8.主人公は、ヒエラルキー最下層だそうです。
知識が来なかった、その日の放課後。
俺たちはディベート部部室に集まっていた。
「「「「…………」」」」
部内は口を開くのが憚られるほど重苦しい空気が漂っていた。
多分皆、知識が来なかった事に責任を感じているのだろう、俯いて動こうとしない者まで居る。
その最中、最初に口を開いたのは柚木崎で、
「ねぇ、知識は昨日、本当のことを言っていたと思いまして?」
と、皆に問いかけた。
どうなんだろうと考えていたら、先に度会が口を開いた。
「嘘はついてなかったはず」
一度髪の毛を掻き上げて、
「私は、嘘か本当かを見分ける事が出来る『眼』を持っている」
とんでもない事を言い出した。
度会の言動は前々から可笑しいなとは思っていたが、まさかそこまでとは思わなかった。
「嘘だと思ってる?」
馬鹿にしているのが伝わったのか、度会は俺にジト目を向けてきた。
「いや、そんな嘘発見機みたいな事が出来るわけないだろ?」
「じゃあ試してみる?」
度会は少し考えるポーズをして、
「あなたは人間?」
そこから答えないといけないのかよ。
「当たり前だろ?」
度会はフムフムと頷いて、
「あなたは女性?」
「ちげぇよ!!」
何なんだよ急に!!
いちいちフムフムと頷かれるのもイラつくんだよ!!
すると度会は、
「では、次の質問であなたは嘘を付いてもらう」
「良く分からないが、早くしてくれ」
「そう」
ならば、と度会はまたも少し考えるポーズをして、
「あなたの趣味は女装?」
「お、おぅ」
全く違うけどな!! ルールに乗っ取って答えているだけだからな!!
「へぇー、知らなかったー」
横で蜂巣が茶々を入れてくるが、気にしない。
「あなたは女装した事がある?」
「……無いが」
そりゃあ、生きてたら一度や二度ぐらい女装するよね? よね?
「女装なんてー、いつしたっけー?」
「お前が無理やりさせたんだろ、蜂巣!!」
あれは忘れもしない、高校一年生の学園祭。
蜂巣に無理やり連れられてきて、大会に出てと言われたから、仕方なくエントリーしたけれど、その出る大会の内容はというと『美少女コンテスト』という女性限定の大会。
なんとか女装をして目立たないようにその場をやり過ごそうとしたのに、何でか分からないのだが、最終選考の3人に残ってしまったのだ。
最後の最後に一票差でなんとか優勝は免れたが、危なかった。絶対何かの陰謀かと思うね。
その時に優勝したのが、目の前にいる柚木崎なのだが、柚木崎を見る限り、覚える様子が無い様なので助かった。
それはともかく。
「なぁ、こんな質問に何の意味があるんだ?」
余計な過去がフラッシュバックしただけで、特に意味がないように思うが。
しかし度会は満足したようで、ウンウンと頷き、
「じゃあ、これからが本番」
こちらをジーッと見据えた。
女の子に見られると、何となく恥ずかしい。
「僕は女の子じゃないのかなー」
蜂巣が釈然としない態度を示すが、気にしない。
「ではでは」
度会が仕切り直し、こう質問した。
「ランナーズ?」
「ハイ」
なるほどな、それだったら答えは誰が答えようと『YES』だな。
「って趣旨違うじゃん!!」
嘘か真かが本当に分かるかって話なのに、なんでただのクイズになってるんだよ。
「因みにキリスト?」
「イエスだけどお前ちょっと黙れ」
くそっ、少しでも信用した俺がバカだった。
「今のはジョーク」
「ったく、次は大丈夫なんだろうな」
「大丈夫」
と度会は悪びれる様子も無く、次の質問に移る。
「全知全?」
「ノーだけど、そういう問題じゃねぇって言ってんだろ!!」
全く分かってないじゃねぇか!!
しかし、度会はと言うと、
「焦らした方が面白いかと」
「面白かろうが面白く無かろうがどうでもいいからサッサとしろ!!」
「分かった」
分かれば良いんだよ、分かれば。
「ではでは」
度会はもう一度仕切り直し、こう質問した。
「この前の宿題考査の順位は252人中150位以内?」
確かにマトモな質問だが、俺はオチコボレのため、模試の関係で200位以内に入った覚えがない。
しかし、ここは見栄を張るべきだろう。
「そうだが?」
「「「ダウト」」」
あれー? 何故か三方向から一斉に見破られたよー?
「じゃあ200位以内?」
「入ってい」
「「「ダウト」」」
……せめて最後まで言わせて下さい。
「じゃあ……」
「もう分かったから止めて!!」
さらに追い討ちをかけようとする度会を必死で止める。
止めたげて!! 俺のHPはもう0よ!!
「因みに亮輔は248位だよねー」
「お前はいつ覗き見をした!?」
「ゴミ箱に捨てられてたテスト見たしー」
蜂巣の情報収集能力には呆れるばかりである。
そこで柚木崎がパンパンと手を叩き、
「お遊びはココまでよ。今の状況を分かっているのかしら?」
そうだ、今は知識の事で話してたんだった。
釈然としないが、話を戻す事にしよう。
「嘘を言っていないって事は、本当に野球で頭にボールが当たったって事か?」
「そうだと思う」
度会は確信を持って答える。
「それじゃあ何で知識は学校を休んだんだよ?」
「…………」
度会は沈黙で答えを返す。
「今気付いたのだけれど、良いかしら?」
柚木崎が周りを見回してから手を挙げる。
「何だ?」
「頭から血が出るほどの大事故だとしたら、普通は噂にならないかしら? 少なくとも、1年生の間では」
「確かにな」
「じゃあ、1年生に聞き込みをすれば良いんじゃないかしら」
「それだ!!」
「今現時点において、私はそれ以上の案を持ち合わせていない」
「イイネ!(3)」
1人ふざけているが、満場一致って事で構わないだろう。
「じゃあ決定ね。放課後だけど、善は急げという言葉もあるし、手分けして聞いて行きますわよ」
「OKだ」
「別に構わない」
「良いよー、じゃあお手を拝借ー」
蜂巣の音頭で、みんなが手を構える。
「よーーーーっ!!」
合図と共に皆が一斉に手を叩く。
「前も言ったけど、コレ一本締めじゃ」
「ゴチャゴチャ言ってないで早く行くわよ」
「はい……」
横に居た蜂巣のニヤリとした顔が脳裏に残りつつも、俺達は生徒達が帰ってしまわない内に聞き込みを敢行するのだった。
♂×♂
【証言者J(2年A組)の場合】
「知識美羽? あぁ、ディベート部の一年やろ? 新部員がアイツしか居ないーゆうて結構話題になったしな。えー知識美羽に関する事で何でもエエから教えろ? そういやソイツは勉強がめっさ出来るらしいで。いや、この学校の中でさえも群を抜いていてな、中3の頃に年齢隠して高3の全国模試を受けて1位取ったらしいで? 頭可笑しい1年が入ってきたって大騒ぎや。そんでディベート部やから……もう分かるやろ?」
【証言者H(2年B組)の場合】
「えー、知識美羽1年の事ですかー☆ 中学生の時に大学に行けるほどの学力だったんで海外の大学に行く事を勧められたらしいんですけどー☆ 日本の学校にどうしても行きたいらしくて拒否したらしいですよー☆ 良く分からない人ですねー☆ あと、アナタと同じディベート部部員って事ぐらいですかねー☆」
【証言者N(2年B組)の場合】
「知識美羽だト? あの天才1年の事カ、それがどうしタ? 知ってるだけの情報を教えロ? そういやこの前体育で頭にボールが当たったとカ。当てた相手を知りたイ? そんなの知るわけないだロ。故意ではないだろうから面白いネタにはなりそうにないからナ。あ、でもその代わりと言っては何だガ、授業後、野球のボールが一個無くなったらしイ。どうせ誰かが借りパクしたとかだろうから、興味は注がれないガナ」
♂×♂
何とか3人から話を聞くことが出来た俺は、辺りに人が居ない事を確認し、部室にミッション完了の知らせを届けた。
部屋には既に全員が集まっていたので、それぞれ成果を報告する事になった。
「ちゃんとした情報は得られなかったわ。生徒に声をかけても、みんな逃げ出すとか、失礼極まりないと思いませんこと?」
と、柚木崎。
柚木崎は『Venus』としての知名度が高いから近寄りがたいんだろう。誰だって柚木崎と話すのは嫌だろう、先生を論破するようなヤツだから、会話してる時まで論理的思考に捕らわれいると思われてるに違いない。
だがそれは間違いで、事あるごとに下ネタを会話に挟んでくる変態紳士……いや、変態お嬢様……いや、実家が神社なのだから、変態巫女と呼んだ方が正しいだろうな。
とにかく、結果はダメダメって事らしい。
「一応聞いてみようとしたのだけれど。私の『紺碧の右足』から生み出される『青の悪魔』と『蘇芳の左足』から生み出される『黄の悪魔』がそれを良しとしなかったので無理だった」
と、度会。
えーと、相変わらず設定が適当ですねとしか言いようがないのだが。
こういう人って総じて中二病と称されるらしいが、コイツの場合は中二病の偽物、いわばエセ中二病と名付けるべきだろう。そうでないと中二病の人に失礼だ。
さて、改めて報告の内容に移るが、結局のところ足が竦んで聞き出せなかったって事で良いのか?
「えとねー、僕はいろんな事を聞いてきたよー? 1年生には避けられたけどねー。ミューってー相当頭良いらしいねー。色々極めてる事で有名らしくてー、ネットの掲示板にアンチスレが立つぐらいらしーよー?」
と、蜂巣。
この中で聞き込みのスキルが一番高かったのは蜂巣か。まぁ、一番話し方にクセはあるけど、話しやすい相手ではあるよな。会話が勝手に弾むってゆーか何とゆーか。多分、マイコーと組んでジローがそのプロットを作れば漫才でテッペンを取れるだろう。
1年生に避けられたってのは少し気になるが、ただ単に知らないお姉さんが近付いてきたから逃げただけだろうな。
てかアンチスレが立つってどういう事か、イマイチ理解出来ないが、多分知識が人より優れている事への嫉妬により疎まれているという事だと思う。
「えー俺はだな……」
先ほどのお話をかいつまんで伝える。知識の頭の良さについて、飛び級を断った件について、さらにはボールが一個無くなっていた件について。
皆、それを熱心に聞いていたが、俺が話し終えると脱力し、
「つまり、成果はこれと言って無しって事ね」
「当初の目標である1年生に話を聞く事も出来なかった」
「お前らは誰にも聞けてないけどな」
まぁでも、確かにそうなんだよな。
「明日にでもー、校門で張り込みするー?」
蜂巣のマトモな提案に、
「なるほど、確かにアナr……肛門で待ってた方が効率は良いわね」
直せてないからな、柚木崎。
「それだったら『四色の悪魔』が騒ぎ出しても大丈夫」
いや、両手両足が震え出したらみんな逃げ出すと思うけどな、度会。
「じゃあ決まりだねー、明日の7時にココ集合って事で良いよねー?」
「いや、俺の意見は!?」
まだ俺はソレに頷いてないんだけど!?
すると蜂巣はこちらを向き、決め顔をして、
「夫の意見は妻の意見、妻の意見は妻の意見だよー?」
「鬼嫁だっ!! いや、夫婦じゃないけどな!!」
「気にしちゃ駄目ス☆」
「気にするわ!!」
最早通例となってしまっている会話を交わす。
って、流れを気にしている場合ではないんだった。
「ってかよ、今日は知識の家に行かなくても良いのかよ?」
知識本人に話を聞かなくても良いのかよ?
「愚問だわ、行ったって逆効果になるだけよ。本人が来たくないから来なかったんですわよ?」
「それはそうだけど!!」
「メールを送っておくだけで十分。それ以外は迷惑」
「迷惑かどうかはやってみなくちゃ分からないだろ!?」
「今は外堀を埋める事に専念すべきだよー。内堀を急いで埋めようとするのはー、お互いに不利益だと思うよー?」
「…………分かったよ」
3人の説得により、ため息をついて俺は折れるフリをした。
「じゃあ明日7時な」
「では、ご機嫌よう」
「また」
部室から柚木崎と度会が出て行くのを見送る。
これで後一人、か。
「僕らもー、帰ろっかー」
「ちょっと待ってくれ」
俺の手を掴んで連れて行こうとする蜂巣を制止する。
「何ー?」
「いや、ちょっと学校に用事があってな。先に帰ってくれ」
「そうー? それだったら僕も待つよー?」
いや、それじゃあ駄目なんだ。
「遅くなるから先帰っとけよ。見たいテレビ番組を見逃すぞ?」
「それはそうだねー。でもねー、録画予約済みなんだよー」
ガッデム!! 天は我を味方しなかったのか。アーメン。
仕方ない、それじゃあ無理やりにでも……。
そう考えていた、正にその時、蜂巣がため息をついて、
「亮輔が何をしたいかなんてー、幼なじみの僕には手に取るよーに分かるんだよー?」
「な、何の事だ?」
「だからー、亮輔に任せるよー。僕は干渉しない。夫婦だもんねー」
……ありがとう。
「だから夫婦じゃねえよ」
「気にしちゃ駄目ス☆」
そうして、俺は蜂巣を見送ったのだった。
♂×♂
蜂巣が出ていってから、およそ10分。
これで外に出たとしても、はち合わせることはないだろう。
もしトイレに行っていたとしても、5分くらいで済ませるだろうし。
いや、でも女子のトイレって案外長い時があるんだよなー。
それは自宅というか下宿先というか、居候先で経験している。
ママさんも蜂巣も、長い時と短い時があって、何をしてるんだろうなぁ、と興味が湧く事はあるにはある。た、多分思春期特有のヤツだ、特殊性癖だとか、そそ、そういう類のモノでないからな!!
……そうなんです、信じて下さい。人が居ないから良いものの、悶え苦しんでしまったけど信じて下さい。
あぁ、何考えてんだろうと馬鹿らしくなった俺は、荷物を手にとって、独りごつ。
「さてと、じゃあ行くとしますか」
「……少年」
!?
「誰だ!?」
慌てて声の方を振り向いても、誰も居ない。
空耳だったのかなと、自分で自分をごまかして、もう一度外に出ようとすると。
「……少年」
まただ。また後ろから声が聞こえる。
春先とは言え、外は今にも沈みそうな太陽が何とか辺りを照らしている時間帯なので、節電により電気を付けていないという事もあり、部室の中は結構暗い。
もしかしたら幽霊だとか妖怪だとか小人だとかの可能性があるわけだ(?)
……済まない、あまりにも気が動転してファンタジーな思考回路となっていた。
えーと、じゃあ他に考え得るのは……スピーカーと盗聴器が部室に設置されていて、他の場所から話しかけているとか?
……被害妄想な上にSFが入って、もう訳が分からないよ。
とりあえず、声の方をジッと観察してみる。
しかし、部長の寝袋があるだけで、何も存在しない。
ん? 部長の寝袋……?
「もしかして、部長ですか?」
「……牟田口薫」
肯定の代わりに、部長はフルネームを名乗った。
口が動いているのは全く見えないが、この寝袋が部長であるのは間違いないようだ。
てか、部長と初めて喋るんだが。
「えっと……何の用事ですかね」
部長らしき寝袋に近寄って、しゃがみ込む。
すると部長は寝返りを打ち、こちらに顔らしきモノを向けた。
何故らしきなのか、それは簡単な話。
こちらからは完全に顔が見えないのだ。
だって……。
「……モガモガモガ」
「顔が引っ付くんだったら寝袋を脱いでください!!」
「……モガモガモガ」
「発言は寝袋を脱いでから!!」
寝袋は魚のようにビクンと跳ねた。どこにそんな推進力があるのか。
ある程度待っていると、寝袋のジッパーが開いていき、顔だけが姿を現した。
「……あの体勢だったら引っ付かなかったのな」
「そんな発言のためにモガモガ言ってたんですか!?」
「……一個モガが少ないのな」
「はてしなくどうでもいい!!」
部長とは初めて話したが、多分部長がこの部の中で一番面倒くさいと感じる。
他の奴らは内容はどうあれ、意味のない話はしな……いや、まぁ下ネタとか痛い発言とか求愛とか、色々ダメな気がするが……えーと、スイマセン。そんな事は無かったです。
ディベート部部員全員が面倒くさい。
そして、流石ディベート部の部長。名字の『むだぐち』は伊達じゃない。
「それで、一体なんの用なんですか?」
「……知識美羽の所に行くのだろ?」
「あぁ、はい」
「……じゃあ、これを知識美羽に渡してくるのな」
と言って、部長は寝袋の中から手をズボッと外に出し(どんだけ外に出るのが面倒くさいんだ)、平べったい物体を俺に差し出した。
「手紙……ですか?」
「……乙女と乙女の禁断の密書なのな。中身を見てはいけないのな」
「はぁ」
とりあえず受け取り、ポケットの中に突っ込んでおく。
「……絶対に中は見るなのな」
「2回言わなくても分かりますから!!」
ったく、何だってんだよ。別に興味なんて……興味なんて……あるに決まってるけど見るわけないじゃないですか。プライバシー保護的な意味で。
「……あと」
「まだ何かあるんですか?」
「……飯を」
「?」
「……飯を恵んでくれたら嬉しいのな」
…………。
「えー、今日の昼はどこで何をしていましたか?」
「……ここで睡眠」
「今日の朝は?」
「……ここで睡眠」
「昨日の夜は?」
「……ここで睡眠」
「あんたバカぁ?」
「……まだ本気を出していないだけ」
いや、家に帰るくらいの気力は出そうよ。餓死してしまうだろ。
「え……と、さっき食堂で買ったラーメンチップスがありますけど要ります?」
「……飲み物も添えてもらえると尚良しなのな」
ガメツいな。まぁ、チップスに飲み物は確かに必要だけど。
てか、飲み物も無いのかよってツッコミは、また面倒くさくなりそうなので止めておいた。
「じゃあ飲み止しですけど、お茶を置いておくので飲んで下さい」
「……了解したのな。でも間接キスになるんじゃ」
「嫌なら持って帰りますよ?」
「……それで良いから置いておいてくれのな」
イチイチ一言多いからか、何故か立場が逆転しつつある。
前言撤回。部長は面倒くさいんじゃなくて、世話を焼かれないと生きていけない子供みたいな人なんだ。
前に本気を出すとスゴいと聞いたが、果たしてそれは本当なのか……さらに疑念が増してきた。
だが、今は部長に構っている余裕は無いんだ。
「じゃあ行ってきますけど……家には帰って下さいね」
「……出来ればタクシー代を」
「自分の足で帰って下さいね」
「……いつかは帰るのな」
相手にしていては埒があかないので、一つ大きなため息をついて部室を出た。
その後、部長を見た者はお菓子をセビられるようになるのだが、俺の責任ではない。断じて。
♂×♂
流石に3回目ともあって、迷わず知識の家に辿り着く事が出来た。
……わざわざ前に通った道を行ったから遠回りになっていたが、気にしない。
件の知識の部屋は辺りも暗くなってきているというのに真っ暗で、人が動いている気配も無かったが、ベランダの窓は開いていて不用心に思われた。
もしかして出かけているのだろうか、と思ったが、一応インターフォンを押す。
押して30秒ほど経ち、やっぱり居ないのかね、と判断し帰ろうとしたその時。
『こちらと修羅場中なのじゃ!! 二度と来るな!!』
インターフォン越しに怒声が聞こえた。
「知識なのか!? 部屋に入れてくれ!!」
『あ゛ぁん!? 一昨日来やがれや!!』
知識は最早ただのヤンキーと化していた。
「いやいや俺だって、矢追だって」
『矢追!? 矢追矢追矢追矢追やおいやおい……あぁ、やおい先輩ですか』
「そうだ、矢追だ」
声が一気にトーンダウンしたので、落ち着いたんだろう。
「部屋に入れてくれないか?」
『んーとですね、良い声で鳴いたら入れてあげますよ』
治まったと思ったら更に要求が酷くなった。
「良い声で鳴くってどういう事だよ!?」
『えーそんな事も分からないんですか? 自らに熱い肉棒が出たり入ったりするのを想像しながらアンアンと鳴けば良いんですよ』
「俺はノーマルだからそんな想像は出来ない!!」
『想像出来ないなら、実際にすれば良いじゃないですか?』
何を言っているんだ、コイツ。息遣いも荒いし、風邪なのかな、アハハ。
「ノーマルだっつってんだろうが!!」
『じゃあ美羽が改良してヘタレ受けしか出来ない体にしてあげますよ……フフ』
この状態になった知識を相手にする必要は無さそうだ。
ドアのノブに手をかけて、思いっきり手前に引く。
やはりというか何というか、鍵が閉まっていたようで、肩に負担がかかる。
『開けようとしても無駄ですよ? その扉は喘ぎ声を出さないと開かない設定になっています』
つまりはお前のさじ加減じゃねぇか!!
「……ったく、面倒くさいからやりたく無かったんだけどな」
俺はインターフォン越しにワーワー騒いでいる知識を無視してベランダ側に回る。
そうして近くにあった塀を利用して、一気に2階のベランダへと到達し、知識の部屋であるかを確認した。
昨日来た時も本のタワーが壮観であったが、依然としてそこにそびえ立っており、少し気圧される。
裏も取れたので靴を脱いで部屋に突入し。
頭の包帯が痛々しい、下着姿でワーワー喚いている知識の後ろ姿を目視した。
上はスポーツブラに下はスパッツと、イメージとは全く違う驚きのコスチュームではあったが……スパッツたまらん。
何しろスパッツによって生み出されるこの健康的なお尻に、締め付けられた太もものコラボと来たら……ゲフンゲフン。
俺は悪くない、スパッツが悪いんだ。
とりあえず今の現状を打開すべく行動を起こす。
「そんなとこで騒いでたら近所迷惑になるから止めろ」
「『邪魔者を排除するにはこれ位がちょうど良いんです』」
「その邪魔者は既に部屋の中に居るが?」
「『え? あ、ホンマや』」
そんなバラエティーみたいな反応しなくても。
「って何で部屋の中に居るんですか、やおい先輩!! まさか、やおい先輩は俗に言う超能力者!?」
「ねぇよ、どんな能力使ってんだよ。物理法則を根本からねじ曲げるんですかコノヤロー」
「それだから超能力者って言うんじゃないですか!!」
「いや、窓が開けっ放しにされたベランダから入る、どこが超能力なんだよ」
「え? そんな筈は……あ、ホンマや」
だからバラエティーみたいな反応しなくても。
「って良く考えたら不法進入じゃないですか」
くっ、やはり気付かれたか。
適当にお茶を濁してごまかそうと思っていたが、どうやら失敗らしい。
「幼なじみじゃないのに不法進入とか……勇者ですかアナタは!!」
「確かにゲームでは平気で不法進入してゴミ箱とか棚とか勝手に漁っても文句言われないけど!!」
「美羽は文句言いますよ!!」
「俺が勇者じゃないからな!!」
なんだ、『警察に突き出しますよ!!』とか『この、変態!!』とか言われると思ったのに、全くそういう気配がない。
というか、下着姿を見られているにも関わらずキャーとも言わないとは……。
コイツの中の俺ってどういう扱いなんだよ……。
「なぁ、俺の事……どう思っている?」
「何ですか急に? もしかして美羽に惚れたんですか?」
「どういう思考回路だよ!!」
「同じシチュエーションを本で何回も見たから、そうかなと思いまして」
「今の状況から有り得ないと察しろ!!」
「じゃあ……なんですけど」
知識はトーンを一つ落として少し俯き、
「なんで美羽のためにこんな事してるんですか?」
「それは……」
「自意識過剰なのかもしれないですけど、今日やおい先輩がココに来たのは美羽のため……私のためですよね? 私が学校に来なかったから、私の事が心配になったからココまで来たんですよね?」
「どうしてそう思う」
「だって本で読んだ事ありますから」
知識はそこら辺りにある本を適当に一冊拾い、
「本には何だって書いてあるんですよ? 学校での出来事、人とのコミュニケーションの仕方、キャラクターの趣味、性格、特徴……どういう性格でどういう特徴を持っていたら友達が何人出来るか、一目瞭然です」
コイツ……何を言っているんだ。
「今も鬱病で、中二病で、それでいてデータ至上主義者みたいなキャラクターを演じてるに過ぎません。私はやおい先輩……アナタにこの場から去ってもらいたいから演じてるんです」
…………。
「軽蔑しましたよね、そうでしょう。ずっとアナタを……みんなを騙して来ましたから」
知識は俯いたまま、こう続ける。
「フフ、良いでしょう。前に先輩が聞きたがっていた事、全て答えます。その代わりと言ってはなんですが……今後一切私に近寄らないで下さい」
「ちょ、ちょっと待てちょっと待て!!」
「何ですか?」
何ですかって、お前……。
「話が急展開過ぎるだろ!? 何だよ、お前は知識美羽なんだろ!? マヨネーズが大好物で頭脳明晰な『知識美羽』なんだろ!?」
「確かに私は、あなた方から見て『知識美羽』でしょうが、全て虚像に過ぎません」
「じゃあ、カラオケで楽しそうに歌ってたのも!! ラーメンにマヨネーズを山盛り掛けて美味しそうに食べてたのも!! 全部嘘だって言うのかよ!?」
「嘘だっ!!」
「うぉっ!?」
知識の大声に思わず2、3歩後ずさる。
「……スイマセン、一瞬キャラクターが変わってしまいました。さて、話を続けますが……聞きたいですか?」
知識のその言葉に、俺はイエスと答える事が出来なかった。
根「第9話更新ダ」
葉「第8話と同じく纏めただけってのはモガモガ」
根「実はこの回我々が出演していたのだガ、気付いたカ?」
葉「まぁ特徴的な語尾なんで分かりますよね☆」
根「いつかはちゃんと出たいものダ」
葉「……てか、まだ名前も出ないってどゆ事☆」
根「まぁ本編はんな事を言ってる場合じゃないがナ」
葉「そういや801は大事な事を忘れてますね☆」
根「ま、次に期待してくレ。ではナ」