第一章・第4話 味方
そして数日後の朝――、
事件が起こった。
「ねぇねぇっ、姫っ!」
姫乃が教室に入るなり、晶が目を輝かせながらいそいそと駆け寄って来た。
「?」
「今朝ね、道端でこんなの拾っちゃった♪」
晶はそう言うと大きな封筒を姫乃に見せた。
「っ!?」
姫乃は思わず絶句した。
その封筒は普段からよく見ている自分が契約している出版社の封筒だったからだ。
それがここにあるという事は……。
姫乃の脳裏に嫌な予感が過ぎった。
「それでね、中に何が入ってんのかな~? と思って、見てみたの」
「え……」
(ま、まさか……)
「そしたらねー、なんとっ! ジャーン!」
晶は封筒から数枚のコピー用紙を出した。
(やっぱりー……)
それは、数日前に姫乃が描いたイラストのチェックバックだったのだ。
「これって、どう見ても一愛のイラストだよね?」
晶は嬉しそうに、だが声を殺して姫乃に囁いた。
「……」
(な、なんて答えたらいいのぉ~っ? てか、なんでこれがここにあるのぉ~っ?)
姫乃は思いっきり顔を引き攣らせた。
……と、そこへ――、
「は、春川さん……っ!」
とても慌てた様子の和章がやって来た。
「どどどど、どうしようっ!」
「新田君、何慌ててるの?」
汗だくで教室に駆け込んで来た和章に晶は首を傾げた。
和章は晶の手に見覚えのある封筒とチェックバックが握られている事に気が付くと、
「あーっ!」と声を上げた。
「こ、これっ!?」
晶の手から封筒とチェックバックを奪い取る和章。
「一愛のイラスト。すごいでしょっ? 今朝拾ったの♪」
「……ちょ、ちょっと来てっ」
急いで封筒にチェックバックを仕舞い込み、和章は晶の手を引いて足早に歩き始めた。
姫乃もその後を追いかける。
「えっ!? 何? 一体……」
晶は何がなんだかわからず怪訝な顔をした。
「あ……あのさ……っ」
和章はまだ誰もいない図書室に晶を連れ込むとようやく手を離した。
「実は……これ、今朝俺が学校に来る途中に落とした物なんだ」
「へ……?」
晶はぽかんと口を開けた。
「こ、これ、拾った事誰かに話したっ?」
「うん、話したよ?」
「だっ、誰にっ?」
「え、姫……」
晶は真横にいる姫乃に視線を移した。
「なんだ……春川さんかー……ならよかった……他には話してないんだよね?」
和章はホーッと息を吐いた。
「うん、話してないけど……? ねぇ、何なの?」
晶はどういう事なのか説明しろと言わんばかりの鋭い目を和章に向けた。
「え、えーと……そのぉー……」
たじろぐ和章。
「……」
姫乃は黙ったまま晶と和章の様子を窺っている。
「……俺、ここの出版社でバイトしてるんだ」
「じゃあ、一愛と会った事あるのっ?」
「う、うん……まぁ……」
「どんな人っ?」
「ど、どんな……てー……こんな人」
和章は姫乃に視線を移した。
「……へ?」
晶はややまぬけな声を出し、姫乃に目を向けた。
「……」
しれーっと目をそらす姫乃。
「姫乃……? 姫、ヒメ……一愛……っ?」
だが、晶が答えに辿り着くのにたいして時間は掛からなかった。
(バレちゃった……)
姫乃は額に右手を当てて溜め息を吐いた。
「本当なのっ? 姫っ」
「う、うん……」
「なんで言ってくれなかったのっ?」
晶は姫乃に詰め寄った。
すると、そこで予鈴が鳴った。
……キーンコーンカーンコーン、キーンコーンカーンコーン……
「「「あ……」」」
「HR始まっちゃうっ」
急いで図書室を出て行く晶。
姫乃と和章もそれに続く。
「ごめん……春川さん、俺がこれを落としたばっかりに……」
教室に戻る途中、足早に歩きながら和章は申し訳なさそうに言った。
「……いいよ、いつかこんな風にバレる時が来ると思ってたし」
とても笑える心境ではない姫乃だが、みんなに知られたくないというのは自分の勝手な言い分で
和章もそれを尊重してくれていた。
だから和章が悪い訳ではないという風に少しだけ笑って答えた。
「後でそっちに行くから」
和章は姫乃の教室の前でそう言うと、自分の教室に向かって走り始めた。
晶は姫乃を置いて先に教室に戻っていた。
(やっぱり、ショウちゃん、私が“一愛”だって事、内緒にしてたから怒ったのかな?)
席に座った晶をちらりと見る。
どこか怒っているようにも見える横顔だ。
結局、姫乃は何も声が掛ける事が出来ずに席に着いた。
◆ ◆ ◆
昼休憩――。
「……森島さん、ちょっといい?」
四時限目が終わるとすぐに和章が晶の所にやって来た。
「うん、何?」
晶がそう言って席を立つと、和章は姫乃にも一緒に来てくれと手招きをした。
和章は二人をいつもの中庭のベンチに連れて来た。
「あのさ……森島さん、春川さんの事、怒ってる……?」
姫乃は和章の問いにごくりと息を呑んだ。
「うん」
晶はその問いに無表情で答えた。
(やっぱり……。そりゃ、そうだよね……)
「……さっきまではね」
しかし、晶は次の瞬間、にっこりと笑った。
「「え……?」」
ぽかんと口を開ける姫乃と和章。
「確かに、朝は『なんで今まであたしに内緒にしてたのよ?』って、思ってた。
でも、姫の性格から考えて自分が“一愛”だってバレちゃうと、きっと騒がれるから
それが嫌で言わなかったんじゃないかって思った。
じゃなきゃ、新田君とあんな風にコソコソ会わないもん。違う?」
姫乃と和章にそうなんでしょ? という顔を向ける晶。
姫乃はその言葉にコクンと頷いた。
「やっぱりね。それにもし、あたしも姫と同じ立場だったら言えなかったと思う。
仲が良い分余計にね。だから、もう怒ってないよ」
晶は優しい笑みを姫乃に向けた。
「ショウちゃん……ありがと」
「これからは、あたしが味方になってあげる。新田君が今回みたいなヘマをして
またバレそうになったら困るもんね♪」
「も、もうこんなヘマしないよっ、絶対!」
「当たり前でしょうっ? 今回はたまたま封筒を拾ったのがあたしだったからよかったけど、
もし他の人だったら今頃すんごい騒ぎになって姫が大泣きしてたかもしれないんだからねっ?」
「う……はい、ごめんなさい……」
「わかればよろしい。さぁ、戻ってお弁当食べよ? おなか空いちゃった♪」
晶はそう言って姫乃の手を取った。
こうして――、
今回和章がやらかした事で姫乃にとって心強い味方が出来た。
怪我の功名だ――。