5.突然の流れに、言葉を失いました。
午後の授業が終わり、なんとなくディベート部の部室に寄ることにした。
本当は柚木崎と一緒に行きたかったのだが、
「用事があるので先に行っといて下さる? あっ、先に中でイって欲しいって意味じゃないわよ」
という事らしいので、仕方なく1人で行く事にした。
下ネタを堂々と言うのだけは止めて欲しいところだ。
この前は蜂巣に連れられて行ったので分からなかったが、意外や意外、ディベート部の部室と2年A組の教室はワリカシ近い。そろそろ着く。
これから、昼休みが暇だったらココに来る事にしようかなーっと頭の中で思いを巡らせ、いよいよ扉が見えるだろう場所に着いた時、
「………………」
なにやらディベート部の部室前でコソコソしている怪しい人物を発見した。
白いニット帽を被った女子生徒のようだ。
その件の人物はそのまま部室の中に入っていった。
……怪しいな。
もしかして、例の盗難の犯人か?
そう思い、俺は部室の前まで足音を立てないよう近付いていく。
ついにドアにたどり着いた俺は、少し中を覗き見て、目標の人物が居る事を確認する。
さて、どうする?
ここで取っ捕まえたとしても、もし相手がディベート部の幽霊部員だったら『部費の確認に来ただけです』と言い逃れられてしまうだろう。
かといって、部費をワザと盗らせて使った現場を押さえるというのは、ギャンブル性があり、あまりにも危険すぎる。
それだったら前者の、犯人がディベート部の幽霊部員でない確率にかける。
俺は覚悟を決め、勢い良くドアを開き、中に突入する。
そして、その犯人に向けて俺は言ってやったのさ。
「手を挙げろ!!」
ってね。
……なんか違くね?
拳銃を持ってないのに、そんな脅しが効くわけないじゃないか。
「ひぇぅっ!?」
しかし犯人には意外と効いたらしく、軽く悲鳴を上げて、俺に背を向け手を挙げた。
…………。
えー、この場をどう収めようか。
なんてー冗談、とか言えるわけないし。
「まー、コッチ向けよ。どういう事なのか聞きたいしな」
場合によっては先生に突き出すけども。
「分かりましたが、美羽は今動悸が激しいのでお手柔らかにお願いします」
ん? どこかで聞いた名前だな。
……もしかして。
「お前、マヨネーズの?」
その言葉に反応したのか、犯人はこちらを振り向く。
「誰かと思えばボーイズラブの人でしたか」
俺が犯人かと思っていたヤツ――知識は俺の姿を確認するとホッと胸をなで下ろした。
「なんでお前がこんなところに居るんだよ」
「フッフッフッ……聞いて驚け見て笑え!!」
サッサと言え。
「我ら閻魔大王様の一の子分!!」
「違うだろ!!」
誰だ閻魔大王様ってのは!!
「なんなんだお前は!!」
「なんなんだと聞かれれば!」
「答えてあげるが世の情け! じゃねぇんだよ!!」
ネタをネタで上書きするなや面倒臭い。
「じゃあどう掴みを取ればいいんですか?」
「掴みは要らねえから要点だけ述べろや!!」
くそコイツ、こんなに鬱陶しいヤツだったっけ。
「分かりました、分かりましたよ。大事な事なので二回言いました(キリッ」
「…………」
呆れて物が言えない。
「そろそろ限界のようなので話しますね。美羽は1年で唯一のディベート部部員です」
お前が看板に『やらないか』と描かれているにも関わらず入部した変態か!!
「てっきり●ックスパーティーをしてるのかなと思いまして」
「そう感じたのに入部したお前は間違っている」
そしてその隠し方はいろいろ間違っている。
「分かってないですねー、美羽は●ックスを見学して資料にするつもりだったのですよ」
「資料って後学のためにか?」
「まあ後学って言うか、薄い本にリアリティを持たせるためです」
薄い本? なんだそりゃ?
知識は俺のハテナマークに気付いたのか、
「少し言い過ぎましたね。これ以上、美羽はその件についての自分のことを公開いたしません」
なんと初めてのブロックがかかった。
まぁ、話したくないのであれば、変に詮索するつもりはない。
「逆に聞きますが」
知識はこちらも聞かれたんですから答えて下さいね、と念押しして、
「なんでやおい先輩がここに居るんですか?」
ああそうか、コイツ知らないのか。
「何を隠そう、俺もディベート部の部員だからだ」
「え? でもそんなデータは入ってきてませんよ?」
データってなんだ、データって。
「入ったのは昨日だしな。知らなくても当然だろう」
知識はふむふむ、と納得した表情を見せる。
「じゃあ、やおい先輩は美羽の後輩って事ですね」
日本語が矛盾している事に早く気付け。
そりゃあ年齢的には先輩、ディベート部歴的には後輩だけど。
「じゃあ部活動中はやおい先輩後輩って呼んで良いですか?」
「いつも通りやおい先輩と呼んでくれないかな!?」
んなケッタイな名前で呼ばれても困る。
知識は、少し不満げな顔をしつつも、
「分かりました、これからも宜しくお願いします。やおい先輩」
と、言って軽く会釈してみせる。
「じゃあ俺からもう一つ質問していいか?」
「別に構わないですよ。聞かれたら困るような、やましい事はしていないつもりですし」
薄い本の件はどうなった。
それに関しては一切詮索するなと言わなかったか?
……まぁいい。
こちらと、聞きたい事を聞くだけだ。
俺は2番目に気になっていた事象を追求する。
「お前、なんでニット帽なんて被ってるんだ?」
学校内なんだし、被る必要性はないはずだろ?
「え? あ、コレですか? えーと、えー……」
「まぁ、女子なりのお洒落かなんかだろうけど、遠目だと不審者に見えるからそういう格好は控えとけよ」
「あ、あぁ、それですそれ。お洒落お洒落。ご忠告はありがたいんですが、別に不審者に見られてもかまわないので大丈夫です」
ん? 俺、地雷踏んだかな?
触れない方がいい感じみたいですね。
話題を変えることにする。
「それでなんで今日昼休みに食堂に居なかったんだ?」
「えー、それはですね、んーと、用事があったから、です」
またも歯切れの悪い回答をする知識。
……俺ってもしかして空気読めていないのか?
「なーに、恋人の不倫を問い詰めるよーな真似をしてるの良輔ー」
後ろを振り返ると、ブスッとしている幼なじみの姿があった。
「いや、別に気になった事を聞いてただけだって」
「本当にー? ミューとは初対面なんだからー、第一印象は悪くしない方がいーよ?」
お互いギクシャクしたくないでしょー、と知識は俺を諭す。
ミューってのは知識の事らしい。
「心配しなくても、俺達は既に知り合いだぞ? な?」
「え? あ、はい。昼食時は良くご一緒させてもらってます」
急に話しを振られて驚いたのか、知識は戸惑いながらもそう答える。
「本当にー? 証拠はー?」
証拠って、写真とか撮ってるわけでもないのにあるはずが……。
いや、一つあるな。
「コイツはマヨネーズをラーメンにかける奴だ」
「それは確固たる証拠だねー」
無罪判決ー、と蜂巣は裁判所で判決が出た際に弁護士が掲げるように、エアーで無罪と書かれた紙を広げる動作をした。
「じゃあさー、副部長は今日無理だって聞いたからー、部長もどうせ寝てるだけだしー、3人で外に遊びに行くってどー?」
「え? 後で来るとか言ってたけど?」
「その予定だったらしーけどー、予想以上に長引くらしくて無理だってー」
メールで送られてきたよー、と携帯の画面を俺達に見せつける。
そうか、なら仕方ないな。
「待って下さい待って下さい」
知識が制止を求めてくる。
「それって美羽も行くって事なんですか?」
「お互いの事、もっと知っておくべきだしな」
「まー親睦を深めるって意味でー、ねっ?」
知識は、俺と蜂巣を一頻り交互に見てから、その場で考えこんだ末、
「分かりました。ですが、美羽の行きたい場所に連れて行って下さい」
最終的には折れてくれた。
「じゃあ決まりだな」
「それでー、ミューはどこに行きたいのー?」
「それはですね……」
♂×♂
俺達3人は、知識のリクエストにより、商店街でもっとも安いカラオケ店に足を運ぶことにした。
先に歩く蜂巣を俺と知識が追いかける形で歩いてゆく。
さっきは蜂巣が乱入してきたおかげでなんとか話をうやむやにする事が出来たのだが、やはり気になる事は気になるので、知識に話題を振る。
「なんでカラオケなんだ?」
「えーと、ですね、実はカラオケに行った事がないんです」
「え? そうなのか」
「はい、行く機会が無かったものですから」
まぁ俺も蜂巣に無理やり連れられて行ったことが数回あるのみだし、友達に誘われないと行こうとは思わない気持ちは良く分かる。
「だから一度くらいは行ってみたかった、って事か?」
「そんな感じです」
そんな会話をしてるうちに、目的地に到着した。
蜂巣はそこの常連なので、手早く受付の手続きを済ませ、ストレス無く部屋に入ることが出来た。
「カラオケルームってこんな感じになってるんですねー」
と言いながら知識は、どこに入っていたか分からないカメラで部屋を隅々まで撮影する。
しかもカメラはカメラでも、一眼レフである。
「ってどこから持って来たんだ、その無駄に本格的な一眼レフは!?」
「どこって、常備してるのが普通じゃないんですか?」
「ねぇよ!!」
そもそもカメラなんて持ち歩く生徒なんていねえよ!!
いや待て、新聞部だとか写真部はあり得るのか……でもそれ以外はねえ!!
「でもですね、なんとなく過ごしている時に、ふと奇跡的な光景を目の当たりにして、撮っておきたかったなーとか後悔したことはあるでしょう」
「……確かにな」
いつの頃だったか、何の気なしに空を見上げていると、雲の形が一瞬だけ日本列島に見えて、その場にいた蜂巣と一緒に興奮したことをよく覚えている。
あの時、カメラさえ持っていればその興奮を残すことが出来たというのに、とは後悔した。
蜂巣も同じことを思い出していたらしく、
「あの日本列島を写真に残してたらーテレビ会社に送って3万円がもらえたのにねー」
「金目当てかよ!!」
「まーどんなことを言っても世の中お金だもんねー」
つくづく、お前は男よりだなと思うよ。
さて、知識が一通り写真を撮り終えたところで、そろそろ歌うことになった。
「その前にージュースか何か頼むー?」
「俺はコーラで」
「美羽はウーロン茶でお願いします」
蜂巣の呼びかけに反応する俺達二人。
それを聞いた蜂巣は、壁に付属している電話で注文する。
「えー、ウーロン1、アイスティー1、コーラ2、ロシアン匠1でー」
色々つっこむところがある気がするのだが、とりあえず一番気になるところを突く。
「なんだロシアン匠って!!」
「ロシアン匠ってのはー、古来よりロシアで愛されていたコロッケにー、普通に食べると面白くないからと言ってー、激辛のコロッケをー」
「どう考えてもロシアンルーレットだよな!!」
古来よりロシアで愛されていたコロッケって何だよ、ねつ造しすぎだろ!!
「因みにロシアンルーレットは小説により有名になっただけで、本来ロシア軍でそのようなことは行われていなかったらしいですよ」
ここぞとばかりに知識が雑学を披露する。
「じゃあ、ロシアンルーレットは実在しないと言ってもいいのか?」
「まあ、有名になってから面白がってやった人たちならいますけどね」
……それが原因でお亡くなりになった方のご冥福をお祈りします。
「それじゃ、ちゃっちゃと歌いましょうか」
そしてちゃっかり知識は機械を操作して曲を入れようとしている。
「初めてじゃなかったっけ?」
「初めてだとしても、どうやって曲を入れるか、曲やマイクの音量やエコーの設定、どの採点方法が一番甘い採点をするかぐらいは把握しています」
気持ち悪いです、アナタ。
ついでにどれが一番いい点数が出るか教えてください。
それはともかくとして。
「最初から飛ばし過ぎるなよ、喉を傷めるからな」
「分かってますよ、それくらい……っと。入れましたよ」
そうして流れてきたのは、俺は知らなかったが、重厚感のあるロックな曲で、知識のイメージにはあまり合わないものだったが、良いとは感じた。
さて、知識の歌声がいかほどかを聞かせてもらおうじゃねえか。
「パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパン」
あ?
「パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパン」
あぁ!?
「パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパンパパンパンパン パンパンパパパンパン」
「おいこら待てや!!」
流石に耐えきれなかった。
「なんですか? これからがいいところですのに」
「いいところもクソも、パンパン言ってるだけじゃねえか!!」
「結構な技術を使うんですよ? テンポが早い曲ですし」
「これを曲だと言えるのかお前は!!」
「この曲を愚弄しましたね、作者のヨエさんに謝って下さい!!」
ヨエって誰だよ、酔っ払いのおっさんかよ!!
「……まぁいいさ、百歩譲ってこれを曲としよう。んで、歌詞はパンパン以外にあるのか?」
「パイパイがあります」
同じじゃねえか!!
「音楽ってのは考えるんじゃないんです、感じるものなんですよ」
スマン、この曲から何にも感じられない。
しかしなぁ、これ以上言い合いをするのは得策じゃないように思えるので、こちらから折れることにする。
「もういいよ、思う存分歌ってくれ」
「分かりました、やり直してもいいですか?」
「どうぞご勝手に!!」
その時のパンパンは今でも耳から離れないものとなるのだった。
♂×♂
ある程度して、ドリンクとロシアン匠が部屋に届けられた。
コロッケ、といってもそこまで大きくはなく、ロシアンルーレットということもあって一口サイズとなっていた。
ロシアン匠のコロッケの個数は6個、そのうち激辛コロッケは2個ということらしい。
……何故に2個入れたし。
「よし、誰から食べる?」
「どの順番でも確率は同じと言うんだけどねー、確率なんて当てにならないからねー。僕からいくよー」
と立候補したのは蜂巣。
一応、知識に確認をとる。
「良いんじゃないですか? 美羽は確率を信じていますので。ですが、それだったら取るのを先にして、同時に食べる方がスリル満点な気がしますけど」
「それでー、誰が激辛コロッケを食べたかを当てるー、なんてのも楽しそうだよねー」
と言って、2人は俺の方を見る。
コイツらは自分が当たるという確率をスルーしているのか!?
「僕はこれとこれー」
「美羽はこれと……そうですね、これで」
「先に選んでんじゃねえよ!!」
くそ、自動的に俺の運命を決めるコロッケが決まってしまった。
「じゃあ一気にいくよー? いっせーのーせ!!」
蜂巣の掛け声とともに、2個とも口の中に放り込む。
「僕はー、何もないみたいだね、つまんないなー」
「美羽もハズレでした」
「お、俺も、そこまでではなかった、かな!?」
言えない。両方激辛だっただなんて言えない。
1個目のコロッケをかじって、辛かったから2個目を口直しにかじったはずなのに、それも辛かっただなんて言えない。
俺は我慢できず、蜂巣が余分に頼んでいたコーラを一気飲みして、むせて2人に笑われた。
♂×♂
制限時間が残りわずかといったところで、今日はお開きということで、片付けに入ることにした。
「もう終わりれすか~? まだまだ行きましょうよ~」
「んな事言ってないで、早く荷物まとめろよ」
駄々をこねる知識を諭す。
「れもぅ~」
…………ん?
一応確かめるために、知識に近づいて匂いを嗅いでみる。
「ってアルコール臭っ!!」
え? コイツただのウーロン茶飲んでただけなのになんで酔ってるんだ?
蜂巣は、ハッとして頭を抱える。
「分かったのか?」
「どーやら、僕の頼み方が悪かったみたいだねー。ウーロンって言っただけだからウーロン茶と間違えてウーロンハイを持ってこられたみたいだー」
「店員しっかりしろ!!」
俺のツッコミはいつから店員にまでしなければいけなくなったのか。
「とりあえず、どうする? 送っていくにしても住所が分からなければ無理だしな……」
「僕は知ってるよー、一回お宅訪問したことがあるからねー」
「そうか、なら安心だな」
方針が決まったところで、俺が知識をおぶろうとするも、
「ミュゥら自分れ、帰れましゅ~」
と言って俺の手を振り払おうとする。
「どう考えても無理だろ、ほら。乗れよ」
「みゅ~、嫌れす嫌れすぅ。男ろ首を直接持つならんて、嫌れすぅ」
普通に拒絶されてしまった。
まあ、普通の反応と言っちゃーそうなんだが。
てか、男に生足を持たれるのは大丈夫なんだな。
「仕方ない、蜂巣」
「先に僕はお勘定をしてくるねー」
「っておい!!」
その言葉を最後に、蜂巣はこの部屋をそそくさと去っていった。
くそ、アイツ。面倒くさいからって逃げやがった。
「えー、男の首に直接触るのが嫌なんだっけか?」
「そうれすよぉ~?」
それでどうやっておぶって帰れと。
…………そうだ、いいものがあったじゃないか。
「ちょっとお前のニット帽を貸してくれ」
「これれすかぁ?」
「それを俺がかぶったら、直接触ることもないだろ?」
「そーれすね、じゃあ取ってくら……ぐぅ」
まさかそこで寝るとはだれも想像していなかった。
じゃあお許しも出たところで、知識のニット帽を取り去った……のだが。
取り去ってもなお、頭に巻かれている物体があることに気付き、よく見てみる。
それが、血のついた包帯であることを理解するには時間は要らなかった。
根「第六話更新ダ」
葉「なんですー、このシリアス的な終わり方はー☆」
根「それは次回に持ち越しというわけだナ」
葉「うー、気になるー☆」
根「というわけで、シリアス展開を邪魔しないように会話は控えめにという上からの命令が下っていル」
葉「わー☆ 上からの圧力だー☆ じゃあ私たちの調べたのはパーですかね☆」
根「じゃあ鬱憤を晴らすためにカラオケにでも行くカ」
葉「いぇーい☆ では次回も読んでくださいねー☆」
根「変なところがあれば言ってくレ。ではナ」