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幸福のためのサクリファイス

作者: あおいうい

この物語は、むかしむかし、どこかの世界のお話。


ある時、空に暗く真っ黒な穴が空きました。

その穴は、街や海、人間までも飲み込み、徐々に大きくなっていきました。

そして、あの青かった空が暗い闇に覆われかけたその時、一筋の光の柱が現れました。


その光の元には、修道服を着た、綺麗な少女がいました。

少女の髪は、まるで光のように美しく輝く金色で、瞳は、少女が小さく、けれど確かに暗闇から奪い返した、あの美しい空のように、蒼く澄んだ色でした。


ある日、少女が暗闇を払った、という噂を聞き、ある国の王様が彼女を訪ねました。

王様は少女にこう言いました。

「少女よ、あなたこそが、この世界の神様だ!どうか、その力で我々の王国をお救い下され!」

少女はこう答えました。

「私ごときが神であるはずがありません。けれど、もし、私に力があるならば……私は愛するこの世界を救いたいのです」

そういうと、少女は近くにあったナイフで、床についてしまうのではないか、と思うくらい長い髪を膝裏まで切り、自分の来ていた衣服を破り、それで切り落ちた髪の束を包み、最後に、自身のつけていた十字架のネックレスを添えて、王様に差し出しました。

「どうか、神のご加護がありますように」

少女は、瞳を閉じ、両手を合わせ祈りました。

すると、どうでしょう。

その国を覆い尽くしていた闇は、少女の髪から放たれた光によって、元の美しい国となりました。


その話を聞いた人々は、少女の所に押し掛けました。

何十人、何百人、数えるのが難しいほど、少女の元には救いの手を差し伸べる者たちで溢れかえりました。


けれど、少女には、もう分け与えるだけの髪はなくなってしまいました。

長く美しい髪は、もはや見る影もなく……

救いであった髪がなくなった、と聞いた人々は嘆き哀しみました。

自分たちに、幸福はもう訪れないのか、と。

そんな中、母親と一緒に少女の所へと来ていた小さな少年が、少女に言いました。

「なら、お姉ちゃんのその美しい瞳を頂戴よ」

そんな無邪気な少年の一言が、周りの大人たちの態度を豹変させました。

「そうだ、髪じゃなくても、瞳でも腕でもいい……」

「とにかく少女の一部を手に入れれば幸福になれる……」

大人たちは、ゆっくりと少女に近づきました。

少女は、そんな大人たちが怖くて、ついにその場から逃げ出しました。

少女の中には、恐怖しかなく、ただ走り続けました。

けれど、周りの大人たちに叶うはずもなく、少女の抵抗は虚しく、捕まってしまいました。


振り向けば、刃物を持った大人たちが少女を囲んでいました。

少女は空を見上げました。

そこには、自分が暗闇から奪い返した美しい青空が広がっていました。

少女は両手を合わせ、祈りました。

このような悲劇が、二度と起こりませんように、と。


少女は目を覚ましました。

そこには、少女の体はなく、ただ赤色の液体だけが残されていました。

それは、赤から青に変わり、大きな湖になりました。

その湖の底から、七色の光が橋となり、この国を変えた大きな穴へと続いていきました。

少女は、その橋を渡りました。

少女が足を動かす度、荒れた地に、森や川、海など、様々な自然が蘇っていきました。

そして、穴の前へと着いたとき、声が聞こえました。

「世界を救う為に、貴女は犠牲

にされました。しかし、貴女はこれでいいのですか?」

声は少女へと語りかけた。

「世界を元のかたちに戻す、というのならば、貴女の命は返しましょう」

少女は、その言葉に小さく首を横に振った。

「いいえ。私には、神につかえ、人々を救う、という使命がありました。確かに、私の服も髪も汚れていますが、私はこれでよいのです。私はこの世界が好きです。ですから、世界が元の美しい形に戻った、それがとても嬉しいのです。それが私のお陰なら尚更です」

少女が微笑むと、穴の中から一人の青年が現れた。

「そうか……」

青年は、少女に手を差し伸べた。

「君が死んだことによって、世界は元の美しい形に戻った。それは君が悪魔だったからかもしれない。けれど、君のお陰で救われた人々もたくさんいる。だから君は天使なのかもしれない。否、人間とはどちらでもある存在だ。自分の幸福の為ならば、いとも簡単に他人の幸福を奪う。愚かな生き物だ。それでも、君は……」

青年の言葉を聞いて、少女は笑った。

そして、小さな声で何かを呟いた。

こうして、世界に空いた大きな穴は、一人の少女によって消えた



少女のことは、その世界では、こう語り継がれていた。


『少女が死んだ瞬間、世界が輝きだした。

それは、彼女こそがあの闇を作り出した「悪魔」だったからではないのか。

悪魔は人々に希望をもたせ、最終的には絶望させていく。

天使の化けの皮をかぶった悪魔に気をつけろ』


人間は、今の幸福を自分達で勝ち取ったと思い込んだ。

不幸だったのは我々だ、と。

全て少女が悪かった。

そう思うことで、自分達の存在を肯定している。


幸福には、犠牲ーsacrificeーというスパイスが必要である。


これが、少女が完全なる光となる前に呟いた言葉である。




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― 新着の感想 ―
[良い点]  幻想的な世界観が魅力的でした。 [一言]  人間というのは勝手なもので、自分を守るためなら平気で他人から奪い、傷つけ、陥れ、事実までもねじ曲げてしまう。その反面、誰かのために身を投げ出す…
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