その2
○登場人物
城前あかり・しろまえあかり(トップアイドル、過去に大きな傷を持つ)
水科幸太郎・みずしなこうたろう(あかりの育ての親、過去に大きな傷を持つ)
城前修吾・しろまえしゅうご(あかりの父親、酒とギャンブルにおぼれる暴君)
城前和子・しろまえかずこ(あかりの母親、修吾におびえながら毎日を過ごす)
心内が一度落ちつくと、その子に家族のことを聞いた。傷口を広げるようなことはな
るべくさけて。
その話を聞きながら計画を頭にえがいていく。その子を助けるためのおぞましく清ら
かな。
話を聞きおえると試行錯誤のうえに考えた計画をその子に打ちあける。さすがに動揺
をかくせなかったようだけど、檻の中から放たれるためのものだからと強く説得してい
く。納得は得られなかった。こんな小さな女の子に理解できることじゃない。それでも
否定はしなかった。それが納得のサインだとした。
説得をおえると家まで案内してもらった。その子の家はなんてことない住宅街の中の
一軒家だった。この家の中でおこなわれている事実をこの外観から察することは無理だ
ろう。
その子に先に入ってもらい、外で待機しておく。人通りを警戒したものの、そんな心
配はいらないぐらいに人の気配はしない。
数分がたつと女の子が家から出てきて、鍋つかみとスリッパを差しだした。軍手や手
袋みたいなものと言っておいたけどまぁいいだろう。
鍋つかみを両手にはめて、靴からスリッパへ履きかえるとその子の後につづいて家の
中へと入った。
廊下を通ってキッチンへ入り、気配をころしてリビングの様子をうかがう。父親はこ
ちらに背を向けて、晩酌をしながらテレビで大笑いをしていた。
なんというか、部屋の空気がきたならしく感じられた。まともじゃないのは一目でわ
かる。この空気が体にきざみこまれている自分にとっては。過去の傷が映像となって頭
によみがえり、今この状況にかさなると錯覚がわきおこる。この男が悪い、この男が憎
い、この男さえいなければ、そうあのときに為せなかった復讐をちかう。
「オイっ。来い」
緊張感を助長させるよう、耳にさわる怒鳴り声が部屋にひびいた。
その声に反応した女の子が父親に近づくといきなり強く顔をビンタされた。大人の力
の威力に、小さな体は膝からくずれた。
その姿を目の当たりにし、自分がやられたように過去の痛ましい映像が急速に頭に突
撃してきた。そこが限界点だった。
そばにあった包丁を手にすると一直線にへ進み、父親の背中へ思いきり振りかざして
突き刺した。容赦なく刺しこんだ刃は深く入りこみ、声にならない声とともに父親はそ
こに沈んでいく。
その先に見えた女の子は目をひらいたまま止まっていた。ひどく歪な現実の処理の方
法をわからずに。
僕はどんな目をしていただろう。動きのにぶっていく父親と血に染まった自らを見な
がら偽りの復讐の成就と女の子をたすける本来の目的をかさねて興奮をなんとか落ちつ
けようとしていた。
そのとき、後ろから物音がなった。
振りむくと、母親らしき女性がいた。背中に包丁が刺しこまれた父親を目にして体が
ふるえている。
その視線がこちらへ向くと、恐怖におののき後ずさりしていく。死におびえる極度の
萎縮。
「死にたくなかったら叫ぶな」
僕の声はこの極限の状況において普通じゃないほど落ちついたものだった。一線を飛
びこえてしまったのか、混乱する心を冷静さが押さえつけている。何かが体からぬけて
しまってるようだった。
「この男はこの子を理不尽に痛めつけた。その報いだ」
「そして、あんたもそれを見て見ぬふりをした。ほぼ同罪だ」
母親にも責任は大きくある。この子をまっとうに助けることのできた唯一の家族だっ
たのにそれを離した。この子をここまで苦しめ、こんな現実にいたらせた一端をになっ
ているのはまちがいない。
「心配するな。命まで取りはしない」
目的はこの子を地獄から救いだすこと。父親を失くすことでそれは大部分かたづいて
いる。
「今すぐここから消えろ。金でも通帳でも必要なものはなんでも持っていけばいい」
「そのかわり、二度とここに戻ってくるな。できるかぎり遠くに行って、名前をかく
して生きていけ。もちろん、いっさいの他言はするな。それが条件だ」
あまりに急すぎる通告だったため、母親は身動きをとろうとしない。
「早くしろ」
きびしい視線を突きつけると、母親はかろうじて理解をしたように動きだした。命を
うばわれるのと逃げるのとどちらかを選べと言われればだいたいは後者だ。
「言っておくけど、他言をした時点で命はないと思っておいたほうがいい。日本の法
律では一人を殺したぐらいじゃ死刑になんてそうならない。いつになろうとも、どんな
ことをしてもあんたを見つけだして殺してやる。生きていきたいなら素直にしたがって
おくことだ」
母親は金目のものを手にすると娘を見つめ涙をうかべていく。親子の別れにはあんま
りな展開だとしても報いは受けてもらわないといけない。下を向き、母親は足早に去っ
ていった。
玄関扉の閉まる音がするとフッと緊迫感は低くなった。張りつめていた空気がほんの
すこしだけゆるんだ。
リビングへ振りむくと、女の子は下を向き一点を見つめていた。危機から救いだすた
めとはいえ、あまりにも強引な方法だった。やった本人がそれは誰よりも分かっている
つもりだ。
変わりはてた父親の姿をそばに女の子は感情のうすまった顔をしていた。最悪な現状
を打破したのはたしかだ。もう父親におびえながら過ごさなくてもいい。でも、これが
ただしいとは思えない。未来は明るいどころかまっくらでしかない。
そんなさだまらない心情をつづける女の子をそっと抱きしめた。ひとりぼっちになん
かさせやしない。いままで辛い思いをしてきたんだから、その分しあわせにならないと
いけない。
「・・・・・・大丈夫。絶対しあわせにしてあげるから」
その子に何度も伝えながら、自分自身に何度も釘を打ちつづけていった。




