11.人生は、自分自身との闘いです。
♂×♂
もう何度目か分からないが、知識の家へと到着した。
この前のようなことがあったからか、ドアも窓もカーテンも閉まっており、鍵も厳重にかけられていた。
とりあえずインターフォンを押すも、反応が無いので出かけているか、居留守を決め込んでいるらしい。だが恐らく居留守だろう。
「それでどうするよ?」
「さっき取ってきたボールを貸してもらえる?」
「これか?」
ポケットに入れていた血の付いたボールを柚木崎に手渡す。
すると柚木崎は両手を振り上げたかと思うと、ワインドアップで窓へ目掛けて投げつけた。
「にゃぁあああ!?」
見事に窓は粉々に砕かれ、カーテンごしに悲鳴が聞こえる。その後、ドンガラガッシャンと物音がしたかと思うと、水を打ったような静かさが辺りを包んだ。
流石にこの行動には他の面々も唖然としていた。
「やっぱり居留守だったわけだし、早速ベランダから入るわよ」
「まあ入るけどさ……」
俺達は続々とベランダへと登り、件の知識が居るだろう部屋へと突入した。
部屋の中は昨日来た時よりも荒れており、本のタワーは崩れて床いっぱいに散乱していた。
その真ん中に、先ほど倒れて来たのだろう、本たちに埋まっている下着姿の女子が居るのを確認した。
残念すぎてどう声をかけていいのやら……。
「知識」
「今度はいったい何なんですかぁ……もう少し空気が読める人達だと思ってましたよ……」
本を掻きわけて出て来た知識は、無気力な声でそう答える。
「俺は多分読める方なんだが……」
「私は読んだら負けだと思うわよ」
「僕はー、どーなんだろーなー?」
「ダメだこの先輩達……」
三者三様の答えを返す俺達に、知識は頭を抱えてブツブツとひとりごつ。
「それはそれとしてだな」
「……やっぱり読めてないじゃないですか」
何かをぼそっと言われたようだが気にしない。
「柚木崎、事の真相を早く教えてくれ」
「そう急かさないでもらえる? こちらにも準備ってモノがあるのよ」
そう言って、柚木崎は深呼吸で息を整えてから、滔々と話し出した。
「今回の疑問点は『なぜ怪我を私たちに隠していたか』よ」
「だからそれは心配させないためにでして……」
「確かに、頭に偶然ボールが当たったのだとするならば、そうかもしれないわ。でもソレが故意だった場合には……」
「…………」
「おい待てよ、それじゃあピッチャーがわざと危険球を投げたとでもいうのかよ?」
「ピッチャーはかなりの運動神経を持つ、身長の低い女子。確率90%は保証するわ」
「……!?」
おそらく図星なのだろう、知識は驚きの表情を隠せていなかった。
「ボールが連続で2回ネットに当たった、と聞いて可笑しいなと思ったの。流石にキャッチャーがいるのに2回も連続で当たりやしないはずよ。実際、その前に音を聞いていないみたいなの」
「それで、何故ピッチャーの特徴まで分かるんだよ?」
「男子だったとしたら知識は無事ではいられないはずよ、少なくとも入院はしてるわ。硬球ってほとんど石のようなものだし。まあ男子が女子に手を上げる構図自体、あまり考えられないわよ」
女子の柚木崎以上に速いボールを投げる男子はこの高校には居ないと思うが、一般的に考えた場合はそうなのだろう。
「けどよ、なんで身長まで分かるんだよ?」
「良く考えてみなさいよ。マウンドからボールを投げて頭に当てようとするならば、当然ストレート。つまり一番速い球、そしてマウンドからベースまでで一番落ちることのない球なのよ? 長身だとしたら投げおろすことになってネットになんて当たりやしないわよ」
「確かにそうかもしれないが……」
さっき見た箇条書きの情報だけでそこまで推測できるのは、やはり頭の回転が良いからだろうな。
「それで2回当たったってのは外れたボールね、そして3度目に当たってしまったと、コレが怪我の真相……かもしれない説の一つよ。現場を見てないから断言はできないし、状況証拠しか今や残ってないわけだからね」
「……そんなつまらない話をするために来たんですか、先輩?」
冷たく接するかのような台詞を吐く知識だが、声はか細く体はブルブル震えていた。
「落ちついて落ちついて、知識が喋らないから代弁しているにすぎないだけよ。まあ、自分で話したいんだったら話は別だけどね」
「……ふん」
知識がそっぽを向いたところで、柚木崎はなぞ解きを再開する。
「するとまた疑問点が浮かんできたの。『なんで知識はボールをぶつけられたのか』という動機と『なんで血の付いたボールがお笑い同好会の部室にあったのか』という謎よ」
確かに動機がないなんて、考えられないよな。
「動機は大体察しはついてるわ。知識は頭が良いものね。この学校に来る生徒は小中学校では天才だの神童だの言われてきた人が多いから、自分より遙か高みにいる知識に嫉妬してたはずよ」
「だが嫉妬ごときで頭にボールを当てるような真似をするか……?」
「順調な人生に邪魔者がヒョイと現れて抜かして行ったのよ? 自分の人生を台無しにされたと思う人だって居るわ」
うーん、俺はいつも負け組だから、どうにもこうにも共感出来ねえな……。
「まぁ、トップの柚木崎が言うのなら、動機はそうなのだろう。だけど、血の付いたボールはどうなる? それでは説明しようがないぞ?」
「確かにただの嫉妬でボールを当てたのなら説明できないわ。でも、その嫉妬が増大していて、所謂いじめとして考えれば全て合点がいくわ」
「…………」
「ココで盗難の話も絡んでくるわ。まずいじめている生徒――――仮にいじめっ子とするわね。いじめっ子は4日前に盗難を6件起こした。そして、それとは別に知識の頭にボールを当てた。まあ二年、三年は盗難の話で持ちっきりだったわよ」
「それでボールの話は聞かなかったのか……」
「次の日になると財布をみんなが警戒するようになって、お金を取れなくなったいじめっ子は部費に手を出したの。そして始めに入ったお笑い同好会のボール入れを見て、ある事を思い付くの」
「それって、もしかして……」
血の付いたボールが入っていた理由って……。
「盗難を知識のせいにして、知識を退学させようとしたの」
その言葉を聞いた俺は、怒りを抑えることが出来なかった。
「そいつ、フザケるなよ!! おい知識、ヤツの名前を教えろ、とっちめてパクってやる!!」
「まぁまぁ亮輔、落ち着いてー。話を最後まで聞いてからね? どーどー」
蜂巣が怒り狂う俺を冷静に制する。
そうだ、今は冷静に柚木崎の推理を聞かないと。
「……続けてくれ」
「分かったわ。血のボールを入れたいじめっ子は、次にある作戦を思い付いたの。それはおそらく、知識にお金を盗らせて、それを誰かに発見させて、今までの盗難の責任を全て押し付ければ良いっていう独り善がりなモノ」
「もしかしてディベート部で初めて会った時に知識がコソコソしてた理由って、それだったのか……」
「……黙って聞いていれば」
ようやく口を開いた知識は、
「だ、だからですね、さっきから何を根拠に言っているんです!? 全て推測でしか無いじゃないですか!! 美羽はいじめられてませんし、血の付いたボールがあったのだってタダの偶然かもしれないじゃないですか!!」
「さっきも言った通り、確かに私が言ったのは状況証拠から推測される、最も可能性が高い結果に過ぎないわ。でもね、それを知識、アナタが認めたら話は違うわ」
「……認めたら、いじめた人が、可哀想じゃないですか」
それは紛れもなく、柚木崎の推理を肯定した上での答えだった。
「あの人たちは、人を見下すことしか人生に楽しみが無いんですよ? あの人たちだけじゃない、人間はみんな見下すのが楽しみで、見下すために努力したり、見下して自分の価値を上げようとしたり……そういう人たちをたくさん見てきました。留学した時も、飛び級した時も、そして高校生にもう一度なった今でも」
知識は自分の人生を振り返りながら、まるで自分に言い聞かせるように、はっきりと言葉にしていく。
「美羽は既に大学を卒業しています、退学をしても学歴に傷は付きません。なので美羽が退学するのがベストなんです」
「お前……それを分かってて、いじめっ子の盗難の命令を聞いたのか?」
「分からない訳がないですよ。美羽を舐めないで下さい、やおい先輩」
「……そうじゃねえよ」
「え?」
「なんでお前が割を食う必要があるんだよ!!」
「だから美羽は学歴が……」
「関係ねえよ!! それだったら、なんでまた高校に入り直したのか!! 胸に手を当てて考えてみろよ!!」
大学を既に出ているのならば、就職しても研究所に入っても良いはずなのに、わざわざ日本に戻ってきて高校に入り直す理由なんて、一つしかない。
「みんなと同じ学園生活を送りたかったんだろ!? そして年齢の近い人と友達になりたかったんだろ!? 違うか!?」
飛び級を繰り返した知識にしか分からない、知識だけの悩み。
ずっと世間の注目を浴びる中、年上の大人達の中にポツンと居た知識の苦悩。
それが何となく、分かったような気がした。
「……んですよ」
「何だよ?」
「分からないんですよ!! 自分で自分の気持ちが!!」
それが知識の、魂からの叫びだと理解するのに時間は必要なかった。
「美羽は、恐らく人よりも本を読んでいます。それで美羽は色んな考え方を知りました。そして、全てが理解できるんです。前に言いましたよね、美羽は演じているだけって」
「言ったな」
「でも、厳密には違うんです。美羽は『自分』がないんです。『自分』がないから演じるしかないんですよ。美羽はどうしたら良いんですか!!」
この知識の質問に、俺は答える義務がある。ディベート部の、人生の先輩として。
「『自分』がない? バカも休み休み言えよ。自分の行動が、『自分』を作り出すんだ。知識は何もしてないとでもいうのかよ?」
「してますけど、それは演技ですよ? 全く自分が見えないんですよ?」
「俺にだって自分を見失った時期があった。自分で自分のことが全く決められなかった。それだけど、俺は自分を見失ってなどいなかった。自分とちゃんと向き合ってなかったんだ」
つい先ほど気付いた、自分の甘え。周りが頭の良い人ばかりだから勉強に付いていけないと言ってサボる、なんてこともした。だけど、やっぱりそれは『逃げ』なんだ。
バカな俺と天才の知識でも、やっぱり同じ人間なんだと痛感する。
「ゆっくりで良い。自分と向き合って、自分の本当にしたいことを、自分がしたいようにすればいいさ」
「……バカな先輩に言われたくはないです。バカな先輩に」
「ああ、俺は今のところバカだ。だが、お前の人生の先輩でもある」
「そうですね」
知識は、緊張が切れたのか、深く息を吐いて、
「……自分が本当にしたいこと、ですか。そんなこと、考えたこともありませんでした。いつも親のために上を目指すばかりで、大学を卒業した直後、全てを失ったようで……。おそらく美羽は、それを取り戻そうとするために、高校に入り直したんですね……その時は、漠然としてましたが、はっきりしました」
「じゃあ、これからも一緒に部活しようぜ、後輩」
「テスト前には勉強を教えて差し上げますよ、やおい先輩」
俺達は無意識に右手を掴んで握手を交わしていた。
そして知識は俺の首に両腕をからめて来て、抱き合うようにしながら顔を近づけてきた。
……え。
「ちょっとちょっとちょっとちょっとー!! 僕を除け者にして何をしてくれようとしてくれているのかなー!!」
とっさのことで頭が全く回らず、そのまま為すがままにやられそうになっていた俺を、蜂巣がなんとか止めてくれた。
しかし蜂巣の顔はハチに刺されたかのように赤くなっており、動揺が容易に見て取れる。
「何をキスくらいで赤くなってるんですか。外国じゃ当たり前ですよ」
「ココは日本だよー、ちょっと亮輔に優しくされたからって、調子乗ってるんじゃないよー?」
2人の喧嘩が始まりそうになっていたので、残る柚木崎の方に助けを求めようとするが。
「……………………」
立ったまま気絶をしていた。あんなに淫語を喋ってるのに、他人のキス未遂で気絶するのか、コイツは。
「調子なんて乗ってませんよ、美羽が美羽のしたいことをしようとして何が悪いんですか」
「それは日本の最低限の常識を知った上でのことでー、好き勝手にできるってわけじゃないよねー」
このままだと喧嘩がエスカレートして、また良からぬことが起きてしまうかもしれない。
何か策はないか、策は……。
と、ポケットに手を突っ込んだ際、なにやら紙状の感触を感じた。
『……じゃあ、これを知識美羽に渡してくるのな』
すっかり忘れてた……!!
「おい、知識。お前当てに牟田口部長から手紙が届いてるぞ?」
「部長から手紙ですか?」
知識は臨戦態勢を解除して、俺が差し出した手紙をひったくって読み出す。
30秒ほど黙読していた知識だったが、その後、声をあげて笑った。
「ん? なんて書いてあったんだ?」
「それは秘密です♪」
なぜか上機嫌となった知識を見て、蜂巣は毒気を抜かれてしまった。
まあ乙女と乙女の禁断の密書らしいので、俺達は干渉しないで良いだろう。
「それより、美羽も皆さんに聞きたいことがあったんです」
「なんだ?」
「前、美羽の家に皆で来たことありましたよね? その時に居た人はいないんですか?」
「ん? 蜂巣に柚木崎、俺に知識。全員居るだろ?」
「料理を作ってくれた人ですよ」
「え、料理は俺が作ったんじゃなかったっけか?」
「僕も覚えていないなー」
「…………」
「アー……良く考えたら美羽の勘違いでした」
「臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前!!」
部屋の外から、呪文を唱える声が聞こえてきたが、度会以外あり得ないので気にしない。……ん?
「って、度会。お前、なんで来てないんだよ」
「そんな高いベランダに私が登れるわけがないと思うのだけれど」
「まー良いよねー、無事に問題も解決したわけだしねー」
「本当はいじめっ子をとっちめないといけないがな、それはまた今度にするか」
「…………」
「じゃあ帰るぞー。おい、柚木崎。いつまで寝てんだ?」
「…………はっ!? 何やらエロい夢を見ていた気がするわ」
「起きててもエロいことしか考えてないから同じだろうが!! しょうもないこと言ってないで、早く帰るぞー」
「私がスルーされているのは気のせい?」
「俺達がスルーしているんじゃなくて、お前がスルーされるんじゃないのか?」
「それは同じことだと思うよー?」
「放置プレイも悪くないわよ、ね?」
「私に言われても困るのだけれど」
あーだこうだ言いつつ、ベランダに出た俺達は知識の方を向いて、お別れのあいさつをする。
「またな」
「はい、また」
今回は『さようなら』でなく、『また』。たった2文字の本心からの言葉を紡ぐ。
「あ、最後に一つだけ」
すると、知識はこれまでにない、満面の笑みでこう叫んだ。
「美羽は、先輩方の後輩で良かったです!!」
根「第12話更新ダ」
葉「いやー、シリアスもこれで終わって、やっと羽を伸ばせますよねー☆」
根「長い闘いだっタ」
葉「ところで、度会クオリティーはどうしたら良いんですかね☆」
根「オチ要員としての立ち位置を確保することが出来ただけマシではないカ?」
葉「ところどころで度会が出てきていない描写があったにもかかわらず、全く気付いていなかった801にも驚きですがねー☆」
根「それもダークエナジ-の為せる業といったところカ(笑)」
葉「ダークエナジー、イオナ☆ズン」
根「……さテ、はっちゃらけ過ぎたので気を引き締めるカ」
葉「今完全にスルーしましたよね☆」
根「いや、度会の霊が葉堀に憑依しててだナ」
葉「なにそれこわい☆」
根「というわけで、次回は葉堀が墓から出てくるシーンから始まるゾ?」
葉「またまたー☆ そんなのありえないじゃないですかー☆」
根「まあそれは次回のお楽しみというわけダ」
葉「御冗談を……(笑) では次回も読んでくださいねー☆ さよーならー☆」




