第一章・第15話 甘い時間 -2-
夏休みが始まり、一週間が過ぎたある日――。
「春川さん、例のコラボの件なんですけど、後で清野先生が原稿を持って来られるそうです」
打ち合わせを兼ねてファミレスで昼食を摂っていると沢村が言った。
偉世とは毎日メールや電話でやり取りをしながらお互いの進捗や他愛も無い話をする他に
コラボの事でよく彼の仕事場にも行っていた。
しかし、偉世自ら姫乃の仕事場へ原稿を持って来るのは初めての事だ。
……RRRRR、RRRRR……
すると、その偉世から携帯にメールが届いた。
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おはよう。
て、もう昼だけど;
今日は仕事どんな感じ?
三時くらいに原稿を届けに
行こうと思うんだけど
大丈夫?
Ise
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「ちょうどその事で今、星野君からメールが来ました。三時くらいに来るそうですよ」
「三時ですか……うーん、僕、会社の方でミーティングがあるんですよ。困ったなぁ?」
「てか、『原稿を持って来る』っていうのは口実だから俺達がいなくても大丈夫じゃないですかね?」
和章はククッと笑った。
「“口実”って?」
姫乃は和章が言った意味がわからず訊き返した。
「だって、原稿持って来るついでに打ち合わせをしようっていう話なら、
直接春川さんにはメールしないでしょ?」
「確かに新田君の言うとおり、普通は大滝さんから『三時に伺います』とか
『打ち合わせも一緒にお願いします』とか連絡が入りますけど、そんな事言ってませんでしたし、
大滝さん、今日は清野先生と一緒ではないそうですから」
「多分、息抜きに遊びにでも来るつもりなんじゃない?」
そう言ってパクパクとハンバーグを頬張った和章はなんだかニヤニヤしていた。
◆ ◆ ◆
――午後三時前。
ホテルの部屋の中、姫乃はドキドキしながら仕事をしていた。
“もうすぐ偉世がここに来る”
そう思うと落ち着いていられなかった。
そして、午後三時ジャスト。
ドアのチャイムが鳴った。
「は、はい」
姫乃は返事をして鏡を一度覗いて軽く手櫛で髪を直してからドアを開けた。
「い、いらっしゃい」
「もしかして、忙しかった?」
姫乃がやや焦った様子で出てきた為か偉世は不安そうな顔をした。
「ううん、大丈夫」
「そう? なら、よかった。そうだ、これ、差し入れというかお土産」
偉世は安心したように笑みを浮かべ、姫乃にケーキが入った箱を手渡した。
「わぁ、ありがとう」
「ちょうど三時だから、一緒にどうかと思って」
◆ ◆ ◆
「美味しい♪」
姫乃は偉世が買って来たチョコレートケーキを一口食べて幸せそうに微笑んだ。
「実は俺、ここのケーキ、よく食べてるんだ」
「えっ、そうなの? 私もよ。疲れた時によく沢村さんが買って来てくれるの」
「俺と一緒だ。疲れた時の糖分補給。ここのケーキって全部美味しいよね」
「うん、甘いんだけどちゃんと素材の味も生かされてて、それにデコレーションもすごく綺麗だし。
でも、星野君も甘い物が好きだったなんて全然知らなかった」
そう言って可愛らしい笑みを浮かべた姫乃に偉世も柔らかい笑みを返した。
チョコレートの香りが二人を包み込み、ゆっくりと甘い時間が流れた――。