その7
○登場人物
城前あかり・しろまえあかり(トップアイドル、過去に大きな傷を持つ)
水科幸太郎・みずしなこうたろう(あかりの育ての親、過去に大きな傷を持つ)
城前修吾・しろまえしゅうご(あかりの父親、酒とギャンブルにおぼれる暴君)
城前和子・しろまえかずこ(あかりの母親、修吾におびえながら毎日を過ごす)
あかりの人気はどんどん加速していった。ドラマや映画の主要キャストに呼ばれるよ
うになり、有名企業や人気商品のコマーシャルも決まり、雑誌でも話題の人と取りあげ
られるようになり、さらには歌手デビューまで決まって、飛ぶ鳥をおとす勢いになって
いった。
僕もあかり本人もとまどうほどの現状だったけど悪いものじゃないんだからと素直に
受けとめるようにしていた。これは今までめぐまれてるとはいえない生活をおくってき
たごほうびなんだと。
あかりの親族にはあかりの活躍がバレることはなかった。あかりが芸能活動をすると
きは芸名をつかうことにしていたから。それでもバレたら、過去の事件のことを世間に
広まるのはさけたいと口止めを願いでるつもりだったけど向こうからの反応はなかった。
この十年間、ほとんど顔をあわせることのないようにしてきたから成長したあかりの姿
に昔の姿をかさねることはむずかしかったんだろう。
そして、それ以上にあぶない存在をわすれてはいなかった。あかりの母親だ。十年前、
あのときに離れてから僕らの前には一度も姿をあらわしてはいない。今どこにいるのか、
どうしているのかはまったくわからない。もしかすると、もうこの世にはいないのかも
しれない。本当の自分をかくして生きのびているのか、偽りの中で生きることをあきら
めているのか。どちらにしろ、僕らに何もおこってないということはあの事件の真実を
暴露されていることはないのは事実だ。
一度だけあかりにもそれとなく話してみたことがある。もしかして、僕の知らないと
ころでコンタクトがあったりしていないかとも思って。すると、あかりはそれをきちん
と否定した。
「大丈夫だよ」
そう言うと、あかりはいつもの笑顔になった。僕の不安を消そうとしてくれてるんだ
と思ってなごんだ。でも、あかりにとってはその言葉は別の意味をもっていた。それに
このときの僕は気づきもしなかった。
それから数ヶ月は何事もない日々がつづいた。あかりの人気はあいかわらずの順調さ
で、規模は小さいながらも主演映画が公開され、深夜ドラマでの主演もこなした。歌手
活動も好評で、アルバムの発売も決まり、数ヶ所ながら全国ツアーまで決まった。言う
ことのない現実だった。
ただ、それをおびやかす影は突如としてやってきた。梅雨の時期、じとじとと体感す
る温度にぱらつく雨がかさなって嫌な感覚のうける日だった。
残業で会社にのこっていたときに受信したメールからそれは展開されていく。
『あの人が来てる』
あかりから件名なしでとどいたメールだった。瞬間なんなのか分からず、じきにその
深さを読みとり、一気に危機感に体をおおわれていく。その一文の事の重大さに気づく
のに時間はいらなかった。
あかりの母親があかりのところへ来ている。どういう状況かは分からないけどまずい
のはまちがいない。
慌てて残業をきりあげて会社を出て、タクシーをつかまえて飛びのった。堅実な生活
をしてきたからタクシーなんて何年ぶりだった。それほど気は急いていたし、そうある
事態だった。
あかりに何度と連絡をいれてみるけどつながってくれない。向こうがどうなってるの
かが気になってたまらなくなる。もし、あかりの身に何かあったらと思うと居たたまれ
ない。
そう考えこんでいると携帯の着信がきた。あかりからだった。「もしもし」とすぐに
出ると、向こうからの返りがない。代わりに、遠くで話をしている声がなんとなく伝わ
ってくる。
その状態がしばらくつづくと、この電話の意図してるものがわかった。あかりは母親
との状況をこの通話で僕に伝えようとしている、そう察した。
そこから僕は携帯からとどく声に集中していく。電話口からひろえるのはかろうじて
の会話の内容だった。といっても、会話はほとんどない。おそらく向こうもタクシーに
乗ってるようだ。
電話口からの音が多くなってくる。車から降りて移動してるようだ。行き先は自宅だ
った。
家に入り、少しすると会話がはじまった。あかりが母親へこの十年間のことを聞いて
いく。あかりの母親はこの十年、僕に言われたとおりに名前をかくして細々と日々をす
ごしてきたらしい。就職はせず、パートの時給と持ちさった貯金でなんとか食いつない
できた。そんな単調な生活が死ぬまでつづいてくと思ってたときにあかりの姿をテレビ
で見た。十年間でかなり成長していたけど、それがあかりであると母親としての自信が
あった。それで一目でも会いたくなって来た、そう思いのたけを語っていく。
今度は逆に母親からあかりへの質問がはじまった。あかりは今の現状が幸せだと言い、
僕との生活に満足してると言い、僕のことを大切な人だと言った。あなたに付けいる隙
なんてない、そう釘をさすように。
会話が止まると、あかりはさりげなく十年ぶりの親子の対面を終わらせようとしてい
く。でも、母親がそれを渋るようになんでもない話をだらだらとする。なにかまだ話し
たげに。
あかりがそこを突いていく。母親が来た裏向きの目的を追求していく。すると、母親
が口にしたのは遠回しの金銭の要求だった。パートをクビになり、貯金も使いはたして
しまったから当面の生活費を工面してほしいと。
やっぱりと思った。どうせそんなところだろうと。あかりもきっとそう感じていたこ
とだろう。そんなやつにお金なんて渡しちゃいけない。ここで渡したら、この先も同じ
ことをくりかえしてくだけだ。
あかりが返答をしないでいると、母親はあかりの芸能活動の話をしだす。こんな母親
だと知られたくないでしょう、お金がもらえないと別の方法をさがすしかない、そうお
どしに近い圧迫をやわにかけていく。
形勢が不利になっていくところでタクシーが自宅に着いた。家の鍵をあけて入ってい
くとあかりと母親はリビングのテーブルに向かいあわせにすわっていた。十年前に一度
しか目にしていないあかりの母親のおぼろげな印象が本人に合わさる。
「何しに来た」
こわばる表情で強く言葉を突きつける。母親はひるみそうになるのをこらえていた。
ここまで来て引きさがれはしないと。
「ちょっとね、仕事がなくなったもんだから次の仕事が見つかるまでのお金をなんと
かしてもらえないかなと思って」
「そんなもん知るか。あかりの前に姿を見せるな」
母親はフッと捨てるように息をつく。
「私は母親だよ」
「お前に母親を名乗る資格なんかない」
「それでも私は母親なんだよ」
母親は食らいつくように返してくる。向こうにしても、ここでなんとかしないと自分
の生活がかかってるわけだから下がれないんだろう。
「この子、本当にすごいよねぇ。トップアイドルなんでしょ、もう。こんな母親がい
るなんて思われたくないんだろうね」
「おどす気か」
「そんな、ひどいこと言うね。ちょっとだけ助けてくれればいいんだから」
ここで母親に金銭をわたすのは訳はない。こっちは母親にだまっててもらえるし、向
こうも生活費を手にできるからお互いの思惑は合う。
ただ、ここでこっちが歩みよったら今後もこの関係はおそらくつづいていく。そんな
ことになったらいつまでも僕らは十年前の事件から離れられない。ずっと傷をそばにか
かえながら生きていかないといけない。
「悪いこと言わないからこっちの言うとおりに・・・・・・」
鈍い音とともに母親の言葉は途中でとぎれた。体が浮きあがるように前に出ると、表
情はかたまって、呼吸は不自然に大きくなる。その体が足からくずれていくと、背中に
は深く包丁が刺しこまれていた。
「・・・・・・あかり」
その先に見えたのは血に染まったあかりの姿だった。体が硬直したまま、ふるえなが
ら僕を見ていた。
「私が・・・・・・幸ちゃんを守ってあげるから」
目に涙をためながらつぶやいたあかりを思いきり抱きしめた。あかりは僕のためにや
った。僕なんかのために手を赤く染めたんだ。
「ごめんな・・・・・・ありがとな」
罪の意識と闇から解きはなたれた感覚が混在する異質な現実を振りきろうと何度もそ
う言いつづけた。果てていく母親のことなど少しも入らず、僕はあかりを抱きしめ、あ
かりはその腕の中で泣きつづけた。




