第一章・第15話 甘い時間 -1-
――週末。
偉世と大滝、姫乃と沢村、それに和章の五人で最終的な打ち合わせをし、
先日偉世と姫乃の二人だけで決めたプロットをそのまま使う事になった。
「案外あっさり決まったなぁー」
和章は打ち合わせが三十分弱という早さで終了したからか、なんだか物足りなさそうに言った。
「事前に清野先生と一愛先生が細かいところまで打ち合わせをしていたおかげですね」
偉世の担当編集者・大滝は笑みを浮かべた。
「前回、俺の都合でコラボがなくなっちゃったからね。今回はどうしてもちゃんとやりたいから」
偉世は苦笑いしながら口を開いた。
その言葉に姫乃は嬉しくてなんとなく俯いて目を伏せている。
「なぁ、今からもう帰るのか?」
和章は遊んで帰りたいのか偉世の方に顔を向けた。
「俺は帰ってからさっそくネームを描くよ」
「お! んじゃ、俺も行っていい? 星野の仕事場見てみたい!」
「こら、先生の仕事の邪魔をしに行ってどうするんだよ?」
すかさず注意する沢村。
「あはは、いいですよ。今日は軽くやるつもりですから」
そんな二人に偉世は柔らかい笑みで言った。
「つーか、ネーム描くんなら春川さんも一緒にくれば早く進むんじゃね?」
和章は姫乃に顔を向けた。
「私までお邪魔していいの?」
「もちろん」
偉世はにっこり笑って答えた――。
◆ ◆ ◆
「うぉーっ! すっげぇーっ!」
和章は偉世の仕事場に入ると目を丸くして驚いた。
「リアクションいいねー」
仕事場にはアシスタントの三人もいた。
「やっぱ、めっちゃ眺めいいなー! あっ、なぁなぁ、あそこに見えるホテルって
春川さんが借りてるトコじゃない?」
和章は窓から見える景色の中に姫乃が仕事場として借りているホテルを見つけた。
「てか、あの角の部屋ってまさしく春川さんの部屋じゃね?」
「「えっ?」」
姫乃と偉世は和章が指差した部屋に視線を移した。
「確かに春川さんの部屋って角部屋だったけど……そうなのかな?」
偉世は先日、姫乃の部屋に行った時の事を思い浮かべた。
だがその後、結局窓から見えるマンションが自分のマンションかどうかを確認する事無く
帰ってしまったのだ。
「ん? 星野、なんで春川さんの部屋が角部屋だって知ってるんだ?」
「え……」
和章のツッコミに言葉を詰まらせる偉世。
「あぁ、それならこの間、一愛先生を送って行った時じゃないですか?
ほら、ここでコラボの打ち合わせをやった日」
すると、アシスタントの籐子が余計な事を言った。
「あっ、おまえ……まさか、送り狼にっ」
和章は悪戯っぽい顔をしている。
「バ、バカッ、違うって! 確かに春川さんの部屋には入ったけど、
それは春川さんの部屋から見えるマンションが俺のマンションかどうか確かめる為に入っただけで……」
「なーんだ……で? どうだったんだ?」
「い、いや、それが……見ないで帰ったから……」
「はぁっ? なんで? てか、やっぱり……」
「違うっ! それは絶対に違うから!」
偉世は首と両手を同時にブンブンと振って否定した。
「ははは、冗談だよ。そんな全力で否定しなくても大丈夫だって。だいたいそこでなんかあったんなら、
春川さんの様子がおかしくなってるだろ? てか、あそこ、やっぱり春川さんの部屋で間違いないよ。
いつも見える黄色いドラッグストアの看板が見えるから」
和章は偉世をからかっていたようだ。
反応が面白かったのかクスクス笑いながら、偉世のマンションと姫乃が使っているホテルの
中間地点にある黄色い看板を指差した。
「じゃあ、こんなに近いんだし、今度から携帯じゃなくてトランシーバーで打ち合わせ出来ますね」
籐子は若干おかしな事を言いながら三人にお茶を用意してくれた。
「手旗信号でも話せるかもよ?」
もう一人のアシスタント・緒方智彦まで冗談めいた事を言っている。
「手旗信号って……覚えるのが大変だよ」
偉世は苦笑いしながらデスクに座ると、さっそくネームを描き始めた。
……キュン――、
そして、既に漫画家の顔になっている偉世の横顔に姫乃の胸が鳴った――。