その6
○登場人物
城前あかり・しろまえあかり(トップアイドル、過去に大きな傷を持つ)
水科幸太郎・みずしなこうたろう(あかりの育ての親、過去に大きな傷を持つ)
城前修吾・しろまえしゅうご(あかりの父親、酒とギャンブルにおぼれる暴君)
城前和子・しろまえかずこ(あかりの母親、修吾におびえながら毎日を過ごす)
そんな日々をつづける中で転機がおとずれた。仕事から帰ると「話がある」と言われ、
自分が何かしてしまっただろうか、あかりに何かおこったんだろうかと不安にかられて
いると予想だにしなかったことをつげられた。
「スカウトされた」
僕が予想していたのはこの細々とした実生活の中にある範囲内のことだったけど、あ
かりからの言葉はその枠を軽々とこえていった。それは僕が生きてきたうちで一度たり
ともかすることのなかったものだったから。
下校途中に友人と買物をしていたところにスーツを着た見知らぬ女性から声をかけら
れ、「こういう世界に興味ありませんか」と芸能界の話をされたようだ。嘘のような現
実にうたがいたくもなるものの実際に嘘と言いきれるものもない。
あかりはたしかにかわいい。テレビでよく見る若いアイドルの女の子たちに引けはと
らない。家族だからよく見えるというのをのぞいてもそうだろう。でも、さすがにそん
な現実的なものとして考えたことはなかった。
「どうしよう」
あかりはそうつぶやき、こっちを見る。「どうしよう」ということは決めきれずにな
やんでることになる。やりたいという気持ちもあることになる。こんなこと、めったに
ないだろうし。
「あかりがやりたいならやってみればいいんじゃないか」
僕にできることは背中を押してやることじゃないかと思った。誰にでもできることじ
ゃないし、良い経験になるだろうし、こんなこじんまりした環境から外へ出してあげる
のは良いことだろう。
その週末にスカウトをされた芸能事務所に僕も一緒に行き、事務所や契約についての
話をされた。まずはレッスン生からはじまり、デビューが決まったら正式な契約をする
という実力世界ならではのものだった。
あかりは歌やダンスや芝居のレッスンに通う日々をつづけた。レッスンじたいはきび
しいものだったようだけど、なかなか体験できるものじゃなかったので本人はけっこう
楽しみながらやっていた。
僕個人としてはあかりが楽しくいてくれるのはうれしかった。奥さんがいたころにし
た親族への借金も返しつつだったからたいした生活はおくれてなかったので充実してる
姿を見れてよかった。
そうこうしてるうちに数ヶ月が経ち、今度はレッスンをうけながらオーディションも
受けるようになった。ここで仕事をもらうことがデビューになり、事務所との正式な契
約にもつながることになる。
「幸ちゃん、やったよ」
あかりはずいぶん早くに合格を勝ちとった。受験の面接の経験もなかったからそうい
う状況は緊張しちゃうだろうなと思ってたのに。緊張はかなりしたようだけど「それが
いい」と言ってもらえたらしい。
これであかりは事務所と契約をむすび、芸能人としてデビューすることになった。と
いっても、僕になにがあるわけでもない。あかりの人生が大きく変わったのはまちがい
ないけれど、家にいればいつもどおりのあかりがいるわけだし。
最初の仕事は医薬品のコマーシャルだった。スキンケアに悩む女の子がその商品を使
うことで改善されるっていうよくある感じのストーリー。普通ならただ流し見るだけの
たぐいのコマーシャルだけど今回にかぎってはまったくの例外だ。そのコマーシャルが
流れてるあいだは時がとまったような感覚になる。ものすごく喜ばしいんだけど、もの
すごく変な感覚。すぐそばにいるあかりがテレビの中でうごいてるのはとても異質なこ
とに思えた。
その後も定期的にコマーシャルが決まるようになり、ドラマにも端役で出れるように
なっていく。ファンレターも何通かもらったようで、家で何回も読みかえして宝物にし
ていた。
高校生になると、あかりの周辺はにわかに変化を見せはじめていく。オーディション
でえらばれた主人公の妹役を演じた連ドラがヒットして、あかりの顔は世間に広まって
いった。
そこからたてつづけに連ドラに声がかかるようになり、あかりの名前が世間に広まっ
ていく。雑誌やネットでも期待の注目株と取りあげられ、普段の素敵な内面も見せるこ
とによって印象はまた良くなっていった。オーディションなしにオファーが来ることや
ファンの人が増えていくことはかなりの満足感のようだった。
僕も、あかりと一緒に出かけたときに街中で握手をもとめられる姿を見たときにそれ
を現実としてとらえることができた。テレビに映るあかりを見てるとどこか不思議な気
にさせられるけど、それはまぎれもない現実だった。
そのさまは嬉しくもあり、悲しくもあった。あかりが人気になっていくのは嬉しいか
ぎりだけど、ずっと近くにいたあかりが遠い存在になっていくようで悲しさもいくらか
は心にあった。
「幸ちゃん、どうしたの」
僕がそう内に入りこみだすとあかりに呼びとめられる。僕の思いを見透かしたように
にっこりと笑顔になっていく。こっちの心配は関係ないようにあかり自身には何の変化
はなかった。
その証拠に、僕らの関係には変わりはなかった。明るく楽しく毎日を過ごし、たまに
過去の傷がうずくとおたがいを必要とした。手のぬくもりに救われ、唇のあったかさに
通じあい、体の感触に切なくなった。




