その5
○登場人物
城前あかり・しろまえあかり(トップアイドル、過去に大きな傷を持つ)
水科幸太郎・みずしなこうたろう(あかりの育ての親、過去に大きな傷を持つ)
城前修吾・しろまえしゅうご(あかりの父親、酒とギャンブルにおぼれる暴君)
城前和子・しろまえかずこ(あかりの母親、修吾におびえながら毎日を過ごす)
中学生になると、あかりにもいわゆる思春期というやつがやってきた。僕に対する態
度に変わりはなかったけど、男の僕にはいまだに分からない事柄や感情のあれこれがあ
るようだった。
その頃になると、僕にも気がかりなことがでてきた。男の影だ。僕が言うのもなんだ
けど、あかりはとてもかわいかった。親目線のひいきをはずしたとしても、客観的にも
そう思えた。同級生にこんな子がいたらまずあこがれてるはずだ。そんなわけで、なに
か悪い影でもちらついてないかと心配はしていた。
でも、恋をするのはいいことだ。それを否定することはないし、権利もない。あかり
にはずいぶん狭い世界にいさせてしまってるから新しく信頼できる相手ができるのはう
れしいことでもある。
そんな考えでいたころ、あかりの誕生日に変化がおこった。誕生日そのものは友人に
も祝福してもらい、僕もささやかながらのお祝いをしてあげた。あかりも笑顔のままで
素敵な日になった。
その日の夜、寝ようとベッドに入ったところだった。
「ねぇ、幸ちゃん」
頭までかぶった毛布の中であかりに声をかけられる。
「んっ」
「ちょっと話してもいい?」
「うん」
買いたい本があるとかなんてことない話だと思ったから軽くこたえた。
「あのときさ・・・・・・あのとき、どうして私を助けてくれたの」
何のことをさしてるのかは察しがついた。あかりがあのときの話をしてくるのはかな
りめずらしいことだ。
「どうして、って?」
「だってさ、幸ちゃんには何もプラスなんかないでしょ。もしかしたら、捕まってた
かもしれないし。なのに、どうして」
あかりはあのときのことを自分の中で整理してみたんだろう。だから、あのときには
生まれなかった疑問がこうして出てきた。
「いいよ、その話は」
「よくなんかない。あそこで捕まってたら、私は幸ちゃんの人生をめちゃくちゃにし
ちゃってたんでしょ」
「そんなことない。後悔なんてしてないよ」
あかりの揺れる心をおさめようとするけど引きさがる気配はない。
「私のことね、誰も見てくれなかったんだよ。私が辛そうにしてても、夜遅くに一人
で外を歩いててもみんな見て見ぬふりしてた。どうして私がそうなってるのかをなんと
なく知ってたからかかわらないようにしてたんだよ。大人なんか卑怯で卑劣な生きもの
ってずっと思ってた」
「でもね、幸ちゃんだけは違ったんだ。私のことをちゃんと見つけてくれたし、何の
見返りもないのに私を助けてくれた。それがね、本当にうれしかったんだ」
初めてあのときのあかりの気持ちを聞いた。同時に、勇気をだして自分のことをさら
けだしてくれたあかりにこっちも対応する必要があった。
「そんなことないよ。僕にはあかりを助ける理由があったんだ」
この話は奥さんにしかしないつもりだったのに、そう息をつく。
「僕もね、あかりと同じように小さいころに暴力を受けてたんだ。父親が手をつけら
れない人で、普段から殴られる蹴られるはあたりまえだった。酒好きで酔うと拍車がか
かってとんかちやらバットやらありとあらゆるもので殴打されて、このままだと自分は
死ぬなって思ってたんだ。まだ数歳の子がだよ。生死を決められるほど生きてない子供
なのにそんな選択肢に行きつくぐらいに追いこまれてて」
「けど、僕には理解者がいてくれた。母さんは父親の暴走を止めることはできなかっ
たけど、いつも僕に「ごめんね、ごめんね」って言ってくれて。僕にはちゃんと向きあ
ってくれる人がいたんだ。だから、僕は死なないで耐えぬくことをえらんだ。父親はじ
きに交通事故でいなくなって。それからは母さんと普通に幸せに過ごしてくことができ
たんだ」
僕の話を聞くときのあかりの表情は切なかった。まるで自分のことのように感じてし
まってたんだろう。
「・・・・・・幸ちゃんも」
「あぁ。だから、あかりと初めて会ったときに感じるものがあったんだ。この子には
味方がいない、自分が助けてあげなきゃいけない、そうしないとこの子は死んでしまう、
そう思ったんだ」
そう、あのときのあかりは生死を決められるほど生きてなんかいなかったから。
「でもね、たまに無性にこわくなるときがあるんだ。あかりの父親を殺したときの映
像が頭にうかんで、包丁を刺したときの感触がよみがえって、そのときの自分が僕に向
かって「人殺し」って言うんだ」
「思えば、僕の父親のときもそうだった。あの人が死んだときに僕は救われた。もう
ひどい目にあわなくてすむ、そううれしかったんだ。助かった実感とともに、そんな自
分をいやしくも感じてた」
話をつづけながら目には涙がたまっていた。過去の傷を思いおこすことで僕は自分に
罰をあたえていた。自分のやったことをどんなに正当化しようとしても罪の意識は消え
ない。
そう感傷におぼれていると、あかりが僕のふるえそうな手を両手でつつんでくれた。
「幸ちゃんは悪くない」
あかりは強い視線でその言葉を何度もくりかえし、そばに来るとゆっくり唇をあわせ
てきた。
「・・・・・・私が幸ちゃんを守ってあげるから」
くっつくほど近づいた距離でとどけられた言葉は心の奥底までしっかりと伝わった。
その日から僕らの関係はより深まった。お互いがお互いを守っていくという生きる糧
ができた。鏡合わせのように似た傷をかかえた僕らはお互いが必要な存在である認識を
あらためてした。
テレビで僕らのような境遇の子の特集がやっていたりするとあかりは大きく反応をし
めしてしまう。ただ、辛そうな表情をうかべながらもチャンネルを変えずにその特集を
見つづけていく。拳で口元をかくしたり、目をほそめたり、身をちぢませながら。今こ
うしてるときにもあの苦しみにあっている子がいるってことを自分自身にきざみつける
ように。
そうなったときは僕が「大丈夫だよ」とあかりの体をそっと抱きしめてあげた。もち
ろん僕も辛くはあったけど、僕のほうがその当時からの時間が長い分だけそことの付き
あいかたっていうのができていた。しばらくすると、「ありがとう」とあかりも気持ち
を落ちつけていく。
逆のときもあった。僕が罪の意識におおわれてしまうときにはあかりが僕をそっと抱
きしめてくれた。そして、かならず「私が幸ちゃんを守ってあげるから」と言ってくれ
た。しだいにその言葉が僕の心を落ちつかせてくれるようになっていった。
たまに、浴室にいると後からあかりが入ってくることもあった。僕の体には父親につ
けられた多くの傷跡があったため、それを見せるとあかりに辛い思いをおこさせてしま
うとこれまで線をひいてきた部分だった。あかりはそこを越えてくると、僕の体を愛お
しそうに抱きしめてくれた。そのあかりの体にも僕ほどではなくともいくつかの傷跡が
あった。
僕らは強くつながれていった。同じ傷を体と心にもっている共通の部分を軸として。
それは嬉しくもあり、切なくもあった。




