17.家に戻ると、罠にハマりました。
♂×♂
気が付けば、時計の針は11時を指していた。
なんで分かったかと言うと、今俺は自分の部屋に居るからだ。
知識の家を出た後、暗くなった道を限られた記憶と運に委ねて歩き、なんとか我が喫茶店に辿り着くことが出来た。
中に入るや否や、俺の帰りを待っていたのだろう、蜂巣がエプロン+スクール水着という意味の分からない格好でタックルしてきたので――――いや、恐らく格好は関係ないが――――為す術もなく地面に後頭部をぶつけたのだ。
痛いだけで別に何とも無かったが、それを悪いと思ったのか、部屋で安静にしてろと蜂巣に命令されて、今に至る。
にしても、自分の部屋に居てもパソコンを弄くるしかないのが現状で、初めは一応ボクシンクのことについて調べたりしていたのだが、すぐに掲示板やそのまとめ速報を読み出してしまった。
どんな検索ワードを打っても、大体はその手のサイトに飛んでしまうので、そこからはもうサイトの餌食となる。こういうサイトは時間泥棒として取り締まった方がいい。
それが分かっていても恰好の餌食となる自分を嘆き、開いていたページを一つ残して全て閉じた。
なんで一つ残したかって? え、そんなのあれに決まってるだろ? とりあえずヒントとして、女の子が淫らな格好をして淫らに揺れ動く紙芝居とだけ言っておこうか。
確かに本という媒体も良いが、しかし時代はネットである。簡単な単語で調べると、それはもう山のように見つかる。その中で良かったモノを俺は保存していた。
だがしかし、すぐに蜂巣に見つかってデリートされた。あの時の蜂巣は怖かった。削除削除と連呼するもんだから、犯罪者でも殺してるのかと思うほどだった。
その手のサイトから行くことのできる場所で、1つの作品を見るのが俺の日課となっていたのだ。
だから後ろで腕を組んで負のオーラを轟々と発している蜂巣には全く気付かなかった。
「亮輔ー? 何を見ているのかなあー?」
しまった、警戒を怠った、と思った。
それと同時にどうしようもない虚脱感に襲われ、次の瞬間には地べたに頭を引っ付けている自分に気付いた。
無理やり蜂巣に押しつけられたのだと分かったのは10秒ほど経ってからだった。
「僕という幼妻が居るにもかかわらずー、他の女に欲情するなんてー」
「だから結婚した体で言うなって」
「出来ちゃったんだからー、仕方ないよねー」
「出来たって何が!?」
「名前は男の子だったら伊輔、女の子だったら聖蘭かなー?」
「腹を殴るぞ」
「赤ちゃんを殴るなんてー、父親にあるまじき行為だよー?」
「…………」
言葉を失うというのはこういう事なのかと初めて体感した。
俺が黙り込むと、このままでは蜂巣はコレ以上進展しないと判断したのか、俺を解放してくれた。
「ったくー、夜遅くに帰ってきたと思えばー、これだからー」
「これとはなんだ、これとは」
と言って蜂巣の方を向いて、蜂巣の姿が変化していることに気付いた。
頭には三角巾、エプロンはそのままだが、流石に水着はダメだと感じたのか、はたまた夜が遅いからか淡いピンクのネグリジェに着替えており、左手には土鍋を持っていた。
「土鍋?」
「これー? 晩御飯食べてないと思ったからー、作ったのー」
「わざわざ俺のために?」
「新妻たるもの料理はするものだよー?」
だから妻じゃねえって。
「でもまあ、ありがとな」
「いえいえー、どーいたしましてー」
ノートパソコンを片付けて、土鍋を受け取って机の上にポンと置く。
「因みに中身は何なんだ?」
「闇鍋ー」
「それなんか違くない!?」
「気にしちゃ駄目ス☆」
「気にするわ!!」
闇鍋は暗闇でいろんな食材を大人数でこぞって入れるから闇鍋として成立するのであって、そもそも一人で作るのならそれは闇の中で入れただけのただの一人鍋だ。
とりあえず蓋をパカッと開けて真偽のほどを確かめると。
まごうことなき暗闇が、そこにはあった。
「……って黒!!」
「闇鍋だからねー」
だからそれは違うって。
「イカ墨をたっぷり入れてみたんだよー」
「それは味的に大丈夫なのか……?」
「イカ墨パスタってのもあるしー、大丈夫でしょー」
「でもコレは……」
いつの日かテレビで見た、青いカレーと並んで食べたくない一品だ。
「つべこべ言わずに食べる食べるー」
「どわっ!?」
れんげで禍々しい液体を掬って、無理やり俺の口にツッコんできた。
「……ん? 不味くない」
不味くないというか、塩っ気と独特の風味が感じられ、むしろ美味しいの部類に入る。
イカ墨ってこんな上手いもんなのか……?
「でしょー? だって市販の鍋の素だしー」
「そんなのあんのかよ!?」
こんな黒い液体がスーパーに並んでるのか……売れてんのかな?
「それで、具はどこに?」
「それを今から入れるんだよー、暗くしてさー」
結局は闇鍋にするのな。
♂×♂
蜂巣たちもまだ夕食を食べていないらしいので、リビングに移動してママさんと合流。
「因みにオーナーは今どこに?」
オーナーとは、この喫茶店のオーナーである蜂巣喜代彦さんのこと。
一応オーナーって事になっているけど、世界一のコーヒーを作るべくコーヒー豆を調達するのに世界を飛び回っているらしく、つい最近になって大きなリュックを背負って帰ってきたのだ。
「それなら、商店街の人達にコーヒーの試飲をお願いしに行ったっきり帰って来ないわ」
呆れた様子で、ママさんは夫の自分勝手な行動を云う。
「大変ですね。1人で働いて、家計をやりくりして」
「居る方が邪魔だから良いのよ。どうせ居ても一日中コーヒー豆を焙煎してるだけよ」
「パパはコーヒーバカだからねー」
それは父親としてどうなのだろうか。
「ってわけで、3人で闇鍋を始めたいと思いまーす」
「いぇーーい♪」
あぁ、もうどうにでもなれ。
♂×♂
鍋だった。
鍋だったのに。
先ほどまで鍋だった何かが、暗闇で異臭を放っている。
闇鍋と言いつつも、今から食材を買いに行くわけにもいかないので、冷蔵庫の中身から3種類選んで鍋に放り込み、それを当てるといったクイズ方式を取ることになった。
俺は自分が食べることも考慮して、コンニャクと蕎麦とカニにした。鍋に一緒に入れるものではないなんてところをツッコんではいけない。なんせ闇鍋なんだから、意外性を狙うべきだと思う。
全てを放り込んで10分も待ち、蓋をあけると鼻に付くような臭いが立ち込めて来たというわけだ。
「なあ……一応聞くが、食べ物を入れたんだよな?」
「ママはキュウリとナスとトウモロコシよ」
「僕はー、タニシとー、柿とー、それからー、チョコだったかなー」
「なるほど、犯人はお前だ、蜂巣」
「全部ちゃんとした食べ物だよー?」
おそらく首を傾げたのだろう、コンロの火に照らされている蜂巣の顔が横に傾いた。
「あのな、タニシってちゃんと食べれるのか?」
因みにタニシとは、田んぼなどに生息する小さい巻き貝の一種である。イメージ的にバッチい。
「見た目は小さいけどー、ちゃんと昔から食用で使われてたから大丈夫だよー?」
「そういう問題かね……?」
だがしかし、本題はそこではないのでスルーするとしよう。
「鍋に柿を入れるって、お前さ……」
「柿鍋って料理があってねー」
「牡蠣鍋の間違いだろ!?」
後で調べてみると、どうやら本当にあるようだ。醤油か味噌で柿と野菜を煮込むらしい。……大丈夫なのか? 味とか。
「まあ柿も許容範囲内だ。まだ固形物だから掴むことは出来る。だけどな、チョコレートは溶けるだろ!?」
「冷蔵庫に入ってたからー、ついねー。てへっ♪」
「『てへっ♪』じゃねえよ!! 誰が食べるんだよ、こんなもん!!」
「秋茄子は嫁に食わすなっていうことわざがあってねー、この中で嫁じゃないのは亮輔だけだからー、亮輔ってことになるよねー」
確かにママさんはナスを入れたらしいが、こんなゲテモノを1人で処理するなんて、そんな理不尽があってはいけないのだ!!
「なんでだよ!? だいたい秋茄子じゃないだろ、このナス!! ていうか蜂巣、お前も嫁じゃねえじゃねえか!!」
「許嫁は嫁か嫁じゃないかって言うとー、嫁じゃー?」
「許嫁じゃないから根本的に間違ってるって!!」
「気にしちゃ駄目ス☆」
「気にするわ!!」
だから俺とお前との間には幼なじみという繋がりしかないと言うに。
「じゃー、僕は部屋に戻るねー。もー眠いしー」
「おお、そうか。お休み」
「おやすミネストローネ」
なんでミネストローネ……ん?
しまった、いつものパターンに嵌められた。
蜂巣は俺にこの鍋を押し付けようとしていたんだ、自分がリビングから脱出することによって。
それに気付いた時には、もう蜂巣は姿を消していた。
「え、えと……ママさんには迷惑をかけられないので……自分で食べます」
「無理して食べなくても良いのよ?」
「だ、大丈夫です……何だかんだ言っても、食べ物しか入ってないのでおそらく……」
そう言ってお箸で拾いあげたそれは、顔に近付けるだけで俺の目と鼻を刺激する蕎麦だった。蕎麦に絡まった、タニシの身らしきものやキュウリの千切り、そして糸こんにゃくがチョコレート色っぽくなっており、思わず「うわ」と悲鳴がこぼれる。
……絶対食べ物じゃないモノ入ってるだろ、これ。
しかし男に二言はない、ここで食べなきゃ男が廃る。行け、矢追! 己の力を見せつける時だ!!
「南無三!!」
パク、と口に入れるや否や、複雑な味がいっぱいに広がり、そして体から嫌な汗がブワッと噴き出てくる。
なんだこれ、なんだこれ、なんだこれ!?
次に掴んだのは柿、ガリガリと頬張らなければならず、否応なしに同じ味を味わわされる。
その次はカニ、殻からほじくり返した身にもその味が浸透しており、カニ本来の味を消している。
そして男は、背中を下にして後ろにぶっ倒れた。享年16歳、短い人生だった。
それは冗談としても、体中が何か可笑しい。まるで毒でも口に入れたかのように体中が熱いし、胃が悲鳴を上げている。
しかし、毒となるようなモノは入って無かったと思うのだが……。
「因みにそばとタニシ、キュウリとこんにゃく、カニと柿は食べ合わせが悪いらしいわよ?」
それを先に言ってください、ママさん。
これを最後に、俺の意識は空の彼方へ消えていった。
♂×♂
意識が少しずつ戻ってきて、なにやら頭の上で蠢いているような、そんな感覚に襲われた。
何だ? と目を開けると、団扇で扇がれていたらしい、蜂巣がこちらの顔を覗き込んでいた。
そして頭の下には柔らかい感触、つまり膝枕。
「…………うぇ?」
状況を全て理解したのに、まるで情報処理が追い付かない。
まーどーでもいいやー。
「あー、起きたー?」
「起きた、起きたなー。うん……起きた」
「壊れた機械みたいになってるよー? 大丈夫ー?」
「大丈夫ではないなー、あまり」
「潤滑油を差してみるー? まー、主成分は僕の唾液だけどねー」
「そうかー……それは困るなー」
「……もうちょっとリアクションをしよーよー、可愛い幼なじみが膝枕して看病してるんだよー」
「おー可愛いな、可愛い可愛い」
「ホ、ホントに可笑しいよー? 変なモノでも食べたのー?」
素直に誉めたのに、心配されてしまった。
「可愛いヤツに可愛いって言って何が悪いんだ?」
「も、もう、亮輔ったらー……結婚してー」
「キスしてくれたらなー」
「キ、キス!? 本当にどうしたのー、亮輔」
そう言って、俺のデコに手を当てる蜂巣。
「ってー、すっごい熱じゃないのー」
「そーだろー温かいだろー」
「……もしかしてー、コレって僕にとって最大のチャンスなのかなー……」
蜂巣は何やら小言で呟いていたが、どーでもいいか。
「じゃー、一緒にお布団で寝よっかー」
「寝よっかー」
そして俺を起こした蜂巣は、俺の手を引いて蜂巣の部屋へと連れて行き、ベッドの中に入って俺を招き入れた。あったかーい♪
「もっと引っ付かないと一緒に入れないよー、良輔ー」
「こうかー?」
言われた通りに蜂巣の体と自分の体を密着させる。あったかーい♪
温かくなって、眠くなって来ちゃったな……。
「そーそー……じゃあ一緒に夜の営みをー」
「おやすみーセイラ」
「セ、セイラって僕のことを名前で呼んでくれるなんてー、今日は本当にいい日だよー」
何か本当にどーでも良くなったので寝よー。おやすみー。
♂×♂
長い長い悪夢を見ていた気がする。鍋を食べた辺りから記憶がない。
なんだかいつもより体周りが熱いし、体の上にいつにも無い圧力が感じられる。
とりあえず上に乗っているのが何なのかを確認するために目を開けた。
「むにゃー……」
ピンクの物体が俺の上に寝転がっていました。
「おい、蜂巣。何をしてるんだ」
蜂巣の顔をペチペチ叩いて意識を覚醒させる。
「むにゃー……? 亮輔ー、もっと引っ付いていいよー……」
「いや、誰がお前になんか引っ付くかよ、早く退け」
「そんな子にはー四の字固めだよー」
「痛い痛い痛い痛い痛い!!」
寝ぼけながらも的確に固めてくる蜂巣を、世の中で一番怖い生き物だと再認識した瞬間だった。
根「第18話更新ダ」
葉「今回は茶番なしで喋りますよー☆」
根「茶番なしカ……どうすればいいのダ?」
葉「どうすればって、そりゃーねー☆ ……クイズでもしましょーか☆」
根「じゃあやってくレ」
葉「丸投げですかー☆ まー良いですけど☆ ではクイズ☆」
根「クイズ!」
葉「今、何問目?」
根「1問目に決まってるだロ、それは茶番じゃないカ!?」
葉「いやー咄嗟に問題が思いつくわけないでしょー☆」
根「何で言ったシ!?」
葉「というわけで、次もまた見てくださいねー☆」
根「……じゃ、じゃあナ」




