督も、チームメイトも、みんなみんな嗚咽を堪えながら先輩たちの言葉を聞いた。先輩たちをがっかりさせることのないよう、頑張ろう。監督の締めの一言があって、3年生の最後の部活が終わった。終わってからも、先輩たちは後輩の私たちに声をかけにきてくれた。頑張ってね、期待してるよ。先輩から肩を叩かれて、明日からも頑張ろうと思えた。

 外が真っ暗になるまで、私たちは別れを惜しんでいた。玄関のかぎ閉めるから、もういい加減かえりなさいと言われるまで、抱き合ったり、泣きながら話をしていた。気がつけばもう9時になろうとしていた。さすがに焦って、私たちは急いで着替えて校舎を出た。みんなそれぞれ帰る方向が違うので、気をつけてね、と手を振りながら別れた。みんな徒歩で帰れる距離だったり、自転車やバスで帰る。駅へ向かうのはバレー部の中では私だけだった。

 暗いからちょっと怖いかも、と心細く感じていると、闇の中から「お疲れ」と声がした。一瞬驚いてびくっとしたけれど、すぐにその声が誰か分かったので、心が温かくなった。

「こんな時間まで待っていてくれたの?」

 少し先から黒い影が近づいてきて、すぐそばの街灯に照らされてようやく愛しい人の姿が見えた。

「みー一人でしょ。送っていくよ」

 航平の家は学校から歩いて10分ほどの距離だと聞いていた。その話の中で、確かにバレー部の中では私の家が一番遠くて、駅まで行くのは私しかいないんだと話したことがあった。まさか覚えていたなんて。

 遠回りになるから申し訳ないな、という気持ちもあったけど、心配して待っていてくれたことが嬉しくて、そして一緒に入れることが嬉しくて、「ありがとう」とだけ返した。

 二人並んで暗い夜道を歩く。そういえば二人で帰るのは初めてだった。航平の家と駅までの道は違う方向にあるので、放課後遊びに行くことはあっても、帰るときはいつも別々だった。それに、いつも邪魔ばかりしてくる悪魔が一緒だから。

 真っ暗な中に二人っきり。変に緊張して、会話もなんだかぎこちなくなってしまう。せっかく航平が私がレギュラーになれたことを喜んで、試合中の私のプレーのどこがよかったと話をしてくれているのに。まっすぐに航平を見れない。私はちょっと目線をそらして、ひたすら前を向きながら、いつもどおりに話そうと努力していた。

 あと少しで駅に着く、というところで、航平が立ち止まった。

「みー。入学式の日、俺を好きだって言ってくれたよね」

 突然、そんな話をされて、私は戸惑った。

「それとも、もう忘れちゃった?」

 何も答えない私に悲しそうに航平が聞く。私はブンブンと首を横に振った。

「忘れてない! 忘れてなんかないよ」

「よかった」

 ホッとしたように顔をほころばせた。

「あの日から、ずっとみーがそばにいて、仲良くなって、でもあれからみーは何も言わないから、もう気持ちはなくなったのかなって」

 確かに、あの入学式の日から、私は航平にあの日の話を蒸し返したことはないし、「好き」という言葉も伝えていなかった。まずは警戒心をなくして仲良くなってもらいたかったから、というのもあったんだけど。まさか、航平がそんな風に思っているなんて知らなかった。

「なくなってないよ。あの日から、どんどん航平に惹かれていってる。今のほうが、ずっとずっと、航平のことが大好きだよ」

 まっすぐに、ストレートに気持ちを伝える。

「航平が見たいって言ってくれたから、もう一度バレーやってみる気になった。部活も勉強もしんどいこともあるけど、航平の姿を見て、頑張ろうっていつも思ってた。航平がいてくれるから、私は頑張れるんだよ」

 レギュラーになれたら、伝えようと思っていたことを、やっと伝えられた。

合わせられずにいた視線を、合わせる。航平は真剣な顔をしていた。

「航平が好きだよ」

 怖いくらい真剣な表情で航平はぎゅっと私を抱きしめてくれた。

「ありがと。・・・何回も言わせてごめん。待たせて、ごめん。俺を好きになってくれて、ありがとう。俺も・・・みーのことが、大好きだ」

 ぎゅううーと痛いくらいに抱き寄せられて、息苦しさを感じながらも、その強さの分だけ、航平の思いを感じていた。

 ようやく聞けた、航平の言葉。その余韻をかみしめていた。



 そうして私たちはゆっくりと恋心を育んでいった。相変わらず、部活が忙しくて学校ではゆっくりは会えなかったけど。授業中に目線があって微笑んでくれたり、今までとは違う甘い雰囲気が、私たちの間には流れていた。


 ようやく思いが通じ合って、時間の許す限り二人でいたいと思うのは当然のことだと思う。それなのに。学校ではいつも三人。休みの日はデート中でもお構いなしに割り込んでくる。健と言う名の悪魔のせいで、恋人同士になったというのに、全く二人になれない。

 航平はシャイで、人前でベタベタするのを恥ずかしがるから、手さえ繋いでくれない。

 つきあってそろそろ3ヶ月たつのに、キスどころかハグも思いが通じ合ったあの日だけ。

 健全な男子高校生のはずの航平よりも、先を期待する健全な女子高校生の私。

 私が航平に触れてほしいと友達に話しているところを通りかかった健に聞かれてから、健は航平にベタベタと触り私に見せつけるようになった。そして意地の悪い顔で笑うのだ。

「お前に魅力がないから、航平も手を出す気にならないんだろ」

航平がいない間、チクチクと言われる嫌みに耐えかねた私は賭けを申し出た。マラソン大会で順位が上だった方の言うことを聞く。

「これ以上私たちの邪魔しないで」

「お前が負けたら、もう航平に近づくなよ。航平と別れろ」

 そんな馬鹿な条件をのんでしまった。

 勝算ならあった。マラソンは得意だし、去年は16位だったから今年はもっといけるだろう。絶対、別れたりなんかしない。

 健はそれなりに運動神経がよくて、13位だった。運動部でもないのにこの順位は結構すごい。健も真剣なんだ。負けるわけにはいかない、と鬼気迫るものがあった。私はなりふりかまず走り、7位でゴールした。

 はあはあと息を切らし座り込む私の背中を、航平がさすってくれる。

「どーよ」

 航平の隣に立つ悪魔を見上げると、健は航平に耳元で何か話しかけた。

 その途端、普段穏やかな航平が勢いよく立ち上がり、健を殴り付けた。

 信じられない光景に呆然とする私。航平も自分がやったことが信じられないようだった。

「やってらんね」

 ぐいっと口元を拭い、健は立ち上がった。

「そんなに好きなら遠慮なんてしてんな」

 去った彼に焚き付けられたと知ったのは、航平が学校中のみんなが見ているのも構わずに、私を抱きしめキスしてきた後だった。











俺の方が、先にあいつを見つけたんだ。あいつが航平に告って来る前に、あいつを見つけてた。俺もあいつが好きだって、気がついてただろ? 航平が手を出さないなら、俺が先に出しちゃっていいか?




「ばーか。誰があんな女。航平しか見えてない女なんて、欲しくねーよ」

 悪魔のつぶやきを、私は知らない。


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― 新着の感想 ―
[一言] やばい!!!! 登場人物がみんな真っ直ぐで。 「純」って感じがすごいしました( ˘╰╯˘)♡*゜ 本当に素敵なお話で… 「うはっ!」って、つい、言っちゃいました笑← 素敵すぎます。 何回言っ…
[一言] はじめまして。 ほろ苦い三角関係の、健の最後の台詞が、切なくてかっこいいです。 こんな風に台詞を使えるようになりたいです。
2013/09/11 15:37 退会済み
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